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086 “先代”東の魔王 オリエンス


 アルトフェリア王国の南北に設けられた入口の門は現在、王の勅命により固く閉ざされていた。その南門にいる門兵にギルドカードを提示しその門の脇にあるで出入口から銀髪の男が外に出ると、街を覆っている淡い青色の障壁が輝きを増した。


 色濃く純度を増したそれはアルトフェリア王国の首都アルストロメリアを外敵から守護する障壁だった。王の勅命を受け、配下にある魔術師団が総出で街の防壁の強化に当たっていた。そのお陰もあり、現在の街の障壁は通常時の数倍の強度を誇っている。


 それを確かめたアルトフェリア支部のギルドマスターであるロイエンは自身の仕事を果たす為に目的地へ向けて歩みを進める。


(彼女の占いの話では今日、この場に現れる可能性が高いとのことだったね。的中率は3割、ある程度の準備と対策はしたが相手が相手だけに心許ないのも確かだ。もう少し時間に猶予があることを祈るばかりだが……)


 突如アルストロメリアの南の地にあるトリューセンを襲った魔王に備える為、ここ数日は街の防壁の強化と迎え撃つ戦力の収集に勤しんでいた。


 今ロイエンが一人で事に当たっているのは単純に実力の問題だった。現在アルストロメリアに滞在しているS級の冒険者は存在しない。仮に魔王が相手となった場合、A(ランク)以下では時間稼ぎにもならずにただ命を落とすだけになる可能性が高かった。それならまだ街の防衛や避難誘導に当たってもらった方が効率的だと判断したのだった。


 今回の魔王襲撃に関する情報は噂としては広がりつつも、基本的には伏せられている。それは単純に騒ぎを防止するためとさらなる被害を防ぐのが目的だった。


 ロイエンはレクトルや元魔王ベルフェゴールの話を受けて過去の資料を洗いなおしていた。そこで先代からベルフェゴールへと代替わりした時期を境に、確かに戦い方に違いがみられることに気が付いた。


 魔王ベルフェゴールは確かに自身に歯向かう者以外には手を上げていなかった。逃げ惑う者や傍観する者は眼中になく、ただ攻め入る者を返り討ちにしていた。それも魔物をけしかけたり、食料を奪ったりと間接的なもので本人が直接出張ってくることはない。


 それに対し、先代の魔王は大きく異なっていた。逃げ惑う者は優先的に殺し、自ら街を襲う。時には誘拐なども行っていた。


(どうやら、世間の認識は時期的に勇者が台頭し出した頃ということもあって、ベルフェゴール君に代替わりしたという認識はなく、ただ魔王が方針を変えたと思っていたようだね。姿を現さなかったということも大きいだろう。そして数十年という時が真実を覆い隠したというわけかね。最悪だね)


 それはつまり、今トリューセンを襲い、この街にやってくるであろう魔王は残虐な思想を持った真の魔王と言うことになる。その事実にロイエンはぶるっと身体を震わせた。


 今回元S(ランク)冒険者であるギルドマスターのロイエンに与えられた勅命は大まかにいえば準備が整うまでの時間稼ぎだった。


(せめてでも今日到着する予定の彼女たちが間に合うだけの時間を稼がなくては話にならないね)


 仕掛けを確認しながら時には改善を加えつつロイエンが2時間程散策していると、そこに一人の金髪の男が通りかかった。それを見てロイエンの動きがピタリと止まる。


「彼の者の力を暴け……【鑑定(アプレイズ)】」


 それは魔術やスキルの力を封じ込めることが出来る魔鉱石。ベルと対峙した時に使ったものと同じものだった。ライアンに協力を依頼し再作成したそれはロイエンが紡いだ言霊とともに砕け散り、その情報を読み解こうと金髪の男に迫る、が――


「下らぬ」


 バッと振られた手。その所作のみで【鑑定(アプレイズ)】の効果は霧散する。だが、それだけでロイエンには十分だった。そんなことが出来る人物など限られているからだ。


「魔王……思っていたよりも随分と早いね。それに呑気に歩いてやってくるとは思っていなかったよ」

「ふん。別段急ぐ必要もないのだ。久々に舞い戻った我が支配領域。それをかみしめるのも悪くはあるまい?」

「ほっほっほ。何を言っているのかね? 今この地はあなたの支配領域にはないはずだ。先代魔王?」

「ほう……人間。この我を挑発するとはいい度胸だ。確かに今は支配権を預けている為に先代と言われても仕方あるまい。だが、我は身を引いたわけではない。まさかあの堕落悪魔が表に出て封印され、挙句の果てには復活の果てに討伐されるなどと思いもよらぬだろう。我が何のために彼女(やつ)を選んだのかわかっていない。全く……いらぬ手間をかけさせてくれる」


