117・斬らなくても斬る
《サード》クラスのお化け屋敷から出て、自分達のクラスへと戻った。
「クルト! 聞きましたよ。文化祭の裏で大変なことが起こっていると……!」
すると、昼から行われる演劇に向けて準備を続けていたマリーズが駆け寄ってきた。
「ああ。取りあえず《サード》クラスにいた魔念は倒したがな。無論、まだまだ王都には魔念で溢れかえっている」
「そ、そうなんですか……ララが逃げてきたということは、魔念というのはかなり厄介なものだと?」
マリーズが、ララの方を見て言う。
「わ、わたしは魔念が怖くて逃げてきたわけじゃないよっ! ただお化けが怖い……じゃなくて、マリーズちゃんに早く伝えないとって思って!」
ララがすかさず否定した。
顔の前でバタバタと手を振っている。
お化けが怖かったことはどうしても認めたくないようだ。
「なに、魔念といえども俺の敵ではない。とはいえ、一人で片付けるのは時間もかかるし、みんなにも手伝ってもらいたい。手分けして、魔念を駆除していこう」
そう言うと、ララとマリーズ、シンシアの三人が力強く頷いた。
頼もしい仲間だ。
一撃で魔念全てを駆除出来たらいいのだが、大本がまだはっきりとしないため、今の段階では難しい。
だが、魔念の駆除を続けていけば、推理の手がかりが集まってきて、それも可能となるだろう。
「さて……まずはどうしようか」
探知魔法を使い、次の魔念の発生を探していると。
「「「た、大変だっ!」」」
と三人の生徒がバラバラに俺達の方へ向かってきた。
「どうした?」
俺が質問すると、三人は膝に手を当てて、
「デ、デズモンド先生が……! なにかに取り憑かれているように校庭で暴れているんだ!」
「家庭科室で食器が宙を飛び、近くにいる人達に襲いかかっているらしいんだ。ああ……出店で出すお菓子を作らないといけないのに……あの様子では、家庭科室に入ることも出来やしない」
「学園の近くで、何故だか野犬が凶暴化したらしいんだ。大賢者アヴリル様が戦っているらしいんだが、数が多すぎて手間取っているらしい」
息を整えながら、そう言ったのであった。
うむ。
どうやら同時多発的に、三カ所で魔念による事件が起こっているらしい。
「よし、早速事件が発生したようだな。三パーティーに別れよう。まずデズモンドについては俺がやる。家庭科室はララとマリーズ。野犬についてはシンシア、アヴリルと合流して片付けてくれ」
俺が三人にそう話を振ると、
「えっ!? わたしにそんなことやれるのかな? だって、あの魔剣大会で戦った斧を振り回した男みたいのがいるんでしょ」
「本当です。いくらララと二人でも倒すのはなかなか難しいように思えるのですが……」
「シンシアも……アヴリルさんに任せておけば……大丈夫……?」
一様に不安そうな顔を見せた。
「心配しなくてもいい」
俺は三人を安心させるように、ゆっくりとした口調で続けた。
「俺が見るに、今言ったパーティーなら難なく魔念は片付けられるはずだ。どちらにせよ、意識共有の魔法を使っておく。もしなにかあれば、すぐに転移魔法で駆けつけよう」
正直、三カ所で発生した魔念は、俺一人でも片付けることが出来る。
しかし、それをしてしまっては魔力を余分に消費することになるし、三人の成長にも繋がらない。
ならば、こうして三人に手伝ってもらう方が効率がいいだろう。
俺の労力も削減されるしな。
そう言うと、途端に三人の目に力が入った。
「うん……! クルトがそう言ってくれるなら、わたし頑張るね」
「ララ、行きましょう。早く片付けないと、演劇の時間に間にあいません」
「シンシアも……アヴリルさんの力になれるようにする……」
三人はそう口にしながら、各々の場所へと向かっていった。
「よし、俺も行くとするか」
本日二度目のデズモンド(魔念)との戦いにな。
● ●
校庭に行くと、
「デ、デズモンド先生、落ち着いてください!」
