066 レヌア村での出来事
話が! 一向に! 進まない!
「経緯か……いったいどこから話したものか……」
レクトルは話を始める前にサクラへと視線を向ける。
「サクラは特に問題ないか?」
「え? うん……私は師匠がいいならいいよ?」
「ちなみに、フェニアは?」
「今は眠ってるよ」
「そうか……なら――」
「あなたの好きにしなさい」
「ベル……」
今度はベルに許可を取ろうとしたレクトルだったが、言葉を発する前に何を言われるかを悟ったベルが先んじて答えた。そのどこか信頼がこもった眼差しがレクトルに重くのしかかる。
(そんな目で見つめるなよ……まったく……)
下手をすればここでのレクトルの説明が、後々のベルの運命を決定づけることにもなりかねないのだ。それを全て自分に委ねると言われ、独り身で自由気ままに生きてきたレクトルは他人の命すら左右するその責任の重さに押しつぶされそうになっていた。
だが、逃げるわけにはいかないと腹をくくる。話を聞く限り、本当にベルに落ち度はなさそうだったからだ。なら、守ってやらないといけない。その思いがレクトルの心を満たしていく。
覚悟を決め、ロイエンへと向き直る。話の流れから、重要な話になることがわかっていたのか、ルーミエは自分の事から話しが逸れるや否やそそくさと、目立たないようにひっそりと、ロイエンの横に座っていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
メイドもさっきの会話から恐れも興味に変わってきているほどで、偏見を捨て怖がることなくレクトルやベルにも普通に接し紅茶を淹れていく。レクトルは注がれた紅茶を飲み一息つくと、姿勢を正す。
「ジアムという名の商人は知っているか?」
「……あぁ、少々確執はあったのだが、何を隠そうレヌアの村に封印された東の魔王の封印、その管理と状況の報告を任されていた者だ。だが、魔王復活の時よりその行方が途絶えているらしいね。今その名が挙がるということはやはり……」
「あぁ、今回の首謀者だな。やはりと言うからには分かっていたのか?」
「可能性として、での話ではあるがね。だが、10年以上も何もなかったのだ。何故今になって……という疑念は残るのだよ」
「そこは一重にサクラの頑張りのお陰だな」
「え? 師匠?」
レクトルはサクラの頭の上に手をポンと乗せながら、ロイエンを睨みつける。サクラはその言葉の意味がわからず首を傾げていた。
正確にはフェニアによる儀式への抵抗が一番の要因なのだが、それを指摘できる者はこの場にはいない。
「再度念を押しておくが……サクラやベル、俺の仲間に直接にしろ間接的なものにしろ手を出そうものなら俺は容赦しないからな? 誓約違反にもなる。それはあなた達から何かを察し他の者が動いた場合でも同じ事だ」
「……肝に銘じておくよ。そう言うからには何か後ろめたい事でもあるのかね?」
「……事の発端は俺とハクナが狼の魔物に襲われている商人……ジアムを助け、レヌアの村を訪れたことから始まる」
レクトルは一部の事を隠しながらも、嘘偽りなく数日前の出来事を語っていった。当初想定していたことよりも多くの事を明かしていたが、それは勇者の事に関して話してくれた感謝の意味も含まれていた。
レクトル達が村を訪れた時には既に誰も居なかった事
ジアムが悪魔を召喚し、魔王復活の儀式を進めていた事
村の住人はその生贄に既に殺されていた事
魔王の憑代としてサクラが10年以上監禁されていた事
サクラを助けようとして悪魔と戦闘になった事
商人の思惑
儀式の発動
その際、サクラを助ける為に商人と悪魔に対して【鏡幻囮】を使用し憑代の入れ替えを行った事
それにより復活した魔王は弱体化していた事
魔王ベルと誓約を交わし、その身の安全、保証と引き換えにサクラを助けてもらった事……
