062 戦いの残滓
長くなったので分割しようかとも思いましたが、話が一向に進まないのでそのまま投稿。
レクトルは賊から目を離すと、判断を待っていた仲間に告げる。
「やっぱり、法的措置を取ってもらうのが一番だな。しっかりとお灸を据えてもらうべきだ。門番に突き出そう」
罪を犯したのならしっかりと裁かれるべきだと、元の世界の考えが残るレクトルは決断した。例え貴族の特権で逃れられたりするのだとしても、一度突き出すことに意義があるはずだと。面倒だからとこのまま放置したとすれば、きっとこの男は何事もなかったように元の生活に戻るかもしれない。レクトルにとって、それは流石に納得ができなかった。
(なら、その手間だけでもかけさせるべきだ。例えそのせいで遅れたとしても、ギルドマスターには言い訳がつく。悪いことをしたわけでもないから、本当の事を話せばいいだけだ。どうせ嘘をつくこともできないしな)
一度決断すればレクトルにはもう迷いはなかった。方針さえ決まれば、次はどう動くかが重要となる。そこでハクナがレクトルに問いかける。
「前みたいに運ぶんですか?」
「それなんだよな……ここに来るまでに結構森の中歩いたよな」
「師匠の魔術は使えないの?」
「魔術? ああっ!」
サクラに訊かれ、レクトルは何の魔術だと頭に移動に使えるものを思い浮かべていき、すぐに気づく。この西の森に行く前に時空属性の長距離転移魔術【渡扉】の転移先に街の南門近くを登録していたことを思い出したのだ。
「そうか! 転移の魔術が使えるじゃないか! 使ったこともないから完全に忘れてたな。ありがとうサクラ」
「えへへ」
レクトルはどうも褒めたり慰めたりする時に相手の頭を撫でる癖がついていた。これは今に始まったことではなく、元の世界にいた時からだ。だが、誰にでもするわけではなく、相手は子供に限られる。
ベルやハクナにはあまりせず、サクラやセピアに多いことからもそれは見た目ではなく、精神的にレクトルが子供に感じる相手に多いようだった。特に意図的にしているわけではなかったが、サクラはレクトルに撫でられるのが好きだった。
その後ろで撫でられ喜ぶサクラをセピアが少し羨ましそうに見つめていた。
だが、レクトルがそれに気づくことはなくそのまま転移の準備へと移っていく。
「それじゃあ、転移するぞ」
「一度に全員いけるの?」
「やったことはないが、多分大丈夫だ。その辺の【魔術制御】は大分慣れてきたからな」
「魔力が無限に近いなんて、ホントあなたのスキルは反則ね」
「ベルもその恩恵に与ってるんだから別にいいだろ」
「一応、近くに賊をまとめました」
「よし」
ハクナの言葉を受け、レクトルは周囲を確認し転移させる対象を選定していく。そして転移する目標を思い浮かべ、詠唱を紡ぐ。
「虚ろなる者よ。暗き戸に届かぬ声を響かせよ。焦がれる思いよ、数多の壁を越え、立ち塞がる障害を乗り越えよ。繋がりを築き、汝が元へ我が身を誘え」
少し前は気恥ずかしかった詠唱も、【精神耐性】の影響か慣れからか気にならなくなっていた。
詠唱に従いレクトルの足元に魔法陣が展開され、定められた対象を含む形でそのサイズが拡大していく。通常の4属性(地・水・火・風)とそれに付随する上位の2属性(緑・雷)、そして互いに対立する2属性(光・闇)の呪文詠唱は階級ごとの決まった詠い出しから始まるものが多いが、それらに属さない聖と時空属性の詠唱は特殊なものが大半を占める。
この魔術は基本的には個人を長距離間転移させるA級の魔術だが、そこはレクトルが得意としつつある【魔術制御】、“弾数”と“効果範囲”に魔力を割り当てることで対象を増やし複数人の移動を可能としていた。
