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107・クレープの苺

「苺がない?」


 文化祭の準備として、家庭科室でみんながクレープを作っているのを眺めていると。

 口元に生クリームを付けたララがいきなり、そんなことを言い出した。


「うん」

「苺ならそこにあるじゃないか」


 テーブルにはまだ苺が山のように積まれていた。

 それに。


「もしなくなっても、市場に行けばいくらでも買うことが出来る」


 しかも《ファースト》クラスに関しては、予算に心配がいらない。

 何故ならケンタウロスキングを倒した報酬金が、俺の元に入ってきたからだ。

 予算なら、無尽蔵に使うことが出来るといっても過言ではないだろう。


 しかしララは浮かない顔をして、


「ただの苺じゃダメなんだ……もっともっと甘くてすっごい苺を入れれば、このクレープも完成すると思う」

「なかなか抽象的だな」


 それにしてもこだわりがあるものだ。

 俺からしたら、ララ達が作ったクレープは、このままでも絶品に思えるのだがな。


「その苺はどこにある? お金なら心配しなくてもいい。クラスのためならいくらでも買ってやる」

「ありがと、クルト。でも違うんだ。だって私が欲しい苺は()()()()ものなんだからね」


 引っかかりを感じる言い方だな。

 ララは俺の手を握り、瞳をキラキラとさせて話を続けた。


「ソキヘマーの渓谷けいこくにあると言われる伝説の苺……ソキヘマー苺。あれさえあったら、きっとどこにも負けないような美味しい苺が作れると思うんだ」

「あると言われる?」

「うん。入手するのも困難。しかもソキヘマー苺を口にした者はほとんどいない。名のある美食家でも、ソキヘマー苺を目にした者は少ない……と言われているんだよっ」


 ソキヘマー苺の味を想像しているのか、そう話すララの口元からよだれを零れていた。


 ソキヘマーの渓谷……確か昔アヴリルが住んでいた場所だ。

 あそこで《四大賢者》も倒し魔剣を手に入れたことが随分昔のように感じた。


 そこにそんなものがあるとは。

 とはいっても話を聞く限り、なかなか手に入れるのが難しそうではあるのだが。


「それがあったら、ララの思い浮かべるクレープが完成するのか」

「うんっ! きっとそのはずだよー!」


 ララが元気に言った。


「でも……ソキヘマー苺なんて、手に入れるのが超難しいし……そんなの無理だよね。だから違う苺で——」

「無理ではないぞ」

「え?」


 俺はララから離れ、家庭科室を出て行こうと歩を進めた。


「今から俺がソキヘマーの渓谷けいこくに行って、その苺を取ってきてやる。散歩がてらだ」

「え、え? でもクルト……そんな散歩ついでに手に入れられるようなものじゃないよ! それになんかいつも頼りっぱなしで、クルトに悪いよ」

「なに、気にしなくていい」


 最後に。

 俺はララにこう言って、ソキヘマーの渓谷へと向かうのであった。


「俺も美味しいクレープを食べたいからな」


 ◆ ◆


 ソキヘマーの渓谷へと到着。


「さて、どうやって探せばいいものか」


 知っているものなら、探知魔法を使えば一瞬で見つけることは可能。


 しかし……今回はほとんどの者が見たことがないと言われる、幻の果物なのだ。

 ざっくりとララからソキヘマー苺の特徴を聞いたものの、それではまだ足りない。

 とはいってもなんの考えもなく、俺がここに来たわけでもない。


「やはり、ここは()()に聞くとするか」


 俺は歩きはじめ、そこを目指した。


 辿り着いたのは一つの小屋。

 相変わらず魔法で施錠させられたり、罠もかけられていたが、それら全てを無効化して中に入る。


「邪魔するぞ」

「だからいきなり入ってくるな!」


 俺が小屋の中に足を踏み入れると、彼女は呆れたように溜息を吐いた。


「アヴリル、久しぶりだな。元気にしてたか」

「もちろんだ。クルトも変わってないようで安心だ」


 そうなのだ。

 かつてソキヘマーの渓谷を住処すみかとし、熟知しているであろうアヴリルならなにか知っていると思っていたのだ。


 俺がアヴリルの両親を次元から助け出した後。

 彼女は王都に家を構え、両親と平和に暮らすことになった。


 だが、あれだけの魔法の力を持つ彼女だ。体を動かさず、平和な日常を享受し続けるというのも飽きるだろう。

 そういったことで、アヴリルはたまにここソキヘマーの渓谷を訪れ、魔物退治等に勤しんでいるらしかった。


「アヴリル、ソキヘマー苺というものを知っているか?」

「ソキヘマー苺? お主、そんなものに興味があったのか」

「文化祭でクレープ作りをするんだ。それで必要になってな」

「……お主から似合わない単語が飛び出したな」


 アヴリルがジト目を向ける。

 この調子ならなにか知っていそうだ。


「ソキヘマー苺の場所なら知っている」

「おお、丁度良かった。良ければ教えてくれないか?」

