090 廃都グランノワール
「なんか知らない間にスキルが色々と増えてるな。能力値も偏りはあるがかなり上がってる」
レクトルはベッドに横になりながらもきちんと起きて朝食までとったからか、すぐには眠ることができず能力値の確認を行っていた。この世界ではレベルの概念はなく、新しいスキルを取得した時にアナウンスなどもない。
特に困る事も起きていなかった為、日常生活でまだ能力値を確認するということが定常化していないレクトルは、いい機会だと考えたのだった。
「でも、やっぱり上がってるのは魔力や理力、速力ばかりで防御関係が軒並み心許なすぎるな。せっかく異世界に来ても、死んだらそこで終わりだ。でも、痛いのもなぁ。何か方法を考えるか」
以前に聞いた話では守力や護力といった防御関係の能力値を上げるにはそれ系統の攻撃を受けなければならないという話を思い出し躊躇うレクトル。
必ずしもダメージを負う必要はなく、回避したり、受け流したり、盾で防いだりするだけでも直接傷を負うほどではなくても能力値は僅かながらに上昇していく。だがそれも何百、何千、何万と繰り返してやっと1上昇するというものだ。
だが、レクトルに関しては少々事情は異なる。それは称号“セカイに選ばれし者”により付与された効果によるものが大きいが、その理由を、その称号が与えられた本当の意味をレクトルが正確に理解するのはまだ先の話だ。
人毎に個性があり、上り幅は異なれどそこまで地道な努力を行うほど強い目標もレクトルにはなかった。今は取り合えず平和に暮らせればそれでいいのだ。
レクトルがそんなことを考えていると、突如星屑の館の扉が勢いよく開かれた音が屋敷に響いた。
(誰か帰ってきたのか? それにしても乱暴だな)
サクラが何か面白いものでも見つけてテンションでも上がっているのだろうと、布団から身を起こす。短い休みだったなと嘆きながら布団から出ようとしたところで今度は勢いよくレクトルの部屋の扉が開かれた。
「ご主人様!」
「うおっ! レアか、びっくりした。何かあったのか?」
「お、お休み中に申し訳ありません。その、あのっ!」
「ん?」
レアは息が乱れているからか、言葉に迷っているからか、口から零れる言葉は歯切れが悪く要領を得ていなかった。
それを見たリアは姉がまだ主に力を借りる事を躊躇っていることを悟った。だが、これ以上姉が悲しむ姿を見たくなかったリアは少しでも力になりたいが為にレアの前に出る。
今の自分には姉の力になれないことを知っているから。自分たちを助けてくれるヒーローを知っているから。
「リ、リア?」
「ごしゅじんさま、わたしたちに力をかしてください」
戸惑う姉に対し、ペコリと、リアはお辞儀をしながらそう告げた。だが、レクトルからしてみれば一体何のことなのかさっぱりわからない。
「力を貸すといっても、一体何に?」
「それは……」
「そ、そこからは私が説明します!」
これでは姉の威厳が台無しだと、リアに勇気をもらったレアはこれ以上不甲斐ない姿を見せられないとリアの横に並ぶ。
伝えるのは今までの経緯。
始まりはアルトフェリアの国王陛下が星屑の館を訪れた時の事。その時に南の地との境にある魔物の氾濫の対抗策として【聖罰の瞳】を持つアシュリアに派遣の要請があるということを知ったことだった。
「俺のいない間に、ここにあの国王が!?」
「はい。本当にアシュリーが持つ道具でここに来れるのかの確認が主だった目的とのことでしたが、その時にアシュリーが南の地からの魔物の氾濫の対策に出向くことになりそうだという話を……」
「昨日話していたあれか……」
レクトルは昨日の話を思い出しながら、レアの話を聞いていた。レアの焦りからある程度予想はしていたが、事態は確かに深刻に思えた。知り合ったばかりとはいえ、レクトルにとってはもう知人。力になろうと称号の明け渡しや魔術道具まで創って助けたのだ。
その相手が死地に飛び込むと言われては、確かに無視はできない。そこまで考えたところでレクトルはあることを思い出す。
「そういえば、あの王女様には身を守るアクセサリを創ったはずだ。そう焦らなくても大丈夫なんじゃないか?」
あのアクセサリに込められた力を思い出しレクトルは焦るレアを落ち着かせるように問いかけた。だが、アシュリアはその言葉を聞いてさらに焦りを加速させる。
