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067 2つの信仰団体

もはや何も言うまい


 どうやら悪魔ではなかったようだという話はロイエンから聞いていたが、まさか天使だとは思ってもいなかったルーミエはその稀有な正体に気が気でなかった。


 それもそのはずで、天使は神の使いとされている種族だった。この地に降りることができない神族の代わりに異常が起きた土地の調整を行う代行者として伝えられていた。


 前回その姿が確認されたのは既に何十年も前の事だった。度々目撃されたその姿はありとあらゆる者を魅了した。そして、姿を現す時は異常が起きた時の調整役としてという伝承がさらに不安を誘う。


「セピア、いいか?」

「はいなの……」


 レクトルの言葉にその意図を理解したセピアが頷きソファから立ち上がると、手を合わせ祈るような仕草で【存在偽装】の力を解除する。そして、ふわりと広がるように現れたのは穢れなき純白の翼。頭に煌くは虹色に輝く天輪。


 その天使としての姿を目にしたルーミエと、後ろからその光景を眺めていたメイドはゴクリと息をのんだ。過去、その姿を見た者がひとり残らず魅了されたという話が嘘偽りでないとわかるほどに、神聖さを感じさせる存在。さらに舞い散る羽とセピアの儚げな印象がそれを加速させた。


「やはり、見間違いでなどではなかったのだね……」

「ほ、本物……なのね」

「初めて……みました……」

「う……」


 再度その姿を間近で目にし、確信に至るロイエン。驚きを露にするルーミエとメイド。その視線に耐えきれず、セピアはすぐさま【存在偽装】を再度発動させ翼や天輪を隠蔽するとそのまま座り込む。


「あぁ、あの場所にいたのは悪魔などではなく、ここにいる天使のセピアだった。ただ、西の森の瘴気にその身を汚染され暴走に近い危険な状態にはなっていたけどな」

「その状態を見て悪魔と判断したわけかね。危うく取り返しのつかないことをするところだったね。いやはや命拾いしたよ」

「どういうことだ?」

「天使族というのは我々からすれば至上の存在なのだよ。となれば、それを信仰する者は当然として存在する。神族の使いとされる天使を殺してしまったなどとその代表たる《始祖たる根源(ジ・オリジン)》の連中にでも知られれば私は生きていなかっただろうね。いやはや恐ろしいものだよ。彼らには関わりたくもない」

「ジ・オリジン?」

「聞いたことがないかね? 流石に無知が過ぎると思うが……まぁいい。この世界には大きく信仰されている2つの信仰団体がある。その片割れだよ。契約、承認、管理、能力(ステータス)、称号、スキル……この世界においてありとあらゆる物事、法則に関わり運用している“セカイの意思”を至上の存在として崇める《遥かなる高み(アルス・マグナ)》。そして、この世界の礎を創り、今なお世界の力の源となる十属性を管理しているとされる始祖の存在たる神族を崇める《始祖たる根源(ジ・オリジン)》だ。コレギアとして存在するこの2つの信仰団体のうち、《始祖たる根源(ジ・オリジン)》の信仰対象はセカイの意思ほど存在が明確ではない。だが、その使いとなる天使となれば話は別だ。前回その姿が確認されたのは既に何十年も前の事だったが……その時の彼らの行動にはすさまじいものがあった。天使の存在がその信仰が普及する礎となったのだよ。天使族である彼女と今後も共にあるのであれば注意しておくことだ。天使族がこの地に降りてきていると彼らが知った時、どういった行動に出るか想像したくもないからね」

「え……そんな……」


 その言葉にレクトル以上に不安な声を発したのはセピアだった。自分の存在がまた迷惑をかけるのか。せっかくスキルのことを解決してもらったばかりなのに、何故こうも不幸を呼び寄せるのか。


