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魔王が始める世界征服  作者: 積木
第一章 『黙示録の魔王』
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四話

 


 聖堂内は、いつもと変わらず威厳と静寂に満ちていた。

 曲線を描いた天井は遥か高く、壁や柱には簡素だが洗練された彫刻が確認できる。


 奥の壁には、ロザリア法国の象徴。

 十字架と太陽を模した巨大な記念碑が、まざまざと存在を主張している。

 青白く輝く水晶で作られたそれは、窓から差し込む日の光を受けて一層輝いていた。


 ルシルとアルム。跪き頭を垂れる二人の前には、十人の司教が左右に分かれ列をなしている。

 その中央部。祭壇たる場所に、堂々とした趣で立つのは一人。


 大司教、グレゴリオ=ハイネス。

 法国に於いて、法王から全信徒達の統括的立場を与えられた高位なる聖職者。


 燻んだ灰色の短髪に、純白の法衣に身を包んだ三十代中頃の風貌。

 鋭い目を携え、凛々しくも厳しそうな雰囲気は、強靭な意志を連想させる。

 その姿は長身で、服の上からでも鍛えている肢体が容易に察することが出来た。


「ルシル=ルークス。アルム=ロード。面を上げ、立ち上がれ」


「「.testa」」


 二人は大司教に指示された通りに立ち上がる。

 その振る舞いは、十分に気品を感じさせるものだった。


「二人に賛辞を送りたい。其方たちの話は学院長から聞いている。大変素晴らしい才能だと褒めておられた。そこで二人に問いたい。守護者足る者の矜恃は学院で十分学んでいると思う。だからこそ、神託を示される前に答えてもらいたい」


「大司教様!! それは……!」


 グレゴリオ=ハイネスの話に、並ぶ司教の一人が異論を挟んだ。

 その声には幾分緊張を感じさせたが、グレゴリオは表情を一切変える事なく話を続ける。

 

 「構わない。神託を得る前に知っておく必要が有る。彼らは法国の守護者になるのだから」


「.testa。畏まりました……」


 司教が口を噤むとグレゴリオは、そこで一呼吸の間を置いた。

 聖堂内に、先とは違い緊迫した空気が充満していく。


「我が法国は、知っての通り争いを好まない。争いからは失うことはあれど、何も生まれる事はないからだ。だが、武力は無くてはならない。神の御心に身を寄せる敬虔な信徒が、様々な脅威に晒される事も十分にあり得る。今世界はまさに、群雄割拠と呼ぶに相応しい時代を迎えているのは知っていると思う。いずれ中立を謳う我が法国も、戦火に巻き込まれる日が来るかもしれない」


 世界には数多の国が存在している。

 法国に帝国、王国に共和国。連邦に連盟国、共和国に海洋国家。


 それぞれの国が異なる思想を掲げ、長きに渡り世界の覇権を巡って争いを繰り広げていた。

 昨今その動きは、より一層激しくなっているのが現状だ。

 世界が戦争という名の炎に包まれるのは、最早時間の問題だった。


 ルシルは特に驚いた素振りを見せる事無く、沈黙に伏している。

 特に顔色を変えずに済んだのは、事前にある程度の情報を手にしていたからだ。


 勿論、知っている情報はアルムにも伝えてある。

 戦乱の時代。それは、ルシルが神託を得るために急いだ理由の一つだった。


「だからこそ、守護者に成る其方たちに問いたい。避けられぬ戦が差し迫った時、其方たちは同じ人間を殺める覚悟があるか? 人を守る為に人を殺める。その罪を背負う覚悟があるか?」


 提示された問題は、非常に難しい。

 法国が掲げる教示は、他者を尊ぶ事。

 自ら戦を仕掛ける事などあり得ないのは勿論、どんな戦にも介入しない理念を長きに渡り謳ってきた。


 だが、迫り来る脅威に対しての防衛は別だ。

 法国の信念と、誇りを守る為に立ち上がる。それは決して悪しき行いではない。

 それでも、人が人を殺す。それは言葉ほど簡単に割り切れる問題ではない事は確かだ。


 敵を前にし、覚悟なく挑んだあげく、自身の命を散らす事もある。

 敵を前にし、我が身大事に逃げ出す事もある。

 敵を前にし、敵の命を奪う事を躊躇し、地に伏す事もある。


 二人は今、それらの覚悟を、抱く真意を、正面から問われていた。


「私は覚悟を決めています」


 ルシルは、静寂を割くように口を開いた。

 顎を上げ瞼を見開き、はっきりとした声色で意思を示す。

 

