表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/262

073 王女の願い

王女の名前が抜けてたのを修正しました


 転移の光が収まると、そこは先ほどまでいたギルドとは異なる静かな森の中だった。目の前にはキラキラと光る水が湧き出る噴水があり、それが森の各所へと流れ幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「きゃ……えっ!? うそ、そんな!?」


 辺りの景色もそうだが、なによりもアシュリアを驚かせたのはもう既に空は暗く夜になっているということだった。だが、自分の意識が途切れた感じはしない。それはつまり……


 サーっと徐々に顔が青ざめていくアシュリア。


(私の時を止めたのですか……? ううん、違う。あれは転移の光でした。なら、未来にとんだ? でも、どうして……)


 何故、と疑問が浮かぶ。こんなことができるのは話に訊いた時空魔術だろうと推測するアシュリア。ロイエンが予測していた全魔術適正者(エレメンタルマスター)というのもあながち間違っていないのかもと思うが、今回後を追いかけて話しかけたのは自分からだった。


 最初から誘拐めいた事を考えていたとは思えない。それは【聖罰の瞳】でも悪意がないことを確認していることからも明らかだった。そもそも正体が王女であるということ自体、レクトルが知っているのかすらわからないのだ。


(もしかしたら、時空魔術はまだ未熟で、これは移動距離に対して発生した時間経過なのかもしれません)


 時空魔術はひとくくりにされている通りに、時間と空間の魔術だ。それは互いに密接に関係のある要素となっている。レクトルが使用していた【渡扉(ゲート)】の魔術は空間と空間を繋ぎ、一瞬で移動することができる魔術だが、正しく制御されていない魔術は何かしらのデメリットを生じさせる。


 個人の制御具合によってそのデメリットは異なるが、通常最も多いのが消費魔力の増加だ。また、それに伴い威力や効果の低下、範囲の縮小、暴走を引き起こす。使用者の力が全く及ばない場合はそもそも発動すらしない。


 レクトルは【魔術制御】を駆使して意図的に魔力消費を増やして威力を下げていたが、世間一般的には腕が未熟が故に、魔力の消費が増え、威力が低下するというのが常識だった。レクトルが軽く放てる通常の魔術が、世間にとっての目標、魔術の頂にして集大成だった。


 その中でも、時空属性や聖属性といった特殊系統に分類される魔術には特殊なデメリットが発生する。それが通常“代償”と呼ばれるものだった。そのひとつに今回のように長距離を一瞬で移動する魔術を使用した際に、本来その距離を移動するのにかかるであろう時間が転移した瞬間に経過するものがあった。つまり疑似的にも未来へと飛ぶことになるのだ。


 それはつまり、肉体的疲労は通常の移動に対して軽減されるが、時間短縮を目的として使用した場合は意味をなさないことになる。しかも、それが発生するのは転移した瞬間の為、通常の移動と比べ、時間がかかりそうだから別の方法を、相手側に遅れる連絡をという行いが一切できない。後の祭りなのだ。


 たまにその代償を利用して自分が存在しない時間をつくり、難を逃れる強者もいるがどれだけの時間経過が発生するかわからず、そもそもどういう形でデメリットが働くか推測するのも難しいのだ。現にその方法を退避に活用していた者は3度目で自身の時が止まるという代償を引き当て死亡した。


 そんな不確かな力を行使されたのかとアシュリアは戦々恐々となるが、当のレクトルはアシュリアには目もくれず、サクラを抱き上げると走り出そうとして思い出したように振り返り、


「あ、この先に屋敷があるので、そこで話を伺います。ちょっと急いでいるので先に失礼しますね」

「え? あ、あの……!」


 そう一言残すと意気揚々と走り出した。いきなりの事態に訊きたいことがたくさんあったアシュリアだが、その制止の声も空しくレクトルの姿はあっという間に見えなくなってしまった。


「どういうことですか……?」


 まさかの放置に呆然となるアシュリア。先ほどまで色々と考えていたことが霧散していく。取り敢えず何かされるわけではないのかと安堵し少し落ち着きを取り戻すと再度辺りを見回す。