「もちろんだ。クルトは私……そしてお父さんとお母さんの恩人だからな。それくらいは容易いことだ。しかし一つ問題がある」

「問題?」

「来てみれば分かる。取りあえずソキヘマー苺のところまで向かうぞ」


 そう言われて、俺はアヴリルの後を追いかけソキヘマー苺の元へと向かった。

 そこに辿り着くまでには、時には滝を逆流し、崖を飛び越え、ゴーレムの群れを倒さなければならなかった。


 なるほど。

 なかなかお目にかかることが出来ない、と言われている理由が分かるようであった。


 やがて俺達は開けた場所に出た。


「なにもないではないか」


 見渡す限り、苺があるような様子ではない。


「慌てるな、これを見ろ」


 とアヴリルは近くの崖面まで行き、


「これがソキヘマー苺だ」


 とそこから伸びている葉っぱを掴んだ。


 ……葉っぱ?


「実がなっていないように見えるが」

「ああ。これが私の言っていた問題なのだ。文化祭は確かもう日が近いのだろう? ソキヘマー苺は育つのに時間がかかるのだ。収穫出来るようになるまで、この調子だと一年はかかるだろうな」

「なるほどな」


 普通にしていては文化祭までに間に合わない。

 だが。


「それなら大した問題ではない」


 俺は地面や崖面から生えている葉っぱに魔法をかけた。

 すると。


「おお……! どういうことだ!? ソキヘマー苺が成長している?」

 

 見る見るうちに、花が咲き、その後は赤く美味しそうな苺が実っていったのだ。

 その様子を見て、アヴリルが驚愕した。


「グロウという成長魔法だ。収穫までに一年かかるなら、その時間を短縮するくらい成長させてしまえば問題ないだろう?」


 試しに実った苺が一つ手に取って、口の放り込んでみた。


「……!」


 さすがの俺の言葉を失ってしまう。

 一噛ひとかみすると、口の中に瑞々しい甘さが広がっていったのだ。

 しかもこれだけの甘さだというのに、味のしつこさがなく、これならいくらでも口に出来そうだ。


「相変わらずお主は出鱈目でたらめだな。グロウという魔法は、せいぜい肥料代わりにしかならないというのに……一年かかるものを、一瞬で収穫出来るようになるのはおかしいからな!?」

「そうか?」


 とはいえ、これだけソキヘマー苺があれば十分だろう。

 保存についても、収納魔法を使えば文化祭まで新鮮な状態を保つことが出来る。


「取りあえず、これを持って王都に戻るか。アヴリルはどうする? まだこの渓谷にいるか?」

「愚問だな」


 俺が歩みだそうとすると、アヴリルはこう続けるのであった。


「私も甘いものは大好きだからな。お主が入れ込むそのクレープとやらも食べてみたい」


 ◆ ◆


「美味しいっ!」


 ソキヘマー苺が入れられたクレープを食べて。

 ララが頬に手を当て、目を輝かせる。


「すっごいよ! これがわたしの理想のクレープだよーっ! これがあったら、最優秀賞(MVP)もいただきだねっ!」

「満足してもらえてなによりだ」

「ありがとーっ、クルト! クルトのおかげで満足出来るクレープを作れたよ!」


 ララが俺の手を取って、ブンブンと振った。


「アヴリルさんも食べてくださいよっ」

「うむ……」


 アヴリルがララからクレープを受け取り、それをジッと見つめた。


「私はこう見えて甘いものに辛口でな。不味いものは不味いと言うかもしれぬ。そうなっても、気を悪くしないで……」

「いいからいいから! 早く食べてーっ!」


 ララがせかす。


 アヴリルがパクッとクレープを頬張る。


「どう……?」


 険しそうな顔になっているアヴリルを見て、ララが不安がった。

 アヴリルはしばらくもぐもぐと口を動かしていたが、



「う、旨い!」



 とアヴリルは叫んだのだった。


「なんだ、これは! 生クリームと苺が絶妙に混ざり合い、舌がとろけるような甘さが実現されている! それをふんわりとした生地が包み込み、一緒に食べると優しく胃の中に入っていく! これだけ美味しいクレープを私は食べたことがないぞ!」


 パクパク。

 あっという間にアヴリルはクレープを完食し、満足げな表情を浮かべた。


「アヴリルさん、クレープの引換券もあげますね。もしよかったら、当日も来てください!」

「もちろんだ。両親と一緒に来させてもらうぞ」


 慌てるようにしてアヴリルはその券を手に取る。


「クルトも……ほら」


 そんなことを考えていると、目の前にララがクレープを差し出してきた。

「食べていいのか?」

「もっちろんだよーっ! だってクルトのおかげでこんなに美味しいクレープを作れたんだよ? いくらでも食べてよ!」


 クレープからは甘い香りが漂ってきて、食欲がそそられた。

 そう言ってくれるなら、遠慮せず食べさせてもらうか。


 その後、クレープを食べた俺は文化祭の成功を確信するのであった。

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