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077 アルトフェリア王

遅れが恒常化しつつある……なんとかしないと


「我が娘を誘拐した愚か者どもよ、何か弁明することはあるか?」


 王の言葉を聞き、顔を真っ青に染めたのはその言葉を向けられたレクトル――ではなく、誘拐されたと思われていた王女アシュリアだった。


 こうなるかもしれないことはレクトルに示唆されていたのだ。それを自分がなんとかすると我儘を貫き通したのはアシュリアだった。このままでは恩人に対し、最悪の事態を招いてしまう。


 なんとか事態を是正しようと自身を守ろうとする兵士をかき分け、レクトルと自身の父親である国王の間に手を広げて立ち塞がる。


「ま、待ってください! お父様!」

「アシュリア……無事なようで何よりだ。後で話があるので、お前は城に戻っていなさい」

「違うんです、お父様! 彼は……レクトル様は賊なんかじゃ!」

「貴様……! アシュリアに何を吹き込んだのだ!?」


 娘をかどわかした賊を捉えようとした自分に対し、その賊を庇うような言葉を聞いて国王の様子が変わる。洗脳か魅了の類か、先日も魅了の力で問題を起こしていた冒険者が捕まったばかりだったのが王の行動に拍車をかけていた。


 見つかったからと言って安心できるものではないという事を悟り、娘を思って王の口調は強くなっていく。まだ歳若い少年のようだが、娘に害をなしたなら最悪は拷問すら視野に入れていくほどに。


 ジリジリとにじり寄る兵士と暴走しそうなサクラを見て、レクトルが言葉を発しようとした瞬間、アシュリアが叫んだ。


「もう! どうして話を聞いてくれないんですか!? 私の話を聞いてくれないお父様なんて大っ嫌いです……!」

「なん……だと!?」


 王女の言葉に、ザワついていた場が静まり返る。その言葉が、国王に対しどのような影響を与えるかを兵士たちは知っていたからだ。


 元々アシュリアがここまで我儘でお転婆な性格に育ったのは、一重に国王の甘やかし過ぎが原因だった。生まれた時から欲しがるものは何でも与え、要望を叶え続けたのだ。それは娘を愛して故の事だったのだが、行き過ぎた愛情は時に判断を鈍らせる。


 娘に嫌われるくらいなら、ある程度の不都合は容赦なく一掃するほどに。それでも、彼が善王として慕われているのは線引きがしっかりとされていたからだった。娘の為とはいえ、それが誰かの不幸に繋がることはしなかった。


「ま、待ちなさい。そう決めるのは早計だぞ、アシュリアよ」

「……お父様?」

「ルフェウス! ルフェウスはおるか!」

「ここに」


 王の言葉を受け、どこからともなく現れたのは執事服に身を包んだ薄い青髪の青年だった。細身の外見ではあるが、実力者であることは誰が見てもわかるほどに纏う雰囲気には隙が感じられない。


「アシュリアに何か異常はあるか?」

「姫様に? ……これは!」

「……な、何かあったのか!?」


 国王に問われ、ルフェウスは城前にいる王女へと視線を向けた。王の命令を遂行すべく力を発動させると驚きの声を上げる。それを見て国王が不安げに声をかける。やはり何かされていたのかと、少年を捕まえたい気持ちと娘の言葉を信じたい気持ちとの間でオロオロと揺れ動く。


 ルフェウスはアシュリアの教育係を命じられた国王の部下だった。鑑定系統の固有スキルを有しており、アシュリアの能力に関して一番把握している人物だった。故に、その変化にいち早く気づくことができたのだが、それは国王が思っているような悪い事ではなかった。


