074 南の地の支配者とシルミア王国
「奴隷って……それに、あれって簡単に明け渡せるものなのか?」
いきなりの提案に驚きつつも、率直に疑問に思ったことをレクトルは問いかけた。そもそも、その称号についてはベルの主となったことで知らず知らずのうちに手にしていたものだった為、レクトルには必要のないものだった。存在すら忘れていたほどだったのだ。
ベルがいいと言うなら、レクトルとしては別に渡しても問題はなかった。
ただ、明け渡すには王に、国に従属しなければならないなどという事態になることは避けたい為、まずその方法が気になったのだ。レクトルとベルのように主従の関係にならないといけないのでは? ということを懸念していた。
だが結果としてその予想は杞憂に終わる。
「はい。両者合意の上で誓約を交わせば可能です」
「そうなのか。ちなみに、あの称号があるとどうなるんだ? いや、その称号を使って何をするつもりなんだ?」
できることよりも何をすることが目的なのかを知った方が早そうだと質問を改めたレクトル。謝礼として提示されたものがものだけに、深刻さが感じられた。
レクトルには知らないうちに手にしていたその称号に、人生を捧げるほどの価値があるとは思えなかったのだ。レクトルは内容次第ではただでもいいと思っていた。むしろ、後々問題に発展しそうな物騒な称号は早々に手放したいという思いさえあった。
それに対し、アシュリアは切実な思いを語りだした。
「レクトル様は“東の地”という言葉がどこを指しているのか知っていますか?」
「いや、知らないな」
「そうですか。では、そこからですね。地図などはありますか?」
「地図か……ないな」
「でしたら何か書くものでもいいんですけど」
「これ、使いなさい」
「あ、ありがとうございます」
いつの間にかやってきていたベルが差し出したのは魔筆と呼ばれる空中に魔力を用いて字や模様を描く魔術道具だった。通常、設置型や永続効果型の魔法陣などを描く際の補助に使用されるものだ。
まさか魔王であるベルから直接受け取ることになるとは思っていなかったアシュリアは恐る恐る受け取り、お礼を述べた。
そして、応接間の机の上に簡易的な地図を描いていく。といっても、グニャグニャとした線で描かれたなんとなくそれっぽいものでしかない。
「この世界、アーステリアは主に大きな4つの大陸といくつかの小さな島で構成されていると言われています。その中でも、ひと際大きな大陸が私たちが今いるこのゼントフェルナ大陸になります」
そして中央に描かれた大陸をさらに×を描くように4分割にする線を引くアシュリア。
「東の地とは、このゼントフェルナ大陸の中央に存在する龍が住む魔境“黄昏の神殿”を境に4つに分けた中でも東側の土地を指します。そして、私たちの国、アルトフェリア王国が存在するのもここ、東側になります」
×で区切った右側の、真ん中より少し右側辺りに小さな丸を描く。それを見てある疑問が浮かんだレクトルはアシュリアへと問いかけた。
「東側というのは世界を4分割したものじゃなくて、あくまでもこの大陸内でのことだったんだな。なら、もしかして、各方面を支配していた魔王っていうのは、他の大陸にも存在したりするのか?」
「わかりません。飛空艇や魔導船が普及してきたとはいえ、大陸間を行き来するような大規模かつ持久力のあるものは開発されていないんです。それだけの距離を移動しようとなるとどれだけの魔石が必要になるか……」
「そうか……」
「はい。それで、先ほどの“東の地の支配者”の権限には、この4分割された土地の管理権限があると言われています」
「管理権限?」
「簡単に言うと、作物を育てやすくしたり、雨を降りやすくしたり、魔物の出る地域を規制したり、種類を限定したり……完全に管理することはできないそうですが、ある程度の方向性を決められるらしいんです」
「へぇ、それはすごいな。でも、さっきから何か言い方が曖昧だな」
「それは……」
そこで言葉を詰まらせたアシュリアはレアの顔を窺った。その視線を受けたレアはその意図を察し、首を左右に振って否定する。
その答えを受けてアシュリアは俯き、目を瞑り……覚悟を決めた。
「……人は欲深いものですから」
「どういう意味だ?」