レクトル自身の力……【無限湧魔】や【我が内眠る創造の拠点】、サクラの中に未だ眠るフェニックス、そしてハクナの正体以外について簡潔に説明していった。
その間はロイエンたちは難しい顔をしながらも静かにその話に耳を傾けていた。時よりロイエンはレクトルの後ろに控えるメイドに視線を向けていたが、レクトルは気づいていない。
「何ということだね……。それは君が、君達がいなければ、今頃この街は魔王の襲撃を受けていたということではないかね。それに、憑代の入れ替えとは……不完全とはいえ、儀式魔術に対して認識を誤魔化すことが可能というのは不味いね……。これは他の封印についても見直しが必要になってくるかもしれないね」
「あの、少しいい?」
「はい」
ルーミエは自分の恥ずかしい生い立ちを赤裸々に明かされ、もう失うものは何もないと開き直っていた。敬語も忘れ、相手が見た目年下ということもあり普通に接する。
レクトルも先の様子から特に嫌な顔をすることもなく対応する。むしろ今のようにかしこまってない方が気楽に感じられてやりやすいくらいだった。
「話に出てきた悪魔の名前はわかる? なんなら姿形でもいいわ」
「えーと、名前は確かハゲ……ハゲ……」
「ハーゲンティですよ、ご主人様」
「あぁ、そうだ。ハーゲンティだった」
心の中でつけていた略称は覚えていたレクトルだったが、正式な名前が思い出せずにいるとハクナから助け船が出された。その名前に、ロイエンとルーミエは驚愕に目を見開く。
「ハーゲンティ……! 魔神の柱じゃないかね!? まさか、そんな大物が……よくもまぁ無事でいられたものだね」
「知恵の悪魔……確かにそれなら、魔王を復活させ、かつ従える儀式を扱えても不思議じゃないわね」
「あぁ、そんなことになっていれば、甚大な被害が起きることは防げなかっただろう。それに……君が懸念しているのは最終的な魔王核の在り処について……だね」
「……………」
レクトルは押し黙る。先ほどの話ではどうやってベルがサクラを助けたかまでは話していなかった。それでも、ロイエンは答えへと辿り着いたらしいことに警戒が高まる。
「どういうことなの?」
「そこにいる彼女は魔王であって魔王ではない。確かに魔王の称号もあり、当人として復活したのは確かなのかもしれないが……。西の森で対峙した時、彼女の姿、力は確かに魔王そのものだった。だが、彼女からは瘴気を……瘴煙の気配をまるで感じることができなかったのだよ。感じられたのは純粋な魔力だけだったね。魔王の力の源となる魔王核は瘴気を膨大に発生させるものだ。それが感じられないのは通常ならありえないはずなのにも関わらず……だ」
「なら、彼女の力の源は? それに、魔王核はどこに行ったのよ?」
「ルーミエ君……君も少しは考えてみたまえ。彼は話の前に危害を加えない相手の名前として誰の名前を代表に出したかね? 魔王と……そしてそこのサクラ君だ。むしろ魔王よりも心配している節さえあった。魔王の憑代としてあった身だ。その身を救うのに、魔王の力の源である魔王核が必要になっていたとしても不思議ではないね。力の源に関しては誓約を交わしたというなら少年がどうにかしたのだろう。教えてはくれないだろうがね」
「そう……」
簡単に真実に辿り着くその思考の速さに驚きつつも、レクトルは落ち着いて答える。
「だったら、どうするんだ?」
「どうもしないよ。魔王が何を力の源としているのかは気になる所だが、我々が介入していいものではなさそうだ。それは君との誓約でもあるからね。サクラ君についても新たな魔王として覚醒するようなことがあるのであれば監視程度はするかもしれないが……そんな事態には君がさせないのだろう?」
「当然だ。サクラは俺が守るからな」
「し、師匠……」
「あら、素敵」