「私には自分の命に代えても守らなければならない、守りたい人がいます。その為に私は守護者への道を選びました。覚悟は十分にできています」


 目の前に立つ大司教に対して、ルシルは模範解答は通じないという事を直観で悟っていた。

 グレゴリオの鋭い眼光が、自身の抱く心を見透かしている気がしたのだ。


 けれど、想いの丈を全てを話す気にはならなかった。

 偽るつもりもない。虚言を吐くつもりもない。

 それは、この場に置いて最も愚かな行為だと認識している。

 

「……成る程。感謝する、ルシル=ルークス。アルム=ロード、其方はどうだ?」


 それから少し時間が経った頃。

 アルムから出た一声は、その場にいた全員が予想していたものとは違う答えだった。


「ボクは……ボクは覚悟が出来ていません……」


 ルシルは驚き、隣に視線を向ける。

 目に映った悩ましげなアルムの顔を見て、ルシルは静かに視線を元に戻した。


 嫌に思ったわけではない。寧ろ、その逆。好意的な感情を胸に抱いたからだ。

 

「すみません……その、凄く考えたんですけど……やっぱりまだ答えは出せません……。ボクには守りたい人が大勢います。でも、他の国の人たちも誰かを守る為に戦ってると思うんです。だから、その……やっぱり今は答えられません。大切な人に剣が向けられれば、ボクも剣を手にするかもしれません。でも、それでも……戦わないで解決する道を進みたいと思います……」


 アルムは、どこか申し訳なさそうに答えを出した。

 ゆっくりと語られた内容は、理想的なものだ。


 戦わないで解決する。

 それは他者を尊ぶ理想を心に宿す、アルムだから言えたのかもしれない。


 ーーアルムらしいな


 耳にしていたルシルは、胸中で声を漏らした。

 自分とは、まるで正反対の性質を持つアルム。

 

 本来なら交わる事はなかっただろう。

 けれど紆余曲折を得て、ルシルは本当に大切な友人として認識していた。


「……うむ。二人とも偽りなき真実を話してくれて感謝する。二人の意見はどちらも正しい。その信念を決して忘れずに、守護者たる者の道を歩んで欲しいと思う」


「「.testa」」


「では、神託の授与を始めよう。神託の授与は一人づつだ。どちらか前に出てくるといい」


 優しげな笑みを浮かべて、グレゴリオは言葉を紡いだ。

 その声に反応するように、聖堂内の空気は穏やかなものへと変化していく。


「どうする? ルシルが先に行く?」


「……いや、アルムが先に行くといい。楽しみにしてたろ?」


 先ほど見せた神妙で悩ましい表情とは打って変わり、いつもの顔に戻ったアルムが声を掛ける。

 ルシルは少し考えた後、薄く笑みを見せながら答えた。


「ありがとう! じゃあ先に行ってくるよ」


「では、アルム=ロード前へ。これより神託の授与を始める。記念碑の前で跪き、祈りを捧げよ」


 アルムは、返事を返すと祭壇へと足を向ける。

 巨大な水晶の前で片膝を着き、胸の前で掌を組み合わせた。


「神よ、我が声を聞きたまえーー」


 グレゴリオは、アルムの頭に片手を翳しながら言葉を編む。

 同時に巨大な水晶に仄かな光が生まれた。


「我は敬虔なる信徒ーー」


 慈愛に満ちたような声が、聖堂内に染み込むように響き渡る。

 灯火にしか過ぎなかった温かな光は、徐々に徐々に力強さを増していく。


「暗き世を照らす、一筋の光ーー」


 水晶から発せられる眩い煌めきが聖堂内に広がっていく。

 それは、どこまでも綺麗で神秘的としか表現できない光景だった。


「神の名に於いて、この者に進むべき道を示したまえーー」


 グレゴリオが最後の一節を唱えた。

 同時にアルムの体から、光が湧き出るように放出される。


 内包する力を、極限まで引き出すように輝きを放つアルムの姿は、恐れるどころか神々しい。

 暖かくも力強い光が、聖堂内を埋め尽くす。


「おおおおお!! こ、これは!?」


 並んでいた司教の一人が驚いたような声を張り上げた。

 その顔には、信じられないものを目にしたような表情が描き出されている。


 ーー一体何が……? これは?!