「南の魔王アマイモンが既に倒されていることはご存知ですか?」
「あぁ、ベルから聞いた」
「そうですか、魔王本人に……。それを成した際に、勇者が“南の地の支配者”の称号を手にしたそうです。そして、その権限は魔王討伐の際、数ある国の中でも勇者に対し多くの助勢をしたリスぺード帝国の皇帝が譲り受けました」
「リスペード帝国……確か“閃帝”とかいう冠位が治める国だったか」
どこかで聞いた名だと思ったレクトルだが、すぐに思い至る。冒険者登録の際にルーミエから聞いた冠位メンバーのひとりが治める国の名前だった。
「はい……。当時治めていたのは別の皇帝でしたが、それが悲劇の始まりでした。リスペード帝国皇帝アルテンシアは“南の地の支配者”の力に関する情報を秘匿し、その力を以て各国に侵略を開始したのです」
「それはまた……そんなことをして勇者は動かなかったのか?」
「もちろん勇者はこんなことの為に譲り渡したんじゃないと立ち上がりました。自分の選択の結果が招いた結末だと大層お怒りになっていたと聞いています。ですが、勇者とは瘴気に立ち向かう力。人が相手では十分な力を発揮できず、また、“南の地の支配者”の力によって生み出された強大な魔物によって足止めを余儀なくされたんです。その間にも各国は攻め入られ、南の地にある国の9割が降伏し、帝国の支配下に置かれました。勇者はこの時に受けた心の傷で仲間以外の者を信じられなくなり、引きこもりになったと言われています」
その話はあまりにも突拍子がなくレクトルには信じられないものだったが、アシュリアの話している表情からそれが嘘でないことは明白だった。
ただ、その話がどう今回の話に繋がるのかわからなかったレクトルはアシュリアへと問いかけた。
「この称号がかなりヤバい力を持っていることはわかった。なら、アシュリアさんは……アシュリア王女は、アルトフェリア王国はそんな強大かつ危険な力を手に入れてどうするつもりなんだ?」
「ふふっ、アシュリアでいいですよ。……目的は3つあります。ひとつは食糧難に対しての力の使用です。育たなくなった畑への栄養の供給、新たな畑の開拓、雨が降らない地域へ雨を降らせるなど……細かなことは他にもありますが、意味合いは同じです。これはアルトフェリア王国だけでなく、東の国全てに対して平等に行います」
「まぁ、それはわかる。他のは?」
「もうひとつは魔物の管理です。人が多く行き交う街道などの魔物の数や力を減らし、移動時の安全面を高めます。この力はどこかを弱めたら別の所が強まる為、強力な魔物は森や山、洞窟の奥地へと追いやります」
それはそれで対処できなくなりそうな魔物が生まれそうな気もするレクトルだったが、自分たちでどこに強力な個体が生まれるか管理できるなら、討伐隊などを組んで適宜排除も可能とのことだった。
また、魔物の種類をうまく定めれば魔物内での食物連鎖も可能だと言う研究もあるらしい。確かに、人を襲うことなく魔物だけで完結しているなら、そこへ意図的に立ち入らない限り人の安全は確保できるのだろう。
(中には冒険者やトレジャーハンターのような素材や宝を求めてそういった場に自ら出向く者も出てきそうだが、そういった者は自己責任ということか)
強大な力故に、そういったことは色々と考えられているらしかった。ただ、封印されている魔王を起こしてまで手に入れるかという話については、時期尚早、危険だという意見が大多数を占めている状態だったという。
だが、今挙げられた内容についてはそう切羽詰まる話には思えなかったレクトルは続きを促した。
「最後のひとつは?」
「……防衛です」
「防衛?」
「はい……」
そこでチラッとレアの事を再度窺ったアシュリアは意を決したかのように口を開く。
「約5年前……帝国は国境……南の地と東の地の境界にある森に魔物を密集させました。そして、それを東側へ追いやる様にけしかけたのです。その結果、その国境付近にあった国が大打撃を受け……」
「アシュリー」
「レア?」
突然、レアが言葉を挟みアシュリアの言葉を遮った。疑問に思ったレクトルがレアを見ると、その身体は身体を抱きしめ、どこか震えているように見えた。
「ごめんなさい、レア姉さま。後でお叱りは受けます。でも、私……黙ってることなんてできません」
