105・先発隊
《滅亡級》の魔物がいるらしい洞窟まで一瞬で転移した。
「うむ……どうやら先発隊とやらは、まだ到着していないようだな」
取りあえず洞窟の前まで来てみたが、人っ子一人見当たらない。
早く来すぎたか。
それにしてもまだ到着していないとは、先発隊も悠長なものだ。
「まあ良い。邪魔がいない方がやりやすいからな」
そう呟き、作業に取りかかろうと思ったら、
「あれえ? ボク達が一番乗りだと思っていたのに、もう人がいるみたいだよ?」
不意に女の声が聞こえた。
その方向に振り返ると、そこには先頭に女が一人、さらにその後ろには三人の男がいた。
どうやら冒険者パーティーのようだ。
「君もケンタウロスキングを討伐しにきたの?」
と女が俺の方に近付いてくる。
後ろの男達はそうでもないようだが、この女からは敵意を感じなかった。
「ああ、そうだ。そういうお前等は先発隊とやらか?」
「そうだよっ。あっ、まだ名乗っていなかったね。ボクはアイリーン! 一応これでもBランク冒険者なんだ」
照れたようにして女——アイリーンが頭を掻く。
そうしていると、パーティーの中の一人の男が、
「おいおい、こんな子どもが先発隊の一人かよ。王都のギルドも正気か?」
とバカにしたような口調で言葉を吐いたのだった。
それに続いて、他の男共も言葉を続ける。
「最近、王都の冒険者達は不抜けていると聞くな」
「どうせ平和ボケしてるんだろ?」
「オレ達の街だったら、お前みたいな子どもは冒険者にすらなれないぜ」
アイリーンはともかく、他の男三人は俺に対して一様に似たような態度だ。
蔑むような視線を俺に向けている。
「コ、コラー! はじめましての人にいきなりそんな失礼なこと言っちゃダメだよっ」
「だがな、アイリーン。こんな弱っちい子どもがケンタウロスキングに挑もうとしているのだから、そう口を挟みたくなるのも仕方ないだろう?」
俺に視線を向けながら、ニタニタとした笑みを浮かべる男。
アイリーンは申し訳なさそうに手を合わせながら、
「ごめんねっ。この人達はアシルにカミーユ、そしてジルって言うんだ。今回パーティーを組むことになったんだけど……」
「今回? ということはいつも組んでいるわけではないのか?」
俺が疑問を口にすると、アイリーンは首を縦に動かす。
「うんっ。ボク、いつも一人でやってるんだけど……さすがに今回は一人じゃ対処出来そうにないからね。たまたま王都の方に出稼ぎに来ていた冒険者——アシル達とパーティーを組んでいるんだ」
「なるほどな。しかし先発隊は百人はいると聞いていたんだが? どうしてアイリーンを含め四人だけなのだ?」
俺一人で十分とはいえ、アイリーン達では心許ないだろう。
そう思っていたら、後ろに控えていた……アシルとかいう男が、
「はっ! 先発隊って名前は付けられているが、別に協力する必要はねえ! ケンタウロスキングを倒して、たんまりと報酬金を貰うのは早い者勝ちだ! 他のヤツ等に手柄を与えるなんて、もったいなさすぎだぜ」
と息巻いた。
なかなかお粗末なものだな。
アシルとかいう男は、こうして話している間も隙だらけで呆れてしまう。
他の二人の男も似たようなものだ。
アイリーンだけ実力が少しマシなようだが……それでも、この四人でケンタウロスキングを倒せるものとは思えない。
しかしアイリーン達が一番乗りだったのだ。
他の先発隊のメンバー達も、期待出来るものではないだろう。
「まあ良い。俺はさっさとケンタウロスキングを倒しに行く。お前等はここで待っておけばいいぞ」
こいつ等がケンタウロスキングと対峙したら、そのまま死んでしまいそうだからな。
しかし俺がそう気遣ったというのに、
「おいおい! 手柄を独り占めにするつもりかよ。そういう訳にはいかないぜ!」
「アシル、こいつがケンタウロスキングを倒せるとは思えないぜ? どうせ愚か者は殺されるだけだ」
「違いねえ」
男達がゲラゲラと下品な笑い声を上げた。
アイリーンだけは「コラー! 失礼なこと言っちゃダメなんだからっ」と止めようとしてくれるが、男達の耳には入ってないようだった。
「ふむ……面倒だな」
このまま一人で片付けようと思っていた。