「【渡扉】」
足元に展開された魔法陣からの強い輝きと共に魔力が渦巻きレクトル達を包み込む。吹き荒れる魔力が収まった時にはレクトル達の姿は森の中から消えていた。
そしてレクトルが次に見た光景はアルストロメリアの南門が遠くに見える南の森付近だった。
「すごいな。本当に一瞬で移動できるのか」
「ほわぁー、時空魔術まで使えるなんてすごいの!」
「そうだよ、師匠はすごいんだよ!」
「便利ね」
「わ、私もそれくらいできますけどね!」
レクトルが初めて使った転移魔術に感嘆の声をあげていると、隣にいたセピアがキラキラした目で絶賛し、その言葉に何故かサクラが誇らしげに胸を張っていた。
魔王ともなればできそうなものだが、ベルには手段がないらしく少し羨ましい表情を見せる。その隣では何故かハクナが対抗意識を燃やしていた。
「ただ、自由に行先を指定できないのは不便だな。地点登録というのが手間すぎる。それに、珍しい魔術なら使いどころも注意しないと後々面倒に巻き込まれそうだ」
「いっそのこと公にして威張ればいいじゃない」
「俺は静かに暮らしたいんだよ……」
「それはもう無理じゃない?」
「……………………」
ベルのぞんざいな言葉にレクトルは黙り込む。言われるまでもなく薄々感じていたことではあるからだ。この世界へと導かれてからトラブルへの巻き込まれ率が高すぎることは誰の目から見ても明らかだった。神子に出会い、魔王に出くわし、天使と戦う。そして今も新たに妖精や貴族、ギルドマスターへの報告と抱負なイベントの種を抱えていた。
果たしてこれだけの経験をしているものが、この世界にどれだけいるだろうか。この世界にきてからまだ一週間も経っていない状況でこれでは呪いでもかけられたのかという疑念にすら囚われる。
しかし、それでも口に出して言ってほしくはなかったとレクトルはジト目でベルを見やる。口にしてしまえばそれがフラグとなり、未来が確定してしまうようにしか思えなかったのだ。
「何よ」
「いんや、何でもない。また賊の事頼む」
「わかったわ」
ベルがアルストロメリアに来た時と同じように賊の3人をスキル【物体浮遊】で浮かべるのを確認すると街に向けて歩き出す。レクトルにも【重力支配】を使えば同様の事ができるのだが、まだ星の魔術に関しては十分な制御には至っていない為ベルに任せていた。
レクトルが気軽に使用する星の魔術は飛来する対象を問答無用でどこかへと消し去る【縮退星】くらいだ。
南門が近づくにつれ、そこに見える入場待ちの行列にレクトルは嫌な顔をする。
「まさかあれに並ばないといけないのか……」
前回は商人のレントに偶然出会い、入るときの手助けをしてもらった為ちゃんと並ぶのは今回が初めてとなる。その進み具合は遅く、かなりの時間がかかりそうだった。
「これがあるんだし、前と同じところに行けばいいんじゃない?」
ベルがこれと指さす先にある……というよりいるのは気絶し浮かぶ賊だった。ちなみに、賊の傷は軽く癒した後、縄で拘束されている。もはや物扱いかと呆れながらも、確かに賊を捕まえたのに律儀に並ぶ必要もないかと門兵のところに向かう。
「すみません。賊に襲われたのを返り討ちにしたのですが」
「ほんとかい? 若いのに流石だね。ちょっと待ってくれ。おい! 誰かいるか!」
少しやせ細った茶髪の門兵が後ろに振り返り、外壁の中にある窓に向かって叫ぶ。すると一人の兵士が奥から顔を出し、何事かと話した後、扉を開けて出てきた。
「待たせたな。あんたが賊を捕まえたのか?」
「はい。まぁ、仲間と協力して……ですが」
「仲間ねぇ……」