 ルシルの頭の中で、様々な疑問符が浮かび上がったのも束の間。

 眼前の光景を前にして、大きく目を見開くと同時に、周囲の人が何に驚いているのかを全て理解した。


「素晴らしい!!」


「そうか、彼が……」


「なんという事だ!! なんという事だ!! な、ん、と、い、う、事だ!!」


「うぅ……ううぅぅ…………」


「よもや、私が生きている間に目にできる日が来ようとは……」


「おお……神よ……神よ……心から感謝を捧げます!!」


 並ぶ司教が、口々に感嘆の声を上げる。

 ある者は涙を浮かべ、ある者は歓喜に満ちた表情を浮かべていた。


 十字架と太陽を模した記念碑の中央には、神聖文字が大きく浮かび上がっている。


 「おめでとう、と賛辞を送らせてくれ。私はこの場に立ち会えた事を心から誇りに思う。アルム=ロード……いや、<勇者>の神託を示す者よ」


「「「「「!!!!オオオオオォォオオオオオ!!!!」」」」」


 聖堂内に、尋常じゃないほどの歓声が巻き起こった。

 続けざまに、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こる。


「え……? ボクが勇者ですか……?」


「ああ、そうだとも。右手の甲を見てみなさい。十字架を模した紋章。それこそが聖典にも描かれている紛れもない<勇者>の紋章だ」


「これが……勇者の……?」


 アルムは跪いたまま、言われるがまま自分の右手に視線を落とした。

 そこには剣を模した見事な十字架に、草木と花を模した日輪を描く紋章が確かに印されている。


 <勇者>。その神託は誰もが一度は目や耳にした事がある、非常に名の知れたものだ。

 世界を導く救世主。ロザリア法国の信徒全員が手にする教典の中に、はっきりと記述されている。


 アルムは今まで、勇者の神託を聖書の中だけに存在する御伽話の類だと思っていた。

 けれど自分の手に現れた紋章は、どこからどう見ても本物だ。

 予想もしていなかった神託の掲示に、体が歓喜に満ち溢れていく。

 

