100・二つの出し物
翌日。
HRでクラスの出し物の内容について決めることとなった。
「では、なにか案がある人はいますか?」
マリーズが黒板の前に立ち、みんなにそう呼びかける。
マリーズはクラスでも一番のしっかり者だ。
こういった司会には適任であろう。
彼女の問いに、
「はい! はーい!」
と真っ先にララが挙手した。
「クレープ屋さんとかどうかな? 美味しいものをみーんなで作って、それを食べたらきっと幸せだよーっ!」
うむ、祭りらしいではないか。
売ろうというより考えより、自分で食べてみたいと思っているようだが。
「クレープ屋さんですか。書いておきましょう」
マリーズが黒板に『クレープ屋さん』と書き込む。
「他になにかある人はいますか?」
再度、マリーズはみんなの方を振り返った。
最初にララが口火を切ることによって、発言がしやすい雰囲気が生まれたのだろう。
ぽつぽつと手が挙がっていき、黒板に様々な案が書かれていく。
それ等は全て、楽しそうな出し物であった。
しかし……だな。
「俺もいいか?」
手を挙げる。
「なんですか、クルト?」
「決闘屋というのはどうだ」
「決闘屋?」
「ああ。決闘屋なら俺一人ですることが出来る。文化祭というのは外部の人も来るんだろう?」
「……はい」
訝しむようなマリーズ。
「名前のままの意味だが、そこで決闘をするのだ。そして俺に勝てた者が現れた者には賞品を与えよう。まあ俺が負けるはずもないが……」
「却下です」
俺の言葉を全て聞く前に、マリーズが冷たく言い放った。
良いアイディアだと思ったんだがな。
ダメ元で言ってみたが、やはりマリーズは気に入らなかったか。
その後案がある程度出揃ってから、多数決等の話し合いを経て、
「この二つの案に絞れそうですね」
マリーズが黒板に書かれた二案を見る。
同時に困ったような顔をした。
最後まで残ったのはララが言った『クレープ屋さん』と、他の生徒が口にした『演劇』である。
「演劇も楽しそうだけど、美味しいもの作って食べたいよー」
「演劇も面白そう!」
周りの反応を見るに、クレープ屋と演劇……どちらにも惹かれているようだ。
どちらにせよ、祭りの定番であろう。
「困りましたね……」
その様子を見て、困り顔でマリーズが腕を組んだ。
「クレープ屋と演劇はどちらも同じ票数……二つとも文化祭の定番ですしね。どちらも甲乙付けがたいのです」
うむ。
1000年前の前世からもそうであったが、民主主義というものは難しいものだな。
あちらを立てれば、こちらが立たない。
マリーズの言葉に誰も答える者がいなかった。
解決策を提示出来ないのだろう。
しかし俺はそんな中、一つの疑問を感じていた。
「どうして一つに絞ろうとしている?」
「え……?」
俺の問いかけに、マリーズはすぐさま返せないようであった。
「文化祭のルールで決まっているのか? クラスで出し物は一つだけと」
「いえ……そういう規定はありませんが……」
「ならば二つともやればいいだけのことではないか」
「……クルト、それは本気で言ってますか?」
マリーズがジト目を向ける。
「一つとは決まっていませんが……二つとなると、どちらも中途半端になってしまうかもしれません。それに文化祭の歴史の中で、今までそんなことをやったクラスはなかったはず……」
「なに、過去にないからといって出来ない、というわけでもあるまい。どちらもしたいなら両方ともやればいいだけのことだ」
「しかし……」
「不安か? 不安なら俺に任せるといい。きっと二つとも成功させてやるから」
クレープ屋と演劇。
なるほど。どちらも随分楽しそうではないか。
片方だけ捨てるなどというもったいない真似はもったいない。せっかくなら両方とも叶えてあげたい。
俺がそう説得すると、マリーズは「ふっ」と吹き出して、
「分かりました。あなたがいるならなんとかなりそうな気がしてきますね。クレープ屋と演劇、二つともやりましょう。他のみなさんもそれでいいですか?」
マリーズの問いかけに、反対の声を上げる者は一人もいなかった。
「決まりですね。《文化発展日》までは残り一ヵ月。準備頑張っていきましょうね」
その声にクラスのみんなが活気だつ。
「うおお……クレープ屋! ララちゃんの美味しいクレープが食べられるっていうのか?」
「お前バカだな。オレ達、クレープを売る方なんだぜ? 味見はほどほどにしておけよ」
「演劇なんて、私やるのはじめてだけど大丈夫かな?」
「女優としてスカウトされちゃうかも!」
「それだけはないから心配するな」
《文化発展日》まではには日取りがあるというのに、もう当日と言わんばかりの盛り上がりだ。
うむ、これなら上手くいきそうだな。
「では……クレープ屋さんをする、ということでみなさんで病院で診察を受けなければいけませんね」
どうしてだ?
「文化祭の決まりで、食べ物を提供する出店を出すクラスは義務づけられているんです。万が一、病原菌を持っている生徒がいて、蔓延させてはいけませんから」
遙か昔にはこういった『菌』という考え方がなくて、病気が蔓延すれば多数の死者を生んでいたという。
それを予防するのは、なにもおかしなことではない。
しかし。
「病院に行かなくても十分ではないか」
「え?」
マリーズからの返事を待たず、俺は座りながら手を掲げた。
魔法のメディカルセンサーの発動。
不可視のセンサーが教室中に張り巡らされ、クラス《ファースト》の生徒全員の健康状態を細かく確認していった。
「よし、済んだ。全員健康体そのものだ。安心するといい」
「……はい?」
マリーズが目を丸くする。
「もしかしてあなた、今の一瞬でクラス三十人全員の健康状態を把握したというのですか?」
「ああ。なにもメディカルセンサーの魔法自体は珍しいものではないだろう?」
なんせ、街中の魔法医者も使っている基本的なものなのだ。
マリーズが驚く必要もあるまい。
そう思っていたのだが……。
「……! こんな一瞬でメディカルセンサーを、しかも三十人全員をチェック出来るくらいに発動出来る人なんて世界中探してもいませんっ! 魔法医者でも一人に三十分はかけるものです。クルトの言ってることですから本当だと思いますが……相変わらず出鱈目ですね」
マリーズに呆れられた。
他人の健康状態を把握するメディカルセンサーはダンジョンでも重宝する。
そのためには一人三十分もかけていては、1000年前では使いものにならないのだが……呑気なものだな。
まあ今更ではあったが。
その後、校長に掛け合うと
「クルトのことだから、そこらへんの魔法医者よりも信頼出来る」
と言われ、無事許可を得ることが出来たのだった。
※当初、シンシアが『演劇』をやりたいということになっていましたが、そもそもクルト達とは別クラスでした。なのでその設定を消しました。読者様には混乱させることになってしまい、申し訳ございません。以後気をつけます。