身の引き締まった金髪の大柄な兵士はレクトルの後ろにいるサクラたちを一通り見た後、訝しむような顔をする。
「女子供しかいねぇじゃねぇか……」
どう見ても子供のいたずらにしか感じられず、兵士がボソリと呟く。だが、流石は街を守る兵士といったところか、念の為にと確認作業に動く。
「まぁ、見た目で判断するのもあれだしな。侮り痛い目を見るのは魔物だけで充分だ。……それで、俺はジェイルって言うんだが、賊ってのはどこにいるんだ?」
「私はレクトルです。賊は……ベル」
「はい、どうぞ。ふふっ、盛大な拷問を希望するわ」
兵士の前に冗談交じりの呟きと共にベルが賊を積み上げる。その扱いはえらく雑だ。兵士の男ジェイルも目を丸くしていた。
「こりゃ驚いた。どうやら本当みたいだな。……ん? ちょっと待て……こいつは……!」
驚きながらもしっかりと賊を見定めるジェイル。そして一番上に積み上げられた男の顔を見て表情を変えた。そこに積まれていたのは件の貴族の男ハインだ。
ジェイルはその姿を確認すると、「ちょっと待っていてくれ」と一言残すと慌ててそのまま詰め所の方へと戻っていく。
「やっぱ貴族はマズかったか……?」
「そうかしら? 多分問題ないわよ」
「どういうことだ?」
「まぁ、すぐにわかるんじゃない?」
相変わらず思わせぶりなことを言いつつ、その内容を明かさないベルに対してジト目を向けるレクトル。
すると、何やら門の受付で話していたジェイルがレクトル達のところに戻ってきた。貴族の男を見ての反応だったのでやっぱりマズかったのかとレクトルは焦っていたが、戻ってきたジェイルの顔はどこか晴れやかだった。
「あんたらお手柄だな。この男……ハインってんだが、以前問題を起こして逃走中だったんだ。まさか賊と手を組んでるとは……。堕ちるとこまで堕ちたな」
「問題ですか?」
「あぁ、こいつ、こんなんでも貴族なんだが、精霊の怒りを買ったんだ。それは貴族としてあるまじき行為だからな。爵位と恩寵の剥奪というところで邪魔が入り取り逃がしていたのさ。俺の知り合いがその時に意表を突かれ取り逃がす原因を作っちまってな。そいつを血眼になって探してたんだ。今、呼んできてもらってるんでちょっと待ってくれるか?」
精霊の怒りを買う。それがどういったことを示すのか正確には理解していないレクトルだったが、なんとなく出会ったばかりの妖精シャオルーの事を思い出し、彼女に手を出したからだろうと推測した。
(妖精は一つの種族ということだが、やはり精霊とは繋がりが深いんだな。そういえば、シャオルーも精霊女王? が住まう聖樹とやらにいけないとか言っていたな。交流が深いんだろう)
レクトルが興味を持っている精霊の恩寵を手にしながらなんでそんなことに手を出したんだかと、件の貴族の男を見る。
「そんなことがあったんですね。無事に捕らえられてよかったです」
「ホント、助かったよ。一体どこで襲われたんだ?」
「西の森にある教会です」
「西の森の教会だって? あそこは昨日騒ぎがあって現在立ち入り禁止になってるはずだが……」
「……え?」
ジェイルの言葉に焦るレクトル。貴族の件がスムーズに進みそうで油断していたのもあるだろう。馬鹿正直に話しすぎ、墓穴を掘っていた。何か言い訳をと考えるがなかなか妙案が浮かばない。
実際に西の森周辺には簡易的な囲いが魔術道具によって設けられていたのだが、【渡扉】によってその場所を経由せずにこの場に来たレクトルには知る由もない。
(失敗したな。立ち入り禁止になってたのか。そもそもあの状況の西の森に用があるって言う時点で、調査に派遣された訳じゃないなら、それはもう当事者かこいつらのような賊くらいしかいないことになるのか……?)
