084 重複契約
「最近色々とあり過ぎて疲れたから、今日は一日創作世界でゆっくりと過ごそうと思う」
朝一番、レクトルは朝食の場で高らかにそう宣言した。
「どうしたのよ急に」
拳を握り力強く宣言したレクトルを不審に思い、ベルが問いかけた。それにレクトルは何を言っているんだと逆に諭すように答える。
「急なんてことはないだろう? 俺は静かに、ゆったりと過ごしたいんだ。なのに、ここに来てからというもの、魔王だ、天使だ、王様だとゆっくりできる暇がなかったからな」
「あら、私たちのせいだって言うの?」
「ごめんなさいなの……」
その言葉を受けて魔王だったベルが抗議の声を発し、天使であるセピアが謝罪を口にした。だが、別に糾弾するつもりなど毛頭ないレクトルは慌てて否定の言葉を返す。
「い、いや、そうじゃないんだ。別にベルやセピアたちが悪いというわけじゃない。あの件があったからこそ巡り合えたというのもあるしな」
「それは私たちに会えてよかったと思っていると受け取っていいのかしら?」
「ん? そりゃあな。一人でこの世界へと飛ばされた時はどうしたものかと思ったもんだが、みんなのお陰でかなり助かってるからな。正直、ハクナだけでは不安だったからな」
「ご主人様!? そ――」
「はいはい! 私は!?」
レクトルの物言いにハクナが抗議しようとしたところで、割り込むようにサクラが手を上げてそれを遮った。サクラは特に意識したわけではなかったが、これ見よがしにレクトルはサクラの頭を撫でながら「もちろん、サクラもだ」と返事をすると、サクラは「えへへ」とにへらと頬に手をあて笑みを浮かべた。
「まぁ、そういうことで別にここ数日のことに不満があるわけじゃない。ただ、色々あり過ぎて疲れたから、そろそろゆっくりしたいだけだ。俺がいた元の世界でも、基本5日働いたら2日休みだからな。幸いにも懐は随分と豊かになった事だし、ちょっとくらい休んでも問題ないだろ? 別にみんなは自由にしてもらって構わないしな」
「ふーん。まぁ、たまにはそういう日もいいかもしれないわね」
「なんだ、ベルは騒がしい方がよかったのか? ベルの望みも平穏な日常だったと記憶してるんだが」
「別に。勇者に追われたり、魔王と恐れられ襲撃されたりしなければ問題ないわよ。ただ、最近の慌ただしいのも悪くないなと思っただけ。あなたといると退屈しないですむもの」
「それは俺の本意じゃないんだがな」
元の世界にいた頃はここまでトラブル体質ではなかったはずなのに、最近の異常なまでの事件や重要人物との邂逅は第三者の介入を疑わずにはいられないほどだった。
そのため、外にさえ出なければゆっくりできるとレクトルは考えていた。ベルやセピアの件も事後処理が終わり、コレギアの設立もありこれからの生活にもある程度の目途がついた。
セピアの件の報酬だけではなく、ベルやレアの件でも国王から報酬を貰うことになっている。一体何を贈られるのかは知らないが、一度断りつつもどうしても期待が高まってしまう。
既に1ヶ月以上暮らしていくには十分な資金があったため、万が一ということもない。だからこそレクトルは今この時に休日を設けたのだった。
「むー、お出かけしないの?」
レクトルの外出しない宣言に不満の声を漏らしたのはサクラだった。昨日もデミラスの乱入で王城見学が途中で頓挫し、今日こそはレクトルと色々なところを見て周りたいと思っていたのだ。
「悪いな。また今度付き合うからさ」
「つまらないよー」
「別にサクラは出かけてもいいんだぞ? 一人じゃ不安だから誰かと一緒にいってもらうけどな」
「師匠は?」
「俺はお留守番だ」
「むー」
またも頬を膨らませるサクラ。その様子を見かねたハクナが助け舟を出した。
「サクラ、だったらご主人様を今度連れていきたい場所を探してきたらどうですか? サクラが楽しかったところをご主人様に紹介するんです。サクラもご主人様を喜ばせたいなら、自分から探すことも大切ですよ」
「……! うん! そうする!」
その手があったかと言わんばかりに目を輝かせるサクラ。今までは楽しませてもらってばかりだったので、今度は自分の番だと意気込んだ。
「言い心がけです。従者なら――」
「ベルベル、一緒に探そ!」
「へ? わ、私!?」
ハクナが従者たるやの心がけを語ろうとしたが、その先を話す機会は訪れずサクラはベルの元へと駆け寄った。意表を突かれたベルは戸惑い気味にレクトルへと視線を向けた。
ハクナはこんなのばっかりとため息をはくが、特に咎めることはしない。
「いいんじゃないか。ベルがサクラと一緒にいてくれるなら安心だしな」
「あなた……自分はゆっくり休むとか言いながらいい度胸ね」
「ベルベル……嫌?」
「え? そ、そんなことないわよ。そうね。サクラと街をゆっくり見て周るのも楽しそうね」
「うん!」
ベルから承諾を貰え、にこやかに笑うサクラを見て、つられてベルも微笑んだ。ベルのその言葉に嘘はなく、本心でそう思っていた。
ベルが悪いわけではないが、ベル自身サクラには負い目があるので突き放すようなことはしない。むしろ親身になって対応していた。
「それじゃあ、私は西の森に行ってきます」
「西の森に?」
「はい。ちょっと調べたいことがあるので。できればセピアも一緒に来てもらいたいです」
「セピア……も?」
ハクナの予想だにしない要請にセピアが戸惑いの声をあげた。その表情はどこか不安げに揺れている。
「何をするつもりなんだ?」
「それは……」
レクトルの追及にハクナはチラッとレア達の方へ視線を向けると言葉を濁した。それでレクトルは同行者にセピアを指名したことからも神界関係であることを察した。
そこでレクトルは契約を通して、念話でハクナを問い詰める。
(まさか、セピアを追い詰めるような事じゃないだろうな。事情は前に説明しただろう?)
