通勤途中
夏の残りの暑さの続く、九月のことだった。
ぼくはアスファルトの歩道を日傘をさして歩いていた。隣の車道の排気音がうるさくて、耳元、イヤホンから流れる音量を上げ続ける。額を伝った汗が鼻筋を流れて、そのまま目に入るのをぼんやりと見送った。
歩道には、ぼく一人しか居ない。なんとなしに顔を上げて、また下げる。ぼくの歩く歩道に隣接したコンビニと民家。遠く見えたコンビニには、駐車場と建物とを右往左往する人が居て、民家には車がガレージに止まったまま。
ぼくの道に入って来そうにはない。
日傘を深く前屈みにさしていると、世界はすっかりグレースケールに染まった。傘の内側の黒と、アスファルトの灰色と。だから、その中、不意に飛び込んで来た緑色に、少しだけ傘を上げた。
歩道の真ん中に、割れたスイカが落ちていた。アスファルトの灰色に、緑地の黒い縞模様が、こんもり半球に盛られている。ぐるりと回り込む時に、横目に内側を覗いてみると、瑞々しい赤色をしていた。最近割られた物らしい。アリが集っているかどうかは、一瞬見ただけなので分からない。確認するべきだったかも分からない。
暑い。日差しが強いので、アスファルトの照り返しが痛い。
信号の辺りで、傘を再びあげた。一歩二歩と近寄ったところで信号がチカチカとやり始めたので、小走りに横断する。たったった、と歩み足するのを落ち付けようとした時、足元がキラキラと光った。割れて半分になったビンの下半身と、粉々になった上半身だった。
もう駅は目前だ。ぼくは日傘を閉じて、空を見た。夏めいた真っ青な空に、白い雲がよく映えていた。
全ては偶然で、けれど半分は必然だった。スイカはともかく、もしかしたらビンや青い空は、数日前からあったかもしれない。
ぼくはこの日、なんとなく世界に目を向けていた。だからこそ気付いて、こうして、『偶然は続くものなんだなぁ』なんて思っているのだろう。
今日は何かを決行すべきなのだと、そういう予感がした。
定期券入れを取り出しながら改札に向かった時、改札隣の柵に人身事故のお知らせが書かれていた。ぼくには全く関係ない、遠くの路線の話だった。
そのまま改札を通って、階段を下って、昼だというのに薄暗い駅のホームに降りた。外を走る路線だが、この駅はある種トンネルじみているので、ホームの両端から入る太陽光以外の明かりがないのだ。
ホームには、向かい側と合わせて人が二、三居た。薄汚いベンチと、電光掲示板を合わせた数より少なかった。
ぼんやりと手元の携帯をいじりながら電車を待っていると、不意に足元に痛みが走った。咄嗟に見下ろすと、自分の白い足首が見えて、そこに黒い虫が這っている。アリだろう。ぼくは反射的に足を振って、ホームの黄色の点字タイルに落ちたアリを、踏み潰そうとした。
だん、だん、と特に殺す理由もないのに足を降り下ろしていたら、電車が来る時の電子音が遠く鼓膜を叩いて。
嗚呼、今日でいいか。と。
ぼくは電車が何処にいるのかも分からないまま、ぴょんっと線路に飛び込んだ。ホームの何処からも悲鳴はしないから、ホームに居た数名はぼくに気付かなかったのだろう。電車が来るまでの間、携帯をいじっている人はそこそこの数居る。
線路とホームは結構な高低差があって、ずしんと体に衝撃が沁みた。地面が揺れていて、ぼくは電車が来るであろう方を見ようか考えて、けれども顔を向けるのも億劫だったので、そのまま線路に蹲った。
1秒、2秒――10秒。