「ご主人様の創られたものはここ以外では登録しないと使えないんですよね? ……王城で出会ったデミラス様がご主人様に何か金槌のようなものを創ってもらったが使うことができないと嘆いておられました。それが主従の契約に関わるものなら、それはアシュリーも同じです! 聞けばもう朝にはライアミッツへ出向いたと……もしかしたら今頃……もう……」
レアの目には涙が浮かんでいた。それを見てレクトルも焦りだす。それは確かにレクトルが見落としていたことだったからだ。今までレクトルは従者となった仲間にしか創作世界の力を使ってこなかった。だからこそ生じた問題ともいえる。
もしこれでアシュリアに何かあれば、あのお転婆な王女はレクトルが殺したも同然といえた。きっとあの過保護な国王が魔物が蔓延る南の地近くの街へ送ることを決めたのにもレクトルが創った魔術道具が強く影響していることは容易く予想できた。
それが機能しなかったとなれば、それは国王を騙し、王女を殺害したに等しい行為だ。それ以前に、レクトル自身が自分のミスで誰かが死ぬような未来を許せるわけがなかった。
立ち上がり、ローブを羽織りながらレアに問いかける。
「あの王女様がどこに向かったのかわかっているのか?」
「……っ! はい! シルミア王国の南西にあるライアミッツ王国、その中で最も森に面している辺境の街、カドラックです。ご主人様……そのっ、ありがとう……ございます!」
「ありがとう」
レア達の力になろうと動く主に礼を述べるレア。リアもそれにならってお辞儀をする。だが、レクトルはまだその礼は受け取れないとレアたちに頭を上げさせた。
「感謝するのはまだ早い。俺の不手際でもあるからな。でも、ライアミッツか。知らない国だな。どうやって行くんだ? 前にハクナが言っていた飛空艇とかか?」
レクトルはまだこの世界の地理について正確には把握していない。南の地との境というからにはここから南に向かえばいいのかという程度だ。それに、この世界では元の世界ほど機械技術は発展していない。
だが、その代わりに発展しているのが魔術を用いた魔導技術だ。機械と魔術の融合。魔装具や魔術道具もその一つだった。飛空艇はその最たるもので、何百人と言う人を載せた状態で浮遊し、長距離の移動を可能にする。
大陸間を跨ぐほどの超長距離に関してはまだエネルギーや急な気候変動の問題などで達成できてはいないが、大陸内であればある程度乗り継ぎは必要なものの移動を可能としていた。
だが、それも瞬間的な移動を実現できるものではない。国家間を渡るとなれば数日は要するのだ。飛空艇の数もあまりなく、乗り継ぎのタイミング次第では数週間、込み具合によっては下手すれば数か月かかることさえあるほどだった。
竜種といった空中に住まう魔物が進路上に現れれば、運航自体が取りやめになることさえある。レクトルはまだ知らないが、現状、魔王の件がありアルトフェリアへの航路は運休状態となっていた。
レクトルは飛空艇という存在自体に興味があるものの、現状とても使える交通手段とは思えなかった。ならどうするかと思い悩んでいるとレアが思いを口にした。
「アシュリーの話では創作世界からの移動は行先を思い浮かべれば行けるとのことでした。なら、シルミア……その王都であるグランノワールへは私たちが連れていけます。そこからライアミッツ……カドラックへの移動手段も用意できます」
「そうなのか? なら、頼む」
「はい」
準備を終えたレクトルはレアの前に立つ。レアは目を瞑り、かつての自分の故郷、グランノワールの情景を思い浮かべる。特にその思いが強く残る王城の姿を。
「お願い!」
そして、レクトル達の周囲を光が満たし、転移が実行される。
光が収まり、レクトルが目を開けた先に広がっていたのはまだ明るい昼前の時間にも関わらず暗い雰囲気が漂う大きな街だった。
どこか丸みを帯びた色とりどりの特徴的な建物が目立つ。だが、その多くは崩れ、草木に覆われている。地面もひび割れ、人の気配など微塵も感じられない。落ちた木の葉を揺らす風の音だけが響く静かな光景が広がっていた。
上を見上げても、アルストロメリアにあったような立派な障壁すら存在していなかった。広がるのは瓦礫の山。遠くにはたくさんの十字架が見える。
レクトルは何気ないレアの提案にのっていたが、今思えばここはレアとリアの失った故郷なのだ。話に聞くのと、実際に目にするのでは大きくことなる。レクトルでさえ言葉を失う光景に、傷む胸を押さえつつもそっとレア達の様子を窺った。
