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魔王が始める世界征服  作者: 積木
第二章 『断罪の丘』
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八話



「ルシルを解放して下さい!!」


 アルム=ロードは磔台の周囲に参列する面々に向けて、声高々に告げる。

 勇敢とも言える雄々しい姿に、当然のように全員の視線が向けられた。

 

「ア……アルム=ロード……どうしてここに?!」


「正気か?! あれは異端の神託を宿す者なのだぞ?!」


「気でも狂っているのか?!」


 数人の司教が信じられないといった面を表しながら口々に述べる。

 周囲に混乱の色が広がる中、一切表情を変える事なく大司教は依然とした空気を身に纏っていた。


「……アルム=ロード。自分が何を口にしているのか理解しているのか?」


「解っています。ボクは自分が成すべき事を成す為に此処に来ました」


 放たれる重圧に一切臆する事なく、アルムは返答を返す。

 招かれざる客を前に、グレゴリオは大気が震える程の威圧を発した。


「彼を生かしておけば世界は必ず闇に包まれる。それを承知で異議を申し立てると言うのか?」


 ルシルは魔王の神託を宿す者だ。

 生かしてしまえば、聖典に予言されている通りの未来が訪れるのかもしれない。


 神の言葉を書き記した聖典は、法国に身を寄せる者にとって絶対の指針となっている。

 それは、アルムも十分に理解している事だ。


 だからこそ、大司教が自分に告げた話の内容は酷く頭を悩ませた。

 今まで生きてきた十六年間の中で、一番頭を使ったと言えるほどに。


 自分の頭は、そんなに優れているとは思わない。

 寧ろ友人に比べれば、遥かに劣っていると自覚している。


 いくら考えても、正解なんて分からなかった。

 何が正しくて、何が間違っているのかを正確に判断できる器量は自分にはない。


 だから、最後は自分の心に従う事を決めた。

 強情で自分勝手な判断なのかもしれない。


 それでも、アルムは心に決めている。 

 不確かな未来の為に、掛け替えのないたった一つの命を犠牲にする事なんて出来ない。


「誰かを殺す事が正しいなんて間違っています! ボクは絶対に誰も見捨てません!!」


 アルムは、自身が抱く強い決意を胸に言葉を返す。

 翡翠色をした大きな瞳には、揺るぎない覚悟を示した炎が描き出されていた。

 

「……アルム=ロード、いや、勇者。君の決意は確かに理解した。だが、それでもルシル=ルークスを生かしておく事は出来ない! 私には法国に身を寄せる大勢の信徒を守る責務がある!! 邪魔をするというなら、相応の罰を覚悟してもらう!!」


 グレゴリオは言いながら、アルムに向けて片手を翳す素振りを見せる。

 真に迫った表情は法国の担い手、大司教の矜恃をまざまざと感じさせた。


 だが、それを遮るように手が差し伸ばされる。

 ロザリア法国、法王直属騎士、聖騎士が一人。


「……」


 突如として行動を制され、グレゴリオは無言で鋭い視線を向ける。

 その仕草を目にして槍を携えた聖騎士、テレシアは防護帽の奥で口を開いた。


「大司教様、ここは私たちに任せて頂けますか?」


 グレゴリオは声の主を見据えると、静かに頷き了承の意を示す。

 聖騎士の一人に向け、大司教から是非を得たテレシアは、少し呆れたような声色で言葉をかけた。


「全く……。ケイド、勇者に怪我をさせる事は許しませんよ」


 指示に返す事なく、ケイドと呼ばれた聖騎士は前に進み出る。

 司教たちは危険を感じ取ったのか、青い顔をしながら二人の間から距離をとって離れていく。


 白と金が織りなす鎧に身を包んだ聖騎士が、堂々とアルムの前に立ち塞がった。

 二人の距離はまだ離れているものの、その姿は圧倒的な重圧を纏っている。


「戦わずに通してもらえませんか?」


「…………」


 アルムの声に、やはり聖騎士は何も答えずに、腰に差した剣を鞘に収めたまま抜き放つ。

 剣を空高く掲げると、数瞬の間を置いて、邪魔者に向けて垂直に差し向けた。


 言葉で分かり合えないなら、武力を行使する。

 それはアルムが自身が、最も嫌う行動の一つだ。


 だが、今はそんな事を言っていられる状況じゃない事は確かだった。

 大切な友人の命が散らされようとしている。


 それを食い止める為なら、手段なんて選んでいられない。

 絶対に死なせない。その想いがアルムを強く突き動していた。


 ーー聖騎士……とても今のボクが勝てる相手じゃない……


 ーーでも、ボクは勇者だ……大切な友達も守れないで何が勇者だ!!


