11・VS天才魔法使い
ステージに上がると、紫色の髪をしたかわいらしい女の子が立っていた。
腕を組んで、表情は何故か不機嫌気味だ。
「受験番号99……あなたですね。十体のマッド人形全てに魔法を当てられた天才というのは」
俺が口を開く前から、その女の子が喋りだしていた。
「まあそうだな。なにか文句があるみたいだが?」
「当たり前です。私は……この学園の入学試験に首席で合格しようと思っていました。そこにあなたが現れた。わたしの首席入学のための障害が、目の前にいたら文句の一つや二つも言いたくなるでしょう?」
逆恨みじゃないか。
呆れていると、ステージを囲んでいる周囲からぽつぽつと声が聞こえてくる。
「おい、あれってマリーズ・シゼノスナじゃないか」
「ああ。シゼノスナ家の天才魔法使いとも言われている」
「知ってるか? あのマッド人形に一発で魔法を当て、しかも半壊させたらしいぜ」
どうやら目の前にいる女の子はマリーズという名前らしい。
しかも結構な有名人みたいだ。
だが。
「だがあの男もマッド人形を全て破壊したらしいぜ? しかも欠陥魔力で」
「ははは! なんだ、そのメチャクチャな話は。そんなの出来るわけないだろう! そもそも欠陥魔力で魔法なんか使えるのか?」
俺の話も聞こえてきた。
的当ての試験は、複数の会場で行われていたのだ。
俺がやったことを知らない人間も、ここにはいるらしい。
「あなた、聞きましたよ。欠陥魔力だってね」
ああ、またその欠陥魔力というワードか。
至高の色でもある黄金色が、どうしてそんなこと言われなくちゃならないんだ。
「お前も欠陥魔力だとか言って、バカにするつもりか?」
「バカにする? そんな低レベルなこと私いたしません。だって——私も『劣勢魔力』なんですからね。魔力の種類だけで優劣を決めるのは、くだらないことです」
ふむ。
劣勢魔力というのがなんなのか分からないが、この子はちょっとはマシな感覚を持っているらしい。
問題はその実力なんだが……。
果たして俺を楽しませてくれるのだろうか?
「では防御魔法を張らせてもらいます」
話していると、試験官が俺の体に防御魔法を展開させた。
あまりにも重く、それでいてもろい防御魔法だったので今すぐ破棄したくなった。
だが、これが壊れたら負けらしいからな。
我慢だ。
「では——試験はじめ!」
試験官から告げられる。
「あなたお名前は?」
「クルトだ」
「クルト。私、手加減いたしませんよ——この手に集まりたまえ炎よ。槍となって敵を——」
詠唱魔法を唱えると同時、マリーズの周囲に炎の槍が三本出現した。
ほう。
的当ての試験を見るに、同時に複数のファイアースピアを展開させることが出来た人間はいなかった。
なかなか骨がありそうだ。
「貫き灼け!」
三本のファイアースピアが同時に発射される。
劣勢魔力というのはどうやら紫色魔力のことらしい。
遠距離からの魔法に優れた魔力だ。
だったら……こんなもんでいっか。
発射されてから、俺はゆっくりと魔法式を組んで、向かってくるファイアースピアと同威力のものを作り上げた。
そしてぶつけて、相殺。
「えっ……」
ファイアースピアが相殺されるのを見て、マリーズが絶句する。
「なんてこと……私のファイアースピアと同等の魔法を放てるというのですか? あなたは?」
正しくはわざと同等にしただけだ。
一瞬でけりを付けることも出来たが、それは戦いとしては美しくないと考えたからだ。
「マッド人形を全て壊した……というのはあながち嘘じゃないかもしれませんね……ですが!」
間髪入れずに、
「この手に集まりたまえ炎よ——」
再度ファイアースピアを放とうとする。
なかなか展開速度が早い。
口だけだったシリルとは比べものにならない。
だが、悲しいかな。
「遅い」
この子の魔法は確かに早い。
だが、詠唱に頼り切っているままだったら、上にはいけないだろう。
俺は無詠唱でマリーズよりも早くファイアースピアを展開し、発射させた。
「キャッ!」
マリーズの足下にファイアースピアが突き刺さり、彼女は小さな悲鳴を上げて尻餅をついた。
「ど、どういうことですか? はじめもですが、無詠唱で魔法を放った……? そんなことが実現可能なんですかっ? それに早すぎる?」
どうやら俺の魔法を見て、マリーズは戸惑っていた。
これくらいが今のこの子の限界か。まだ俺を楽しませてくれるには至らないらしい。
まだ防御魔法は壊れてないみたいだな。マリーズも「ギブアップ」とは言っていない。
俺がマリーズに近付くと、
「クッ……これは奥の手として隠しておきたかったのですが……仕方ありません!」
マリーズの目の色が黒から青に変わった。
瞬間、彼女は立ち上がって目を瞑って魔法を唱えだした。
「我らが神よ。我が手に聖剣の力を与えたまえ。神聖なる一本の剣よ、天より轟き敵を殲滅せよ。我はマリーズ。神なる力を行使する者なり」
ゆっくりと組み上がっていく魔法式。
おお、この子はもしや『ホーリーソード』を使うつもりなのか?
