072 コレギアの名称
「それじゃあ、これに記入お願いね」
「あぁ」
ルーミエが差し出したのはコレギアの申請書だ。そこには既にロイエンのサインが記載されていた。
「承認印が既に押された書類とか、大丈夫なのか?」
「君は特別だよ。普段はしっかりと吟味するさ」
「俺が問題があるコレギアを創ったらどうするんだ?」
「そこは君を信用していると思ってもらいたいものだね」
「出会ったばかりで何を……」
「聞いた話では君達も出会ってそう経ってないのではないのかね? 君は彼女達が信用できないのかね?」
「それは……」
痛いところを突かれ、口ごもるレクトル。そう問われればもう何も言い返すことはできなかった。サクラたちの事を見て「はぁ」と諦めたようにため息をつき、申請書に記入しようとしてすぐにその手が止まる。
「コレギアの名称か……」
「なんでもいいのよ?」
簡単に言うルーミエだが、レクトルにとってはこれからずっと付き合っていくことになるかもしれない名前になる。下手な名前では後々後悔することはわかりきっていたため、簡単に決めることはできなかった。
名前でどういうコレギアなのか何となくでもわかるように……とも思うが、そもそもコレギアの活動内容自体がフワッとしているのだ。それでわかるも何もない。
なら当たり障りなく、他の人から見ても恥ずかしくない名前がいいと考えるがなかなか妙案は浮かばない。聞いた名前を参考にしようにも、どうにも中二病的な観点からどんな名前にしても痛く感じてしまうのだ。この世界とレクトルが元いた世界では感覚も異なる為、逆にレクトルにとっての普通がこの世界では恥ずかしいものもあるかもしれない。
そこでレクトルはあることを思いつく。自分にこの世界の常識がないなら、常識がある側に考えてもらえばいいのだと。
「何かいい名前はあるか? いいのがあったらそれでいこうと思うんだが……」
「私たちが決めてもいいの!?」
仲間に問いかけたレクトルの言葉にサクラが目を輝かせて答える。その勢いにレクトルはたじろぎつつも、肯定する。
「まぁ、変な名前じゃなきゃ……な。俺のコレギアというわけじゃなく、みんなが所属することになるからな。意見を聞きたいんだ」
「誰もあなたが決めた名前に文句なんて言わないわよ」
「いや、これといったものが浮かばなくてだな……」
「呆れた。それでも私たちの主なの?」
「主だっていうのはお前たちが勝手にそうしたんだろ。なりたくてなったわけじゃない」
「お兄ちゃん、私たちの主はいやなの? そんな……お兄ちゃんに迷惑かけるくらいなら……セピアは……」
「いや、ちがっ! そうじゃなくてだな」
「そうですよ。ご主人様は恥ずかしがってるだけなんです。本当は私たちのことが大切で大切で仕方ないんですよ」
「はぁ!?」
自分の失言にレクトルが言い訳を考えていると、とんでもないことをハクナが言い出し、慌てて否定しようとしたレクトル。だが、それを聞いたセピアがどこかほっとした、安心したような表情を見せ言葉につまる。
「そうなの?」
「あ、あぁ、そ、そうだな。だから、余計な心配はしなくていいぞ?」
「わかったの!」
「ふふん」
にっこりと微笑むセピアを見て、取り敢えず胸をなでおろすとハクナを睨みつけるレクトル。だが、ハクナはその意味を理解できておらず、どこか誇らしげに胸をはっていた。
そのどこかイラっとする態度にレクトルは契約を通した念話で「後でおしおきな」とだけ伝えると、サクラたちに名前を聞いていく。ハクナだけが「助かった」と褒められると思っていたのにまさかの念話にひとり「え? え?」と戸惑いの声を上げていた。
「それじゃあ、名前候補ある人ー」
レクトルが手を挙げながらそう宣言すると、早速とばかりにサクラが「はいはい!」と元気よく手を上げた。よく見るとセピアもおずおずと手を挙げているのをレクトルは見逃さなかった。
「じゃあ、セピアから順番にな」
レクトルがそう告げると、おずおずとセピアが答える。
「えっと……お兄ちゃんといえば星空なの。それに、一緒にいるとなんだかあったかい気持ちになるの。だから……その、《木漏れ日の星空》なんか……どうかなって思うの」
「へぇ……悪くはない……かな?」