どうしたものかとレクトルが考えていると、押し黙った様子を見て何かに気付いたかのようにジェイルが問いかけた。
「もしかして、あんたらも昨日の奇跡の恩恵に与ろうとしてたのか?」
「奇跡の恩恵?」
「ほら、西の森を覆いつくした虹色の輝き、女神の羽衣だよ。西の森に近い場所に住んでいた住人や浮浪児などの孤児たちのケガや病気、部位の欠損に至るまでありとあらゆるものが治ったらしい。死の間際にいた爺さんも今やピンピンしてるって話だ。戦いに出ていた冒険者や騎士団の連中も同様に全快したみたいだしな」
「へ、へー」
「違うのか?」
「い、いや、そうですそうです。まさかバレるとは思ってなかったもので」
ベルたちを治す為に行使した【極光天】で思いがけない副次効果が起きていたことを知り、驚くレクトル。あの時は森にいる魔物全員に浄化の効果を届けるためにかなり効果範囲を広げていた。【夜の帳】の外に漏れ出た辺りから弱まってはいたが、その効力は街にまで届いていた。
レクトルは取り合えず言い訳としては問題なさそうに感じたので同意しておくことにした。ジェイルの話し方も言い当てたと言わんばかりにどこか胸を張っており、悪い印象を受けなかったのも大きかった。
「ははは! 大人を舐めちゃいかんよ。といっても、ルールは守らないとな。危険だから立ち入り禁止になったんだ。欲に目がくらんで破っていると、いずれ足をすくわれるぞ」
「立ち入り禁止の件については森の方にいたので知らなかったんですよ」
「そうか。それなら仕方ないな。まぁ、今回はこいつを捕まえてくれたこともあるし大目に見てやる。次からは気をつけろよ?」
「はい。そうします」
「よし、じゃあちょっと詳しい話を聞きたいから詰め所の方に来てもらえるか? あいつもそろそろ来るだろう」
ジェイルは言葉の通り特にこれ以上叱る必要はないと本来の話に戻す。その言葉にやっぱりすんなりとはいかないかと今後の予定の事もあり悩むレクトル。ただ、この件についても後ろめたいことがあるわけではないので、素直に事情を話すことにした。
「わかりました。ただ、この後冒険者ギルドのギルドマスターに呼ばれているので、あまりお時間取れないのですが……」
「ギルドの? と言うとロイエンさんか。あの人からお呼びがかかるとは、あんたもなかなかの大物だな。そういうことなら細かい事は後日でも構わない。いや、あんたも大変だろう。重要事項さえ聞ければ後はこいつらから聞き出すから、取り敢えず簡単な場所と経緯だけでも教えてくれるか?」
「わかりました」
レクトルは街壁の中に設けられている詰め所で大雑把に経緯を説明すると、門兵と別れそのまま街の中へと入場した。【情報版】による身分証明なども実施されたが、特に問題がなく通された。ベルたちに関しては仲間ということと、子供ばかりということもあり代表であるレクトルほど細かい身分確認は行われなかった。
ギルドまでの道のりを歩く中で、昨日と異なり街の様子にどこか違和感を覚えるレクトル。昨日にはなかった屋台などが並び、街の中は人で溢れていた。
「随分とにぎやかですね」
「あれ、おいしそう……」
「お祭りみたいなの」
「これもあなたのせいなのね」
「まさか、こんな騒ぎになってるとは……」
後悔こそはしていないが、もう少しやりようがあったのでは? と今更ながらに己の未熟さが身に染みたレクトルは、下手なことをしてバレたり、巻き込まれたりしないように並ぶ屋台に興味津々のサクラを引っ張りつつそそくさとその場を後にした。
しばらく歩くと、目的地であった冒険者ギルドへと辿り着く。レクトルはゲームとかだと街の中を移動するのは大して時間がかからないのに、いざ実際に歩くとなると意外と遠いその距離に辟易していた。
元の世界でも街一つを端から歩いて移動しようと思うと相当な距離になるのだが、車や自転車といった文明の利器に慣れた身としては移動時に歩く事がほぼ無かった為、これがこれから毎回続くと思うとレクトルには受け入れがたいものがあった。
