106・一瞬の決着
アシル達がケンタウロスキングにボコボコにやられている。
「どうしてだ……どうしてオレの剣がこいつに通用しない……?」
根本からポッキリ折れている剣を持って、アシルは瞳に涙を浮かべていた。
「アシル! なにしてるのっ!? 早く逃げないとっ!」
アイリーンが必死にアシルに呼びかける。
だが、彼の耳に届いていないようだった。
壊滅的な男三人に対して、アイリーンはまだ余力がありそうだ。
戦いを見ているに、ケンタウロスキングの猛攻をギリギリのところで回避しているのだ。
結果、アイリーン一人だけならケンタウロスキングから逃げることも可能だろう。
もっとも。
「うわああああ! 怖い怖い怖い!」
「どうしてオレ達はこんなヤツに勝てると思ったんだ!?」
「おい、アシル! お前、どう責任取るつもりだ!」
一種のパニック状態になったお荷物男三人……を連れて、ここから逃げるのは不可能だと思うが。
「グオオオオオ!」
品定めしているかのように、ケンタウロスキングはアシル達を見下していた。
しかし魔物がそんな悠長には待ってくれない。
ケンタウロスキングは拳を振り上げると、そのまま男達に鉄槌をくらわそうとしたのだった。
「危ないっ!」
それに対し、アイリーンが即座に反応する。
アイリーンはアシル達の前に躍り出て、彼等をかばおうとしたのだ。
うむ。一度くらい、男達の慢心をなくすためにも、ケンタウロスキングの攻撃をくらってもいいと思うんだがな。
しかしこのままではアイリーンに当たってしまう。
アシル達がどうなろうが知ったことではないが、お人好しの彼女がやられるのは、見ていて気持ちのいいものではない。
「仕方がない」
俺は右手を掲げる。
ファイアースピアをケンタウロスキングの振り下ろそうとしている右拳に当てた。
「グオオオオオオオ!?」
それによって、右腕を灼かれ消滅させたケンタウロスキングが、苦痛の叫びを上げた。
「え、え?」
アイリーンはなにが起こったのか分かっていないかのよう。
俺はアイリーンの前に立ち、
「下がっていろ。それから……戦いの途中で目を瞑る癖は止めろ。死にたくなかったらな」
と彼女の頭を撫でてから、ケンタウロスキングを見据えたのであった。
ケンタウロスキングは瞳に怒りを含ませ、俺を真っ直ぐと見つめる。
ほう。俺を見てもすぐに逃げ出さないとはな。
《滅亡級》と言われるだけのことはある。
「おいおい、お前! なにがなんだか分からねえが、さっさとその魔物を倒しやがれ!」
「そうだそうだ! 冒険者というのは協力するべきだろ?」
後ろでアシル達がそう叫んでいる。
「なかなか都合の良い男達だ」
ついさっきまで「協力する必要はねえ!」と息巻いていたのにな。
自分達が窮地に陥ったらこれか。
「グオオオオオオ!」
「ケ、ケンタウロスキングの体が光り出したよ!?」
アイリーンが声を出す。
ケンタウロスキングはそのまま赤色の魔力を放出させ、十本以上ものファイアースピアを錬成したのだ。
そして同時に発射。
俺達に向かってくる。
結界魔法を展開し、アイリーン達を守ろうか?
