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魔王が始める世界征服  作者: 積木
第二章 『断罪の丘』
6/8

六話




 空に吹き荒れる強い風が、背の高い建築物に打ち付ける。

 陰惨な雰囲気を放つその塔は、罪人を閉じ込めておく監獄塔と呼ばれる建物だ。


 石造りの強固な壁には、鉄柵が嵌められた小さな窓が一つ。

 底冷える硬い地面に、必要最低限の家具が置かれた独房。

 そこに収監されているのは、一人の少年だった。


「ック!!」


 ルシル=ルークスは、体中に痛みを感じて目を覚ます。

 まず初めに気が付いたのは、両手にしっかりと嵌められた冷たい手枷だった。


「なんなんだこれは……」


 体に無理やり力を入れて、硬い寝具から上体を起こす。

 頭が痺れるような感覚が残っているが、意識を強く持つことで何とか耐えしのいだ。


「ここは……」


 目に映るのは、当たり前のように設置された鉄格子に頑丈そうな壁。

 徐々に意識が覚醒していくのと同時に、ルシルは大きく目を見開いた。


「牢屋だと?!」


 一瞬、置かれた状況が全く理解できなかった。

 それでも目にする光景を前に、ルシルは直ぐに置かれた状況を把握し始める。


 ーーありえない……何がどうなっている……


 ーー記憶が曖昧だ……思い出せ……


 ーー確か神託の授与を受けて……オレに示された神託は……


「……魔王」


 左手に刻まれた紋章を目にして、そこまで記憶を確かめた時だった。

 ルシルの耳に嫌な金属音を響かせながら、扉を開く音が聞こえる。

 続くように、靴が硬い地面を打ち鳴らす音が牢屋全体に響き渡った。


「貴女は……?!」


 突如として現れた、想像もしていなかった人物の来訪にルシルは驚き声を漏らしてしまう。

 鉄格子を挟んだ向かい側に現れたのは、誰しもが知る非常に名の知れた人物だった。


 光を纏ったような長い純金色の髪は、後ろで丁寧に束ねられている。

 人形めいた造形をした顔には、晴れ渡る青い空と同じ色をした綺麗な瞳が描き出されていた。


 外見は二十代前半。だが、年齢に削ぐわない洗練された雰囲気は圧倒的だ。

 白と金で織り成された騎士服に身を包む姿は、一重で身分の高さを感じさせる。


「初めまして。私の名は、テレシア=シアバター。ロザリア法国、法王直属騎士。聖騎士を統括している者です」


 名乗った女性は、胸の前に手を当て一礼をして見せた。

 その美しい姿と声色は、どこか人間を超えているかのような様だ。


「どうして、貴女のような方が此処に……?」


 法王直属騎士、聖騎士。それは、法国の頂点に立つ最強部隊に与えられる称号。

 一般の信徒。助祭は勿論の事、神託を示された司祭や司教でもおいそれと会う事は出来ない。

 聖騎士は法王のみに仕える上級司教。ルシルからしてみれば、言わずもなが別格の存在と言えた。


「その前に確認して置きたい事があります。ルシル=ルークス、貴方に示された神託を私に見せて頂けないでしょうか?」


「……。.testa。畏まりました」


 ルシルは聖騎士に言われるがままに、手枷を付けた両手を前に差し出す。

 刻まれた紋章に目を落とすと、テレシアは静かに瞼を閉じた。

 

 ーーやはりオレが捕らえられた原因は、示された神託に関係する事か……


 ーーだが何故、法王直属の聖騎士がオレの前に……?


 頭の中で、ルシルは幾つもの仮説を浮かび上がらせる。

 だが、どれも決して楽観的とは言えないものばかりだった。

 

 確認を終え何か思い当たる事があったのか、テレシアは少し間を置いてから口を開く。

 その言葉は、ルシルに驚きを与えるには十分だった。


「……ありがとうございます。私が此処に赴いた理由は一つ。貴方に刑の執行を言い渡しに来ました」


「なっ! 刑の執行だと?! どういう事だ!?」


 全くもって予想もしていなかった言葉を受け、ルシルは声を荒げる。

 最早、相手が誰だとしても礼儀などに構っている余裕は無かった。


 自分に刻まれた神託が『良くない何か』だという事は推測していた。

 けれど問答無用に拘束されだ挙句、裁判も行われず刑の執行など聞いた事が無い。

 