 アルムは背に回した剣に手を伸ばし、ゆっくりと引き抜く。

 柄を強く握り、腰を低く落として構えを取った。


 ーー相手はボクを殺すつもりはない! だから、その隙を突く!!


 ーー絶対にルシルを助けてみせる!!


「ッッ!!」


 アルムは硬い地面を足先で噛みしめるように踏み出した。

 土煙が舞い散る。その速度は力強く引き放たれた矢を連想させるほどに素早い。


 選んだのは先手必勝、最短距離。

 初めから技と駆け引きによる応酬は、通じないと直感的に感じて取っていた。


 悠然と立つ白の騎士は、歴戦の風格を纏っている。

 聖騎士。それは、法国内で最強の名を欲しいままにする、武の頂点に君臨する存在だ。


 生半可な攻撃では、隙さえ作ることは叶わない。

 なら、小細工を労せず自分の持てる全力をぶつけるしか道はない。


「オオォォオオオオオオオオオオ!!」


 気合いの入った声とともに、アルムが繰り出したのは右からの一閃。

 空気を切り裂きながら突き進む一撃は、聖騎士の首を正確に狙う。


「なっ?!」


 空中に、爆ぜるような衝撃音が鳴り響く。

 同時に、アルムは一驚を浮かべながら声を漏らした。


 首を跳ね飛ばす勢いで放たれた一撃は、しっかりと受け止められている。

 剣で防いだのではない。ましてや避けたられた訳でもない。


 聖騎士は、左の掌で剣を止めていた。


 想像もしていなかったありえない事態に、アルムの心中は大きく乱れる。

 直ぐに平静を装い、続けさまに攻撃を浴びせるべく態勢を整えた。


 剣先を霞ませる程の速度で放たれる無数の斬撃。

 尖鋭な刀身の全てが、吸い込まれるように聖騎士の掌で阻まれる。


 ーーッッ!!


 アルムは、剣を振るいながら胸中で焦りを覚えていた。

 力量の差は、初めから自覚している。


 それでも、ここまでとは思ってもいなかった。

 信じられない出来事だが、現実に変わりはない。


 いくら法国最強とは言っても、善戦するくらいの自信はあった。

 それが文字通り、相手の手の平で弄ばれている。


「それならッッ!!」


 アルムは内包する精神力を剣に集中させた。

 直剣に淡い光が灯り、嘗てないほど強烈な輝きを生み出す。


 眩い閃光の塊と化した刀身で繰り出すのは、キマイラの体に刻んだのと同様の技。

 自身の持てる技も中で最速、最強の攻撃力を持つ絶技。


「絶技<乱舞=ロンド>!!」


 光を放つ直剣の刃が、聖騎士を襲う。

 今までの剣技とは、段違いの威力と速度が込められた一振り。


 高速で飛来する一閃に、聖騎士はその場から動く事なく手を伸ばす。

 そして完全に軌道を読んでいたのか、今度はいとも簡単に剣を掴んで見せた。


「ーーーーッッ?!」


 自ら光を放つ刀剣を、軽々と握りしめる聖騎士。

 アルムは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。


 次の瞬間、直剣が悲鳴を上げるように圧砕される。

 輝きを失った鉄の破片が宙に舞ったのと同時、アルムの腹部に強烈な衝撃が走った。


「アルムーー!!!!」


 内臓の全てを吐き出すような強烈な痛みに、アルムの意識は遠退いていく。

 事切れる寸前、最後に耳にしたのは誰でもないルシルの叫ぶ声だった。


 聖騎士が気を失い、自分に寄りかかる敵対者を受け止める。

 圧倒的としか形容できない終幕を前に、テレシアは動じる事なく静かに口を開いた。


「司教の皆さん。彼を救護室へお願いします」


 透き通った声が、詰めた糸を切るように小高い丘に響く。

 今の今まで目にしていた光景に、心を奪われていた司教たちは体を震わせた。

 

 感じたのは、熱気と寒気。

 現実離れした戦闘に胸が高鳴ったと同時に、聖騎士の強さを前に肝が冷えた。

 

 司教の全員が、当たり前にように聖騎士の強さを知っている。

 それを一度たりとも疑った事はない。


 だが、これ程までの力を保持しているとは、司教の誰一人として思ってもいなかった事だった。

 司教と上級司教。階級はたった一つの違いだが、戦闘においてその隔たりは明らかに大きい。

 

「.testa!!」


 数人の司教が声を上げ、聖騎士が抱く勇者の元へと急いで駆け着ける。

 ルシル=ルークスはその光景を双眸に収めながら、腸が煮えくり返る思いを胸に抱いていた。


 ーー巫山戯るなッッ!!


 ーーよくもアルムを!!