いやこれは……。
「必要はないな」
アイリーンに向かっていた炎の槍。
「きゃっ!」
女の子らしい悲鳴を上げるものの、アイリーンはそれを間一髪のところで回避した。
警戒を怠らなかったからである。これは予測できていた。
そしてもう一つ予測出来たことは……。
「ぐあああああああ!」
「あ、熱いっ!」
「あああああ! た、助けてくれっ!」
アシル達のことだ。
彼等は俺に守ってくれるとでも思ったのか、ファイアースピアが直撃し体を炎で焼かれている。
アシルは地面をのたうち回りながら、必死に火を消そうとしていた。
「油断しているからだ。そこで頭を冷やしておけ」
慢心は死に繋がる。
さらには礼も尽くさぬ男達を、俺が助ける義理もなかった。
まあ死ぬことはないだろう。
「さて……こっちはこっちで片付けるか」
俺は予め持ってきていた魔剣を鞘から抜く。
剣に魔力を込める。
ケンタウロスキングを見ると、徐々に体を包む魔力の光が強くなっていた。
「覚醒の時が近いようだな」
ケンタウロスキングの内部には魔力があり、それが爆発することによって完全に覚醒する。
こうなってしまえば、無尽蔵に近い魔力で魔法を連発し、都市を壊滅させる厄介な魔物になってしまうのだ。
しかし。
「お前の覚醒が終わるまで、俺が待ってやるとでも?」
俺は剣を振り上げ、ケンタウロスキングを一閃。
反対側に抜ける。
ストンと地面に着地した瞬間、ケンタウロスキングの体が両断された。
「えっ! ボク達があんなに苦戦した魔物を一瞬で!?」
その様子を見て、アイリーンが驚きの声を上げる。
しかし俺にとっては退屈なことであった。
息絶えているケンタウロスキングを見ながら鞘に魔剣を収めた。
「《滅亡級》とやらも大したことはなかったな」
◆ ◆
ケンタウロスキングを倒し、ギルドへと戻ると。
「さ、さすがクルトさんです! こんなに早く討伐し終わるとは……ギルドとしても予想外です!」
受付嬢がこれでもかとばかりに目を見開いて、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねた。
それを見て、周りの冒険者達がざわつき出す。
「す、すげえ……さすがはSSSランク冒険者だ」
「なんでも先発隊が到着するまでに片付けたらしいぞ!」
「クルトってヤツはやっぱりすごいんだな」
冒険者ではないのだが……まあ今更そこに引っかかりを覚えても仕方がない。
「クルト……? クルトさんがどこにいるの?」
一緒に着いてきていたアイリーンがキョロキョロと辺りを見渡す。
ちなみに……今、男共は病院で寝かせている。
正直、俺が治癒魔法を使ってやればすぐにでも治せるが、それではあいつ等は反省しない。
彼等には今耐え難い痛みと戦っているはずだ。
それくらいお灸を据えてやっても問題ないだろう。
「クルトは俺のことだ」
「……え?」
アイリーンが目を丸くする。
「クルトって……帝国に現れたドラゴンを倒した伝説の人のことだよね」
「伝説かどうかは分からないが、ドラゴンを倒したことは間違いないな」
「…………」
しばし沈黙。
そしてアイリーンは様子を一変させて、
「えええええええ! ボク、そんなすごい人と依頼をこなしてたのおおおお! 通りで強いと思ったよおおおおおお!」
と騒ぎ出したのだ。
どうやら『クルト』という俺の名前は知ってたみたいだが、顔は知らなかったらしい。
「あ、握手してくださいっ!」
「それくらいならいくらでもしてやる」
アイリーンの手を握ってやると、
「うわあ……すごいよ。今のボク、人生で一番幸せだあ」
と自分の手を見て、頬を赤らめていた。
握手してやっただけだというのに、大袈裟なヤツだ。
「では……報酬についてはすぐに用意出来ないので、取りあえず金貨六百枚です! 一週間後にギルドに来ていただければ、全て払いますので……どうでしょうか?」
「それでいいぞ」
報酬については興味がなかった。
別にいらないが……まあ貰えるものは貰っておこう。
「ほい」
「え?」
ギルドから受け取った金貨六百枚のうち、半分入った袋をアイリーンに渡した。
「これはアイリーンの分だ」
「え……でもボクなんにもしてないよ」
「そんなことはない。協力してくれたからな。前渡し分くらいは均等に山分けしよう」
「いやいや! 受け取れないよ!」
「いいから」
無理矢理押しつける。
しばらく押し問答があったが、
「ありがとうっ、クルト! このことはもうずっっっっと忘れないよ! もしよかったら、またボクと冒険しよー!」
と笑顔の花を咲かせたのであった。
短い間ではあったが、アイリーンと一緒にいるのは楽しかった。男共はただただ不快ではあったが。
そんなことを思いながら、ギルドを後にするのであった。