103・従者に決闘を挑まれた
その後、エルナの学内見学も一通り終わり、学園長室でしばらく休憩することになった。
ここで野次馬達も徐々に散り散りになっていき、各々文化祭の準備に取りかかったのだ。
「クレープの方はどうだ?」
家庭科室を借りて、試行錯誤しているクレープ班の一人——ララに呼びかけた。
「うん、順調だよ! 味見してみる?」
「いいのか?」
「もっちろんだよー! 一番最初にクルトに食べて欲しかったから」
「では遠慮なく」
ララからクレープを受け取り、口を付ける。
うむ……生クリームと苺、さらにはチョコチップ達がふんわりとした生地に包まれている。
一度口に入れると、あっという間に口内に甘さが広がっていった。
噛めば噛む程甘みが滲み出る。
「どう、クルト?」
「美味しいぞ。前のディスアリア魔法学園の時にも思ったが、ララは料理上手だ」
「へへへ、クルトに褒められちゃった」
ララが惚けた顔をする。
「クルト、クルト!」
「なんだ?」
「ご褒美、ご褒美っ!」
ララが顔をぐいっと前に出して、そう繰り返す。
褒美……?
なにを求めているのだ。
いやこの体勢、もしや……。
「よし、よくやった。また俺のために作って欲しい」
試しに、俺はララの頭をなでなでした。
「ふわぁ〜〜〜〜〜」
するとララの口からそんな気の抜けたような声が発せられた。
先ほどよりも、さらにとろけた顔になっている。
どうやらララは頭をなでなでして欲しかっただけらしい。
この程度の褒美で満足するとはな。
これで満足してもらえるなら、これからいくらでもなでなでしてやろうではないか。
「あら、楽しそうですわね」
そんなやり取りをしていると、突如家庭科室の扉が開き、廊下から人が入ってきた。
みんなが声の方に視線を集めると……。
「エ、エルナさんっ!」
家庭科室でクレープの試作をしている生徒のうち、誰かが声を上げた。
学園長室で休んでいるはずのエルナが、家庭科室に現れたのだ。
室内は一瞬騒然に、しかしすぐにエルナの美しさに見とれたのか……静かになった。
エルナはくんくんと鼻を動かしながら、
「美味しそうですわね。わたくしも一つ頂いてよろしいかしら?」
とテーブルに置かれていたクレープの完成品に目を付けた。
「も、もちろんです! どうぞ!」
ララが真っ先に動き、クレープをエルナに手渡した。
その手は震えている。
どうやら緊張しているらしい。
エルナは小さな口を開け、クレープにかぷっとかぶりついた。
「——美味しいですわー!」
するとエルナは頬に手を当て、満面の笑みとなった。
「気に入ってくれましたか?」
「はい! わたくし、甘いものに目がありませんので!」
エルナは子どものようにしてクレープをパクパク食べていく。
気に入ってくれたらしい。
それにしても……。
「どうしてここにいる?」
エルナに対して、俺はそう問いかけた。
「あら、あなたは……クルトでしたわね。先ほどは素晴らしい模型を見せてもらってありがとうございました」
「なに、あれくらいは遊びだからな。必要とあればいくらでも見せてやろう」
「あれが遊びだなんて……あなたはどれ程の力を隠し持っているのでしょうか」
エルナが驚嘆したような顔になる。
両手にはクレープの食べかけが持たれたままだ。
うむ……別に力を隠しているわけではないのだがな。本気を出さなくても余裕なだけだ。
「学園長は良い方です」
所々クレープを食べながら、エルナは続ける。
「ですが、長い話に少々飽きてしまいまして。学園長室から抜け出してきたのですわ。それで美味しそうな匂いの方に歩いていったら……」
とエルナはそこまで言い終わったところで、ぺろりとクレープを完食してしまった。
生クリームが付いた指を舐めていた。
そういえば……従者だとかいうセバスはどこに行ったのだ?
従者はいつ何時も主から離れないのでは?
