080 冠位第八位 “壊臣”デミラス
少し遅れました。
休みは休みで忙しいですよね。
冠位。それはセカイの意思が定めた10の席。その座に選ばれた者に送られる称号だった。明確な選定基準が判明しているわけではない。わかっているのは現在その座に選ばれているのは10の席に対してたったの3人であること。そして、その称号によって与えられる力と引き換えにとある使命をセカイの意思より課せられるということだけだった。
この世界を管理するセカイの意思に選ばれたとだけあって、その階級は特権階級扱いとなり国王よりも上の権利が与えられる。これはセカイの意思から直接の使命を負った冠位が国に縛られない為の処置だと言われている。
そのとんでもない存在に目を付けられたことに、レクトルはふらつく頭をなんとか支えデミラスに対峙する。
初めて遭遇した人類の最高位にレクトルは興味本位で【魔力解析】を実行しようとして、なんとか踏みとどまった。
結果として、そのおかげでレクトルは助かったと言えるだろう。デミラスは鑑定や観測に特化したスキルを保有しており、さらにデミラスが持つ高い妨害を越えて情報を取得した場合、今度は【星桜刀】からレクトル自身へと興味の矛先が変わっていたことは明白だったからだ。
だが、その事態が起きることはなくともデミラスが【星桜刀】を創ったというレクトルに興味を示したことで、そう変わらない結果となったのはある意味逃れられない運命だったのかもしれない。
レクトルはできるだけ大ごとにならないように、最後の望みをかけてデミラスへと問いかける。
「話とは……主に何についてになりますか?」
「嬢ちゃんの武器についてに決まっとろうが。小僧が創ったんじゃろう? 生意気にもわしですら見たことない術式が組み込まれておったわい。これで興味を示すなと言うほうが無理じゃわな」
「デ、デミラス様!」
「あぁ、案内中っちゅうことじゃったな。ほんなら、小僧を少し貸してくれるぅ言うなら、アルトハイデンの話、受けてやらんでもないぞぉ? 何かぁ知らんが、どうせいつものことじゃろう?」
「え?」
デミラスの事を止めようとしていたリスティの動きがその言葉を受けてピタリと止まる。そして、そっと、懇願するような目をレクトルへと向けた。
言わんとすることは察知できたレクトルだったが、できれば断ってほしいという思いの方が強かった。だが、事の発端はサクラが武器を抜いたことにあるので無理に断ることもできなかった。
相手が相手だけに無下にすることもできないので、さきほどのリスティの辛い立場の事もあり少しでも助けになればとレクトルは諦めと共に了承することにした。
「わかりました。ただ、できれば他の人には知られたくないので、どこか別の場所でお願いできますか?」
「がはは、そうこなくっちゃなぁ! 工房借りるぞ! 小僧、ついてこい」
「こ、工房!?」
「師匠!」
「ずいぶんと強引ね」
「冠位……」
てっきりさっきまでと同じような話し合いのようなものだと思っていたレクトルは意外な場所に驚きつつも、デミラスに腕を引っ張られるがままに工房へと移動を開始する。その後を従者であるサクラたちが追いかける形となった。
主がぞんざいに扱われていても、ベルたちが手を出すことはなかった。ベルは相変わらずのトラブル体質な主を見て楽しそうに、ハクナは唐突に現れた高位の存在を見定めるように凝視する。
リスティもいくつかの伝言をメイドたちに残すとレクトルたちに続いた。
デミラスに引っ張られて辿り着いた場所は王城の地下にある工房だった。防音や耐震、耐熱といった術式が込められた魔術道具が各所に配置されていた。
薄暗くはあるが、いかにも鍛冶場といった体を成しており、とても城の地下にあるものとは思えないほどしっかりとしたつくりにレクトルは驚いていた。
「王城の地下にこんなところが……」
「ここは王城に設けられたわし専用の鍛冶場じゃ。ここなら防音も施されておるんで問題ないわい。で、だ。さっきの嬢ちゃんの武器、小僧が創った言うんは本当かぁ?」
「は、はい」
「あぁ、かしこまらんでええ。わしもそういうのは好まんからなぁ。だが、そげん身で鍛冶の経験がほんとにあんのかぁ? とてもそうは見えんがなぁ? あのお転婆姫の客ってんなら、嘘ってことはないんじゃろうが……」
どこか疑いの眼差しでレクトルを見つめるデミラス。だが、アシュリアの力のことも知ってるが故に、その客が冠位と名乗ったデミラスに嘘をつくということも信じられなかった。
レクトルは迷いつつも一つの提案をする。それは今までと同じ、後の事を考えての事だった。
「答える前に、他言無用を誓約してもらうことはできますか?」
「あん? わしが信用できんっちゅうことかぁ? 見くびられたもんじゃわい」
「いえ、別にそういうわけではありません。ただ、できれば公にはしたくないもので」
「あんだけのもんを創れるってぇのにかぁ?」