レアはどこか憂いの表情を浮かべ、まるで今の景色を目に焼き付けるかのように王城があった場所をじっと見つめていた。リアは泣くのをこらえるようにグッと唇をかみしめている。
だが、そこにはただ瓦礫の山があるだけだ。王城の姿は、建っていたであろう痕跡はどこにもなかった。
「レア……大丈夫か? リアも無理はするなよ?」
「はい……大丈夫です、ご主人様。行きましょう」
レアがゆっくりと目を閉じて心を落ち着かせレクトルに返事をすると、まるで決別するかのように翻りそこから立ち去ろうとした時、レアたちの足元から光が浮き上がった。
それはまるで喜びを表現するかのようにレア達の周りをクルクルと周り、飛び交っていた。その光は周囲からさらに集まり、徐々に数を増やしていく。
「な、なんだこれ?」
「精霊……?」
レクトルが疑問を口にしたところで、それに心当たりのあったレアがボソッと可能性を口にした。
「精霊……? これが?」
「はい。でも、どうして……」
レアが疑問に思っていると、レアとリアの中から同じような光が飛び出した。それはレア達に加護を与えている“ファレル”の名を持つ精霊の光だった。その2つの光は混ざり合い、先ほどよりも少し大きな光となってグランノワールの精霊たちの元へ漂っていく。
「これは……」
まるで会話を交わすようにレクトルたちの周りを飛び回る精霊たち。精霊に興味があるものの、急いでいる身としてはどうしたものかと悩むレクトル。
だが、しばらくすると精霊ファレルの光がレアの元へと戻ってきた。手を差し出したレアの手のひらにそっと止まる。
「……わかりました」
「え?」
長年共にあったからか、レアは精霊ファレルが何を伝えたいのか、なんとなくでも理解した。それに答える為に行動する。
「今までありがとう――」
両手を上にあげ、自身の魔力を精霊たちに与えていく。この地を見守っていてくれた感謝の気持ちを込めて。
魔力を受け取った精霊たちはまるでお礼を告げるように瞬き、まるで枷から解き放たれたかのように広がり、そして消えていった。
残った精霊ファレルもピカピカと瞬くと、再び2つに分かれ、レアとリアの中へと消えていった。
その光景に見とれていたレクトルは何が起こったのかレアに問いかける。
「精霊はどうなったんだ?」
「あの子たち本来の場所へと戻りました」
「よかったのか?」
「はい。あの子たちはシルミア王国が管理していた精霊たちです。あの子たちが恩寵を与えていた者たちが亡くなり、それを管理する者も不在だったためにずっとこの地に縛られていたのです。これ以上、私たちの都合で拘束することはできません」
レアは今は奴隷の身にはあるが、元はこの国に住まう王族だ。国としては滅びを迎えたが、実質的には正当な王位継承者なのだ。精霊たちをその拘束から解き放つ権利は十分に持っていた。
「精霊の恩寵か……」
「あっ! も、申し訳ありません。頼めばご主人様にも精霊の恩寵が与えられたかもしれないのに……」
「え? 俺に? いやいや、そういうつもりで言ったわけじゃない」
レアはレクトルが精霊の恩寵に興味を示していたことを思い出し、その可能性を潰してしまった事を後悔した。だが、レクトル自身、今の精霊たちをまた人の都合で縛るという気にはなれなかった。
「ですが……」
「それに、精霊の恩寵というのはそう簡単に与えられるものではないんだろ?」
「そうですね。成した功績と共に与えられることが多いです。それに、その者と気が合う精霊がいなければ恩寵は与えられません」
「なら、今回は縁がなかったということだ。また次の機会に、精霊側から一緒にいたいと思ってくれるようなのに会えるのを期待しとくさ」
「はい! ご主人様ならきっと素敵な精霊様が現れると思います」
そう笑顔で話すレアを見て、もう大丈夫そうだなとレクトルは安堵した。
(いきなりびっくりはしたが、精霊には感謝だな)
そこでレクトルはあることが気になりレアに問いかけた。
「そういえば、レアとリアは2人で同じ精霊の恩寵が与えられているんだよな?」
「はい。私とリアに波長が合う精霊がこの子だけだったんです。効果は少し落ちますが、精霊を通じてリアの存在を感じられるので悪い事ばかりじゃないんですよ」
「へぇ、そうなのか。確かにそれは便利……と言ったら精霊は気を悪くするのか?」