しかし後から「独り占めだ!」というようないちゃもんを付けられるのも、面倒だな。
とはいえ無視してもよかったわけだが、
「良いだろう。だったら全員連れて行ってやる」
「は?」
アシルが眉間にしわを寄せる。
ケンタウロスキングを倒すのは俺だとして、アイリーン達も同じ場所・空間にいたのなら文句も言わないだろう。
「どうしてそんなにお前は偉そうなんだ? 何様のつもりなんだ、お?」
「弱い犬ほどよく吠えるものだ。黙って俺に付いてくればいい」
「なっ……!」
挑発しているつもりはなかったが、アシルの声に怒気が含まれる。
今にも殴りかかってきそうではあったが、
「アシル! ダメだって! こんなところで喧嘩は禁物ー! 今は魔物を倒すことだけを気にかけておかないとっ!」
アイリーンがアシルの腕を掴んで、必死に止めようとしていた。
このまま返り討ちにしてやってもよかったんだがな。
しかしアイリーンが「本当にごめんっ!」とばかりに、俺の方を見るので調子が狂った。
「……とにかくさっさと向かうぞ。あまり時間をかけるようなものでもないからな」
「でもケンタウロスキングって、この洞窟のどこにいるのかな? 洞窟の中はなかなか広いんだけど。探すとなったら骨が折れると思うけど……」
アイリーンが口元に指をつけ、首を傾げた。
確かに、アイリーンの言う通りだ。
闇雲に探しても、ただただ疲弊してしまうだけだ。
しかし。
「なに、心配しなくてもいい。もうケンタウロスキングなら見つけたんだからな」
「えっ?」
アイリーンが目を丸くする。
洞窟の前に着いた瞬間、同時に探知魔法を起動させることによって、ヤツの居場所なら正確に把握しているのだ。
後は……。
「慣れてない者からしたら、少し気持ち悪い気分になると思うが……我慢しろ」
「おいおい、お前……なに言ってんだ——」
アシルが全て言い終わらないうちに、無視して手を掲げる。
「一からケンタウロスキングを捜すなんてまどろっこしい。転移魔法で移動してしまえば一瞬なのだからな」
そう言ってから転移魔法を発動させ、一瞬でケンタウロスキングの前へと到着したのだった。
「グオオオオオオ!」
ケンタウロスキングが雄叫びを上げる。
覚醒前とはいえ、体からは魔力が奔流し、研ぎ澄まされた爪は一度振るえば人間を絶命させるだろう。
「う、うわ! どうしてケンタウロスキングがいきなり目の前に!?」
「慌てないで! 当初の予定通りじゃん! みんなで力を合わせれば、きっと勝てるはずだよー」
「覚醒前の今がチャンスだ! 片付けるぞ!」
転移魔法の衝撃で、アイリーン達は混乱していたものの、目の前のケンタウロスキングを見てスイッチを切り替える。
とはいえ、アイリーン達が手を出す必要はない。
魔法一発で葬れるのだから。
「おい、そこのお前。手を出すんじゃねえぞ」
しかし……魔法を放とうとした瞬間、アシルが俺の前に立ち、そう忠告をしてきた。
「どうしてだ?」
「お前に手柄を横取りされてたまるかってんだ。オレ達だけでケンタウロスキングをやるから、お前に取り分はねえぞ?」
はは、なかなか面白いことを言うものだ。
そもそもここまで来たのは俺の魔法のおかげだというのに。
だが、こいつがそう言ってるんだ。
「うむ、良いだろう。しばらく俺は手を出さん」
一度、任せてみるのも一興だろう。
「ふんっ。せいぜい片隅で震えておくんだな! みんな行くぜ!」
「「「おおー!」」」
アシルの号令によって、一斉にケンタウロスキングにかかっていった——。
五分後。
「ば、化け物だっ! こんなヤツに勝てるはずがねえ!」
アシルは所々傷を負い、持っていた剣も根本からポッキリ折れてしまっていた。
彼は尻餅を付いて、ケンタウロスキングを見上げている。
「グオオオオオオ!」
「うわあああああああ!」
洞窟を振るわすような声を上げるケンタウロスキング。
それを見るアシルの目には『恐怖』が滲み出ていた。
「まあそうなるだろうな」
ザコのケンタウロスキング、しかも覚醒前といえ、そんな貧弱な体捌きで倒せるはずもない。
そろそろ頃合いだろう。
文句も言われないはずだ。
俺は一歩前に踏みだし、欠伸を噛み殺しながらもケンタウロスキングへと向かっていった。