「デミラス様が思っているようなものではないからです。どちらかというとズルに近い。この力を知られた場合、都合のいいように使われることも考えられます」
「そう言うことかい」
レクトルの言葉にデミラスは納得を示した。まさに今自分がその力を求められてこの場にいたのだ。そしてそれを面倒に感じていたのも同じだった。レクトルとは事情は異なるが、無下にもできないと判断した。
「罰はいりません。さきほど国王陛下と誓約した時と同じように、この場で知ったことを誰かに伝える事のみを禁止とします。破ろうとすればその行為ができなくなる。これなら破られることも、罰が下ることもないということでした」
「あぁ、奴の考えそうなこった。完全な秘匿のみを目的とし、何かを要求する気はねぇってことかい。そんならまぁかまわん。んで、だ。それには彼女も含めるのか?」
「わ、私は……」
デミラスが示した先にいたのはリスティだった。リスクから言えばこの場を立ち去るのが一番だということはわかっていたが、冠位であるデミラスが興味を示した力というのが気になっていたリスティは対応に迷いを見せた。
それを見たデミラスが何を思ったか答えを待つまでもなくレクトルへと向き直ると言葉を続けた。
「……フン。まぁわしがまとめて受けてやらんでもない。どうやら興味があるようじゃしな。お主もわかってきたんじゃねぇか?」
「な、何をですか?」
「謙遜はいらん。いや、心に理解が及んでねぇのか? まぁ、いい。わしはそういう気持ちは嫌いでないでな。ほれ、誓約じゃ」
話を振られたリスティだが、その意味がわからず狼狽する。だが、デミラスはその説明をすることもなく自ら納得するとレクトルへと再度向き直り手を差し出す。
それに慌ててレクトルが答える。
「は、はい。私の従者以外、この場でのこと全て他言無用でお願いします。誰かに伝えようとすると、その行為自体ができなくなる。問題ありませんか?」
「あぁ、承諾しよう」
レクトルとデミラスの手が合わさり、誓約が結ばれる。そこには今までレクトルが誰かと誓約を交わした時と同様の魔法陣が浮かび上がる。セカイの意思が直接介入した特殊なものだったが、それはデミラスにとっては見慣れたものであった為、特に気にすることはなかった。彼もまた冠位に選ばれた者であり、セカイの意思の介入を強く受けていたからだ。
誓約が結ばれると、デミラスはイスに座り早速とばかりに先を促した。
「これでいいな。でだ、ズルに近い方法ってのは一体なんなんじゃ?」
「……あれは私の固有スキルによって生み出されたものなんです」
「固有スキルじゃと?」
「はい。一日の回数制限はあるものの、ある程度望むものを創り出すことができる力です」
「そんなもんが……スキルの名は?」
「そこまでは言えません」
「誓約したのにかぁ?」
「はい」
レクトルは受け入れられるか不安に思いつつも真っ向からデミラスに向かい合い、そう言い切った。言われたデミラスもその気迫に押され、それ以上の追及を止めた。
「用心深い奴じゃわい。まぁ、ズルだという理由はわかりゃあしたが、誓約まで交わしてこれだけとはな。デメリットがあるわけじゃないが、納得できん。せめて嬢ちゃんのさっきの武器、調べさせちゃもらえんか?」
「【星桜刀】をですか?」
「ダメ!」
レクトルが答えを返す前に拒否したのは、持ち主であるサクラだった。基本レクトルが交渉している間は成り行きを見守っているサクラたちだったが、レクトルからもらった宝物同然のものが話題ともなると黙っていることもできなかったのだ。
「なに、別にどうにかするわけじゃねぇ。ちょっくら情報を見させてもらうだけじゃわい。固有スキル持ちの武器なんざなかなかお目にかかれるもんじゃねぇからなぁ。しかも、それが天然でなく、創られたもんときた。今後の為にも、ぜひとも参考にさせてもらいてぇんだがな」
「それはあなたのスキルで、ですか?」
「まぁ、それもあるが……どちらかと言えば見たいのは中に組み込まれた術式の方じゃわい。刀身だけではただの刀じゃ。そこに込められた力こそが魔装具の神髄よ」
「……サクラ、ちょっといいか?」
「え?」
レクトルは手招きでサクラを呼び寄せた。それに戸惑いながらも求められれば拒否できないサクラはゆっくりとレクトルの元へ歩み寄る。
「ちょっとだけ【星桜刀】を貸してくれないか?」
「で、でも……」
「大丈夫だ。もちろん変なことはさせない。それに、あれはサクラ専用の装備なんだ。盗られる心配はない。万が一があっても呼び戻せるし、直せるだろ?」
「うん……」
「後でまた何か創ってやるから」
「……わかった」
レクトルの説得に渋々と言った体でデミラスの前に移動し、【星桜刀】を差し出すサクラ。
「ちょっとだけだよ? 変な事したら駄目だからね?」
「あぁ、助かる。……鞘はねぇのか?」
「ないよ」
「そうか。まぁ、不変の刀身に自身の魔力への収納となればなくても問題ねぇわな」