いきなりの告白に真っ赤になるサクラ。モジモジと恥ずかしそうに身をうずめる。それを見て事情を察したのか、ルーミエが手を合わせにこやかに微笑んでいた。
「その時は私も手を貸すわよ? なにより、それが私に課せられた誓約でもあるもの」
「ほう……」
それにベルが同意を示す。その言葉に関心を示したのはロイエンだった。その反応にベルがにらみを利かせる。
「なに?」
「いや、なに、確かに少年の言う通り、魔王だからと無下に攻め入るのは間違っていたようだ。魔王……名はベル君だったか、そ――」
「ベルフェゴールよ。気安く呼ばないでちょうだい」
「う……うむ? それは失礼した」
ロイエンは、では何故その名で自己紹介を? と理不尽な追及に不満を口にしかけたが、相手は魔王核を失ってはいるとはいえ正真正銘の魔王だ。その力の強大さを目の前で見せつけられたロイエンは下手なことは言うまいと素直に謝罪を口にする。
ベルとしてはその名自体はレクトルにつけられたこともあり気に入っていたのだが、どうにもレクトルやその仲間以外に呼ばれるのは気にくわなかった。どうやら親しい間柄だけに許される呼び名らしい。
「魔王ベルフェゴール……どこかで聞いた名だと思ったが、怠惰の悪魔か。進軍する兵士がやけにやる気がなかったと聞いていたが、そういうことかね」
「そうよ。なのに諦めないあなた達にはある意味感服したわ。しつこいったらないのよ」
「なぜ大罪の悪魔が魔王に? 元の東の魔王はどうしたのかね?」
「オリエンスなら逃げたわよ。この私に魔王の座を押し付けてね。なーにが魔王の名を恐れて誰も近寄らないから静かに過ごせるぞ、よ。詐欺もいいところだったわね。報酬もなくなったことだし、今度会ったら唯じゃ置かないわ」
「そんなこと言われていたのか」
「今思えば口から出まかせばかりだったわね。素直に受け止めていたあの時の純粋な私を引っ叩いてやりたいわ」
レクトルは報酬と引き換えに魔王の座を譲り受けたことは知っていたが、細かい事情は知らなかった。てっきりしっかりと事情を把握した上で了承したのだと思っていたが、どうやら騙されるような形だったらしいことを知り、元東の魔王に対し敵対心が上がる。
「騙されていたという事か、報復する時は俺も力を貸すぞ?」
「あら、気前がいいじゃない。そんなことしても私からは何もないわよ?」
「ベルからは既に色々としてもらってるからな」
「ふぅん……」
「私もベルベルの事、手伝うよ!」
「ふふっ、ありがと」
レクトルの言葉にサクラが賛同するように手を挙げる。その様子を見ていたロイエンが不思議そうに問いかけた。
「相手は魔王だというのに、軽いね……。それに、サクラ君は本当に魔王の憑代だったのかね? 魔王と随分親しそうに見えるが……」
「あぁ、嘘じゃないぞ?」
「それは誓約を交わしているのでわかってはいるのだが……どうにも不思議でね。彼女は10年以上も憑代として監禁されていたのだろう? 普通ならその原因となった魔王を恨みそうなものなのだがね」
「サクラは優しくていい子だからな。ベルもいい奴だ。それにベルが直接的な原因じゃない。ある意味被害者でもあるしな。確かにあの環境下でこれだけサクラが純粋に育ったのは不思議だが……まぁ悪い事じゃないだろ?」
「ほっほっほ。そうだね。実に微笑ましい光景だよ。その二人を見ていると我々が実に愚かだったかを思い知らされるくらいにね。それに、彼女の成長についてはどうやら君には心当たりがあるように思えるね」
「……………………」
相変わらず鋭いその洞察に嫌気がさしつつも、レクトルは答えを返さない。だが、心当たりがあるのは事実だった。何を隠そうサクラの中に未だ存在する魔核に宿るフェニックスの意思こそがサクラの心の拠り所だったからだ。