 「信じられないのも無理はない。だが其方は紛れもない<勇者>だ。あの神聖文字が読めるか? はっきりと<勇者>と描かれている」


「ボ……ボクが……勇者!? ルシル!!」


「おめでとう、アルム」


 神聖文字を確認したアルムは、勢いよく振り返り声をかける。

 そこには優しげな笑みを浮かべ、賛辞を送るルシルの姿が目に映った。


「ボク、勇者だって!!!!」


「ああ。ちゃんと見ていた」


 アルムは祭壇から立ち上がると、一気に駆け出す。

 他に目もくれずに真っ先に向かったのは、当然ルシルの元だ。


「うわー!! どうしよう?! 勇者だって! 本物だよ!! 本当に居たんだよ!!」


「他人事のように言うな。誰でもない勇者の神託は、お前にこそ相応しいよ。本当におめでとう」


「ッッーー!! ありがとう!! まさかボクが<勇者>だなんて! 今でも信じられないよ!!」


「偉く浮かれた勇者様だな。今日は盛大にお祝いしなくちゃいけないな」


 喜びを体全体で、こればかりかと表現するアルム。

 その姿を見ているだけで、ルシルも自分の事のように嬉しくなってしまう。


「そうだね!! って!! あああああ?!」


「? どうかしたのか?」


「ルシルはまだなのに、その……浮かれすぎちゃって……ごめん!!」


 突然、手のひらを返したように申し訳なさそうに手を合わせるアルム。

 対して、ルシルは困ったような笑みを浮かべて見せた。


「何を言うかと思ったらそんな事か……構わない。実際、俺も自分の事のように嬉しいしな」


「!! ルシル!」


「よ、よせ! 抱きついてくるな!!」


「こんな時くらい良いだろ!」


 嫌がるルシルの細い体を、アルムが強引に抱きしめる。

 その姿を見た周りの司教たちは、口々に祝福の言葉を口にした。


「祝いは二人の神託を終えてからにしよう。では、ルシル=ルークス、前へ」


「ほら、早く離せ……全くお前は……」


 大司教の声を耳にしたアルムは、ようやく抱擁を解く。

 代わりにルシルの肩を両手で掴むと、真剣な面持ちで囁くように言葉を口にする。


「ルシル。君ならきっと大丈夫だ。自信を持っていい」


「ああ、期待しててくれ。行ってくる」


 ルシルは薄い笑みを見せてから、しっかりとした足取りで歩を進めた。

 祭壇に立つ大司教の前で跪き、手を重ね合わせる。

 既に喧騒は静まり返り、静粛な空気が聖堂を満たしていた。

 

「其方にも素晴らしい神託が示される事を祈る。では始めよう。神よ、我が声を聞きたまえ」


 ルシルは大司教の声を聞いて、ゆっくりと瞼を閉じる。

 一見冷静な行動とは裏腹に、頭の中では様々な思考が渦巻いていた。


 ーーアルムが勇者……


「我は敬虔なる信徒ーー」


 ーーあいつが人を導くという救世主なら……


「暗き世を、照らす一筋の光ーー」


 ーーオレに出来る事は……オレは大勢を救えるなんて大其れた事は望まない……


「神の名において迷える者に進むべき道を示したまえーー」


 ーーオレは大切な人を守れる力が欲しい……二度と失わない為に……だから!!


 ルシルは強い想いを胸に秘めていた。

 どんな事があっても、失いたくない大切な人がいる。


 その目的を達する為なら、他の何を犠牲にしたって構わない。

 例え自分の全てを犠牲にしたとしても、叶えたい心からの願望だった。

 

 ルシルは嘗てない程、強く強く想う。

 握りしめる手に、今までに感じた事のない不思議な感覚が宿っていく。


「ッ痛!!」


 グレゴリオが最後の一節を口にした瞬間。ルシルの右手に鋭い痛みが走り抜けた。

 まるで剣で貫かれたような激しい感覚に、思わず顔を顰めて声を漏らしてしまう。


 ゆっくりと瞼を開き、痛みの走った左手の甲を確認する。

 そこには傷こそ無いが、はっきりと紋章が刻まれていた。


「何なんだこれは……?」


 ルシルが目にした紋章。

 それは、驚く程に禍々しいものだった。

 先が三又に別れた十字架に、冥府に繋がれるような冷たい鎖の日輪模様。


 それだけなら、まだ良かっただろう。けれど、現実は違う。

 右手に刻まれた十字架は、唯の十字架ではない。

 神に逆らう者を意味するそれは、逆十字架の印。

 

「ま……魔王……」


 司祭の一人が恐ろしいものを前にしたかのように呟いた。

 その声は、信じがたい程に強い忌避感を感じさせる。


 ルシルは険しい表情を浮かべ、直ぐに水晶に目を向けた。

 映ったのは、血に塗れたような悍ましい神聖文字。

 描かれているのは、司教の一人が口にしたのと同じ魔王の文字。


「魔王……」


 初めて目にするその単語を前に、ルシルは目を見開いたまま動けずにいた。

 だが周囲が表す反応は、明らかに自分に対して恐れを向けている。


「すまない。ルシル=ルークス」


 グレゴリオの冷え切った低い声が、突如大気を震わせた。

 尋常じゃない威圧を感じ取り、ルシルは直ぐに顔を向ける。

 深紫の瞳に映ったのは、今まさに自分に向けて導術を放とうとする大司教の姿。


「やめろーーッッ!!!!」


 アルムの叫ぶ声が耳に響くのと、ほぼ同時。

 ルシルの双眸に眩い雷光が駆け抜けた。




 →→→→→→→→→→→→→→→→→→→→ 




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