 金髪の魔王オリエンスはロイエンの挑発に乗ることもなく、まるでその程度何の障害にもならないと言いたげにただ淡々と事実のみを告げる。


 その物言いにベルフェゴールの想いの一端を聞いていたロイエンは彼女の事を誤解していたということもあり、どこか不満げに問いただす。


「仲間ではなかったのかね?」

「あの堕落悪魔がか? 冗談はよせ。利害の一致の元、ただ一時協力しただけだ。それすらも果たせぬ者に何を思う必要がある。まぁ、あちらの要求も下らな過ぎた。こうなるのも目に見えていたと言うものだ」

「……………………」

「人間、何か言いたそうだな。まぁいい。我が手をこれ以上煩わせないなら、命だけは助けてやろう。知っているなら、今支配権を持っている者をここに連れてくるがいい」

「できるわけがないね。知りたければ、魔王らしく力づくで聞き出すといいんじゃないかね?」

「人間風情が……後悔してからでは遅いぞ」

「ふん。心配など不要だよ」


 ロイエンは自身と魔王の間に一つの魔鉱石を投げあげる。そして、起動キーとなる言霊を紡ぐ。


「奇跡を紡げ、邪を払い、清き聖女の血を以て聖断せよ! 【神聖領域(サンクチュアリ)】!」


 ロイエンが放り投げた魔鉱石が言霊を受けて砕けると、その光は周囲へと広がり、魔鉱石からわずかにズレた位置を中心とした100m近い円周上でその光に触れた魔術道具(マジックアイテム)から6本の光の柱が立ち昇った。


 その光の柱を起点として、ロイエンと魔王オリエンスを包み込む結界が生成される。


「ほう……」


 その結界に閉じ込められたオリエンスは感嘆の声とともに結界を見上げていた。


「これはただの結界ではない。浄化の力を持つランクSの魔術道具を元に冠位(クラウン)の技術者が製作したとびっきりの結界だよ。瘴気と共にある魔の者を閉じ込め、弱体化させるのだ。魔王と言えど、そう易々と破れるものとは思わないことだ」


 それは西の森の異変の際に見つかった【聖宝珠】を用いて冠位(クラウン)第八位の座にある国宝級鍛冶師、“壊臣”デミラス・スミス・オルフェゴールの手によって急遽仕上げられたものだった。


 デミラスは急に呼びつけられ、魔王の襲撃に対して力を貸してほしいという半強制的な依頼に怒りをあらわにしていたが、その素材としてもたらされた【聖宝珠】を見て目の色を変えた。今まで見たことがない素材。感じる力。秘められた可能性。それに興味を示したデミラスは依頼を了承し、わずか1日で魔術道具(マジックアイテム)として完成させた。


 試験運用ではランクAに分類される魔物の動きを止め、数秒で浄化、蒸発させたという報告にロイエンは賭けた。その時で3つ。今回は対魔王ということもあり、完成した6つ全てを以て結界を生成した。


 懸念していたのは設置型の魔術道具(マジックアイテム)だった為、どこに魔王が現れるかだった。まさか歩いてくるとは思っていなかったが、予測系の占い頼りの賭けに勝ったロイエンは無事に結界に捕らえたことで一つ安堵し、世創道具(アーティファクト)千変万化(アシュト・ルミエ)】をゆっくりと構えた。


「この我と相対するか」

「それが私の役割なのでね」

「素直に従えばいいものを」

「この結界下で、思い通りになるとは思わないことだね」


 ロイエンは【千変万化(アシュト・ルミエ)】を刀の形状に変化させると、瞬時に鞘から抜き放つ。【刀術】のLv.7奥義【居合】がオリエンスの首元を狙い放たれるが、その直前でまるで虫でも掴むかのように片手で止められる。


 その事実に驚くロイエンだが、そこで攻撃を止めることはなく、瞬時に捕まれた箇所を切り離すと次へと繋げるべく動く。形状は刀のまま。だが、込める力が異なっていた。ロイエンが持つ固有スキル【免許皆伝(オールマイティ)】を以て可能とする奥義の重複発動だ。


 ロイエンは刀術【居合】を二重、三重に重ね掛け、今度はフェイントも交え再び斬りかかる。だが、ロイエンが施した手はそれだけにとどまらなかった。先ほど止められ、切り離した【千変万化(アシュト・ルミエ)】をクナイの形状に変化させると、すぐさま暗器術の奥義【火閃】を発動、小さな爆撃を引き起こす。


「むっ」

「“重技(マルチプル)”【千首抜刀】!」


 顔の真横で突如発生した爆発にオリエンスが気を取られた隙を狙って、かつて千の首を一太刀の内に刈り取ったというロイエンの秘儀が再度首元――とも見せかけ胴を超音速で引き裂く。音を置き去りにした刀の軌跡に沿って鮮血が舞う。だが――


(浅い……! 弱体化してなおこれだけの守力を誇るというのかね!)


