064 東の魔王を封印した者
「お、落ち着けベル」
「きゃっ!」
レクトルはいきなり大声を出したベルに驚き、落ち着かせる為に座らせようとくいっと服を引っ張ったのだが、目の前のことにいっぱいいっぱいだったベルはそれに抗うことができず、バランスを崩し尻餅をつくようにソファへと倒れ込んだ。
「ちょ、ちょっと強く引っ張りすぎよ。危ないじゃない」
「わ、悪い……それで? あの時の村娘ってなんなんだ?」
元とは言え魔王ともあろう身で恥ずかしい声をあげてしまったこともあり、少し顔を赤く染めて主へと文句を言うベル。だが、レクトルは簡単な謝罪だけをすると、会話に挙がった村娘について問いかける。
その対応を不満に思いつつも、少し落ち着きを取り戻したのかベルは少し居住まいを正すとレクトルの問いに答え始めた。
「もう……。はぁ、言っても無駄ね。前に私が封印された経緯については簡単に話したでしょ? その時の村娘のことよ」
「え? でもそれって一体いつの話なんだ?」
「今より30年くらい前かしら?」
「それは……」
ベルのその言葉に今なお蹲るルーミエへと視線を移すレクトル。どうみてもその姿は40代もあるようには思えなかった。でも、この世界はレクトルが元いた世界とは異なる異世界だ。中には見た目と年齢がそぐわない者も多数存在することをレクトルは知っていた。
「ルーミエさんは人族じゃないんですか?」
「む? いや、ルーミエ君は歴とした人族だよ。ハーフでもなく純粋な、ね」
レクトルの言葉にロイエンが答える。慌てる女性2人を余所に、してやったりといった笑顔を浮かべるロイエンはどこか楽しそうにニヤついている。
その様子に他の二人に対し少し気の毒に思いつつも、特に追及することはせずベルへと向き直る。
「なら、人違いなんじゃないか? 流石にその時から生きていてあの姿はないだろう」
「……確かにそうね。言われてみれば似てはいるけど、どこか違うと言えば違うのかしら……?」
じーっとルーミエを見つめるベル。その視線の先にいるルーミエはもはやまな板の上に寝かせられた魚のように震えていた。あぁ、私の人生もここまでなのね……と嘆き、もしこのまま殺されでもしたら化けて出てやるとこんな機会を作ったギルドマスターを恨みを込めて睨みつける。
その様子を見ていたレクトルは話がややこしくなりそうなことに気がめいり、遠回りに仲介を試みる。
「ベルはその村娘のことを今も恨んでるのか?」
「え? ……そうね、今となっては感謝してあげてもいいわよ」
「えっ? 感謝……ですか? どうして? 怒ってないのですか?」
そのベルの答えにいち早く反応したのは蹲っていたルーミエだった。レクトルが問いかけた瞬間はビクリとその身を震わせていたが、返ってきた思いがけない答えに恐る恐る机から顔を覗かせる。
「だって、私はこうして生きているじゃない。封印されていなければ、他の魔王に比べて力が弱い私はあの時のしつこい勇者一行に倒されていたかもしれない。……それに、あなたにも会えたものね」
ベルがそう言いながら見つめる先にいるのはレクトルだった。そのどこか愛でるような視線を浴びたレクトルは戸惑い、その視線から逃れるように前を向くと、そこには口元をニヤけさせたギルドマスターの姿があった。
「おやおや、随分と好かれているようだね」
「うるさい、だまれ」
ロイエンの言葉を一蹴するレクトル。その様子を見ていたルーミエは本当に魔王なのかすら疑問が浮かび始めていた。もしこれがギルドマスターによる戯言だったりしたら、とんだ恥を晒してしまったともう遅い後悔に囚われる。
だが、それでも確かめずにはいられなかった。
「ほ、本当に東の魔王なのですか? 最も残虐な魔王と言われた、あの?」
「残虐? ベルが?」
その言葉に今度はレクトルが驚く。ベルから聞いていた話では直接人を殺してはいないと言っていたからだ。今となってはベルが嘘をついていたとも思えない。
少し人をからかうような所はあるが、残虐とまで言われるのにはどうにも納得ができなかった。
「あぁ、東の魔王はあまり表舞台にあがってこないことで有名だったからね。数多の魔獣を生み出し人を襲わせ、食料を奪いじわじわと追い詰めていく。決して直接手を下すことはなく、まるで弱っていく様をあざ笑うかのようだったと当時の資料には残っているね」
「それはまた……」
「……………………」
レクトルはなんとも言えない表情でその時の光景を思い浮かべる。確かにベルは嘘をついてはいなかった。だが、ベルが取っていた行動は必ずしも人間側にとっていい結果とはならなかったようだった。
でも、ベルとしては静かに暮らしたいだけだと言っていた。つまり自身が危険な立場になることを進んで始めたとは思えない。そのことが気になったレクトルはロイエンへと問いかける。