「ふふっ、ご主人様なら大丈夫ですよ。私を通じて受け取っているご主人様の魔力を気に入っているみたいですから」
「そ、そうなのか。魔力……ね」
精霊は恩寵を与える代わりに魔力をその対価として受け取る。だが、そう多い量を要求するわけではなく、ほんの少しでも問題ない。毎日少しずつ与えることで絆を深めていくのが通例だった。それ故に、長年魔力を絶たれた状況だった精霊は最後にレアの魔力を求めたのだ。
だが、レクトルはその話の中身よりも、いつもより少し砕けた言葉で話すレアにドギマギしていた。それを誤魔化すように先を促した。
「それで、ここから先はどうするんだ?」
「え? はっ! そうですね、アシュリーの所に早く向かわないと!」
「お姉ちゃん……」
ジトっとした目で姉を見るリア。その眼を避けるようにレアは顔を背けると、着ていたワンピース【平民王女のおめかし服】をいきなり脱ぎ始めた。
「な、何を!?」
「【完全獣化】」
いきなりの所業に戸惑うレクトル。顔を手で隠しつつも、しっかりとその指の隙間からレアの身体を見ていた。
だが、レアは服を最後まで脱いだわけではなく、首のところまで押し上げただけだった。そして、パンツを脱いで紡がれるスキル発動の声に従い、レアの身体が大きく変化した。
全身を白に金糸が混じった毛が覆う。体躯も大きく膨れ上がり、その全長は3mにも及んだ。細い顔に長く尖った耳。そして特徴的なのはお尻に生えた9つの綺麗な尻尾だった。
その姿を見て、レクトルはすぐにその名を口にした。
「九尾の……狐……」
そこにあるのは紛うことなき九尾の狐の姿だった。それはロイエンのような種族固有の獣成分の増加などという中途半端なものではない。完全なる獣の姿だった。
「レア……なのか?」
どこか神聖な気配すら漂うその姿に戸惑うレクトル。首に巻いていたワンピースはまるでスカーフの様になっていた。ユラユラと揺れる尾はまるでその軌跡を示すかのように煌きを残していた。じっとレクトルを見つめるその瞳には吸い込まれそうになるほどの圧倒的な存在感がそこにはあった。
「ご主人様、背に乗ってください!」
「あ、あぁ……え? 背中に!?」
雰囲気に流され返事をしたレクトルはゆっくりとその意味を理解して、レアが用意できると言った移動手段が一体何なのかを理解した。
「いやいやいやいや、待て待て待て待て。背中に乗る? 九尾の狐とは言え、女の子の上に?」
流石にそれはとごねるレクトル。だが、事態はそう待ってはくれない。そうこうしている間にもアシュリアに何が起きるのかわからないのだ。埒が明かないとリアが動いた。
「えい!」
「え? おわっ!」
リアが人差し指を突き出した状態で上に振り上げると、突如地面が隆起しあるものを形成した。それは普段レアに乗ることがあったリアが自身の地属性魔術を恩寵の力を借りて“変質”させ作り出した階段だった。
その一番高い所にいたレクトルは隆起した地面に持ち上げられ、そのままバランスを崩しレアの上に倒れ込んだ。
「きゃあ!」
「わわっ、悪い! ……っ! モフモフだ……」
いきなり倒れ込んだ為にレアが驚きの声を上げた。レクトルも不可抗力だと思いながらも謝罪すると、すぐに感じる感触に感動の声を上げた。
最初にリアと出会った時から気になっていたのだ。唐突に訪れたその機会にレクトルは抗う術を持っていなかった。今の状況を忘れてその感触を堪能する。
「モフモフ……これは気持ちいいな……」
「あ、あの、ご主人様……?」
「はっ! す、すまん」
自分の身体をモフモフと触ったり撫でたりし出した主に戸惑いの声を上げたレア。その声を聞いて我に返ったレクトルは慌てて見繕うように姿勢を正してレアに跨った。その前に続いて階段を昇ったリアが座る。
「そ、それでは念のため私の服にしっかりとつかまっていてくださいね」
「へ? まさか……」
「はい。このままカドラックまで一気に駆け抜けます!」
「しゅっぱつ!」
「ちょ待っ――!!」
服を掴んだ瞬間、周囲を不思議な力が覆い、ものすごい勢いで駆け出すレア。あっという間にグランノワールから街の外へ出ると、そのままどんどんと風景を置き去りにしていく。
これだけの速度を出していながら自分にはそれほどのGがかかっていないことを不思議に思いながら、レクトルたちはカドラック目指して移動を開始した――
次回10/28更新予定です。
いよいよベル VS オリエンスの戦いが! の予定。