「どう見ても夜です……流石にお父様、心配してるでしょうか。騒ぎになってないといいですけど……ロイエンおじ様も怒られそう。そうなればきっと……彼も……」


 ブンブンと首を振り、先ほどレクトルが指さした方向へと歩き出す。


「本当に綺麗……どこの国なのでしょうか。もしかして、これって不正入国になったりするんでしょうか?」


 また嫌な予感が押し寄せ、ダメダメと歩く速さを速めていく。するとレクトルが言っていた通り、目の前に屋敷が見えてきた。


「立派なお屋敷。貴族なのでしょうか。でも、精霊の恩寵は名乗っていなかったはずです……」


 高鳴る胸を落ち着かせ、カンカンカンと扉の横についた金具を鳴らす。すると、屋敷の中からパタパタと音が聞こえてきた。


「ど、どちら様ですか……?」

「あ、あの私……え?」


 屋敷に身を置くレクトルの奴隷であるレアが出迎えた。普段この屋敷を仲間以外で訪れる者など存在しないはずなので、恐る恐るといった体で扉を開けた。そして、来訪者の姿を見てピタリとその動きを止めた。


「え? あっ!?」

「嘘、レア姉さま!? どうしてここにむぐっ」

「しっ、静かにしてください」

「むぐぐ~」


 まだ何か言いたげにしていたアシュリアの口をレアが強制的に塞ぐ。後ろを振り返り、特に誰かが出てくる様子がないことに安堵するとレアはほっと胸をなでおろし、アシュリアに向き直る。


「いいですか? 大きな声は出さないようにお願いします」


 コクコクと頷くアシュリアを見てゆっくりと塞いでいた手を離すレア。その瞬間、アシュリアがもう我慢できないと矢継ぎ早に質問を繰り返した。


「どうしてここにいるのですか!? 亡くなったのではなかったのですね!? でも、その首にあるのって奴隷のっきゃんっ!」


 忠告を無視して喚きだしたアシュリアの頭をスパンと軽快な音を立てて引っ叩くレア。昔国同士の付き合いの中でアシュリアとは交流があり、その時から歳も近かった為レア姉さまと慕われていた。


 他国とはいえ、交流のある同じ身分の少女。あの頃と変わらないお転婆な性格をどこか懐かしく思いつつも、状況が状況だけに容赦なく引っ叩いた。


 叩かれたアシュリアも「いたい……」と頭を押さえてしゃがみ込んではいたが、どこか嬉しそうに「本当にレア姉さまだ……」と笑っていた。そんなアシュリアを見てレアも生死不明のまま連絡を一切せず辛い思いをさせていたのは事実だったので、手を差し伸べ立ち上がらせた。


「全く……変わってないですね。アシュリア様は」

「そんな……昔見たいにアシュリーって呼んでください!」

「昔とは違います。私の国は滅び、今は奴隷の身分なのですから。一国の姫君を愛称で呼ぶことはできません」

「……っ! でも、でもっ……! レア姉さまはレア姉さまです! 奴隷の主はもしかしてレクトル様ですか? なら、私が身分を明かして解放してもらえるようにお願いを……!」

「え? ちょ、ちょっと待って! 駄目、待ってください!」

「きゃあ!」


 ズイズイっと泣きながら屋敷の中へ入って主の元へ向かおうとするアシュリアのスカートを慌ててむんずと掴み制止するレア。肩を通さないベアトップタイプの給仕服だった為、危うく胸が露出しそうになりアシュリアは慌てて胸を隠す。


「レ、レア姉さま、何を……」

「ご、ごめんなさい。でも、あなたが早とちりするからですよ」

「早とちりってなんですか? 現にレア姉さまは奴隷の身分なんですよね? その身分にあるから私の事アシュリーって呼んでくれないなら!」

「わかった、わかりました。アシュリー、これでいいですよね?」

「は、はい! レア姉さま!」


 昔の愛称で呼ばれ、ぱぁっと満面の笑みを浮かべるアシュリアを見て「はぁ」とため息を零すレア。

服を整えながら、止められたことが気になったアシュリアはレアに問いかけた。


「でも、どうして駄目なんですか? 確かにシルミア王国については私にはどうすることもできませんでしたが、何も奴隷になるなんて……。レア姉さま、それにリアちゃんくらいならアルトフェリアで受け入れも……」

「ダメですよアシュリー。ご主人様……レクトル様は私とリアにとって命の恩人なんです。何も恩を返せないまま去ることなんてできません」

「命の……」


 その言葉を聞いて、やっと理解したアシュリア。レクトルに奴隷にされたのではなく、レア自身が望んで奴隷になったのだと。実際には少し流れが異なるが、レアの思い自体に間違いはなかった。


