087 先代魔王と元魔王
「アシュリー、あなたって子は……!」
「お姉ちゃん……待って!」
レアはリアの手を引いてアルストロメリアの路地をかけていた。その後を必死にリアが追いすがる。
「ごめんなさい、リア。でも急がないと……!」
「う、うん。リアも、がんばる、からっ!」
レアは転びそうになりながら息を切らして走るリアを見て足を止めた。
「お、お姉ちゃん?」
「【打砕者】」
レアの身を赤いオーラが纏う。筋力を増加させるE級の火属性魔術だった。そのままリアを背負うとレアは再度走り出す。だが、その速度は先ほどとは比較にならない程に落ちていた。
「お姉ちゃん……ごめんなさい」
「大丈夫よ」
自分のせいでと申し訳なさそうに俯くリアを見てレアは力強く答えた。そしてさらなる魔術を発動させる。
「【追走者】」
「わわっ」
今度は赤いオーラに緑のオーラが混ざり込む。その瞬間、リアを引っ張って走っていた時よりもはるかに速い速度となって街の中を駆け抜けていった。
その道中、レアの頭の中を支配しているのは先ほどギルドで聞いた話の内容だった。
自身の主であるレクトルの依頼でコレギアについての説明を受ける為にギルドを訪れたレアはサブマスターであるルーミエからある依頼を受けていた。
といっても、それは依頼というよりはある種お使いのようなものだった。内容としてはルーミエが書いた手紙をレクトルに届けて欲しいというものだ。
ルーミエは本当なら魔王襲来やアシュリア王女誘拐、逃走した元冒険者レイルの警告、そして本来のレアの目的であったコレギアの業務についてゆっくりと話したかったのだが、何しろ時間がなかった。その為、事前に準備していた手紙という形をとったのだった。口頭による伝達ではどこまで正確に伝わるかわからないという懸念もあった。
そこまではよかった。コレギアの説明についても、本来昨日来なければいけなかったのを1日遅れたのはレア……正確にはレクトル側に問題があったのだから。
レアが聞き流せなかったのはアシュリアの事だった。依頼が終わった後、ルーミエが戻り際に一言言い放ったのだ。
「姫様もそろそろ出発した頃かしら」
「え?」
それは独り言のようなものだったが、内容が内容だけにその言葉はレアの耳に重く響いた。
「あら、ごめんなさい。それじゃあ、よろしく頼むわね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん? 何かしら?」
高鳴る鼓動を押さえ、恐る恐るレアは問いかける。
「アシュリーは……いえ、アシュリア王女はどこに向かわれたのですか?」
「それは……待って、その呼び名……あなた、もしかして……?」
そこでレアは自身の身を明かし、事情を聞いた。といっても、レアが明かしたのは昔の友達ということだけだった。だが、事情を知っていたルーミエはすぐに目の前にいる人物が誰かを悟った。
そして、国王が王女誘拐紛いのことをされて何故レクトルに罰を与える事をしなかったのか、その全てが繋がっていく。
(彼というよりは姫様の暴走……ただ、内容が内容だけに国王陛下も強く言えなかったのね。でも、あの惨状で無事だったなんて……よかった……いえ、そうじゃないわね)
よく見るとレアとその妹リアの首には奴隷の首輪が垣間見えた。隠してはいるが、見間違いではないことは確実だった。となればどんな仕打ちを受けてきたかわからない。それに、故郷を……家族を失っているのは事実なのだから。
だから、ルーミエが確認するのは過去ではなく現在の事だった。
「今は幸せ?」
「はい……?」
質問の意味がわからず首を傾げるレアだったが、ルーミエの喜びとも憐れみともとれない何とも言えない表情を見て素性がバレたことを悟る。そしてその質問の意味も。
だからこそ、しっかりとレアはルーミエを見つめて答えた。
「はい。ご主人様に助けられてからは毎日が幸せです」
「そう……」
「リアも! 毎日がたのしいよ!」
「よかったわ。流石ね。魔王に天使、それにあなた達まで。彼は一体何者なのかしら?」
「それは……」
その辺の事情はレア自身知ったばかりだった。といってもどれもここ一週間の出来事だ。明らかに普通ではない。だが、レアは自分のご主人様が一体何者なのか知らない。
ただ、それはレクトル自身わかっていないように思えた。それに、レアには何者だろうが関係ないのだ。だからこそレアは迷いなく答える。
「ご主人様は、ご主人様です」
「ふふっ。そうね。でも本当にいいの? 姫様が向かった先、それはレアさん、あなたにとって過去との対峙に他ならないわよ」
冗談はここで終わりと言わんばかりに真面目な表情で見つめるルーミエ。それは覚悟の問いかけだった。
遜ることもない。元王女とはいえ今は奴隷。もしルーミエがレアを敬うところを見せれば、それは見る人によっては疑念が生じることだろう。身分がバレる事に繋がる恐れがある行為は避けるべきだった。それを承知しているレアも不快に思うことはない。
だが、レアはとっくに覚悟を決めていた。昨日、国王陛下が星屑の館を訪れた際に話を聞いた時から。
何故、どうしてとその時は国王の言葉を疑った。だが、父親とはいえ国の頂点に立つ者。時には酷な判断を下す必要があるのも理解していた。
ただ、その相手が、自身が一番よく知っている脅威が故に納得できなかっただけだった。いくらアシュリアの固有スキルが強力だからといって、安心はできない。あれだけの魔物の数、何が起きるのかわからないのだ。