 居たたまれない気持ちが涙となってあふれ出す。それを見て慌てるロイエンだったが、レクトルはセピアの思いを汲み取り、優しく話しかける。


「安心しろ。万が一セピアの事が知られたとして、セピアには手出しさせないからな。それに、創作世界(ラスティア)にまでその手が及ぶことはない」

「そうだよ! わるいやつが来ても私たちが守るよ!」

「お兄ちゃん……サクラお姉ちゃん……セピア……迷惑じゃない……の?」

「これくらいのことを迷惑に思うくらいなら最初から助けてなんかいない。いらない心配してる暇があったら、これからしたいことを考えとくんだな」

「で、でも……」

「それに、何かあったらセピアにも助けてもらうことがあるかもしれない。だからセピアも一人で抱え込まず、俺たちを頼ってくれよな」

「……っ! はいなの……!」


 涙を拭き、笑顔を向けるセピア。その光景を眺めていたロイエンはふぅと安堵のため息をつくと、こっそりとレクトルへと話しかけた。


「いやはや、流石だね。正直助かったよ。少女の涙というものはこう……心に突き刺さるね。どうにも苦手だよ。さっきのは流石に無神経だったかもしれない。失礼した」

「そうだな。情報は助かるが、本人の前でする話じゃあなかったかもな」

「詫びと言っては何だが、また今度ルーミエ君を訪ねるといい。彼らに関する情報をいくつかまとめておくよ」

「それは助かるが、いいのか?」

「私としても、彼らに彼女が渡るのは看過できないからね。下手をすると戦争にすら発展しかねない。君も守りたいのであれば、万全を期したまえよ」

「仕方ないわね。情報については任せて。明日には準備できると思うわ」

「ありがとうございます」


 しれっと仕事を増やす上司に呆れつつも、同様の思いでいたルーミエは安く請け負う。レクトル自身も【知識書庫(アーカイブ)】で調べるつもりでいたが、知識として知るのと現実の情報とではその様相は異なる。生の情報……第三視点から見てこそわかるものもある。


 宗教の組織という言葉に不吉な未来を感じつつも、感謝の言葉を述べつつ対策を考える。と言っても、今はまだ情報を得る前なので思いつくのは今までと同じ、天使であることを隠そうということだけだった。


「そういえば、暴走状態に近いということだったが、よく無事でいられたものだね。天使族というのは歴史上、その役割もあって相当な実力があったと聞いているが……」

「まぁ……な。色々とな」

「色々ね……詮索するなということかね。仕方ない。ちなみに理由についてはどう考えているかね?」

「暴走のか?」

「うむ。西の森の瘴気に汚染されて暴走していたということだったが、逆に彼女が暴走した影響で西の森に異常が起きたとは考えられないかね?」

「それはないな」

「断言するのね」

「あぁ……ただ……」

「ただ……何かね?」


 レクトルは言い切った。それはセピアの過去を知ってるが故の言葉だったが、それを説明するにはその過去を話さなければならない。言ってから気付き、どうしたものかと考える。

 

 そこでレクトルはセピアを助けた後の事を思い出す。突如として襲い掛かってきたある組織に所属する2人組。セピアだけでなく、ベルにすら関わっていそうなあの組織について何か情報が得られるかもしれないと思い至る。


「いや、セピアを助けた時に謎の組織の2人に襲われたんだ。ランゲールという名の赤髪の豪勢な鎧に身を包んだ30代後半に見える男と、リエルナと呼ばれるサイドテールにまとめた白い髪に赤と青のオッドアイが特徴のエルフの少女だった。これは俺の推測だが、魔王の復活、あるいは新しい魔王を生み出すことを目的にしている組織の一員のように感じられた。ベルの件についても関わっているような言葉を発していたからな。何か心当たりがあったりしないか?」

「いや……魔王の復活を目論む馬鹿どもは幾度か相手にしたことはあるがね……。今君が挙げた容貌や名に合致する者は知らない……というより、そもそもそういう連中は小物ばかりだからね。魔王すら相手取る君が警戒するということは相当の手練れだったのだろう?」

「なんか言い方に悪意めいたものを感じるが……まぁ、あんたよりは強そうだったな」

「ほう……それは興味があるね。ちなみに、強そう、ということは戦いにはならなかったのかね? 襲われたという話だったが……」

「あぁ、戦いになろうというところで何かがあったのか、転移系の魔術か道具で逃げたんだよ。ただ、セピアが暴走していた時に生成されていた重要そうなアイテムを持ってかれたけどな」

「なるほど……確かにそれは気になるね。ちなみにそれが何かは?」

「わからない。それどころじゃなかったしな」

「そうか……まぁ、その2人についてはこちらでも調べてみるよ。大きな組織のメンバーなら別のところでも目撃されているかもしれないからね」

「そうね、古くから活動しているようなら、何かあるかもしれないわね。過去の事件も含めて調べてみるわ」

「お願いします」


 ロイエンはそこで少し考え込み、推測を口にした。


「となると、君は天使の暴走の原因にその組織が関わっている可能性が高いと考えているのかね?」

「あぁ、特にさっきの【邪霊珠】が怪しいな。赤髪の男があの場所を実験場と呼んでいた。天使に目をつけ、堕天させようとしていたのかもしれない。実際、俺たちがセピアに会った時はすでに半堕天状態だったしな」

