109・文化祭前日
とうとう文化祭本番が明日となった。
学校はどこもかしこも生徒が走り回っており、慌ただしい。
敷地内が飾りで彩られていく。
こういう様子を見ていると、祭りがはじまるのだと期待感を煽られるものだ。
そんな中、俺のクラスでは……。
「マリーズ!」
《ファースト》クラスの一人の生徒が声を上げた。
見ると、マリーズはふらふらになっていて、寸前で踏みとどまったもののの、今にも倒れてしまいそうになっていた。
「大丈夫!? ずっと働きっぱなしだけど……」
「い、いえ大丈夫です。お気遣いなく」
マリーズが女子生徒に肩を貸してもらいながらも、作業を継続させようとする。
ララが担当しているクレープ班もさることながら、演劇班の忙しさも苛烈を極めている。
マリーズはクラスのまとめ役として、連日動き回っていたのだ。
そのおかげで、演劇も素晴らしいものになると確信出来るものになった。
だが……そのおかげで、彼女の疲れもピークに達しようとしていた。
「もう少しです……!」
マリーズは力強く立ち、みんなを励ます。
「明日……! みなさんで絶対に出し物を成功させましょう。それでMVPを取って……みなさんと一緒に喜び合うのです。それた私の楽しみです。どうか力を貸してくれますか?」
「「「おおおおおお!」」」
マリーズの言葉に、クラスのみんなの心が一つになる。
彼女の言ってることに嘘偽りはない。心の底から出し物を成功させたいのだろう。そう感じさせる力強い言葉であった。
その言葉は立派なのだが。
「あっ……」
みんなが作業を続行するため、マリーズから目を離した時であった。
彼女の体がゆっくりと傾き、そのまま地面へと倒れ——
「少しは休め」
——ようとした瞬間、俺はマリーズのところまで移動し、彼女の体を支えたのだった。
「す、すいませんっ」
「なにを謝る必要がある」
「こんな大事な時に、倒れようとしているなんて……私、やっぱりまだまだ弱いみたいですね」
マリーズの顔が暗くなる。
彼女は誰よりも責任感が強い。
謝ることも悔いる必要もないというのに、自分の不甲斐なさに落ち込んでいるのだろう。
だが。
「謝るのはこっちの方だ」
「え?」
「マリーズがこんなになるまで、声をかけられなかったのだからな。少々無理をしているようには見えていたが……まさかこれだけ疲労が溜まっているとは。文化祭を成功させてやる、と俺が言ったというのに……対応が遅れてすまない」
「い、いえいえ。あなたが悪いわけではありませんっ。クルトはギルドに出掛けたりもしていましたからね。私がもっと頑張らないと……」
そんな会話をしている間にも、クラスのみんなは演劇のリハーサルをしている。
マリーズ一人の負担にするだけではなく、みんなで支え合おうとしていることが目に見えて分かった。
「マリーズ。これが終わったら、夜、俺の部屋に来てくれ」
「クルトの部屋にですか?」
「そうだ。一人で来て欲しい」
ララやシンシアも呼ぶとなると、騒がしくなりそうだからな。
俺がやろうとしていることは、出来る限り静かで落ち着いた場所である方がいい。
「わ、分かりましたっ! でも寮長のエリカ先生に怒られないのでしょうか」
なんでそこで先生の名が出てくる?
転生して大分経っても、女心というものはなかなかつかめないものだ。
◆ ◆
そして夜。
トントン。
「入っていいぞ」
ノックの音が聞こえ、そう呼びかけると「失礼します」と言ってからマリーズが入ってきた。
それはいいのだが……。
「その服装はなんだ?」
「……!」
マリーズの体がビクンと震える。
何故だか、マリーズは赤いドレスに身を包んでいたのだ。
髪もキレイに結んでおり、まるで社交パーティーに訪れているお姫様のようだ。
「へ、変でしょうか?」
声を振るわせながらも、マリーズが問う。
「そんなことはない、キレイだ」
いつもの制服姿を見慣れていたものだからな。
普段からキレイではあったが、ドレスに身を包んだマリーズはより一層輝いて見えた。
言うと、マリーズはポッと頬をピンク色に染め、
「あ、ありがとうございます……! 恥ずかしかったのですが、クルトにキレイって言ってもらいたくって」
マリーズはしっかりとした足取りで、俺の隣に座った。
「ではお願いします……!」
「そ、そうか。でもそんなに気負わなくてもいいぞ。もっとリラックスしてもらってもいい」
と俺はマリーズの両肩をつかんだ。
するとマリーズは目を瞑り、少し顎を上げたのだ。
俺はそのままの状態で集中し——
「ホーリーヒール」
治癒魔法を展開させた。
マリーズの体が白い聖なる光で包まれていく。
彼女の血行が徐々に良くなっていき、体の凝りもほぐされていった。
「これは……?」
マリーズが目を開ける。
「ホーリーヒールだ。疲労が蓄積しているみたいだからな。後一分もすれば、マリーズから疲れが完全に取れるだろう」
なんせ文化祭は明日なのだからな。
「そ、そうですか……」
ん?
どうしてか分からないが、マリーズは落胆した様子。
「……そうなりますよね。だってクルトですもん。本当に……こんなにすごい魔法使いなのに、鈍感なんですから……」
「なにをぶつぶつ言っている? もしかしてホーリーヒールの効きが悪いのか?」
「い、いえっ! そんなことありませんっ」
ぷいっとマリーズは視線を逸らした。
少し心配になったが、マリーズから疲れがだんだん取れていっているのは確かだ。万が一もないが、魔法の発動が上手くいってるらしい。
それにしても一分とはいえ、このまま沈黙というのも気まずいな。
だから。
「マリーズ」
「どうしましたか」
少し尖ったような印象を受ける、マリーズの声。
「いつもありがとう」
「え?」
「俺は他人をまとめることは不得手だからな。いつもマリーズに助けてもらっている。その……なんだ、マリーズがいるから、俺はこの時代でも楽しくやれているんだ。改めて礼を言わせてもらいたい」
うっかり『この時代』と口を滑らせてしまったが、マリーズはそこに気付いていない様子。
彼女の顔がぼーっとなる。
そして笑みを浮かべて、
「そ、そんなことありませんっ! 今日もありがとうございます。私もクルトがいるから、楽しく学園生活を送れているんです。これからもよろしくお願いしますねっ!」
と嬉しそうに言ったのであった。
一瞬マリーズに嫌われてしまったかもしれないと思ったが、それは俺の早とちりだったようだ。
明日の文化祭は存分に楽しもう。
その後、治癒魔法が終わると、彼女はスキップをして自分の部屋へ帰っていくのだった。