放っておくことなどできない。せめて一緒に。そう覚悟を決めるが、どうしても過去の惨劇がフラッシュバックし震えが止まらない。
それに気付いたのか、アシュリアの放った一言がレアを後押しすることとなった。
「ま、任せてください! レア姉さまの国を襲った魔獣なんて私が全部やっつけてきますから!」
そう震える手でアシュリアから告げられた時に覚悟は決まった。
ただ、今のままでは足手まといにしかならない。だからこそ主に無礼を承知で頼み込み、力を授かったのだった。
故に、レアは迷いなく答える。
「はい。それでも、行かないと……これはあの子が背負うべきものじゃない。負い目があるだけなんです。きっと、あの時に私を助けられなかった事を今も悔いて……ただ我武者羅に前へ進んでいるだけ。自分だって怖いくせに、王族の責務だと見栄を張って……」
「お姉ちゃん……」
「大丈夫よ……」
リアは心配そうに自分を見つめるリアの頭をそっと撫でる。決めていた覚悟を再度奮い立たせ、ルーミエに向き直る。
「だから、私はもう逃げません。あの子を助ける為に。過去と決別するために。家族に胸を張って生きていると伝える為に」
「……そう。わかったわ。姫様は王城よ。今から行けばもしかしたら間に合うかもしれないわね。すれ違いになったとしても、ルフェウスさんに事情を話せば送ってくれるかもしれないわ」
「ありがとう……ございます」
レアはお礼を言うと急ぎ王城へ向かうべく部屋の出口に向かう。だが、その途中でルーミエが「あっ」と声を上げた。それを不審に思い振り返る。
「そういえば、この事を彼は知っているの?」
「ご主人様ですか? ……いえ。これは私たちの事情ですから。ご主人様を巻き込むわけにはいきません」
「そう」
「それでは、失礼します」
「しつれいします」
「えぇ、気を付けてね」
「はい」
リアもレアにならってお辞儀をすると部屋を後にした。残されたルーミエはレクトルに伝えるべきか迷っていたが、結局“鑑定の宝玉”が機能しない限りは連絡手段もないことを思い出し、今の状態でちゃんと手紙がレクトルの元へと届くのか不安に思いながらも業務へと戻っていった。
「お願い……間に合って!」
そして、街中を駆けるレアの眼前には王城が見えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ベルベル、早く~」
「別に急がなくても何も逃げないわよ」
ギルドの前でレア達と別れたサクラとベルは目的もなく街の中をぶらついていた。あちこちを「むむむ」とまるで見定めるように睨みながら歩くサクラに対し、ベルは「ふぁ~」とあくびをしながら後をついていく。その様子はまるで休日に娘に付きそう父親のようだった。
「でも、どんなところがいいか全然わからないよ?」
「あなたがいいと思った場所を教えてあげればいいのよ。主ならどんなところでもあなたが紹介した場所なら喜んでくれるわよ」
「う~ん、でもちゃんとレクトルが喜んでくれるところがいい」
サクラもレクトルならどこでも喜んでくれそうだということはわかっていた。それでも、気遣うようなものじゃなく、心からびっくりしてもらえるような場所を探したかった。ずっと洞窟で過ごしていたサクラにとって、この外の世界は何もかもが新鮮なのだ。異世界からやってきたレクトルとは感覚が違い過ぎていた。
それは普通の人から見たら当り前のものすら含まれる。それでは駄目だと考えていた。でも、ここは街中。王城よりもすごいところというのが中々見つかっていなかった。
まだ探し始めてから30分程度しか経っていない。だが、サクラは候補をいっぱい見つけた後にどこにするか決めようと思っていた。だが、蓋を開けてみればまだ一つも候補が見つかっていないのだ。そうなれば焦りも生まれてくる。
「ベルベルはいいところ知らないの?」
「私が教えたら意味ないじゃない。自分で探すんでしょ?」
「む~」
頬を膨らませながらも、確かに自分で探すといったのは事実なのでそれ以上は文句を言わずに探索を続行するサクラ。
「少しよろしいかしら?」
「何?」
「……っ!?」
すると向い側から豪勢なドレスに身を包んだ女性とその従者であろうメイドがやってきた。相手は見た目や言動から明らかに貴族であったが、あまり礼節を知らないサクラは仲間と同じように話していた。だが、ベルだけが何かに気付きサクラの後ろにそっと身を隠した。
「レムリア大図書館を探しているのだけど、どこかわかるかしら?」
金髪縦ロール。レクトルがこの場にいたら思わず笑いだしてしまいそうな完璧なお嬢様はサクラの態度に気を悪くする事もなく問いかけた。
「だいとしょかん?」
それが何を指すものなのかわからなかったサクラは疑問符を以て首を傾げた。助けを求めるようにベルの方へ視線を向けると、何故か自分の後ろに隠れるように小さくなっていた。
「ベルベル?」
「いいから、適当にあしらいなさい」
「でも……」
何故隠れるんだろう? と不思議に思うサクラ。それに適当にあしらえといわれてもどうすればいいかわからない。師匠がいればとこの状況を嘆くサクラだったが、そこに助け船を出す存在がいた。
(サクラ、彼の王子からもらった地図なるものがあったでしょう。それなら場所がわかるのではないですか?)