ただ、それは陽が昇っているのか、夜なのかどっちなんだ? という疑問が浮かぶレクトル。だが、そこを指摘するような邪推な真似はしない。
「はい! 私のはね、師匠は太陽みたいに私のことを照らして、見つけてくれたから……《灼熱の太陽》がいいと思うんだ! あったかくて、それでいて熱いんだよ!」
「なんで俺のことばっかりなんだ? みんなのコレギアだって言っただろ?」
「むー」
次に候補を挙げたのはサクラだった。元気よく、腕をパタパタと動かして熱弁している。だが、セピアに続きサクラまでもが主であるレクトルのことを中心に考えていたようで、思わず反論してしまうレクトル。
どちらかと言えば、コレギアを創りはしたいが、矢面に立ちたくはないレクトルは代表の座自体も他に譲りたいくらいだったのだ。ただ、報告の義務は代表でなくてもいいということもあり、形だけならと受け入れようとしていた。
そのためか、自分が由来の名称というのは避けたかった。だが、続く仲間もお構いなしに候補を告げていく。
「《星の王と愉快な仲間たち》」
「そうですね。《救済の一手》とかどうですか?」
ベルのどこかで聞いたことのあるような自由すぎる名前にハクナが続く。ベルは面白がってふざけているだけのようだが、ハクナにはどこか希望めいたものがレクトルには感じられた。
(また闇の神討伐にでもつなげようとしてるのか? これは触れないのが吉……だな)
そう結論付けると、結局これといったものはなかったなと振り出しに戻る。ベルとハクナのは論外として、セピアとサクラのを適当に混ぜ合わせるかとレクトルが考え始めていると、不意に別のところから候補が挙がった。
「では、《少女の楽園》などはどうかね?」
「あら、私たちもいいの? だったら《秘密の巣窟》とかいいと思わない?」
「俺は喧嘩を売られているのか?」
ロイエンが候補に挙げた名前は完全に勇者のコレギア《勇者の楽園》を意識したものだった。ルーミエの候補も秘密が多いことに対する皮肉めいたものだ。まさかルーミエにまで弄られるとは思っていなかったレクトルはその意図がわからず問いかける。
「ははは、まぁ、コレギアの名称などそこまで気負うものでもないということだよ」
「そうね。中には《竜王の咆哮》という名の実質採取依頼しかこなしていないコレギアや《聖女の祈り》なんて名の男性のみ所属している所まであるのよ。深く考える事もないと思うわ。自分らしい名前を付ければいいのよ」
いや、そうならない為に考えてるんだろうとレクトルは思うが、あまり考えすぎるのもよくないのは確かだ。自分らしい名前。そう言われて思いつくのはセピアも候補に挙げた星に関するものだろう。
この世界に来てから名前や魔術、創作世界……ありとあらゆるところに星が関わっている。そこでふと思いついたのは、元の世界で夜空を見上げていた時の事。何気なく来ないかと無意識のうちに探していた、誰もが知っているちょっとしたおまじない。
根拠など何もない。だが、為すのはなかなかに難しい。いつ来るかわからない、一瞬の出来事。気づいた時には消えている。その間に自分の願いを3回唱えると叶うという。レクトルはそれができたことなど一度もないが、そんな小さな願いに答えるという気持ちを込めて。
「よし、決めた」
「ほう、それは覚悟をかね?」
「名前をだよ」
「何にしたの?」
「後のお楽しみだ」
「えー」
流石に口に出すのはまだ恥ずかしかった為、レクトルはサクラの文句を聞き流しながら申請書に名称や活動内容などを記載していく。
そこには次のように記載されていた。
・コレギア名称
《煌きの流星》
・コレギア代表者
レクトル・ステラマーレ
・所属メンバー
・拠点
ラスティア 星屑の館
・主な活動内容
依頼内容や報酬は自由。受けるかどうかは《煌きの流星》側が決める。
身分は問わないが、配慮もしない。問題を起こした場合はブラックリストに追加される。
リストに名のある者の依頼は以後受け付けない。
基本、1つの依頼遂行中は他の依頼は受け付けない。
・承認責任者
ロイエン・クル・シクル
ルーミエは申請書を受け取るとざっと目を通していく。
「随分と否定的な項目が多いけど、本当にいいの? これじゃほとんど依頼集まらないわよ?」
「あぁ、逆にその方がいい。さっきも言ったが、対処できる人数が限られてるからな」