「でも、あれは教会の近くには無かったはずでは?」

「それなんだが、おそらく森の中にあった【聖宝珠】は元は全て【邪霊珠】だったのかもしれない」

「どういうことかね?」

「俺が辿り着けるんだ。あんただって気づいてるんだろ?」

「……それはもしや、女神の羽衣(ヴィーナス・クロス)の事を言っているのかね?」


 その名を聞きレクトルは一瞬首を傾げかけたが、街の中で【極光天(オーロラベール)】の事がそう呼ばれていたことを思い出す。


「あ、あぁ、そう呼ばれているみたいだな」

「本当は何て言うのかしら?」

「ま、まぁそれはいいとして、あの力の本質は治癒と浄化の力なんだ。その浄化の力が働いて【邪霊珠】が【聖宝珠】になったのかもしれない。それなら効果も似ているし、教会周辺のものだけ【聖宝珠】で、離れた場所にあったものが【邪霊珠】だった説明も付く」

「残念。名前すらも教えてもらえないのね」

「力に関しては秘密ということだからね。しかし、治癒と浄化の力……。ランクSの魔術道具を浄化するとはとんでもない力だね。試しにさきほどの【邪霊珠】をここで浄化してみることはできるかね?」

「いや、流石にそれは……」

「ふむ。それだけの力、やはり何かしらのリスクがあるということか……」

「……………………」


 ロイエンはレクトルが否定したことからそう判断したが、実際にはたった一つの魔術道具を浄化するのに適した魔術ではないからだった。数kmに及ぶ広範囲を対象とする為、現状のレクトルの【魔術制御】を以てしても目の前の僅かな範囲のみに展開することはできなかった。


 発動すれば否応なく天がオーロラで覆いつくされるだろう。完全に効果を発揮するにはそれに合わせて【夜の帳(ナイトレイド)】まで使用しなければならない。騒ぎになるのは明白だった。


 ロイエンが思っているものとは異なっていたが、確かにリスクは存在する為レクトルは無言を貫いた。もし、大したリスクではないと分かれば頻繁に頼られる事は力の性質からも明らかだったからだ。例えそれが多くの人を救う結果となるのだとしても、そうまでして自身を犠牲にするつもりはなかった。


 レクトルが助けるのはあくまで目の前の、自分が助けたいと思った範囲だけに限られていた。


「他にはもういいか?」

「天使が地上に降りてきた事情などは知っているのかね?」

「知ってるが……正直聞かない方がいいと思うぞ。聞いたら戻れないし、どうにかできるレベルの話じゃないからな。俺は後悔してる。あぁ、知る機会があったのは今回とは別だから、セピアとは全く関係なくな。教えてもいいが、その時は全部押し付けるからな」

「むぅ。そう言われると余計に気になるというものだがね。致し方ない。これ以上仕事が増えるのはごめんだからね」

「ギルマス……それでいいのか」

「この人は無視していいわ。レクトルさんにとってはどっちが都合がいいのかしら?」


 今日は散々ひどい目にあったからかいつも以上にギルドマスターであるロイエンを雑に扱うルーミエ。


「そうですね……信じられる話でもないので、できれば聞かないでほしいですね」

「そう、ならギルドはこの件についてこれ以上追及しないわ」

「いいんですか?」

「えぇ。良好な関係を築きたいのは本当よ」

「助かります」


 流石に神界が滅びの危機で、封印状態にあるなんて突拍子もない話まで今この場でする気はなかったので一息つくレクトル。大方本来の用事も無事に終わったことに安堵する。


「それにしても、君は見た目に対して随分と大人びているね。勇者とは対極にあるように感じるよ。彼女は逆に老いた年齢に対して心は少女の見た目相応だからね」

「そ、そうか? 別に普通だと思うが……」

「ギルドマスターであるこの私に相対し平然としている子供がおいそれといてたまるものかね。それに、そもそも魔王と対等にいる……下手をすれば上の立場にありそうな存在など大人でもいるかどうか怪しいものだね」

「いるところにはいるもんなんだよ。これで問題がないならもう帰るぞ」

「待ってくれたまえ。これだけの事、やはり謝礼しないわけにはいかないよ。私が対応できる範囲で何か望むものはないかね?」

「そうは言っても、依頼の報酬は十分もらったからな……」


 ロイエンとしては会ったら人生の終わりとまで評される魔王と、出会えれば生涯幸福になると伝えられている天使、その両方とともにあるレクトルとの縁を少しでも強められればという狙いがあった。


 結果として、レクトルから持ち掛けられた報酬の提案内容はロイエンにとって大変都合のよいものとなるのだった――


次回5/19更新予定です。

主人公とロイエンの話ばっか続いていたので、他のキャラも混ぜようとしたら長くなったため

当初よりさらに分割……なので次回こそは戦闘突入です!(確定)


あ、話が一行に進まない為3章のタイトル変更しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 話が進まないって作り手にその気があるならもっと進んでるよね
2021/09/18 10:09 退会済み
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