116・お化け退治
「オーレリアンの魔念……?」
俺が言った推論を、ララは繰り返す。
「そうだ」
「それが《文化発展日》に呼び起こされたってこと? どうして……」
「さあな、理由は不明だ。しかし《文化発展日》というのは、愚王を打倒した記念日でもあったのだろう? それに良い思いを抱いてないのだろうな」
それにしても愚王オーレリアンが討たれたのは、今から500年も前のことだったはずだ。
500年もの間、魔念が残るとは……相当強い怨念のようらしい。
一国の王が討たれたのだ。それが500年経っても、魔念が残り続けているというのは……なかなかに強力で厄介なものであろう。
しかし。
「なに、心配しなくてもいい。文化祭という楽しい日に、厄介事が増えるのは億劫だが、魔念については俺がなんとかしよう」
と不安がらせないように、俺はララに言った。
「そっか……うん。でもわたしも手伝うね。クルトの力になりたいからね」
「助かる」
「じゃあまずはどうする? 魔念が暴れ出したら大変なことになるよね。文化祭が今すぐ中止にしてもらって……」
「いや、文化祭自体は中止にしなくてもいい」
俺がそう口にすると、ララはきょとんとした表情になった。
「え……でも」
「魔念は俺……いや、俺達が裏で処理すればいいだけのことだ。楽しい文化祭を中止にするなど、それこそ愚王の思うつぼになる」
もし俺の推測通り、これが愚王の魔念だとするならば。
わざわざ《文化発展日》に仕掛けてくるということは、愚王は文化祭を良く思っていないはずだ。
それなのに文化祭を中止してしまえば?
それによって、愚王の魔念が強化されてしまうかもしれない。目的の達成が近付くことによって、強くなる怨念もあるのだ。
おそらく、愚王の最終的な目標は《文化発展日》の中止だけではないのだろうが。
そうでないと、500年も魔念が残留するわけがなかった。
「だから文化祭は続行する。そうだな、マリーズとシンシアには伝えておいた方がいいか。力になってもらいたい。それにアヴリルも文化祭には来るみたいだからな。見かけたら声をかけよう」
「う、うんっ!」
ララがギュッと拳を握り、目に力を込める。
決まったな。
「さて……そうこうしている間に、新たな魔念が発生しようとしている」
「は、早く行かないと!」
まだ完全には目覚めていないが、魔念は校舎の中で生まれかけている。
一刻を争う。
「ひゃっ!」
ララの抱きかかえると、彼女は驚いたような声を上げた。
「転移魔法を使うぞ」
転移魔法を発動させる。
その際、ララが魔剣大会の景品であるジオハルワの招待券の方をジッと見ていた。
大会は途中で有耶無耶となったが、俺の優勝といっていいだろう。
全てが終われば、また取りに来よう。
◆ ◆
転移魔法が成功し、俺達は《サード》クラスの前に辿り着いた。
「ここって……」
「ああ、シンシアのクラスだな」
無理もないのだが、学校にいる人達は魔念のことを知らないため、各々文化祭を楽しんでいる様子だった。
「あ、クルト……」
教室の中からシンシアがひょっこりと顔を出す。
「シンシア。それはなにを着ているのだ?」
「お化け」
シンシアがクルッとその場で回る。
シンシアは大きな白い布を身に付けていた。お化け……のつもりなのだろうか、顔にもペイントしてあって、非常に可愛らしい。
「シンシアのクラスは……お化け屋敷が出し物ということか」
「そう……」
お化け……というものは、死んだ『魂』が具体化したり生者のように振る舞ったりして、人々を驚かせる存在だ。
アンデッド系の魔物とは違い、武器も魔法も通用しないとも言われている。それどころかお化けという存在の前に立つと、魔法を使えないなるのだ。
そのような話もあり、お化けを怖がる文化もあるが……それは1000年前とさほど変わっていないようだ。
「シンシア、少し聞いて欲しい」
「なに……?」
シンシアが首をひねる。
そんな彼女に、俺は魔念のことについて知らせた。
すると。
「大変……!」
と目を大きく見開いた。
「どうやら魔念はこのお化け屋敷から発生しようとしている。だから中に入らせてもらっていいか?」
そう問いかけると、シンシアが首を縦に動かした。