ただ、誓約を交わしているとはいえ、悪魔であるフェニックスの事まで話すのは気が引けたレクトルは無駄にリスクを負う必要もないと判断し無言を貫いた。それにより話したくないという事情を察したのか、ロイエンが言葉を続ける。
「まぁ、何もかもを聞くつもりはないよ。我々は君のお陰で助かった。それは事実なのだからね。普通なら王より謝礼と報酬を与えられてもいいくらいの案件なのだが……魔王を倒したのではなく、退けたわけでもなく、仲間に引き入れたというのは……なんとも対応に困るものでね。国としての脅威は依然として変わらないのだよ」
「それは別にいい。これ以上俺たちに変な干渉さえしなければそれでな」
「そう言ってくれると助かるよ。君達の事情を明かせない以上、表立った謝礼もできないしね」
「取り敢えず、ベルの件はこれでいいか?」
「あぁ、構わないよ。後はこちらでも調べることとしよう」
ロイエンは隣で内容をまとめていたルーミエに視線を移すと頷き、紅茶をすする。
「では、残りは本来の依頼内容であった悪魔の少女……西の森の異常についての報告かね」
「それについては言いたいことがあるな」
「あぁ、悪魔ではなかったそうだね。あの場にいた天使がそうなるのかね?」
「て、天使……!?」
「…………!」
ロイエンの言葉に、魔王の事を告げられた時と同じようにルーミエとメイドが驚き目を見開く。それを見て事情を察したレクトルはロイエンに苦言を呈する。
「あんたはもっと部下を大事にした方がいいんじゃないか? いつか後ろから刺されても知らないぞ」
「ほっほっほ。まさか、年下の君に諭されるとはね。何、心配いらないよ。それを察知できない私ではないさ」
「いや、そういうことじゃなくてだな……」
「わかっているとも。君のように魔王とすら信頼の絆で結ばれるような関係が理想なのだろうことはね。仕方ないだろう? こういうやり方でないと事を運べない。これが私の性分なのだよ。それに、こっちの方が面白いと思わないかね?」
「あんた、いい性格してるな」
「それほどでもないよ。それに、君のような関係もそれはそれで大変そうだがね。誰かれ好かれるようでは私とは別の意味で後ろから刺されるかもしれないよ?」
「……………………はぁ」
どこか面白がるように話すロイエンに何を言っても無駄かと諦めるレクトル。それに、その言葉の意味も理解できていた。成り行きに身を任せていたレクトルとしてはあまり考えたくはないことだったが、妬みや嫉みといった嫉妬の感情というものは往々にして存在するものだ。
今の仲間であるサクラたちからそういう感情があるとはなかなか考えづらいレクトルだったが、女性の考えというのは、経験が少ない……というよりほぼない身としては想像することができなかった。
そうなった場合は素直に刺されるか、と天井を見上げながら馬鹿な事を考えていると、ベルが呆れながら言葉を発した。
「心配いらないわよ。あの子たちがそんなことするわけないでしょ」
「ははは、だよな?」
「レクトルは私が守るよ?」
「そうそう、この子たちを信じなさい。刺すとしてもあなたじゃなくて他の相手でしょうね」
「おい!」
「冗談よ。あなたもわかってるんでしょ? ならその思いを信じなさいな」
「まったく……」
「ほっほっほ。実に愉快な仲間ではないかね。私の青春時代とは比べるべくもないね」
「ちょっとギルマス……話が逸れてるわよ。天使ってどういうことなの?」
「む……」
話に置いて行かれていたルーミエがもう我慢できないと楽しそうに笑うロイエンの身体をツンツンとつつく。振り回されてばかりのルーミエの額には怒りマークが幻視できそうなくらいにその口元は笑ってはいなかった――
次回5/12更新予定です。
もう、確実性がない限り、次回予告的なコメントはしないようにしよう。
でも、流石に次回には戦闘に……