(あ、そっか! ありがとう、フェニア!)
(いえ。困った事があれば、いつでも頼っていいのですよ)
(うん)
心の中でフェニアに礼を告げると、脳内でレクトルがギルドを探す為に【魔力解析】を用いて作成した地図を広げた。
「ごめんあそばせ。知らないのであれば他の方に尋ねてみますわ。邪魔しましたわね」
図書館、図書館とサクラが地図の中を探していると、その様子から知らないのであろうと判断したお嬢様が断りを入れた。だが、もう少しでわかりそうだったサクラは慌てて答える。
「え、えと、場所、わかるよ?」
「え? 本当かしら? 無理はしなくていいんですのよ?」
「う、うん。あっちの、え~と、あ、あの青い建物だよ。上に鳥さんが止まってる」
「あら、本当。ちょっと路地を間違えていましたのね」
「もう、お嬢様が勝手にずんずん進むからですよ?」
「見つかったからいいではありませんの。感謝しますわ。それでは、ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう?」
なんとか見つけられ、ほっとするサクラ。軽く礼を述べるとそのままお嬢様とメイドは立ち去って行った。
「行ったわね」
「なんでベルベルは隠れてたの?」
「なんでもないわよ。ほら、主と行きたいところ探し、再開するんじゃないの?」
「う、うん」
納得いかないまでも、そのまま探索を再開するサクラとベル。立ち去り際、ベルはじっと図書館に向かう2人組を見つめていた。2人は「この辺りが以前来た時より変わりすぎなのが悪いのですわ」「お嬢様が方向音痴なだけですよ」「あら、言いますわね。あなただって」などともうサクラたちのことは頭から抜けたかのように責任の押し付け合いをするだけでこちらに関心は持っていなかった。
それを確認すると、どこかほっとしたかのように視線をサクラへと戻した。
「う~、全然見つからないよ~」
それから1時間程度街をぶらついたが、サクラの御眼鏡に適うものは見つからなかった。そもそも、サクラの思い出の場所の一つが創作世界の風景なのだ。雲一つない満点の星空に光漂う幻想的な泉や森。基準となる場所のレベルが高すぎてそれ以上のものを街中で見つけられずにいた。
今は休憩と称して屋台を歩いていた。
「あれ、おいしそう!」
「おう、今日取れた新鮮な肉の焼き立てだ。うまいぞ! おひとつ銀貨3枚だ」
「そうね。ここなら文句も言われないし、私も貰おうかしら」
「まいど!」
ベルは肉串の屋台の前まで行くと普通に銀貨を支払い、一つ目に焼きあがったものをサクラに渡す。
「おいしい!」
「おう! そりゃよかった。そっちの嬢ちゃんの分もすぐに焼きあがるからな」
「……っ!」
「何?」
だが、その瞬間、町全体を不思議な魔力の揺らぎが襲った。店主は気が付いていないようだったが、魔力を強く持つベルやサクラには明確に感じられた。
それが何かを探ろうと天を見上げた瞬間、街全体を覆っていた淡い青色の障壁が砕け散った。
「な、なんだぁ!? ぐわっ!」
焼きあがった2本目の串をベルへと差し出そうとしていた店主は突如障壁が砕け散ったことに驚き、天を見上げた。その瞬間、ベルが店主を突き飛ばした。
「な、なにす――」
店主がベルに文句を言おうとした瞬間、店に向かって何かが飛来し、肉串の店を吹き飛ばし、さらにその先にあった建物をぶち壊して停止した。
「な、何が……」
呆然と何かが吹き飛んでいった場所を見つめる店主。ベルに突き飛ばされたことによって窮地に一生を得ていた。
「いや、嬢ちゃん助かった。後でお礼を――」
「逃げなさい! 今、すぐに!」
「へ?」
突如叫ぶベル。その頬を冷や汗が伝う。
「ほう、生きていたとは」
そこには宙に浮かびベルを睥睨する金髪の男が一人。
「オリエンス……!」
ベルは庇うようにサクラの前に立つと声のする方を睨みつける。
その先にはまるで驚いているとは思えない表情でベルを見下ろす魔王、オリエンスがそこにいた。
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