 【聖罰の瞳】でレクトル自身が悪い人ではないとわかっていたはずなのに、急な話に前が見えなくなっていた。


「わかりました。でも、また遊びに来るのはいいですよね?」

「それは……そもそも、ここにはどうやって来たのですか?」


 主から聞いた話ではここはレクトル自身のスキルの中の世界ということだった。未だに世界ひとつを生み出すスキルというものがあるとは信じられないが、こうして目の前に知り合いがやってきたのを見るともしかしたらアーステリアと地続きなのではないかと疑問が浮かぶ。


 だが、返ってきた答えはそれを否定するものだった


「レクトル様に連れてきてもらいました。でも、サクラ様のトイレが近いからと先に……」

「あぁ」


 その言葉を聞いて、さっき慌てて返ってきたご主人様の事を思い出す。サクラを抱えて慌てて帰ってきたものだから何事かとレアは思っていたが、理由はなんともいえないものだった。

 

 てっきり大けがでもしたのかと思っていたところ、ただのトイレだったからだ。ただ、事態は深刻で今にも漏れそうというサクラのことを預かり、トイレに連れて行った。この時、サクラは少し惜しむような顔をしていたが、素直にレアに連れてかれた。


 サクラが惜しんだのはせっかくのお姫様抱っこを続けたいという思いがあったからだが、レクトルに抱かれた状態で漏らそうものならそれこそ一大事だと諦めた。


 無事に漏れることなく間に合い、さっきトイレから戻ろうとしていたところにアシュリアがやってきたのだった。


 特にレクトルからはその時に何も聞いていなかったが、そういうことなら案内した方がいいのだろうと迎え入れる。


「取り敢えず、案内します」

「はい」


 レアは応接間にアシュリアを案内すると、レクトルを呼びに向かう。その際にリアにお茶の準備を頼んでいた。


 居間で寛ごうとしていたレクトルを見付け、レアは声をかけた。


「ご主人様」

「レアか。さっきはありがとう。助かった」

「いえ。それで、お客様がいらしてますが……」

「客……? ここにか……?」

「はい。応接間までご案内しました。ご主人様に連れてこられたと言っていましたけど……」


 その反応にあれ? とアシュリアとの話の違いに嘘をつかれたのかと戸惑っていたレアだったが、すぐにそれは杞憂に終わる。


「あぁ! あの……アシュリアさん……だったか、帰り際に声かけられて連れて来たんだった。なんか切羽詰まってたみたいだったもんで断れなかったんだ。忘れてた」

「あなた……また性懲りもなく……」

「え?」


 ベルの言葉が気にかかり、レクトルがその意味を問いかけようとした時、その名を聞いたセピアが驚きの声を上げた。


「アシュリア……様? アシュリア様!」

「セ、セピア!?」


 バッと立ち上がり、クルスを抱えたまま勢いよく応接間までかけていく。なんだなんだとレクトル達は戸惑うが、放置はできないと後を追いかける。


 応接間の前まで来たセピアはノックもせずにドアを勢いよく開け中に入った。


「アシュリア様!」

「――っ! な、なに!? ……どうしたんですか?」


 いきなりの侵入者にビクッと身体を震わせ驚いたアシュリアだったが、入ってきた者を見て咎めることなく問いかけた。


 だが、天使であるセピアはキョロキョロと誰かを探すように視線を彷徨わせるばかりで答えは返ってこない。


「アシュリア様……いないの」

「え? ここにいますよ?」

「え?」


 その言葉にコテンと首を傾げるアシュリア。つられてかセピアもコテンと首を傾げた。目の前にいるのにいないとはどういうことか。無視されているわけでも見えないわけでもないのに、通じない。そこでアシュリアは天使である彼女の前では、王女であることを隠すためにも名乗っていなかった事を思い出した。


「私がアシュリアです。天使セピア様。さきほどは名乗らずに申し訳ありません」


 そう言い、深々と礼をするアシュリア。それを受け、セピアは残念そうに俯いた。そこにレクトルたちがやってきた。


「どうしたんだセピア? そんなに慌てて」

「アシュリア様じゃなかったの」

「え? あぁ!」


 その言葉を聞いてようやく合点がいったレクトル。サクラと一緒に見たセピアの過去、そこにいたセピアの本来の主である光神の名もアシュリアだった。それで光神がいると勘違いしたんだろうと納得したレクトルはセピアの肩をポンポンと軽く叩き、慰める。