 回避されたわけではない。ただ単純に【千変万化(アシュト・ルミエ)】がオリエンスの守力に押し負けたのだ。強い抵抗。薄皮一枚。それは今のままではいくら斬りかかろうとも到底倒すことなど叶わないことを示していた。ダメージを与える為にはもっと攻撃力が必要と言うことだった。


「これは驚いた。人間にしてはやるではないか。この我に血を流させるとは」

 

 なおも平然と事実を述べるオリエンスは腰に下げた剣を引き抜いた。


「いいだろう。我も今の力を試したいと思っていたところだ。メインディッシュの前に前菜を味わうのも悪くない」


 ロイエンはできれば捕縛による時間稼ぎができれば理想と考えていた。だが、ほぼダメージが与えられないと悟ると方針を切り替える。


 ロイエンに与えられた主たる仕事は時間稼ぎだが、それには段階が設けられていた。


 第一に応援が駆け付けるまで結界に押しとどめる事


 第二に街への被害を最小限に抑える事


 第三に魔王を捕らえ、可能なら封印する事


 第三の封印はデミラスによって製作された魔術道具【神聖領域(サンクチュアリ)】の効果を期待してのものだった。


 だが、実際にはS級に至るロイエンの世創道具(アーティファクト)千変万化(アシュト・ルミエ)】を以てしても弱体化した身にまともなダメージを与える事ができないという事実。


 第三の希望はすぐさま捨て去り、街を守る為に行動を移す。


 【千変万化(アシュト・ルミエ)】を大剣の形状に変化させると、大きく振りかぶる。距離が離れた位置で構えたロイエンを訝しむオリエンスだが、ロイエンの前に浮かぶ無数の小さな斧には気がついてはいなかった。


 形状は斧。だが、サイズは蟻程度。それが武器だというのであれば、まさしく暗器と言えるだろう。ロイエンの狙いはそこにあった。


 レクトルとの闘いで見せた同一武術内での異なる奥義の多重発動とは訳が違う。それは異なる武術間を跨いだ奥義の多重並列発動だった。


「“混技(ブレンド)”【破削烈風】!」

「ぬおっ、これは!」


 込められた力は大剣術奥義【壊塵(かいじん)】、暗器術奥義【弱呪(ちからなくし)】、斧術奥義【傾撃(なだれうち)】の3つ。相手を弱体化させ、大きく吹き飛ばすロイエンが大物魔獣相手に多用するとっておきの一つだった。


 振り下ろされた大剣によって打ち出された極小の斧がオリエンスへと触れた瞬間、指向性を持った激しい爆発が巻き起こる。その勢いに押され空中へと巻き上げられたオリエンス目掛けて【空間掌握:領域】で圧縮した空気を足場に駆け上がるロイエン。その身は青みがかった白い毛に覆われていた。


 それはロイエンの種族である氷狼族の特性だった。普段は人の成りをしてはいるが、本来の力を発揮する時は今の狼男のような姿になる。力が跳ね上がるが、その分思考力が低下する。技術、技巧を主とした戦法を得意とするロイエンはあまり多用しない力なのだが、そもそも力が足りない相手とあっては出し惜しみする理由はない。


 健全たる意思で力を制御し、両手の大剣を交差させた状態から振り抜く。


「“混技(ブレンド)”【紫閃烈火】!」


 強度を上げる大剣術奥義【剛毅】、そして速度を上げる双剣術奥義【瞬華】。大剣の弱点である動作速度を双剣術にて補う必殺の一撃。それが二振り。


 致命傷とはいかなくても、先の混技と合わせてダメージを。そう考えるロイエンの願いはしかし届くことはなかった。


 突如として感じる違和感。振り返るとそこには信じられない光景が広がっていた。


「なっ! 障壁が! これは一体!?」


 街を覆っていた障壁が揺らめき、今にも消えそうだったのだ。結界を維持する魔石か、強化にあたっていた魔術師団に何かあったのか。


 その隙をオリエンスは逃さなかった。先ほどの攻撃すら意に介さぬ様子で無造作に剣を振り抜く。


「隙あり……だな」

「ぬっ!」


 たった一振り。フッと横薙ぎに振るわれたオリエンスの一撃を受けて奥義の力で強度を増した【千変万化(アシュト・ルミエ)】は粉々に砕け散った。


「なっ……!」

「実につまらぬ。この我に仲間がいないとでも? ただ何もせずに街へやってきたと? 愚かな」


 すると今度は砕け散った【千変万化(アシュト・ルミエ)】の欠片を螺旋を描くように剣で弾き飛ばした。


 周囲に着弾した途端、今度は【神聖領域(サンクチュアリ)】が砕け散った。弾き飛ばされた【千変万化(アシュト・ルミエ)】の欠片が周囲に配置されていた結界生成の魔術道具を破壊したのだ。欠片とはいえオリハルコン。魔術道具を破壊するには十分な強度があった。


「しまっ!」

「人間にしては楽しめたぞ。その力も、いずれ我のものにしてやろう。そら」

「ぐぁっ!」


 急変する事態についていけないロイエンに痛烈な蹴りをぶちかますオリエンス。その勢いのままロイエンはアルストロメリアの障壁に衝突、パリィインという障壁が砕け散る音と共に街の中へと落下していった。


次回9/30更新予定です。

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