「アシュリー……」
涙ぐみながらもしっかりとレアの目を見つめるアシュリア。その姿に観念したのか、レアは目を瞑りアシュリアに頷きを返した。
「わかりました。その時は私も……」
「何の話だ?」
状況が呑み込めずそう問いかけたレクトルだったが、それを後で後悔することとなった。
「その魔物の襲撃を受けた国は抵抗も空しく滅びました。それは他国が応援に駆け付ける暇もなく、あっという間の出来事でした。その国の名はシルミア王国。レクトル様の奴隷となっているレア姉さま、そしてリアちゃんがいた国です」
「なっ!」
今まで目を背けていた事実を唐突に突き付けられたレクトルは戸惑い、慌てるが、アシュリアの言葉はそこで終わりではなかった。むしろ、そこからが本題だったのだ。
「そして、あの惨劇から5年……再び森に魔物が密集しつつあることが確認されました。どうやら帝国は自国領で魔物の調整を行った余分を支配領域の境界に集めているようなのです。このままではまたあの悲劇が繰り返されてしまいます。そのためにも、同種の力である“東の地の支配者”の力が私たちには必要なんです! お願いします!」
「……!」
魔物の侵略、それも一国を滅ぼすほどの広大、かつ強大なもの。アシュリアが“東の地の支配者”を求める3つ目の目的は、その力を使って魔物を操り、南の地より侵略してくる魔物と戦わせるというものだった。
あまりにもな話に押し黙るレクトル。最初に口を開いたのはその後ろに控えていたレアだった。
「……もう時間は残されていないのですか?」
「わかりません。明日かもしれないし、まだ一ヶ月以上先かもしれない……でも、今のままじゃあの悲劇に対抗する力は私たちにはありません。精々逃げ延び、被害の拡大を減らすことだけです。特に国境周辺の国は……」
「国を捨てるしかないわね」
「……!」
「ベル……」
アシュリアの告白に突如口を挟んだのは、黙って話を聞いていたベルだった。
「長々と話してるから王女が何の話かと思えば、そう言うこと」
「あ、あの……」
「そうだ、ベルはこの力を使ったことはあるのか?」
「あるわよ。前にも話したじゃない」
「……? あぁ、そういうことか」
ベルにそんな話を聞いたことがあったかと記憶を辿るレクトル。そこで、勇者たちが攻めてきた時に食料を奪ったり、魔物をけしかけたと言っていた。
(あれはベルや魔王としての力ではなく、“東の地の支配者”の力だったのか)
そこであることに気付く。
「もしかして、今畑がうまく育たないって言うのは……」
「私がいた所周辺の事を言っているのなら、その時のがまだ残ってるのかもしれないわね。戻す前に封印されたのだし、私は悪くないわよ?」
「そう言うことか。じゃあ、一つ目や二つ目に関しては問題ないな。問題は三つ目か。魔物と魔物を戦わせる……そんなにうまくいくものなのか?」
「いかないでしょうね。下手をすれば、被害が拡大するだけよ。あの力はあくまで魔物を発生させるだけで制御はできないもの。生み出した後は魔物の特性と性格次第ね」
「そんな……!」
それを聞いて悲痛の声を上げたのはアシュリアだった。最後の希望と言わんばかりに縋っていたものが打ち砕かれたのだ。危うく被害を拡大させるところだったという話を聞き、驚きと失望を隠せなかった。
「それじゃあ、私たちはどうやってあの惨劇に対抗すれば……」
アシュリアの脳内に、いつかの楽しかった頃の面影を失ったシルミア王国が映し出される。魔獣は無事勇者の仲間や各国の騎士団、コレギアが協力し全て討伐することが出来たが、被害を直接受けたシルミア王国は酷いものだった。生存者はほぼ確認できず、土地ももはや国としての機能を果たせる状態ではなかったのだ。
今は亡霊が住まう呪われた地とさえ言われ、近づくものは少ない。
それ故に、死んだと思っていた友達の王女、レアとリアが生きていたと知った時は嬉しかったアシュリアだが、本来の目的が徒労に終わり力なくしな垂れる。
「まぁ、今はごちゃごちゃ考えても仕方がないさ。どうする? それでも、この力が必要か?」
「え? ……はい、そうですね。他の目的もありますし、何かの手立てに使えるかもしれませんから」
「そうか」
