114・力比べ
俺が言葉を投げかけると、ホレスはむくっと上半身だけを起こす。
「なかなかやるじゃねえか。だが、これでオラが終わりだとは思ってないよな?」
「まさか」
先ほどのはうっとうしい虫を手で払ったに過ぎない。
それこそ、本気の百分の一すら出していないのだ。
「ふんっ。お前はなかなか強い。しかしオラの方がもっと強いぞ」
「奇遇だな。俺も同じ台詞を吐こうとした。相手との実力差が分からないとは、そのシャドガーの国とやらの力も知れるものだ」
「……っ! オラの国をバカにするんじゃねえ!」
ホレスがまとう怒気が高まる。
彼は地面に落ちていた例の巨大な斧を手に持ち、俺に対して正対する。
そしてホレスはニヤッと口角を釣り上げ、
「どっからでもかかってこい。今までの戦いを見る限り、お前は魔法使いなんだろ? 好きなように魔法を放ってこい」
「なにを企んでいるかは知らないがな。そういうことなら、遠慮なく放たせてもらおうか」
俺はファイアースピアの魔法式を組む。
先ほど、ララは十本の炎の槍を錬成したが、俺はその十倍——百本だ。
「まずはほんの小手調べだ」
ファイアースピアを同時に発射。
四方から炎の槍がホレスに襲いかかっていく。
並の戦士なら一本や二本は回避することは出来ても、全てを躱すことは到底不可能だろう。
だが。
「うおおおおおおお!」
ホレスが雄叫びを上げる。
そして、斧を振り回し、向かってくるファイアースピアを全てなぎ払おうとしているのだ。
『おおおっっっっと! ホレス選手。目にも止まらぬ斧技だぁぁああああああ! クルト選手の魔法を一つ残らず叩き落としていくぅぅうううう!』
うむ。俺からしたら、まだ鈍い動きであることには変わりなかったが、確かにこの時代基準ならばなかなかの動きだ。
しかし実況の声は、大事なことを一つ見落としている。
一つ残らず叩き落とし、無効化しただけではなく……。
「ほう、面白い真似をするな」
一本のファイアースピアを、その斧で打ち返してきたのだ。
俺の魔法の威力・精度を残している。
主を裏切り牙を向くファイアースピアを結界魔法で防いだ。
「はあっ、はあっ。どうだ、驚いたか?」
息切れしながら、ホレスが問う。
「なにがだ?」
「お前の魔法をそのまま打ち返してくるとは思ってなかっただろう」
ホレスは得意気な表情を浮かべた。
ホレスは魔法を使っていない。また斧にも魔法は付与されていなかった。
単純な身体能力だけで、俺の魔法を打ち返してきたのだ。
それを可能とするためには、嵐さえも巻き起こす風圧。そして光さえも超す速度が必要となってくるだろう。
だが。
「ただの力自慢ではそこが限界か。俺なら百本全てを打ち返すことも出来るぞ」
「戯れ言を言うな……!」
俺が冗談を言ったと思ったのか、ホレスが顔を歪める。
しかし本当のことだ。この程度で調子に乗ってもらっては滑稽にしか思えない。
「ならば試してみるか」
クイッとホレスに対して手招きをする。
「今度は好きに攻撃してみろ。俺の方は魔法を使わない。この木剣だけで全て防いでみせよう。お前相手なら、そういう真似も容易い」
デズモンドから受け取った木剣である。
「バカにするなっ! そんな木の棒みたいなもので、オラの攻撃を完璧に防げるわけがなかろう!」
「どうした? 出来ないと思っているのか? 吠えてないで、さっさとかかってこい」
「……死んでから後悔しても遅いからな」
ホレスが両手で斧を握る。
「うおおおおおお!」
一瞬で俺との距離を詰める。
そしてララの時と同様に、斧で連撃をくらわしてきたのだ。
一撃の間に百撃。その全てが、巨大な魔物でも吹っ飛ばせる程の重い一撃だ。
「やはりこの程度か」
溜息を吐く。
俺は片手で木剣を操り、ホレスの連撃をいなしていった。
「なっ……! どういうことだ。そちらはただの木の棒、こちらは巨斧だぞ! どうして折れないでいる!?」
「うむ、確かにこれはただの木の棒だ。しかし使い方次第では、このように決して折れぬ名剣にも匹敵するのだ」
魔法を付与していなくも、ただ力任せに斧を振り回しているホレスなどに負けるわけがない。
「シャドガーという国は狭い村だったのか? 村一番の力自慢かなんだか知らないが、これくらいで威張るとは……やはりシャドガーという国も大したことがない」
「……! オラの国をバカにするなああああああ!」
あえて挑発してホレスを誘い込む。
戦闘において、怒りとは上手く飼い慣らさなければ、ただの足かせとなってしまう。
直線的に突っ込んでくるホレスの斧を、
「ふん」
木剣で横からなぎ払う。
するとホレスの手から斧が離れて、地面に落下した。
「くっ……!」
すぐに拾い上げようとするホレスの手を、俺は踏みつける。
「ま、魔法を使っていないなどと嘘を吐きおって! 魔法を使わない魔法使いにオラが遅れを取るわけがねえ!」
「はあ……ここまで低脳だったとはな」
グリグリとヤツの手首を踏みつける。
ホレスは痛みで顔を歪ませながらも、悲鳴の一つすら漏らさなかった。
なかなか我慢強い男のようだな。
これではヤツのプライドごとへし折らなければ、戦いは終わりを迎えないだろう。
「力比べをしよう」
俺は寝そべり、肘を突いて右手を差し出す。
「腕闘士という遊戯を、お前は知っているか?」
「無論だ。オラの国では腕相撲とも呼ばれていたがな。それがなにか?」
「余興だ。俺としてみるか」
ホレスがプライドを傷つけられたのか、さらに怒気を表情に滲ませる。
腕闘士というのは、お互い一本の手で握り合い、それを地面に押しつけた者が勝ち……という競技だ。
本当は色々と技術も要するらしいのだが……単純な力比べをするにはこれが最適であろう。
「お前、正気か?」
「ああ。この腕闘士で俺に勝つことが出来れば、謝罪でもなんでもしてやろう。試合もお前の勝ちでいい」
「その言葉、嘘を吐くんじゃねえぞ?」
ホレスは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった面もちで、俺と同じ体勢になる。
「好きなタイミングで押してみろ」
「じゃあ……遠慮なく!」
丸太のように太いホレスの右腕に力込められる。
しかし……ヤツがいくら俺の手を押しても、びくとも動かない。
「ぐぐぐぐぐっ……」
「それが本気か?」
「な、舐めるなああああああ!」
力を入れすぎたためなのか、ホレスの顔がトマトのように真っ赤になっていく。
さて、余興も終わりにするか。
「少し力を入れるぞ」
俺の方も軽くヤツの右手を押す。
すると。
「うおおおおおおおおお!」
急激に曲げられたヤツの腕はあらぬ方向に曲がり、そのまま地面にめり込んでしまったのだ。
「うむ、ホレスの手が地面に擦りでもすれば終わりだったんだがな」
しかしホレスの右手を中心にして、地面にヒビが出来ていた。
どうやらホレスの右腕は今の衝撃で骨折してしまい、ヤツは痛みのあまり「ううう……」と声を漏らすのが精一杯のようだった。
「その程度の力自慢で調子に乗るな。せめて片手で山を持ち上げられるくらいになってから、俺に戦いを挑むんだったな」