 それとなく光神と同じ名前ということが気になったレクトルは敵対する者以外にはあまり使用しない【魔力解析(アナライズ)】を実行した。


○名前:アシュリア・ルート・アルトフェリア 人族 16歳 ♀

○称号:“アルトフェリア王国第三王女”

○Rank:B

○ステータス:

 ・体力:525/525

 ・魔力:421/421

 ・筋力:142

 ・理力:583

 ・守力:232

 ・護力:620

 ・速力:146

〇スキル

 ・固有スキル

  【聖罰の瞳】

 ・契約スキル

  ―

 ・付与スキル

  【治癒促進】【いなし風】【身代わり】【体力増強】

 ・スキル

  【魔術適正:水】【魔力感知】【杖術】【裁定】【身体強化】【警鐘】【浄化】


 その結果を見て、驚きを隠せないレクトル。


(王女……王女!? なんで……ギルドの侍女じゃなかったのか!?)


 またあのギルドマスターにしてやられたと思うが時すでに遅い。おそらく、固有スキルにある【聖罰の瞳】が目的であの場に連れてきていたのだろうとレクトルは推測するが、まさか王女を引っ張ってくるとは思ってもいなかったレクトルは現状のまずさを実感する。


(これって誘拐になるんだろうか? 王女誘拐なんて死罪なんじゃ?)


 ベルが性懲りもなくといった意味を理解し、なら早く言ってほしかったと前回と同じ文句が頭を埋め尽くす。だが、急いでいたこともあり深く考えずにつれてきたのはレクトル自身だ。ベルに責任はない。


 なんとか穏便に済ませる方法がないかと考えるが、思いつかない。そもそもこうなったのは彼女が何か話があるということが始まりだった。それ次第でどうにかなるかと目算を立てる。


 リアがお茶を運んできたところで席に着くレクトル。


「アシュリーお姉ちゃん!?」

「リアちゃん、久しぶりです。元気にしてましたか?」

「うん。色々あったけど、今は元気だよ」

「そうですか。それは何よりです」

「知り合いだったのか?」

「え? あ、はい、そのですね?」


 突然話を振られ、その意図が理解できずにあやふやな答えを返すレア。今朝自分のことを話そうとした際はどこかはぐらかされたように感じたレアは、レクトル自身、レアが元王女であることに気付いてはいるが、それを公認としたくないのでは? と感じていた。


 それを王女と知り合いと言ってしまうと認めたようなものなのに、とここは正直に答えるべきなのか迷っていたのだ。だが、そこできっぱりと答えを返した者がいた。


「レア姉さまとは昔からの付き合いです。危ないところを助けてもらったそうですね。私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」


 そうしてお辞儀をするアシュリアに、相手が王女と知ってしまったからには恐れ多く感じてしまい恐縮するレクトル。


「い、いえ、たまたま現場に居合わせただけですので。リアに助けを求められなければその機会もありませんでしたし、どうか頭を上げてください」

「リアちゃんが……?」

「その話は後ほど……。それで、アシュリア様――アシュリーはどういった用事でここに来たのですか?」


 様呼びした途端途轍もない形相で睨まれたレアは呼び名を改め、問いかけた。


「はっ! そうでした。レクトル様はベルフェゴール様の主となられたのですよね?」

「ん? あぁ、そうだな」


 不服ではあるが、事実ではある為肯定の言葉を返すレクトル。


「でしたら、今はレクトル様が“東の地の支配者”となられているのでは?」

「……? あぁ、確かそんな称号がついていたな」

「……!」

「え?」


 レクトルの何気ないその言葉にドクンと胸が鳴るアシュリア。緊張からか、頬に汗が流れる。そして、レアは告げられた名と称号から戸惑いの声を上げた。それの意味するところが理解できたからだ。


「お話というのは他でもありません。その“東の地の支配者”の権利を私たち王家に返還していただきたいのです。もちろん、十分な謝礼は用意します。この私を奴隷にということであれば、それもお受けします。どうか、どうか、お願いできないでしょうか」


 再度深々とお辞儀をするアシュリア。そのお願いはさっきまでの雰囲気が消し飛ぶ程に必死さが感じられるものだった。


次回6/30更新予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