「罪状は、魔王の神託を宿す罪。貴方の左手に刻まれた神託は世界を滅ぼす災厄の紋章。紛れもない異端の神託として聖典に記述されているものです」


「この神託が……異端だと……? 待ってくれ! それは何かの間違いだ!」


「ですから、私が確認に来ました。貴方に刻まれた紋章が本当に聖典に記載されている異端を示す物と同様の物かどうかという事を」


「同じだというのか……?」


「はい。全く同じものです」


 ルシルは鉄格子を掴みながら、聖騎士の顔をまっすぐに見据えた。

 テレシアのような非常に階級の高い者が、嘘や冗談を言うなんてありえない。


 これが本当に異端の神託だとしたらなら、大司教が自分に仕向けた行為も理解できない事はない。

 だが、それでも素直に納得できるかと言えば、違う。断じて認められない。


「違う……ありえない……。絶対に何かの間違いだ……」


 鉄格子を前に俯きながら、ルシルは呟くように言う。

 頭では理解している。けれど現実を直視できるかと言われれば、それは別の話だ。


「……」


「貴女は言ったな……オレが世界を滅ぼすと……」


「はい。その通りです」


 力なく項垂れたままの態勢で、ルシルは虫が鳴くように頼りない声を発する。

 それほどまでに、自分示された神託を認める事ができなかった。

 

「間違っている……俺は世界を滅ぼそうなんて思っていない……」


「確かに、今は貴方の言う通りです。ですが事が始まってからでは遅いのです」


「言っている意味が解らない。ならオレをどうする気だ! 一生牢屋の中で生きろというのか!」


 目の前に佇む聖騎士に向けて、ルシルは声を張り上げて叫んだ。

 テレシアは、どこか覚悟を決めたような力強い面を表して一語一句違わずに言葉を紡ぐ。


「ルシル=ルークス。貴方に下された刑は死刑。執行は明日の明朝です」


「なっ?! ……死罪だと? オレは何もしていないぞ!!」


「これは、法王から直接下された決定事項です」


「巫山戯るな!! そんな事が認められるか!!」


 ルシルは、険しい表情を描きながら怒声を吐き出した。

 苛立ちを打ちつけるように、鉄格子を強く握りしめる。


 異端の神託を示された者の末路は、幾つもの文献や文書に目を通して情報を得ていた。

 差異はあれど、そのどれもが決して悲惨な結末を辿ったわけじゃない。

 裁判を終えて出された刑罰の中で、最悪と言える判決でも終身刑だったはずだ。


 だが、自分に提示されたのは法国に於ける最も重い罰。

 それも法王からの直接の指示。それは神の意と同じという事を示している。


「貴方が何を言おうと変更される事はありません。法王の決定は絶対です」


「何も罪を犯していない信徒を、この国は無慈悲に殺すのか!!」


 裁判も何もない判決を、素直に認めるわけにはいかない。

 それ以前に、自分に示された異端についても納得できない。


 何を持ってして、異端と罰せられなければいけないのか理解できない。

 自分は、罰せられるような行いは何もしていない。


 聖典に記述されているものが、全て本当だと誰が証明できる。

 そんな人間は、世界中のどこにも存在しないというのに。

 

 自分は敬虔な信徒のはずだ。

 法国に於ける規則を守り、指示に従い生活してきた。

 他国から身を寄せた自分が、盲目の妹と暮らすにはそれしか道は無かったからだ。


 だからこそ、法国に尽くしてきた。

 無意味とも思える習慣に敬意を払い、意味のわからない祭事にも手を尽くしてきた。

 その対価が、神を崇拝した結果に訪れる結末が死刑で良いはずがない。

 

「……時刻は明日七時。死刑執行には私も付き合う事になっています。ルシル=ルークス、貴方伝えるべき事項は伝えました。では失礼します」


 余りにも、あっけなく告げられた死の宣告。

 一礼を見せて立ち去ろうとする聖騎士は、憐れむような瞳をほんの一瞬だけ覗かせた。


「なっ……?!」


 その姿を目にしたルシルは、冷たい地面に崩れ落ちるように膝をつく。

 自分に釈明の機会が、決して与えられない事を察したからだ。


 ーーありえない……オレが死刑だと……


 ーー今まで、一体何の為に……


 ーー認められない……だが、一体どうすれば……


 ーーオレは死ぬのか……ここで、こんな所で終わるのか……


 ルシルは、立ち去ろうとする聖騎士に向けて喉を絞るように声をかける。

 どうしても、聞かなければならない事があった。

 

「待ってくれ……家族がいるんだ……妹は……妹はどうなる……?」


 たった一人の血の繋がった妹。

 自分が死ねば、妹は独りになってしまう。


 光を見る事が出来ず、力もない。まだ幼さが残る、か弱きただの少女。

 悔やんでも悔やみきれない想いが、ルシルの心を強く締め付ける。


「……親族に貴方の罪は関係しません。今まで通り法国の信徒として過ごして頂く事になります」


「妹に……ルミスに危害は及ばないんだな……?」


「はい。貴方の刑の執行は、内密に行われる予定です。階級の低い者に事実が漏れる事はありません。貴方は事故で亡くなったと伝えられるでしょう。すみません……私はこれで失礼します……」


 テレシアは背を向けたまま答え、入ってきた時と同じように靴の音を響かせながら去っていく。

 その音はルシルの心に渦巻く絶望を、より一層深みへと落としていった。


 ーー大切な人を残して……あの時と同じように……


 ーー無力で……何も守れないまま……


 ーーオレは……



 

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