強い瞳でもって答えるアシュリアにレクトルは満足げに頷く。
「俺としては、ベルが問題ないなら譲渡することに対して異論はないし、さっきのような報酬も求めない」
「え?」
あっけらかんと言い放つレクトルの言葉に驚くアシュリア。報酬さえ求めないというのはいつかの勇者を彷彿とさえさせた。
「ベルはどうだ?」
「私? そうね……オリエンスの事が気がかりではあるけど、私の知った事じゃないわね。別にいいわよ」
「オリエンス? とはベルフェゴール様の先代に当たる魔王の事ですか?」
「そうよ。よく知ってるわね」
「ベルフェゴール様に倒されたのでは?」
「倒してないわよ。なんで私がそんな面倒なことをしないといけないのよ。私はあいつに魔王を押し付けられただけだってさっきも言ったでしょ?」
「そういえば……」
呆れたように言い放つベルの言葉を聞いて、ギルドでの会話を思い出すアシュリア。その辺りの話を詳しく聞いたわけではなかったが、確かにそのような話をしていた。
「それはつまり、後々取り返しに来る可能性があるってことか?」
「何とも言えないわね。あいつの目的が私にはわからないもの。今どこで何をしているのかもね。私側の誓約が解けた以上、私もあいつとの誓約を守る必要はないの。好きにすればいいわ」
「そうか……それで、どうする? そういうリスクもあるってことだが……」
「それは……はい。魔王が現れたのなら、結果としてすることは変わらないと思いますから」
少し悩むが、それでも必要な力に変わりはない。それに、もし先代の魔王が再び現れたら戦いが避けられないのは変わらないのだとアシュリアは結論付けた。いち王女が決める事項にしては重いものだが、今このチャンスを逃すわけにもいかない。手にしてもその後は使用の判断が迫られる。だが、所持すらしていなければその機会すら生まれない。
だったら少しでも手が多い方がいいと、アシュリアは決断した。
「わかった。ただ、譲渡するにしても条件がある」
「条件……ですか?」
「あぁ、聞いてる感じだと、かなりヤバい力みたいだからな。変な奴に渡ることは避けたい。アシュリア王女。あなたはこうして接しているかぎりでは信用できそうだと判断できるが、俺は国王や国のお偉方のことを何も知らない」
「……そう、ですね」
言われたことは納得ができるものだった。アシュリアの父親である国王は民からも信頼の厚い善王であるが、それを説明、証明しろと言われてもできなかった。今自分で皇帝が使い道を誤ったと説明したばかりなのだ。言葉につまるアシュリアに対し、レクトルが突き付けた条件は奇しくも最初にアシュリアが提案したものと近しいものとなった。
「俺が信用できるのはアシュリア王女、あなただけだ。だから、この力を譲渡するのもあなただけとする。そこから他の者に譲渡することは認めない」
「それは……でも、それだけの力……私が守り切れる保証ができません」
「そうか、そういう危険もあるのか。人は欲深いものらしいからな。その点についてはこちらも協力しよう」
そう言うとレクトルの手の上で光が集束し、一つのネックレスのようなアクセサリが現れた。
「それは?」
「身を守る加護が込められたネックレスだな。これをつけていれば、力を求める者に殺され、力を奪われるということもなくなるだろう」
それはレクトルの固有スキル【我が内眠る創造の拠点】によって生み出された本日2つ目となる創作物だった。それを少し羨ましそうにレアが見つめていたが、言葉には出さない。
「そんな高価そうなものを私がもらってもいいんですか?」
「俺の要望を通す目的もあるからな。構わない。受け取ってもらわないと、逆に困る」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
アシュリアはネックレスをレクトルから受け取ると首に通す。
「それじゃあ、誓約だ」
「はい、よろしくお願いします」
そして、ここに新たな誓約が紡がれ、称号“東の地の支配者”は問題なくレクトルからアシュリアへと譲渡された。だが、レクトルは気づいていない。それと引き換えにアシュリアがレクトルの従者として登録されたことに。レクトルがそのことに気付くのはもう少し先の事だった。
次回7/7更新予定です。