「いえ、姫様には特に問題はありません。健康そのものですね」

「で、ではさきほど驚いたのは何故だ?」

「姫様が新しい力を身に着けられたようですね」

「何!? それは一体……」

「詳しい話はここでは止めておきましょう。誰に聞かれているかわかりません」

「う、うむ、そうだな。詳しい話は後ほど聞くとしよう。なら、あの少年たちはどうだ?」


 安堵した国王はなら賊と疑われている少年たちには問題がないのかと問いかけた。それを受けてチラッとレクトル達に視線を向けるルフェウスだが、その顔は芳しくない。


「申し訳ありません。私では力不足のようです」

「何!? 本気で言っているのか!?」

「はい。妨害と、それに改ざんの痕跡が見られますね。いやはや、あの歳で大したものです」

「何を悠長な事を……!」

「心配は不要でしょう。他ならぬ姫様が庇っておいでなのですから」

「むぅ」


 アシュリア本人に異常がないということは、同時に彼女の固有スキル【聖罰の瞳】が正式に働いているということを意味していた。


 あらゆる悪意を読み取り、裁くその力はいかなる力によっても偽ることはできない。ランクSに分類されるこの力はまさしく神の力に匹敵するものとされていた。それは過去の実績が証明していたのだ。


 そのことを理解してはいるが、どうにも近い歳の少年を庇う娘の姿が脳裏から離れず引きはがしたい衝動にかられてしまい、素直に受け取ることができないでいた。


 国王が「いや、しかし……」と未だ対応を迷っていることに対し、ルフェウスはため息一つつくとある可能性を告げた。いや、むしろルフェウスはその可能性の方が高いと思っていたほどだ。


「もし、彼らが悪漢から姫様を助けた人たちだったらどうするのですか? 姫様のあの必死さは、恋愛感情というよりは恩人に対し無礼を働いてしまったことを後悔なされているように見受けられます」

「ぬぅ……!」


 もしそれが本当なら娘の恩人に対し、この対応は失礼にも程がある。娘の怒りも当然だろうと、思い人よりもマシな可能性に国王は自身の娘アシュリアと、件の少年を見つめ決断を下す。


「兵よ下げよ」

「お父様……!」


 王の言葉を受けその場にいた指揮官が合図を出すと、兵士は武器を下げ後ずさる。包囲の陣形を崩しはしないが、威嚇の姿勢をとき敵意がないことを示した。


 やっと思いが通じたと笑顔になるアシュリア。


「アシュリアよ。その者たちはこの国の敵となる者か?」

「いえ、寧ろ益をもたらす者です。お父様、どうか話し合いの場を設けてはいただけませんか?」

「……よかろう。“鳳凰の間”へ案内するといい」

「……はい! お父様!」


 満面の笑みを浮かべるアシュリアに対し、トントン拍子で話が進んでいく現状に顔を引きつらせているのは成り行きを見守っていたレクトルだった。


 送り届けたらすぐ帰る予定だったのに、いつの間にか王との会談がセッティングされてしまっていたからだ。


「アシュリア……王女、悪いが俺たちはこれで――」

「ダメです! お礼がまだできていません。こっちに来てください」

「お、おい!」

「師匠!」


 アシュリアがレクトルの腕を掴むとそのまま王城へと歩を進めていく。兵士たちも王の許可があるため道を妨げることもできず、姫の歩みを止めることなく横に避けていくだけだった。


 サクラがすぐにその後を追いかけ、その後ろをベルとハクナもやれやれと首をふるとゆっくりとついていく。


「ちょっと待ってくれ、大事になるのは避けたいんだ」

「大丈夫です。もう危害は加えられないと思います」

「そうじゃなくてだな」


 城の中に入りある程度人が見えなくなったところでレクトルはアシュリアの手を振りほどくと、歩を止めた。


 これ以上この王女様に振り回されては堪らないと、今からでも断ろうとしたのだ。だが、続く言葉にレクトルは事態の回避が難しい事を悟る。


「ですが、もうお父様に連れてきなさいと言われました。逆にここでレクトル様と別れてしまうと騒ぎになってしまいます……」

「ぐっ」

「諦めなさいな。これは彼女だけじゃなく、あなたの甘さが招いた結果でもあるのよ?」

「ベル……」


 まるで諭すように言われ、レクトルは「はぁ」とため息をつくと抵抗を諦めた。


「わかったよ」

「ありがとうございます。“鳳凰の間”はこっちですよ」


 にこやかにかけるアシュリアの後を追って広い王城の中を進んでくレクトル一行。度々サクラが広い王城のあちこちにある銅像やインテリアなどに興味を惹かれ、偶然出くわした侍女たちに説明を受けたりしていたが、問題なく目的の場所へと辿り着く。