「そう」
レクトルはルーミエに対しても知らず知らずのうちに普通に接していたが、特に気に留めていたかったため気づいていない。
「所属メンバーがまだ誰も居ないけど、彼女達を登録しないの?」
「サクラたちはまだギルドカードを作ってないからな。後で登録するつもりだ」
「そう言うこと。じゃあ、問題ないわね」
実際には拠点の場所がルーミエの知らない所だった為気になっていたが、後で調べたらいいと深くは考えなかった。そのまま申請書を鑑定の宝玉の上に置くと、ギルドカードを作った時のように浸透するようにその中へと沈んでいく。
「宝玉に手を置いて、魔力を通してもらえる?」
「わかった」
レクトルは言われた通りに宝玉に手を置き、魔力を通す。あくまで最小限に、下手に魔力を供給して壊れでもしたら今日の苦労が水の泡だと細心の注意を払う。
「彼の者を新たな主とし、契約を紡げ。意思を育み、救いを求めよ。ここに、新たなコレギアの設立を願わん」
ルーミエが綴る言葉に従い、宝玉の中の模様が波打ち、煌く。すると、濃い紫色だった宝玉の色が変化した。それはまるで漆黒の宝石の中に星空を詰め込んだようなものだった。
「あら、随分と綺麗ね」
「キラキラしてる!」
「お兄ちゃんの世界みたいなの」
ルーミエが無事登録されたことを確認すると、宝玉をレクトルの方へと差し出した。そのまだ光輝く宝玉を見て、サクラとセピアが感嘆の声を上げる。
「これで登録完了なのか?」
「えぇ、無事に終わったわよ」
「この後はどうするつもりなのかね?」
「一旦戻るよ。色々あって疲れたからな」
「では、明日また会おう」
「なんでだ?」
「もう忘れたのかね? コレギアの詳細説明と、かのコレギアについての資料の件もある」
かのコレギアとはセピアにまつわるものだ。すっかりと忘れていたレクトルは「あー」と言葉を零すが、そろそろゆっくりしたかった為代替案を提示する。
「明日は代理を用意するから彼女に説明してくれ」
「彼女? サクラ君たちとはまた別の者なのかね?」
「まぁ、そうだな。まだ了承してもらったわけじゃないから、駄目だったら俺が来るよ」
レクトルはそう答えると、まだサクラたちが眺めている宝玉を【保管庫】へと収納する。
「あ! まだ見てたかったのにー」
「戻ったらいつでも見られるだろ」
「うー、そうだけどー。あっ」
「ん? どうした?」
「……おトイレいきたい」
「は?」
急にモジモジと足を擦りだすサクラ。それを見て呆れるレクトル。
「ホイホイと御菓子や紅茶をいっぱい飲んでるからだ。ほら、出たとこにトイレあっただろ。いくぞ」
「はーい」
そこで、レクトルはロイエン達に向き直る。
「悪いがもうおいとまさせてもらうぞ」
「あぁ、かまわないよ。当初の目的は果たしてるからね」
「明日も昼頃にお願いね。誰が来るのかは知らないけど」
「あぁ。俺の代理だって伝えるから多分大丈夫だろ」
ペコリとお辞儀をするメイドを後に、部屋を出る。とても長く感じた報告はなんともしまらない形で終わりを迎えることとなった。
レクトルはベルたちに先に創作世界へと戻っておくように伝えると、サクラを引き連れトイレへと向かう。だが、そこには既にトイレを待っている者がいた。
冒険者は通常、男性に比べ女性の数が少ない為トイレも1つしか用意されていなかった。逆に奥には職員用のトイレがあり、そちらは職員が女性の方が多いこともあり数もあるのだが、それを知らないレクトルたちは待つことを余儀なくされた。
「我慢できそうか?」
「うん。まだ大丈夫」
創作世界に戻ることも考えたレクトルだったが、それなら大丈夫かと思いとどまる。それが今後の事態を左右するとも知らずに。
レクトル達が立ち去った部屋の中ではまるで大仕事が終わったかのように「ふぅ」と肩の荷を下ろしたロイエンが背もたれに体重を預けていた。
「いったかね」
「そうね。でも、その態度はないんじゃない? 姫様を立たせたままで」
「私は大丈夫ですよ。ロイエンおじ様もお疲れ様です」
「いや、すまないね。アシュリア姫も座ってくれてかまわないよ」
「ふふっ、じゃあ、失礼しますね」
メイドの恰好をした姫、アシュリアはロイエンの言葉を受け、先ほどまでレクトルが座っていたソファーへと腰掛ける。
「それで、姫から見てどうだったかね? 彼らは」