(ち、違います! ちょっと手伝って貰おうと思っただけです! あと、意見なんかを貰えたらなぁって……)
(意見?)
(……あの子が……セピアがあの森に落ちたということは崩壊した神界の欠片もあの地に落ちたということです)
(神界の欠片……)
明らかに不穏なキーワードにレクトルは眉間にしわを寄せる。だが、神族であるハクナが心配している以上、放置していいものとも思えなかった。
チラッとセピアへと視線を向けるレクトル。セピアは神族であるハクナに同行を希望されて不安そうにしてはいるが、オドオドしているだけで拒否感を示しているわけではなかった。
「まぁ、決めるのはセピアだ。ハクナはちょっと西の森を調べるのを手伝ってほしいみたいなんだがどうする? セピアが嫌なら断っていい。立場とか、そういうのは一切気にする必要ないからな」
「だ、大丈夫なの。びっくりしただけなの。でも……」
そこでセピアはハクナへと視線を移す。
「セピアもあまり詳しくないの。力になれないかもしれないの。それでもかまわないなら……いいの」
「ありがとうございます。参考にしたいだけなのと、一人だと考えが偏っちゃうので。一緒に来てくれるだけでも助かります」
「なら、決まりだな。あまり深追いはするなよ」
「大丈夫です。気になることが分かったら戻ります」
「セピアも。辛いと思ったら我慢せずに言うんだぞ?」
「はいなの」
「俺がしっかりと見張っておいてやるから心配いらねぇよ」
「そうだな。クルスに任せた」
「おうよ」
無理している様子がないことを確認すると、レクトルは安心して頷いた。クルスもいれば、ハクナに何を言われたとしてもそこまで心配はいらないだろうと後の事を託す。そこに今度はそういう流れなのだと悟ったレアが予定を告げる。
「私とリアは冒険者ギルドに向かいます」
「あぁ、そうか。悪いな。よろしく頼む」
「はい。ルーミエ様をお尋ねすればよろしいのですよね?」
「そうだな。直接ギルドマスターに話すより、ルーミエさんの方がうまく取り計らってくれそうだ。昨日は急用が入っていけなかったからな。申し訳なかったと伝えておいてくれ」
「わかりました」
「誰か一緒にいかなくても大丈夫か?」
レクトルは今更になって心配になりそう問いかけた。今までできるだけ気にしないようにしていたが、レアとリアは元とはいえ王女だ。年相応に見目も麗しく、立ち居振る舞いもしっかりとしている。世の男が放っておくとは思えなかった。
だが、レアは心配には及ばないとその提案に断りを入れた。
「大丈夫です。今までも買い出しには出かけていましたし、今はご主人様にいただいたこの服もありますから」
そう言ってレアが着ているワンピースの裾を広げる。そう、レアとリアは昨日レクトルが【我が内眠る創造の拠点】の力で創り出したワンピースを着用していた。
レクトルが今更ながら心配になったのも、その姿があまりにもレア達に似合っていたこともあるだろう。
レアの服はクリーム色をベースとしたもので、裾辺りはプリーツスカートのように折り目が複数入っており、動く度にヒラヒラと広がり揺れていた。肩のあたりからマントの様に伸びた布は先端が9つに分かれており、先端には金色の刺繍が施されていた。かなり豪勢な仕上がりに見えるが、落ち着いた感じはどこか町娘のようでもあり、レアに合っていた。
リアの服はグレーをベースとしたものでレアとは対照的に地味さを感じさせるものだったが、スカートの先や襟元からは白のレースが覗いており上品さも感じられるものだった。膨らんだスカートはまだ子供なリアにもこれまた似合っていた。
レクトルはレアの言葉を受けて2人の服を再度解析した。
○【平民王女のおめかし服】
・Rank:S
・付与スキル:【物理保護】【魔力保護】
・保持スキル:【清浄】【修復】【復元】【調整】【救命】【成長】
・装備条件:〔女性〕〔王族称号〕〔魂を捧げし者〕
・備考:平民へと身を落とした元王女が、全てを捧げた主に目を向けてもらうために精一杯おめかしできるように亡き王家より送られたワンピース。他者を救い、着ている者の清き姿を保つ力を持つ。思いの強さに同調し、持ち主とともに成長する。
○【平民王女の背伸び服】
・Rank:S
・付与スキル:【物理保護】【魔力保護】