「ちなみに、事の発端は何だったんだ? ベルが魔王だから攻められたのか?」
人類にとって魔王は恐怖の象徴で共通の敵ということはベルやハクナから聞いていたレクトルは生まれた……ベルにとってはその咎を引き受けた宿命として襲われたのかと思っていた。だが、返ってきたのはそれとは異なる事情故だった。
「いや、戦いを始めたのは我々人族のようだね。東の地……その資源を得る為に、その支配権を求めて魔王へと戦いを挑んだのが始まりみたいだよ」
「何だって? それで、ベルに仕返しをされて文句を言っているのか? ベルが何かしたわけでもない。流石にそれは理不尽が過ぎるな」
「そうは言うがね。魔王とはそもそも人族……いや、この世界に住まう者たちにとって、強大な力を持った共通の敵なのだよ。そんな者が近くにいて、安心して生活できると思うかい?」
「それはあなた達視点での一方的な話でしかないじゃないか」
「何?」
レクトルはその一方的な物言いに腹が立ち、怒りを込めて強く断言する。もしレクトルがベルたちの事情を知らず、人族側の勇者として召喚などされていたらその話を鵜呑みにしていたかもしれない。だが、レクトルは知ってしまった。魔王であるベルの思い、そしてその人となりを。
そうなれば、レクトルの思いは今まで助けられたこともあり、誰とも知れない異世界の住人よりもベルへと傾くのは必然なのかもしれない。
「ベルが何かをしたんだったら同情したかもしれない。謝罪だって受け入れよう。だが、実際には攻めてきたのはそちら側で、ベルはそれにただ抗っただけだ。しかも、直接殺したりもしていない。追い返したり、恐怖を与えてこれ以上の侵略を防ごうとしただけだ。そこで撤退し、魔獣への対策や村の守護に兵士を回せば被害は広がらなかっただろう。食料だって供給すればいい。進軍にも食料が必要なはずだからな。不足していたわけじゃないだろう? だが、それすら怠り、勇者まで投入して侵略を続けたのはそっちじゃないか。身内びいきかもしれないが、ベルだけを悪く言うのは流石に納得できないな」
「……………………」
「ねぇ、ちょっと」
レクトルの言葉に難しい顔をして押し黙るロイエン。ベルはいきなり敵意むき出しで怒りを隠さず話す主に少し困惑気味に身体を揺すり話しかける。
だが、レクトルはベルの為に話してるんだとその手を軽く払いのけると尚も言葉を続ける。
「あなた達だって隣の国が攻めてきたら反撃するだろう? その時、反撃されたことに対して怒るのか? 黙って攻撃を受け入れろと? 自分たちが攻撃しなければ何もされなかったのに? 自分勝手にも程があると思わないか?」
「……君は随分とその魔王に味方するのだね」
「まぁな。今やベルは俺にとって大事な仲間だからな。悪く言われて、はいそうですかとはいかないな」
「ほう……仲間、ね」
「あの……ねぇ? ちょっと、聞いてるの?」
「ん? どうした? 後でもいいか? 今は大事な話をだな……」
「流石に恥ずかしいからやめてほしいのだけど」
「何を?」
自分の為を思って言ってくれているのはわかっていたが、それでもなんだか恥ずかしくなってきたベルはやめてほしいと懇願する。
その顔はさっきレクトルに虚を突かれ座らされた時よりも増して赤くなっていた。羞恥に震えつつも、これ以上続けさせまいと平静を装い言葉を紡ぐ。
「あなたが敵対してどうするのよ。私は別に怒ってないって言ったわよね?」
「あぁ、そうだな。でも、俺は納得できない」
「だから、なんでよ」
「大事な仲間の事を悪く言われたんだ。当然だろ?」
「……っ! だ、だから、私は別にいいって言ってるでしょ!」
「わかった、わかったから。身体を揺するのはやめてくれ」
レクトルの言葉に煙が上がりそうなくらい顔を真っ赤にしてその身体をガクガクと揺さぶるベル。流石にやりすぎたかと両手を顔の横にくるくらいに挙げて降参を示すレクトル。
「随分と仲がよろしいね」
「……どうも。それで、えっと……何の話をしてたんだったか」
「ルーミエ君が東の魔王の封印に関わっていたという話だね」
「ちょっ!」
折角うやむやになりかけていたのに、さっきよりも確信に迫る言い方をする上司に信じられない眼差しを向けるルーミエ。まぁまぁと片手で落ち着かせるように手を振るロイエンは事情を話し出す。
「正確にはルーミエ君本人ではなく、彼女の母親なのだがね」
「母親……そういうことか」
「あぁ、名はティリエ・サントリア。当時だとティリエ・リーリアだね。もう31年前になるかね。彼女は当時、魔獣によって被害が広がり、薬草が不足していたため森に採取に向かっていたそうだよ。その道中で魔王と邂逅し、封印したそうだ」
「どうやってただの村娘が魔王を封印したんだ? 勇者すらベルに追い払われていたんだろ?」