サクラの普通の対応に嫌な顔をすることもなくデミラスはサクラから【星桜刀】を受け取った。それを机の上に置くとそこから少し離れたところに手を翳し、柄から切っ先へと走らせる。そのまま何事か呟くと、【星桜刀】がわずかに光輝いたかと思うと朱色の光が天に向けて走った。
その光は【星桜刀】から上空に延びるように立ち上がり、幾重に分岐していくと光でできた樹のような形を形成する。その先には果実のように存在するひと際大きな光の球がいくつか浮かんでいた。
「これは……?」
「綺麗……」
「こいつぁすげぇな」
サクラは光の筋で構成された樹のようなものに感嘆の声をあげた。顔を近づけ、きらきらとした目を向ける。デミラスも思わぬ結果に唸るばかりだった。
「魔導路ね。ここまで複雑なものは私も初めて見たわ」
レクトル同様に冠位がしようとしていることに興味を示していたベルがサクラの後ろから覗き込むように眺めながらレクトルの疑問に返した。ベルの言葉に、普段この魔導路を見られる場は限られるためデミラスが感心したように答える。
「ほう、嬢ちゃん詳しいじゃねぇか。しかし見たことがねぇってのも仕方がねぇってもんだ。わしですらここまで精密なもんは見たことがないんじゃからな」
「魔導路……」
レクトルは聞きなれない言葉について簡単に【知識書庫】で検索を行った。そこに記されていたのは魔術道具や魔装具といった力が付与された道具や武器、防具において重要な役割を果たすものだった。
魔導路とは武器などの媒体となるものとスキルを構成する術式とを繋ぎ、力の経路となる一種の回路のようなものだった。よくよく目を凝らせば、光の樹の中をいくつもの光球が明滅しながら移動しているのが見て取れた。だが、枝葉はまるで毛細血管のように入り組んだ経路を構成しており、どこが何に繋がっているのかはまるで分らない程だった。
わかるのはこの枝葉が剣と果実のように見える術式とを結んでおり、その術式が【星桜刀】に盛り込まれたスキルなのだということだった。
(確かに、果実の数が【星桜刀】のスキルの数と一致するな。それに、果実のサイズや複雑さが違うのはそのスキルのレア度的なのも関係してそうだ)
魔導路を観察するレクトルは、どこか楽し気だった。元々設計関係の仕事をしていたからかこういう原理じみた構成を知ることが好きだったのだ。デミラスとも変わらないほどに興味を示し、想像を膨らませていった。
「小僧もなかなかにいい目をするじゃねぇか!」
「あ、いえ、これは……」
「何、遠慮する必要などないわい。その様子じゃ見るのは初めてか。ほれ、この光筋が魔導路じゃ。そしてその先にある光球が各種スキルを構成しておる」
「すごく複雑なんですね」
「普通はこんなに細かくないわい。精々、武器とスキルをつなげているだけの単純なもんじゃ。これを基準にされちゃあたまらん。そうじゃな……」
そう言って立ち上がり工房の奥から別の魔装具を持ってきたデミラスはサクラの【星桜刀】に施したものと同様の方法で魔導路を呼び起こす。
だが、そこに現れたのは1本の線が3つほどに分岐した先に光の輪っかがあるだけだった。線も太く、安定せず揺らめいていた。
「ランクの低い武器なんですか?」
「バカを言うでないわ。これでもA級じゃわい。斬った対象から魔力を吸収し、自らの力に変える【吸血刀】。込められた力は【魔力吸収】【身体強化】【狂化】の3つじゃ。まぁ、奪った力に対して変換効率が悪いのは否定せんよ」
「これが……A級……」
改めて【星桜刀】の異常さを知ったレクトル。階級として存在するなら似たものが少しでもあると思っていた。
(でも、A級でこれじゃあ現存する一番ランクが高いものでも【星桜刀】と比べられるものじゃないんじゃ……?)
これが世に知れれば普通の暮らしなんてできるわけがない。最悪手段として、金銭に困った時は何か創ってそれを売ればいいと考えていたレクトルはその行為の危険性を悟る。既にアシュリアに渡したネックレスのこともあった。守りに特化したものだった為、まだ危険は少ないかもしれないが今後は控えたほうがいいだろうと自身の甘さを思い知っていた。
レクトルの心配を余所に、デミラスは複雑に入り組んだ魔導路を眺め、あれやこれやと構成の追及に勤しんでいた。
デミラスの調査は日が暮れるまで続き、途中で寝てしまっていたサクラが目覚め、「もう終わり!」と取り上げるまで続いたのだった。
レクトル達が工房でデミラスの調査に付き合っていた頃、王城にある別の地下でとある異変が起きていた。
看守の横を平然と通り過ぎる一人の女性。ただならぬ雰囲気を醸し出しながらも誰も注意することなく歩を進める彼女は一つの部屋の前で歩を止めた。
その入口は幾重もの鉄格子で閉ざされている。そう、ここは罪を犯した者を閉じ込める牢屋だった。その中にいる青年に向けて、女性は口を開く。
「ねぇ、こんなところにあなたを閉じ込めた者に、復讐したくはなぁい?」
不吉な影はゆっくりと、しかし確かな足跡を残して忍び寄っていた。
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