115・魔念
『試合終了っっっっ! 勝者クルト……』
実況の声が響き、審判が俺の手を挙げようと近付いてきた時、
「待て、まだ終わりではない」
俺は声と手でそれを制した。
「ぐああああああああ!」
ホレスから張り裂けんばかりの声が発せられる。
そいつから邪悪な黒い気が奔流した。
やがてホレスは叫びを止め、再度顔から地面へと倒れてしまったのであった。
「クルト、一体なにが……」
「ララ、まだ近付くんじゃない」
舞台に入ってこようとするララも制止させる。
「斧が……?」
ホレスは地面に倒れたまま微動だにしなくなったのだが、その手からこぼれ落ちた斧が一人でにふわっと浮き出したのだ。
斧は黒い気をまとっている。
ふらふらと斧は獲物を探すかのように揺らめくように動く。
そして俺を見つけたのか……。
「クルト危ないっ!」
ララの声が会場に響き渡る。
ホレスの手から離れた斧がまるで魔物のように動き、俺に襲いかかってきた。
「なかなか面白い真似をしてくれるな」
木剣で斧を受け止める。
つばぜり合いが起こり、斧が俺の方に押してくる。
うむ、力自体は大したことがないのだがな。さすがにこのまま木剣で凌ぐのは億劫だし、なにより意味がない。
俺は後退しながら木剣を地面に起き、
「我が手に来い。魔剣よ」
と口にしてから、魔剣をこの手に顕現させる。
「それにしても、なかなかの剛力だな。どちらにせよ俺の敵ではないが」
斧はホレスの意志に反して動いている。
魔法で斧を操っている可能性もあったが、ホレスは確かに気を失っており、斧は独立した意思を持って動いているようであった。
冷静に観察している俺に、巨斧は怯まずにもう一度直進してきた。
俺は斬ってしまわないように注意しながら、魔剣で斧の猛攻をいなしていく。
ホレスが操っていた時より、動きが洗練されているし、なにより早い。
斧の一振りは空気を切り裂き、周囲に微弱な衝撃波を生じさせるものでもあった。
俺は結界魔法を展開して、周りに被害が及ぼさないようにしてから……舞台上を回りながら、斧の攻撃を躱していった。
「あ、あの少年! 押されてやがるぞ!」
「やべえよ……なにが起こってるか分からないが、あの少年がやられたら俺達とんでもないことになるんじゃねえか?」
「逃げろ逃げろ!」
観客の方へと視線をやると、混乱が徐々に広がっていった。
「それにしても心外だな」
斧がまとっている気を分析しながら、俺は口から思わず声を漏らしてしまった。
「この程度に苦戦していると思われているとは」
もういい。
斧がまとっている邪悪な気も分析出来た。
終わりにしよう。
斧はトドメと言わんばかりに、大きく振りかぶり、俺へと一閃。
その際、衝撃波を伴った風圧が周りと伝播した。
だが。
「それを許す俺でもない」
襲い来る斧を逆に一閃。
魔剣によって巨斧は真っ二つに折られ、さらにはまとっていた『気』も両断された。
斧は地面へと落ち、そのまま動かなくなってしまった。
「うむ、やはりあれだったか」
「クルト!」
戦いが終わったのを見計らって。
いの一番にララが舞台に上がり、俺へと近寄ってきた。
「クルト、一体なんだったの? そのホレスって人の魔法? かなにかで、斧を操っていたのかな? その割にはホレスって人から魔力を感じないんだけど」
「そうではない。斧……いや、ホレス自身に魔念が宿っていた」
「『魔念』?」
ララが可愛らしく首をかしげる。
この時代のおいて、魔念という概念は一般的ではないということか。
俺は倒れているホレスに見ながら続ける。
「魔念、というのは憎しみや嫉妬といった強い感情が魔力と混じり合い、時間や場所が変わっても残り続けるものだ。魔念はそれ自体が魔物のように形をなし動き回ったり、人や物に乗り移って暴れることもある。ホレスには当初、その魔念が乗り移っていた」
最初から、あまりにもホレスは好戦的すぎた。戦いが終わっても、ララに攻撃をくわえようとした。
元からそんな性格だった……と言われればそれまでなのだが、それにしてもホレスの行動は異常であった。
これは魔念が乗り移ったことに対して、ホレスの中にあった負の感情が増幅されたためだ。
「宿主であるホレスがやられて、魔念は斧に乗り移ったんだろう。そして俺に襲いかかってきた」
「そ、そうなんだ……」
ララが驚いている。
こうしている間にも、周囲は騒然としており、魔剣大会の運営側もどう対処していいか分からず右往左往している様子だった。
「でもっ、これで安心だよね。だってクルトが魔念をやっつけてくれたんだから」
「いや……俺の読みでは魔念はまだ残っている」
「えぇぇぇええっ!?」
それを聞いて、警戒したララがすぐさま魔法を展開しようとする。
「心配するな、近くにはいない。しかし……どうやら、王都全体に魔念が渦巻いているようだ」
「そ、それって大変じゃん! 魔念がなにかに乗り移ったり、実体化したら……」
「ああ、文化祭どころじゃなくなるだろうな」
ここまで強い魔念は1000年前もなかなかなかった。
この魔念には、相当な負の感情が込められているらしい。
分析したところ『嫉妬』や『破壊衝動』が魔念には含まれている。しかもかなり長期間、それらが混ざり合い熟成され、強力なものとなったのだろう。
そう俺が続けると、
「ん? でもその魔念って、誰かの感情ってことなの? 誰かがすっごーく嫉妬とかしたから、魔念となって発生した……ということなのかな」
とララが疑問を発する。
うむ、やはりこういう時のララは鋭い。
「ララ、その通りだ。おそらくその通りだろう」
「でもそれだけ強い魔念って? どこの誰が抱いた『思い』なのかな」
「断定は出来ないがな」
わざわざ《文化発展日》に魔念は発生した。昨日までなにも感じなかったというのに。
さらには古くて強い思い……このようなことから、俺は一つの可能性を導き出していた。
俺は空を見上げながら、こう言葉を続ける。
「愚王オーレリアンの魔念だ」