「外だけじゃなくて、中もすっごく広いんだね!」

「そうだな。そりゃ、王様の住むところだからな」


 サクラの感嘆の言葉にレクトルも周りを見ながら答える。星屑の館でもレクトルにとっては豪勢な建物だと思っていたが、流石に王城となるとそれとは比較にならない程の規模を誇っていた。天井も高く、パッと見ただけでは人が縦に何人並ぶかわからない程だった。


「ここで待っていてもらえますか?」

「また豪勢な……」

「あら、いいじゃない。悪くないわね」

「キラキラ!」

「そうですね」


 調度品から絨毯まで、このまま足を踏み入れていいのかと思うほどに豪勢に整えられた部屋にレクトルがしり込みしていると、サクラが興味に身を任せてさっさと部屋へと入っていってしまう。その純粋な気持ちを羨ましく思いながらも後に続く。


 アシュリアは侍女に何事かを頼むと「ゆっくりしていてくださいね」と一言残しこの場を後にした。


 場違いにしか感じない状況に落ち着かないレクトルだったが、少し経つと侍女が紅茶や菓子類を持ってきた為、いつものように手を伸ばすサクラを見て落ち着きを取り戻しつつあった。


 それからしばらく時間が経ち、ようやく王が“鳳凰の間”へとやってきた。


「待たせたな」

「……いえ」


 日本のマナーが染みついていたレクトルはお偉いさんが急遽やってきた時のように反射的に立ち上がり、頭を下げた。それにならい、サクラたちも立ち上がる。だが、頭まで下げたのはレクトルと真似をしたサクラくらいで、ベルとハクナは立ち上がっただけだった。


「あぁ、かけてくれてかまわない。先ほどは失礼した。どうやらルフェウスの予想通り、君達はアシュリアの恩人のようだ。いや、正確には大切な人の恩人とのことだが、まだ詳しい話は聞けていないのだ。どうにも要領を得ていない」

「……はぁ」


 王と共にやってきたのはアシュリアと先ほどバルコニーで王の隣に立っていた青年の執事だけだった。侍女は部屋の入り口に控えたままだ。


 王がイスに腰掛けるのを確認すると、レクトルも言われた通り再度腰掛ける。


「まずは自己紹介といこうか。知っているとは思うが、私はこの国の国王の座についているアルトハイデン・クラエル・アルトフェリアというものだ。隣にいるアシュリア・ルート・アルトフェリアは私の娘、第三王女になる。出会った時は身分を偽っていたと思うが、許してほしい」

「いえ。事情は察しているつもりです」

「では、お主たちが指導狂(ベルセルク)が言っていた少年なのだな」

指導狂(ベルセルク)?」

「ロイエンおじ様のことですよ」


 レクトルの疑問に答えたのはとなりでピンと姿勢を正していたアシュリアだった。だが、その衣装はギルドで出会った侍女の服から煌びやかなドレス姿へと変わっていた。


「……本当にお姫様だったんだな」

「ちょっとひどくないですか!?」

「可愛いよ!」

「ありがとう!」


 レクトルの言葉に疑っていたんですか!? と声を荒げるアシュリアだったが、続くサクラの言葉に顔を綻ばせるとお礼を述べる。


「アシュリア。確かにお前は可愛いが、今は自重しなさい」

「は、はい。すみません、お父様」


 さりげなく親ばかが入っているように聞こえたレクトルだったが、流石に王相手に突っ込むわけにもいかずスルーを決め込んだ。当初の質問に対してのみ、答えを返す。


「おっしゃる通り、ギルドマスターが話していた少年というのは私の事で間違いないと思います。レクトル・ステラマーレと申します。以後、お見知りおきを」

「サクラだよ!」

「ベルフェゴールよ」

「ハクナです」


 別に知っておいてもらわなくてもいいと思いつつもレクトルが自己紹介すると、それにサクラたちが続く。サクラの軽い感じに慌てるレクトルだったが、国王は特に気にした様子もなかった為胸をなでおろした。