そう疑問に思っていると、
「はあっ、はあっ……エ、エルナ様! 勝手に抜け出さないでください! 追いかけるのに苦労しましたぞ!」
と続けて家庭科室に息を切らしたセバスが入ってきた。
「だってセバス。堅苦しいですもの。わたくしも年頃の女の子なんですから、人並みに楽しませてくださいませ」
その口ぶりからすると、どうやらエルナはセバスを巻いてきたらしい。
「そうは言ってられません! あなたはこの世界の宝です! あなたにもしものことがあったら……お?」
そう言いかけたところで、セバスの目線が俺の方を向く。
「き、貴様は……! 先ほど、私を愚弄したクルトとかいう男!」
「愚弄したつもりではないのだがな。偉そうなことを言っているのに、大したことないなと思っただけだ」
「わ、私をバカにするな!」
何故だか逆ギレしているセバスは、歩幅を広くして俺に近付いてきた。
「どうせ先ほどのオリハルコンを加工した……とかいうことも嘘に決まっておろう!」
「エルナのお墨付きをもらっているのにか?」
「エ、エルナ様の目でも分からないくらい、巧妙にやったに決まっている。私は貴様のことを認めぬからな!」
俺はともかくエルナに対してもなかなか失礼な物言いだな。
彼女が怒っても仕方がない。
「ふふふ」
しかし反面、エルナは楽しそうに俺達を眺めていた。
女の気持ちはよく分からん。
「別にお前に認めてもらわなくてもいいのだがな」
肩をすくめる。
するとその様子を見て、さらに怒りのボルテージをセバスは上げる。
「わ、私が今から貴様の実力を見極めてやる! 決闘だ決闘! 私との魔法対決に勝てれば認めてやろう! しかし、もし貴様が負けたらどうなっているか分かっているな? エルナ様と私に今までの否を詫びてもらう!」
変な話になっているな。どうして謝らなければならないのだ。
こんな面倒なことになるのが嫌だから、不用意に外部の者に対して、魔法を見せるのは考え物なのだ。
エルナの方に視線をやると「どうぞご自由に」という表情をされた。
というより、俺の魔法をまた見たいらしい。止める様子がない。
……すぐに終わらせれば問題ないか。
「良いだろう。遊んでやる」
「ふんっ、後悔するんだな! ……この学園にも実技場はなにかあるだろう? まずはそこまで移動して……」
「そこまで行くのも億劫だ。ここで済まそう。好きに魔法を放て。先制は譲ってやる」
そう言うと、セバスは見る見ると口角を釣り上げて、
「カッカカ! なにをバカなことを言っているんだ。しかし貴様がそう言うなら甘えさせてもらう。くらえ! 風よ、我が元に集結せよ。一筋の弾丸となりて、敵を貫き滅せよ!」
セバスがそう唱えると、手の平から風の弾丸が飛び出す。
ウィンドバレットだ。
弾丸はぐんぐんと俺に近付いてくるが……。
「つまらぬな」
俺のこめかみに当たろうとした時。
軽くそれを手で払った。
すると風の弾丸は弾き返され、
「ぐはっっっっ!」
セバスに直撃。
後ろの壁まで吹っ飛ばされた。
体を強く打ち付けたセバスは、どうも立ち上がってくる様子がなかった。
「俺の勝ちだな」
気を失っているセバスを見下げ、俺はそう言い放った。
「ク、クルトーっ! すっごいよー。今どうなったの?」
決闘が終わると、ララが目を輝かせて顔を近付かせた。
「手を魔力で包み、そのまま払っただけだ。虫を払うようなものだ。その気になれば、ララにだって出来るだろう」
「そんな咄嗟に出来ないよーっ! ってか、いくら魔力で包んでいるからといって、魔法を弾き返すことが出来るの? やっぱりクルトはすごい! マジ最強!」
ララは小さくジャンプして、誰よりもはしゃいでいるようであった。
つまらない戦いであったが、ララのそんな顔を見られただけでも良いとするか。
「やはり……あなたはとんでもない魔法使いのようですわね」
この様子を見ていたエルナが唖然としたように言う。
「もしよければ、わたくしの従者になってくれませんか? 豪邸が簡単に建つ程の給料は保証しますわよ」
「悪いが、俺はただの学生だ。断らせてもらう」
「あら、残念。でもあなた程の魔法使い……わたくしの従者にしておくのはもったいないですわよね。それに……セバスの失礼な行い……失礼しました。わたくしからも謝らせてもらいますわ。セバスに関しては今後わたくしの従者をクビにしようと思っていますので」
深々とエルナが頭を下げる。
まあそれくらいの処遇が妥当か。
肥大した自信は時に身を滅ぼす。
このままエルナの従者をしていても、彼女にいつか危害がくわわるかもしれないからな。
エルナはそのまま頭を上げる様子がなかったが、
「エルナさん、文化祭当日にも来てくださいねっ!」
そんな彼女を気遣ってか、ララが一枚の紙を差し出した。
エルナはきょとんとした顔でそれを見て、
「これは……?」
「クレープの引き替えチケットです。当日、これを持ってきてくれればクレープを無料で渡しますので!」
「ええ! もちろんですわ。ありがとうございます。文化祭当日も絶対に来させてもらいますわね!」
エルナは大事そうにそのチケットを受け取り、パッと笑顔になった。
その後、学園長が慌てたようにエルナのことを追いかけてきて、
「きゅ、急にいなくならないでください、エルナさん! あなたの身になにか起これば大変なことなのですから!」
と言っていたが、エルナは悪戯少女っぽく小さく舌を出すのだった。