前世でも中級に位置していた魔法だ。
「ほう。なかなか上手く出来てるじゃないか」
俺の頭上に現れた、人一人分サイズの剣を見て声が漏れる。
「そんなに余裕で良いんですか? これであなたの…負けです! 《神の聖剣》!」
マリーズが手を振り下ろし、光の剣が落ちようとした時。
「だが、やはり遅い」
「え?」
俺は背反魔法を発動した。
ガラスの割れたような音が聞こえ、光の剣は跡形も消滅してしまった。
「ど、どどどういうことですか? 私のホーリーソードが……一体どこに?」
「背反魔法だ。中級魔法が使えるんだから、それくらい知ってるだろ?」
「さ、最上級魔法にも位置するホーリーソードが中級ですって? それに背反……魔法?」
マリーズは目の前に広がる光景を見て、わなわなと震えていた。
ああ——背反魔法を知らないか。
探知魔法や身体強化魔法が一般的じゃないんだ。これくらいはなんとなく予想出来た。
背反魔法というのは、相手の魔法を分析し、裏切らせる魔法のことである。
簡単にいうと、相手の魔法を消す技術のことだ。
ただ相手の魔法を完璧に分析し理解する必要があるので、相当な実力差がない限り背反魔法は使うことは出来ないが。
「そんな長ったらしい詠唱なんかしてるから、分析がし終わっちゃったじゃないか」
「無詠唱魔法を使えと?」
「ああ。簡単だろ」
「それはあなただけです!」
うん。分かった。
どうやらこの世界は、俺の起こした魔法革命以前のスタンダード……詠唱魔法が基本らしい。
だったら。
「本当のホーリーソードを見せてやるよ」
「なっ……!」
予め組んでいた魔法式を発動する。
もちろん無詠唱だ。
するとマリーズの頭上に先ほどと同じような光の剣が現れた。
いや、同じじゃないな。
「な、なんて巨大な!」
マリーズが見上げて、恐れているように後退する。
「これが真のホーリーソードだ」
彼女が使ったものは人一人分のサイズに大して、俺のホーリーソードは家一軒分くらいの大きさがある。
会場が眩い光に包まれ、周囲の観客も騒いでいるみたいだった。
「防御魔法があるから、これくらい大丈夫だよな? いくぞ。《ちっぽけな子どもの剣》」
とマリーズに向かって、光の剣を落とそうとした時であった。
「ちょ、ちょっと待って! 試験終了! 終了だから! そんなの、防御魔法で耐えられるはずがないじゃないか!」
試験官が慌てたようにして、俺達の間に割って入った。
マリーズは俺の魔法を見て、腰を抜かしている。
先ほどまであった好戦的な視線はすっかりなくなっている。
このまま魔法を使ってみたかったが……どうやら、勝負は決してしまったらしい。
「まあこんなものか」
俺が魔法の発動を止めると、光の剣はなくなった。