「ふむ……やはり聞かぬ名だな。それで、アシュリアが言う大切な人とは誰だ?」

「それは……」

「まさか、男か!?」

「え? いえ、女性です」

「そ、そうか……」


 レクトルはてっきり王女誘拐の件や魔王や天使などここ数日の異変のことについて聞かれるものとばかり思っていたのだが、最初に問われた意外な質問に王の人となりを悟りつつあった。


「名はなんという」

「……」

「お主までだんまりか。アシュリアも名を言わぬ。気になって仕方がないわ」

「陛下、本題に入られては?」

「そうは言うがな、アシュリアの大切な人というのが誰かわからなければ、この後の話も頭に入ってこんわ」

「お、お父様……」


 あっけらかんと言い放つ王はいっそ清々しいほどに自分の欲に忠実だった。


「言えない理由はなんだ?」

「できるだけ静かに暮らしたいんです。彼女達のことについてはギルドマスターとの誓約にも入っていないので、情報が広まる恐れもあります」

「なんだ。そういうことなら、ここにいる全員で再度誓約を交わせばいいということだな」

「え?」

「陛下!」


 誓約にはそれ相応のリスクが伴う。一国を担う国王が娘の大切な人の名を知る為だけに出会ったばかりの人と誓約を交わすという話に驚くレクトル。誓約が破られた時に何が起こるかわからないというのだから、それを安易に実行しようとすることが信じられなかった。


「ルフェウス、先ほどお前自身が言った事ではないか。アシュリアが認めているのだ。何も問題はあるまい」

「ですが……!」

「私も、誓約が破られて王様に何かあっては困ります。罰を下したいわけじゃない。ただ、静かに暮らしたいだけなんです」

「なら、そう誓約すればいいではないか」

「どういう意味ですか?」

「破られた時の条件まで付ければいい、ということだ。いや、今回の場合だと破ることをできなくすればいいのだ」

「そんなことが……」


 確かに、今まで曖昧な契約しか交わしてこなかったレクトルだが、元の世界のように事細かな取り決めができるとは考えもしなかったのだ。一般的にはぼかした方が強制力が強まる為、そこまでの事はしないのでロイエンも話に出さなかった。


「ここでの会話は他言無用。許可なく破ろうとすればここでの会話を誰かに伝えようとすることができなくなる。これでどうだ?」

「……確かに、それなら問題ありません」

「よし、なら誓約だ。ルフェウスもリスティもそれでいいな」

「わかりました」

「主の想いがままに」


 執事と侍女の言葉を聞いて国王は手をレクトルに向けて差し出す。レクトルもそこに手を合わせると魔力を通し、誓約を成立させる。


「ほう。本当にセカイの意思が直接干渉してくるとはな。指導狂(ベルセルク)が言っていた通りか。それで? 一体誰なんだ?」

「レア姉さまとリアちゃんです」

「何?」


 話しても問題ないならとすぐに口を開いたのはアシュリアだった。レクトルの意向を受けてだんまりを続けていたが、本当は話したい気持ちでいっぱいだったのだ。その枷がなくなったのなら、アシュリアは止まらない。


「いっぱいお話したんですよ! 一緒にお風呂に入ったり、ご飯食べたり、お布団も一緒で……楽しかったなぁ」

「お前というやつは……俺がどれだけ心配したと……」


 親の心配を余所に昨日の事を思い出したのか、にへらぁとだらしなく笑うその姿には既に王女の貫禄はなく、年相応の少女の顔になっていた。


次回7/28更新予定です。

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