 丁寧に解放され、運ばれていくアルムを確認した大司教は再び向き直る。

 その顔には、焦りや混乱の色は微塵も浮かんでいない。

 

「では、これより刑の続行を開始する」


 何事も無かったかのように再開され、淡々と進められる死への儀式。

 一言づつ紡がれる刑罰の内容を、ルシルは最早耳にしていなかった。


 湧き上がるのは、純粋な怒り。

 自分の身すら焼き尽くす程の激情が、ルシルの心を黒く塗りつぶす。


 大切な友人を傷つけられた怒り。


 不条理で、どこまでも残酷な世界への怒り。


 存在しない神にすがる、哀れな人々への怒り。


 理不尽な力に対して抗う術のない自分への怒り。


 湧き上がる憎悪にも似た感情。

 それに引き寄せられるように、闇にも似た雲が空に渦巻いていく。


 誰よりも、素早く異変に気付いたのはテレシアだった。

 それは聖騎士として、数々の修羅場をくぐり抜けてきた経験の成せる技なのかもしれない。

  

 雷雲が立ち込める遥か上空。

 黒の奥から、尋常じゃない禍々しい気配が突如として現れた。 


「ケイド!! 皆を守りなさい!!」


 テレシアは防護帽の奥で瞳を凝らすと、直ぐに危機に迫った声を出した。

 数瞬の間を置くことなく、一気に空へと跳躍し、高く舞い上がる。


 その場に居る全員が、顎を上げて上空を仰いだ。

 ルシルも同じように、視線を上に向ける。


 そこに映ったのは、膨大な質量を誇る太陽。

 あらゆるものを灰と化す巨大な炎の塊が、今まさに地上を焼き尽くさんと迫っていた。


 灼熱に向けて、白の騎士が突き進む。

 槍を手にした聖騎士と爆炎が重なった瞬間、炎球が勢い良く爆ぜた。


 豪快な轟を響かせながら、飛散する災厄の欠片。

 地表に降り注ぐ火の雨霰は、一瞬にして世界を紅く染め上げる。


 灼熱が蠢くように空を暴れ回り、大地には豪炎が跳ね回る。

 この世の終わりが訪れたかのような光景を前に、丘の上に立つ全員が混迷の色を浮かべていた。

 

 だが、その中で一人。ルシルだけは別だった。

 それよりも、遥かに目を引く出来事に見舞われていたからだ。

 

「誰だ……お前は……?」


 ルシルは目の前に突如として現れた人物を前に、喉を絞るように声を出す。

 炎が空を染める寸前、少女が自分の前に降り立った。


 白銀の長い髪に灰色の瞳を携えた、十代半ばの少女。

 その美貌は、傾国の美女と比喩するしかないほどに整っている。


 漆黒の装束に見を包んだ少女は、何も答えずルシルにそっと手を伸ばす。

 白く長い指が、黒髪の少年の顔を包み込むように触れた。


 剣を抜き放つ音が宙を割く。

 白銀の刀身を滾らせたのは、誰でもない聖騎士だ。

 先の少年と対峙した時には、発せられなかった殺気が一瞬にして解放される。


 大司教は数俊遅れて不吉な気配を感じ取り、磔台に眼を向けた。

 少女の姿を目視した途端、驚愕を顔に写しながら言葉を吐く。


「貴様は!!」


 業火と混乱に塗れた、断罪の丘。

 肌を刺すような威圧と熱波が、周囲の空気を埋め尽くす。


 それでも、少女の態度は変わらない。

 対峙する二人に向けて、虫を眺めるような一瞥をくれると、直ぐに視線を戻した。


 絶世の美を描く少女は、何も言わずにルシルに顔を寄せる。

 そして、優しく触れるように唇を重ね合わせた。


 ルシルは、その行為を前にして大きく瞳孔を広げる。

 同時に映る周囲の空間が、かき混ぜられるように歪んでいく。


 空と大地が反転し、全てが一緒くたんになっていくような不気味な視界。

 脳を激しく揺さぶられているような感覚に襲われ、ルシルは瞼を強く閉じた。


 時間にすれば、ほんの一秒に満たないのかもしれない。

 だが、同時に永遠にも思える不可思議な感覚。

 気がつくと、そこは来た事もなければ見た事もない場所だった。


 朽ち果て、老朽化の色が濃く描き出されている室内。

 二階へと続く幅の広い階段は、それが何処かの城の内部だと直ぐに解る。

 正面には、まるで居城の主人とでも言うような素振りを取る少女が佇んでいた。


「命拾いしたな」


 銀髪の少女が誇ったような口ぶりで言う。

 ルシルは手枷が嵌められたまま、地面に両膝をついて仰ぎ見るように眼を向けた。


「……お前は一体?」


「私は大罪の魔女だ」


 少女の形の良い口から紡がれた耳心地の良い声。

 その名前を聞き終えると同時に、ルシルは深い闇へと意識を手放した。


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