「今は……中に誰もいない。だから、魔念を成敗するなら今のうち……」
「それは都合が良い」
中に人がいるとなると、その者を傷つけないように配慮しなければならないからな。
「じゃあ行くとするか。ん……ララ、どうしたんだ?」
シンシアを引き連れてお化け屋敷の中に入ろうとすると、ララは尻込みをしてそこから一歩も動こうとしなかった。
「はは、わたし……お化けって苦手だなーって思って」
「なにを言っている。お化けといっても中にあるのは作り物だ。今までお化けなんかよりも、恐ろしい魔物と戦ってきただろう?」
「そりゃそうだけど……あっ、わたし! マリーズちゃんに知らせてくるね! 二手に分かれよう!」
「待て——」
ララを呼び止めようとする前に、彼女は俺達のクラスの方へ走り去ってしまった。
……まあいい。
ララにはマリーズへの伝言役を任せるとしよう。
「では気を取り直して入るとするか」
「うん」
お化け屋敷の入り口にかけられていた黒いカーテンを潜って、ゆっくりと足を踏み入れる。
中は薄暗く不気味な人形も所々に置かれたりしていて、なかなかに雰囲気が出ていた。
中頃まで進んだ時であろうか。
『ケケケ! 人間どもが来やがったな!』
突如前方から声が発せられる。
「……!」
シンシアが息を呑み込み、俺の腕を抱き寄せた。
見ると、前方には小さな人形が独りでに浮遊していたのだ。
「うむ、その人形の取り憑いた……といったところか」
俺の問いに、(魔念が取り憑いた)人形は「ケケケ」と笑うばかりで答えを返さなかった。
「どけ。逆らう場合は処理させてもらうぞ」
『人間ごときが調子にのるんじゃねえ!』
人形が魔力が発せられる。
魔念はそれ自体が魔力の塊であるため、このように魔法を行使することも出来るのだ。
人形からは青白い炎の槍が発射され、俺達に襲いかかってきた。
「ふん」
つまらぬな。
俺は結界魔法でそれを防ぎ、すぐさま魔法で反撃する。
しかし俺が放とうとしたファイアースピアは、相手の背反魔法によって発動前に止められてしまった。
「む」
『ケケケ! 知ってるカ? お化けを前にすると、魔法の発動すら出来なくなるんだよ!』
人形からバカにしたような口調で声が発せられる。
なるほどな。下級魔法で適当に放ったとはいえ、俺の魔法をまさか背反魔法で防いでくるとは。
「シンシア。お前も魔法で攻撃出来るか?」
「……ダメ。さっきから魔法で援護しようとしてるけど……背反魔法を使われていて発動出来ない……」
「本気を出してもか?」
シンシアが悔しそうにしながらも頷く。
シンシアの魔法相手ですら、背反魔法を成功させるとは。
彼女の持つ緑色魔力では、トラップの解錠は設置に向いている。それには複雑な魔法式を用いるのだ。
そのシンシアの魔法式を分析するとは、少なくても有象無象のゴミではないらしい。
もっとも。
「それだけ出来ただけで調子に乗るとは愚かなものだ。せいぜい粗大ゴミというだけなのに」
俺が挑発すると、人形に乗り移っている魔念がさらに強くなっていくのが確認出来た。
『ケケケ! 分かるゾ、貴様は焦っているんダナ。魔法で攻撃することすら出来ズに……死ね……!』
人形からまたさらに青白い槍が発せられようとするが、俺は即座に背反魔法で打ち消す。
そしてそのまま、俺はファイアースピアを放ってを串刺しにしたのだ。
『ぐぁああああああ! どうしてダ、どうしてワレの前で、貴様は魔法を使えるのダ!』
「背反魔法で打ち破れないように、少し複雑な魔法式にしてみただけだ。さっきのは百分の一の力で魔法式を組んだが、今回は十分の一の労力を使って魔法式を組んでやったぞ」
本気ではない力を、ヤツは俺の全力だと見誤ってしまった。
もっとも、あまり複雑にしても魔法式を組むのに0・01秒の遅れが生じてしまい、メリットは少ないのだが……背反魔法で消されないように、魔法式を変えることは俺にとっては難しいことではない。
「良かったな。お前は最初よりも十倍も、俺に本気を出させることに成功したぞ」
『嬉しくもなんともネエ……』
人形の中にこもる魔念がだんだんと薄くなっていく。
やがて、人形はそのままの状態で、中にいる魔念だけが跡形もなく消滅したのだった。