「正気を取り戻せ!」
剣を持ち、暴れるデズモンドを複数の生徒……そして先生達が囲んで、なんとか取り押さえようとしていた。
だが。
「うおおおおおおお!」
声にならない雄叫びを上げながら、デズモンドが剣を振り回している。
剣を一回振るごとに衝撃波を生じさせ、周囲にいる人達が吹き飛んでいった。
うむ、身体強化魔法も使っているようだな。
これでは並の生徒では敵わないのも仕方がない。
「みんな、離れてくれ」
俺がそう言って姿を現すと、さあーっと波が引くようにして人がデズモンドの前からいなくなっていく。
「なあ、デズモンドよ」
呼びかけると、デズモンドの顔がゆっくりとこちらを向く。
「ク、クルトか……」
「そうだ。俺の顔を忘れたか?」
「そんなわけない……しかし今の儂は普通の儂ではない。自分でもどうしてこうなっているか分からぬのだ……」
苦しそうにしながらデズモンドが口を動かす。
こうしている間にも暴れたい衝動に駆られ、それを抑えるので必死なのだろう。
「なにか普段と違うところはあるか?」
「……頭の中に『殺せ、殺せ——』という声がひっきりなしに。その声を聞くと、力が湧いてくるようなのだ……凄まじい怨念だ。何年……いや、何百年間も熟成されているような……」
そう言うと、デズモンドは剣を振り上げ、
「がああああああ!」
俺に襲いかかってきたのだ。
「なかなかやるではないか」
しかし……俺の敵ではない。
寸前のところで、俺はそれを躱しながら魔剣を抜く。
「魔念に取り憑かれて、デズモンドの潜在能力が全て引き出されたか」
「うおおおおおお!」
デズモンドが雄叫びを上げながら、剣を振り回す。
その一閃は光の速さのごとく。周囲にいる人達では、デズモンドがなにをしているのか見極めるのも困難であろう。
俺はそれを片手に握った魔剣で、難なくいなしていった。
『クッ、ククク……ドウダ? ワシの剣はハヤイだろう?』
デズモンドの口、そして同じ声で言われているが、発音がいつもと違う。
魔念がデズモンドの体を借りて、言葉を放っていると考える方が自然か。
しかし、あれだな。
「速い?」
まさか光の速さを超えたごときで、いい気になっているのではないだろうか。
光の速さを超えるなど……。
『シネ!』
デズモンドがたった一振りに百閃を潜ませ、俺に襲いかかってくる。
しかし。
「ぐあっ!」
デズモンドの胸から血が飛び散った。
『ド、ドウシテだ……確かに、ワシはお前より速く剣を振るった……お前は剣を振ってすらいないのに、ドウシテ……』
「速い? 欠伸が出そうだったぞ」
前回のデズモンドは光の速さでしか、剣を振るうことが出来ていなかった。
魔念はデズモンドの体を借りることによって、魔力を引き出し、光速を超えることが可能となった。
しかし……光の速さを超えるなど、俺と戦える最低条件でしかなかったのだ。
ゆっくりとデズモンドの体が地面へと倒れていく。
魔剣によって斬られた魔念が、デズモンドの体から消滅していく。
俺はそれを見届けて、彼に治癒魔法を使った。デズモンドの体が癒されていく。
「せめて、斬らなくても斬れるようにならなければ、俺に勝つなど夢のまた夢だぞ」
俺は時間と次元に干渉し、『斬った』という事実をすっ飛ばして、魔念に取り憑かれたデズモンドを『斬った』に過ぎない。
『斬った』という結果だけが残る俺の剣術の前では、常識の理に縛られるデズモンド(魔念)の剣など、いくら速く振るおうが間に合うはずがなかった。
「みんな、安心してくれ。目が覚めた後のデズモンドは正気に戻っているからな」
周りで戦いを見守っていたみんなにそう告げると、
「うおおおおお! やっぱりクルトはすげええええ!」
「斬らなくても斬れるようになる……? なに言ってるか全く分からねえ……」
「深く考えるな。クルトのやってることは、凡人のオレ達では理解出来ないから」
校庭に歓声が巻き起こるのであった。