「面白い子たちですね。微笑ましかったです。魔王や天使と聞いた時は驚きましたが、レクトル様、それに魔王や天使の彼女たちにも、悪意は一切ありませんでした」
「魔王にもかね?」
「はい。あってもからかい程度のものですね。世界をどうにかしようとするようなものはまるで感じませんでした。私としては、本当に魔王というのが信じられないくらいです」
「そうか。では、レクトル君の言う通り、間違っていたのは我々だということだね。まったく……人の業というのは嫌になるね」
ロイエンがアシュリアに確認を取った理由は彼女が持つ固有スキルに由来する。【聖罰の瞳】。悪意を見抜き、正義の名の元に断罪を下す。それは個、集団を問わず発揮し、幾度となく王国の危機を救ってきた力だった。
その力を以て、魔王とともにある少年の真意を確かめる。それがロイエンがこの話し合いの場にかけた狙いのひとつだった。王に打診し、娘である王女の身を一時的に預かったのだ。細かいことはもちろん話してはいなかったが、真意を確かめたい者がいる、王女の身は私が守ると昨日の今日で約束を取り付けていた。
だが、その心配は杞憂に終わり、ロイエン自体も途中でいらぬ心配だったかと感じていた通りに問題がないというものだった。
どこかしっかりとしつつも歳相応に見える不思議な少年に、ロイエン自身興味が生まれていた。
「とても貴重な経験をさせてもらいました。彼に話を聞きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、トイレに行くということだったからね。まだいるんじゃないかな」
「それじゃあ、ちょっと行ってきますね」
「気を付けてくれたまえよ。ここは王城ではなくギルドの中なのだからね。遠目にでも、君の護衛を連れて行くのだよ」
「ロイエンおじ様は心配性ですね。大丈夫ですよ。私ももう子供じゃありませんから!」
「いや、何かあったら怒られるのはこの私――」
「もう行きましたよ」
「……やれやれ、何が子供ではない、だよ。大人ぶってはいるが、お転婆なところは小さい頃と変わらないね」
ロイエンがいなくなった扉を眺め、一息つくために紅茶をすすっていると、慌ただしく部屋の戸をドンドンと叩く者がいた。
「ギルマス! いるか!?」
「いるよ。まったく、もっと静かにできないものかね」
「よかった。緊急事態だ」
「何事だね?」
慌ただしく入ってきた青年は、息を整える間もなくロイエンに告げる。
「トリューセンの街が東の魔王の襲撃を受けた。被害は既に数万にも及んでいるらしい」
「は……?」
時を同じくして、アシュリアがレクトルに追いつき、声をかけようとしたところで先にサクラがレクトルのローブをクイクイと引っ張り限界を訴えた。
「し、師匠……もう我慢できない……」
「え? ま、待て、もうちょっと頑張ってくれ」
レクトルは無理そうならもっと早く言ってくれと思いながらも、取り敢えず人目のないところに移動して創作世界に戻ろうと振り返ったところでアシュリアとぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「おっと、悪い……ん? あなたはさっきの」
「あ、失礼しました。アシュリアと申します」
「アシュリアさん。さっきはありがとうございました。紅茶、おいしかったです」
「いえ、喜んでもらえてよかったです」
「ちょっと、急いで戻らないといけないので失礼しますね」
「あ、あの、少し話したいことがあるのですが、ご一緒してもいいですか?」
「え?」
レクトルは早く戻りたいが為に断ろうとしたが、その顔から何か切実なものを感じとった。何か望みを託すようなものがそこにはあったのだ。
「わかりました」
「本当ですか? なら、馬車をこちらに――」
「すみません、手をお借りしますね」
「え?」
レクトルは急いでいるがあまり、再び確認を怠り、アシュリアをゲストとして登録し創作世界へと転移した。
そこに遅れて兵士がやってくる。
「姫様、お待ちください。もう少し落ち着いてもらわないと……あれ?」
「どうした?」
「姫様が……いない?」
「トイレか?」
徐々に歯車は狂い始め、不吉な影が忍び寄っていた。
次回6/22更新予定です。