「詳しくは彼女は明かさなかったが、何やら喋る杖がどうのと話していたことがあったそうだ。だが、骨董無形な話を信じてもらえず、証拠を見せることもしなかった為、最後は勇者に力を貸してもらったと言っていたそうだね」
「勇者に……喋る杖……?」
少し不穏なワードが気にかかり、眉を寄せるレクトル。その言葉に、ある物が頭に浮かぶ。それも、この異世界ではなく元いた世界で、実物ではなく仮想の……想像上の物が……
「あぁ、あれね。でも、あれは杖と言っていいのか微妙なところね」
「どういうことだ?」
当事者の一人であるだけに、その時のことを思い出し微妙な顔をするベル。
「突如私とあの村娘の間にどこからか飛んできて突き刺さったのよ。しかも、杖の反対側は剣になっていたわね。えらく陽気に喋るあの武器にはイラついたわ。思わずへし折ってやろうとしたら、いきなり光輝いて突如変身したのよ。私が呆気に取られていたら、そのまま封印されたのよ? 最初は何が起きたのかすら理解が追いつかなかったわね。あんまりだと思わない?」
話しているうちに徐々に思い出してきたのか、さっきは感謝しているくらいだと言っていたのが嘘のようにワナワナと震え出した。それと同時に、ルーミエの身体もブルブルと震え出す。
「あ、そうそう、映像ならだせるわよ?」
「ほんとかね?」
「え? ちょ、ちょっと待って下さ――」
ベルの思いがけない言葉に制止を試みようとしたルーミエだったが、予想外に興味を示したギルドマスターによってそれは間に合わず、容赦なく映像が映し出される。
机の上にまるで投影されたように浮かぶそこに映るのは、慌てふためく一人の少女。その少女は確かに今この場にいるルーミエと似ていたが、幾分若くみえる。サクラに近い年齢だった。ベルの視点だからなのか、ベル自身の姿は映っていない。
『うぅらっひょぉおおおおおおおおおわぁあああああああああい!』
『きゃあ!』
『な、何!? 何なの!?』
そこに突如奇妙な叫び声と共に現れ、少女の目の前に突き刺さる杖……のような武器。少女二人が驚く中、その杖は土煙が晴れるのすら待たず少女へと語りかける。
『さぁ、嬢ちゃん! 私を使え! この窮地を脱するにはそれしか方法がない!』
『えっ!? 杖が喋って……!?!?』
『何を呆けているのだ! 死にたいのか!? さぁ! 早く! 間に合わなくなるぞ!?』
謎の事態に混乱する少女を余所に、時間がないと捲し立てる杖の声はまるで相手に考える余地を与えまいとしているようだった。
『え、えっと……』
それが功を奏したのか、少女が恐る恐る杖へと触れる。
『そうだ! そのまま私の言葉に続け!』
『なんなのよこれ……』
呆然とその光景を眺めていたベルが悪態をついたその時、杖の先端についた宝石が眩い光を発する。
『慈愛の心は私の胸に! 夢と希望が私の力!』
『じ、慈愛の心は私の胸に! 夢と……希望? が私の、力……?』
『マジカル・シャイン、メイクアップ!』
『マジ……マジカル・シャイン……えと、メイクアップ?』
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」
そのたどたどしくも紡がれたその言葉に、映像の途中ながらもレクトルは咳込んだ。だが、映像は途切れることなく流れ続ける。
少女が唱えた言葉を受け、今度は杖だけでなく少女の身体全体が光りだし、服が弾けとび、新たな服が虹色の光とともに構成されていく。その光景に何かを悟ったレクトルは、心の中で完全にこのシーンはバンクになるなと逆に落ち着いてその映像を眺めていた。
ちなみに、服は弾け飛んで裸に近い姿になってはいたが、光によってわかるのは輪郭だけだった。
光が収まった時には貧相な古びた服を着ていた少女の姿はそこにはなく、ピンク色のフリフリした可愛らしい衣装に身を包み、元の栗色から派手なオレンジ色の髪へと変貌した少女がそこにいた。その姿はどう見ても、レクトルの元いた世界で日曜の朝に幼児向けに放送されているような魔法少女もののアニメに出てくる衣装そのものだった。
『え……? なにこれ?』
『は……?』
その姿に思考が停止する少女二人。だが、それすら許さない杖の声は、変身して困惑する少女を強引に行動へと切り替えさせる。
『よっしゃぁあああああああああああああ! 変身成功! 後は封印だ! ほらやっちまえー!』
変身時と同じように杖の声に促され、たどたどしく紡がれたどこかファンシーな魔法に包まれあれよあれよと困惑から復帰する間もなく封印されていくベル。
魔法少女は実写にしたらこんな感じだったんだなと思いつつも、こんなのに封印されてしまったベルになんとも言えないどこか憐れむような視線を送るレクトルだった――
次回、4/28更新予定です。
久々の戦闘に入る予定です。




