110・祭りの開幕
夜が明け、文化祭当日となった。
——パンパンッ。
空砲の音で、目が覚める。
「行くとするか」
学校の制服に袖を通した。
今日は忙しい日になりそうだ。
なんせ《ファースト》クラスは、クレープ屋に演劇と……やることが多いのだからな。
それに、他国からも人が集まってくる大きい祭りだ。
なにかよからぬことが起きないとも限らない。
俺はそんなことを考えながら、校舎へと向かうのであった。
◆ ◆
「美味しいクレープ! 《ファースト》クラスの美味しいクレープですよ〜。みなさん、一度召し上がってくださ−い!」
ララの元気な声が響く。
俺達は中庭の一区画にテントを張り、クレープ屋を展開していた。
ソキヘマー苺をふんだんに盛りつけたクレープが、次々と人々の手に渡っていく。
「こ、これは……! メチャクチャ美味しいじゃねえか!」
「とてつもなく甘いけど、しつこくない! いくらでも食べられるよ!」
「もっとだ! もっとクレープをくれっ!」
《ファースト》クラスのクレープ屋に人々が殺到する。
「ちょ、ちょっと待ってくださーい! すぐに作りますのでっ!」
ララがそう呼びかけ、慌ただしくクレープを作っていった。
なかなかの好評だ。
それも当たり前か。
なんせララが丹精込めて作ったクレープなのだ。さらにソキヘマー苺という一級品の素材もある。
中庭には他クラスも模擬店を出しているのだが、クレープの評判を聞きつけたのか、次から次へ俺達のもとへと人がやってくる。
俺もララ達の手伝いをして、客さばきに尽力していった。
そして一時間後……。
「ふう、やっと落ち着いてきたね」
ララが額の汗を腕で拭う。
今までひっきりなしに訪れていた客が、少し落ち着いてきたのだ。
「クルト……文化祭の約束覚えてる?」
ララが問う。
「もちろんだ。文化祭の日に、ララと一緒に祭りを回るのだったな」
「そ、そうだよーっ! 覚えていてくれてありがとー!」
「忘れるわけがないだろ」
そう言うと、ララは心底嬉しそうな顔で俺の両手を握る。
「じゃ、じゃあさっ! 早速街に繰り出してみようよ」
「店の方は大丈夫か?」
「うんっ。流れも落ち着いてきたしね。それに……わたし、今日のこと楽しみだったんだ。クルトと祭りを楽しめるって思ったらね」
ララがそんなに楽しみにしてくれるとは。
こちらも心が弾むというものだ。
俺達は店を抜け出して、街に繰り出すのであった。
◆ ◆
「わあ、人がいっぱいだねー」
街中を歩きながら、ララがそう声を出した。
本来王都には国中の人が集まってきて、いつでも活気に溢れていて人も多い。
しかし今日は特別のようだ。
どこもかしこも人、人、人。
他国からもやって来ている関係で、こうやって歩くだけでも一苦労であった。
「あっ、クルト。あれ食べてみようよー」
ララが足を止め、とある出店を指差す。
「あれは……アイスクリームか?」
「うん。ずっと歩いてたら暑くなってきちゃったしね。ちょっと休憩しよっ」
「ああ」
俺達は人混みを掻き分けて、アイスクリームを購入した。
その際。
「おやおや、そっちの男の子は彼氏さんかな? 可愛らしい顔してるね〜」
「か、彼氏だなんて! そ、そう見えます?」
「そうにしか見えないよ。お似合いのカップルだね……はい、おまけでアイスを三段重ねてあげるね!」
なんてやり取りもあって、ララが顔を真っ赤にしていた。
「へへへ、クルト。カップルに間違われちゃったね」
ララの口元がにやけている。
どうやら嬉しかったみたいだ。
俺達はアイスを持って、近くのベンチに腰掛けた。
「うーん、とっても甘いね! 冷たくて美味しいっ!」
「そうだな」
アイスを舐めると、冷たさと甘さが同時にきて、舌が溶けてしまいそうになった。
普段でも食べられるが、こういう場で食べるアイスがなんと美味しいことか。
ララはあっという間に三段のアイスを食して「ごちそうさまっ」と手を合わせた。
「あっ、クルト! あっちのソーセジ串も美味しそうだよ。食べてみようっ」
「おいおい、そんなに慌てるな」
俺はまだアイスを食べ終わってないのだが?
その後はララに手を引っ張られ、街中に出されているありとあらゆる食べ物を口にしていった。
ソーセジ串……ウルフの塩漬け……リンゴ飴……かき氷。
それらは全て美味しくて、舌鼓をうったものだ。
とはいえララ達が作った……《ファースト》クラスのクレープが一番だと思うがな。
「クルト、楽しい?」
隣り合って歩きながら、ララが顔を近付けてくる。
「ああ、楽しいぞ。一人で歩くのも良いと思っていたが、こうしてララといる方が何倍も楽しいな」
これは本音であった。
人混みだとか、誰かと一緒にいるだとか……前世では苦手ではあったが、この時代ではそうもなくなってきている。
ララは一つ一つの反応が面白く、見ていて飽きなかった。
そういう意味で言ったのであるが、
「……! わ、わたしもクルトといれて何億倍……いや何兆倍も嬉しい! クルト、大好きっ!」
とララは俺の腕を抱いて、顔をうずめたのであった。
……さて。次はどこに行こうか。
俺は周囲を見渡し、なにか面白そうなものがないか探していると、
「キャーッ! ひったくりよー!」
突如、街中に剣呑とした悲鳴が響く。
見ると、一人の貴婦人が地面に倒れながらも、離れていく男を指差していた。
男の腕にはカバンが持たれている。
「ク、クルト……! 助けてあげようよっ」
ララがそれを見て、即座に言う。
男はどんどんとカバンをひったくた貴婦人……そして俺達から離れていく。
逃げ足は速いようだな。
しかし。
「当然だ。それにもう捕まえた」
「え?」
ララが目を丸くする。
何故なら……貴婦人や俺達から逃げるようにして離れていった男が、すぐ手元にいたからである。
転移魔法の応用だ。
対象者に魔法をかけることによって、俺のところまで転移させたのだ。
「あれ?」
逃げていたはずなのに、全然違う場所に一瞬で転移させられてしまい、男は戸惑った表情を見せた。
俺は男の頭を掴み、こう告げる。
「このような楽しい場でつまらないことをするな。さっさとそのカバンを返せ」
「い、一体なにが起こっているんだ? しかし相手は子ども。一ひねりすれば……!」
「ふん」
男が殴りかかろうとしてきたので、エリアリアルムーヴを使って宙を浮かせる。
そして地面に叩きつけてやると、男はカバンから手を離し、気を失ってしまった。
「クルトーっ! すごいよ。あっという間すぎてなにが起こったか分からなかったよ!」
「これくらい準備運動にすらならん」
手を払う。
こいつをどうしようかと思っていたら、すぐに自警団らしき人々が現れ、男をどこかに連れて行ってしまった。
楽しい時間は、誰にとっても楽しくあるべきだと思う。
貴婦人のもとにカバンを返してから、俺達は再度歩き出すのであった。