・保持スキル:【清浄】【修復】【復元】【調整】【究明】【成長】
・装備条件:〔女性〕〔王族称号〕〔魂を捧げし者〕
・備考:平民へと身を落とした元王女が、憧れの存在に少しでも近づけるように亡き王家より送られたワンピース。万物を暴き、着ている者の清き姿を保つ力を持つ。思いの強さに同調し、持ち主とともに成長する。
装備条件にある〔魂を捧げし者〕というのが気になったレクトルは一度調べていたが、どうやら自身の明確な意思を持って隷属契約を交わすことが条件となるようだった。
(サクラやベルたちのもそうだが、この専用装備に近いようでそうでない装備条件はどうにかならないものか。ベルのもそうだが、称号は元でも適用されるんだな。それにこの説明文……ただの世界づくり的な感じで受け取っていたが、こう関連がありそうな相手となると事実なのか気になるところだな)
レクトルの固有スキルを通して亡き王家がレアたちを助ける為に力を貸した。この魔術やスキルがある異世界。何が起こっても不思議ではない。だが、それは今考えても答えは出ないだろうとレクトルは考えを打ち切った。
「そうだな。ちょうどよかったかもしれない。ただ、それだけじゃ心許ない」
「え?」
レクトルは今度は装備ではなくレアとリア自身に対して【魔力解析】を実行する。そこには依然見たものとほぼ同様の能力値が表示される。
「【物理保護】も【魔力保護】も装備者の魔力を消費するんだ。レアはかなり魔力があるようだが、それだけじゃ不安だな」
「でも、どうすれば……」
「決まっている。レアとリアにはセピアと同じ契約を交わすんだ」
「セピア様と?」
レクトルとサクラやベル、ハクナが交わしているのは“親愛の契約”だが、セピアとの間に結ばれているのは“従属の契約”だった。レアとリアとは既に“隷属の契約”が結ばれてはいるが、追加で契約が交わせないという制約がないことは既に確認していた。
【保管庫】から契約石を2つ取り出したレクトルは両手に1つずつ乗せるとリアとレアに差し出す。
「よろしいのですか? ご主人様は既にサクラ様やベル様、多くの方と契約されています。これ以上負担をかけるわけには……」
「こと魔力に関しては何も心配はいらない。今回契約するのも、精々総魔力の0.1%とかでも全然問題ないだろう。俺が心配なんだ。契約してくれないか?」
「……わかりました。元々、ご主人様に忠誠を誓っていますから。そのご意向に従います」
「そうかたくならなくていいんだがな」
「リアもー」
「あぁ」
レアとリアが契約石へと手を乗せる。そして目を瞑りにこやかに言葉を紡ぐ。
「レア・ファレル・シルミア。ご主人様に再度の忠誠を誓います」
「リア・ファレル・シルミアも、お姉ちゃんと一緒に、ごしゅじんさまにちゅうせいをちかいます」
その言葉と共に辺りが光に包まれ、契約紋がレクトル、そしてレアとリアの手の甲に刻まれる。
「これからも、末永くお願いします」
「おねがいします」
「あぁ」
ペコリとお辞儀をするレア達に返事をするとレクトル達は席に戻り朝食を再開するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
場所は変わって王城、そのバルコニーでアシュリアと国王が向かい合っていた。アシュリアの隣には旅支度を抱えたリスティが、国王の隣には魔術発動の準備を終えたルフェウスが立っていた。
「準備はいいか、アシュリアよ」
「はい、お父様」
「リスティ、アシュリアをしかと頼んだぞ」
「任せてください」
「では、行きますよ」
ルフェウスの詠唱とともに、足元に魔法陣が展開され光を放つ。
「お父様。必ずやご期待に添えて帰ってきます! お父様もお元気で!」
「あぁ。無理しない程度に頑張りなさい。何かあれば、彼の元へ」
「はい!」
ひと際大きな光が放たれると、そこにはもうアシュリアとリスティの姿は消えていた。
「これで、よかったのだな」
「はい。陛下」
「これからが大変だぞ。兵を集めよ。既に目撃情報は入っている。指導狂がどこまで持つかもわからん。急ぐぞ」
「はっ!」
王城は緊迫に満ちていた。
次回9/16更新予定です。
ここから先、戦闘やシリアスが続く予定です。3章も終盤ですね!




