111・ペンは剣より強し
しばらくララと歩いていると、面白そうなものが目に入った。
「魔剣……大会?」
足を止める。
受付の周りには大勢の人が集まっていた。
奥の方にはロープで囲まれた特設のステージが見える。
あれは一体……?
「魔剣大会。《文化発展日》の目玉的なイベントだよ」
「なんだそれは」
「エントリーした人達で決闘をするんだよー。勝ち抜きのトーナメント戦で、優勝した人には豪華景品が貰えるみたい。見てっ!」
受付の上のところに飾られていたものに、ララは指をさす。
「優勝景品は南の国ジオハルワまでご招待だって! しかも二人分! クルトと行けたら、すごい楽しそうだな……」
そう言って、ララはちらちらと俺の方を見てきた。
「魔剣大会と言うのだから、魔剣を使わなければならないのか?」
「クルトみたいに魔剣なんて扱える人なんていないよ! 魔法の『魔』、剣術の『剣』、どちらに自信がある人でも魔剣大会には参加していいよー、って意味だよ」
うむ。どうやら本当の意味での魔剣は関係ないみたいだな。
それにしても大会か。
面白そうだ。
何回も言うが、今日は他国からも人がやって来る。
その中に強いヤツがいないとも限らない。
ゆえに俺は。
「よし、ララ。出場するぞ」
「へぇ?」
ララの腕を引っ張って、受付まで歩き出す。
「あの南の国とやらの招待チケットを取ってやろうではないか。無論、俺が優勝すると思うが……ララも腕試しに出場してみるといい。運が良ければ、俺と戦えるかもしれないぞ」
「招待チケット……! クルト、わたしのために……」
ん?
ララが目をとろーんとさせた。
しかしすぐに目に力を込める。
「う、うんっ。わたしも頑張るね! クルトと当たったら絶対に負けると思うけど……わたしの力もどれだけ通用するか試してみるね」
「その意気だ」
とはいっても、俺自体は招待チケットにさほど興味がないのは言うまでもない。
ララは「どれだけ通用するか試す」と言っているが、彼女の力ならよほどの者相手ではない限り負けないだろう。
「すいませーん。二人分、大会に出場したいのですが……」
◆ ◆
『いよいよ魔剣大会の開幕だ! 世界中の荒くれ者よ、祭りで美味しいものを食べているだけじゃ飽きるだろう? そこで……オレ達が、暴れ回れる場所を作ってやった! ここで存分に暴れ回り、豪華賞品を獲得してくれ!』
司会の人がそう言うと、ステージを囲んでいる観客達から爆発的な歓声が巻き起こる。
なかなか人が集まったものだな。
トーナメントの出場者は五十人ほど集まったようだ。
『では早速一回戦! 隣国からの視覚だ。騎士団所属のノーマンンンンンンンン!』
名前を呼ばれたらしい男が、歓声に応えながらステージに上がる。
見るからに優男といった感じの風貌だ。
『そしてノーマンの相手は……ここ王都が誇る最強の冒険者、クルトォォォオオオオオオ!』
「「「うおおおおおお!」」」
先ほど以上の歓声が起こった。
だから冒険者ではないというのに。
まあ否定するのも面倒臭い。
俺はなにも言わずステージに上がり、対戦相手のノーマンを見据えた。
「聞きましたよ。あなたは長い歴史のある王都の中でも珍しい、SSSランク冒険者だということをね」
ノーマンとやらは余裕げに笑みを浮かべて、そう言った。
「……まあそうなっているみたいだな」
「ですが、私も負けません。なんせ私は二十歳にして、騎士団の小隊長を任されている男! たかが一介の冒険者に負けるわけにはいかないのです」
自分で自分を褒めるのを見る限り、なかなかのナルシストだ。
ノーマンは剣を手に取る。
細い剣だ。
『はじめっ!』
「はあっ!」
試合の開始と共に、ノーマンが俺との距離を詰め、鋭い突きを放ってくる。
しかしそれはこの時代基準だ。
俺は一度欠伸をしてから、余裕を持って剣を躱した。
「……! やりますね!」
ノーマンは距離を測りながら、驚愕に目を見開いた。
「しかし私もまだまだ本気ではありません。今から繰り出される、一秒間に百の突撃! 躱せるものなら躱してみせなさい!」
いちいち自分で説明したがる男だな。
ノーマンの体から闘気が迸った。
彼はその右手に持ったレイピアをぎゅっと握り、言葉の通り百もの突きを繰り出してきたのだ。
それらは同じところを狙っているのではなく、俺の目や鼻、心臓や腹といったところに照準を合わせていた。
「うむ。なかなかやるではないか」
俺はバックステップを踏み、さらには追撃してくるレイピアを時には右手で払う。
最小限の動きで百もの突きを無効化したのだ。
「なっ……!」
それを見て、ノーマンが唖然としている。
「なんということだ! 私の突きを……全て避けるだと!?」
「なかなか筋は良い。騎士団で小隊長を任されているというのも本当のことだろう」
だが、まだまだ俺には届かない。
さて、俺も攻撃に転ずるか。
俺は腰からぶら下げている魔剣——ではなく、胸に挿しておいたペンを手に取った。
「よし、俺の技も見せてやろう」
「は?」
ノーマンが怪訝そうに目を細める。
「あなたはふざけているのですか? それはペンですよ。どうやって私に勝つつもりですか」
「ペンは剣より強し、という言葉を知らないか。お前に勝つには、これで十分だと言っているのだ」
軽く挑発してやると、ノーマンは顔を真っ赤にして、
「ぶ、侮辱するにも程があります! 私はあなたのような雑種冒険者ではなく、エリート達が集まり騎士団の小隊長ですよ!? 私を侮辱することは、それすなわち騎士団全てを貶めようとしているということ……!」
大袈裟なヤツだ。
彼は再度レイピアを構える。
「覚悟しなさい。ここでは使いたくありませんでしたが……仕方ありませんね。受けなさい! 奥義《二百総連撃》!」
ノーマンがレイピアを突き出す。
しかし俺は彼が一突きする前に、ペンに魔力を込める。
そして一秒間に千もの突きを、ノーマンに繰り出した。
「ぐああぁぁあああ!」
突きをまともにくらったノーマンは、ステージの周りに張ってあるロープまで吹っ飛んだ。
しかしそれだけでは動きが止まらない。
ノーマンの体は勢い余って場外に出て、頭を強く打ち付けて気絶してしまったのだ。
『ノ、ノーマン、場外によりクルト勝利! 強おおおおおおおおおおい!』
司会が俺の勝利を告げると、一瞬静かになった人達が再度歓声を上げた。
「うおおおおお! あいつ、すごいぜ!」
「当たり前だろ! お前、クルトを知らないのか? 帝国でドラゴンを倒したんだぜ」
「もう優勝はあいつで決まりだな」
ノーマンは俺のことをあまり知らなかったみたいだが、さすがに王都にいる人達は分かっているらしい。
「すごいよー、さすがクルト! 一番カッコいい!」
観客の中にはララの姿もあって、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「準備運動としてはこんなものか」
俺はそう呟き、ペンを胸ポケットに戻すのであった。