なら使えるものは使っていくべきだと、使用を控えようとしてたのは一体何時の事だったか、大通りの前であるにもかかわらず【渡扉】の地点登録を済ませるレクトル。取り敢えず来ることがそれなりに多くなりそうな為、ここまで来る間にも何度か使うことがあるかもしれないと地点登録を一定間隔で実施していた。
もはや隠す気があるのかと疑うレベルだが、ベルの突っ込みにも地点登録だけなら問題ないとバレた後の面倒よりも身近な歩く面倒をなくそうとするレクトルにはベルも呆れ気味だった。
「呆れた。私よりも“怠惰”の称号が似合ってるんじゃない?」
「問題が起きたらその時考えるさ。あるにこしたことはないからな」
地点登録を済ませ満足したレクトルはギルドに視線を向ける。冒険者ギルドの前には街の騒ぎの影響か、ガードマンのように周囲を守っている兵士がいた。先ほど賊を明け渡した門兵よりしっかりとした鎧を纏っており、実力もあるのか気迫さえ感じられる。
特に声をかけられたり、目を向けられることもなかったので、仲間を見やり覚悟を決め、ギルドの戸を開く。
レクトル達が通り過ぎた後、その後ろ姿を兵士が見つめていたが、それには気づかずに中へと入っていく。
「あ! やっと来たわね!」
ギルドに入った途端目敏くそれを察知し声をかけてきたのは、前回同様にエリスだった。ただ、その表情は前と異なり見定めるようなものではなく、どこかほっとしているようだった。
「待ってたのか? 悪いな。でも、今日約束があったのはギルドマスターだけだったと思うんだが……」
「いえ、別に約束があったわけじゃな……いや、最初に話があるって約束したじゃない!」
肯定しかけ、あることを思い出して指摘するエリス。確かにしたことは確かだが、その物言いには少し納得がいかないレクトルは少し強めに言い返す。
「あれ、まだ有効だったのか……でも、あの時は戻ってきた時にはいなかっただろ?」
「うっ」
あの時、約束を破ったのはレクトルではなくエリスの方だった為、その言葉に押し黙る。ただ、レクトル側には別に用事があったわけではないので、特に責める事はせずに先を促す。
「まぁ、それは別にいいんだが……今日は何の用だ?」
「そ、それは……」
どこかモジモジと身を捻りながら言葉を詰まらせるエリス。言いづらい事なのか、なかなか言葉を発しないエリスにレクトルはピシャリと言い放つ。
「特に何もないんだったらもういいか?」
「ま、待って! た、頼みがあるの!」
「頼み?」
「えぇ」
レクトルはまたトラブルを呼びそうなその発言に、あからさまに嫌な顔を浮かべる。だが、エリスは俯いている為それには気づかない。
「どんな?」
「わ、私をあなたのパーティにいれ――」
「断る」
「てほし――って、まだ言い切ってないわよ!? でも……どうして?」
「間に合ってるからな」
これが漫画やアニメだったら、可愛い少女が仲間になりたがっているのなら歓迎するのが普通かもしれない。だが、レクトルのパーティ……仲間は誰も彼もが特殊な事情を持っている者が多い。一般人――それも貴族が仲間になるのは流石に看過できなかった。
それに、レクトルにとって助ける為に自ら動き関わった結果の成り行きではなく、何かしらの意図を持って向こうからの要請は初だった。警戒していたのもあるだろう。
「私じゃあ、あなた達の力にはなれない……?」
「……そうだな」
「そう……」
どちらかと言えば、エリス自体に問題があるわけではなかった。全てこちらの事情故だ。それでも、下手なことを言うとついてくる可能性もある為にレクトルは一蹴した。
「わかったわ……我儘を言って悪かったわね」
どこか暗い表情をしてレクトルの横を通り過ぎるエリス。ギルドの戸を開いた所で勢いよく振り返る。
「後でやっぱり仲間に入れとけばよかったって後悔しても知らないんだから!」
少し瞳を涙で濡らしながら最後に吐き捨てると、そのままギルドの外へと駆けていった。
「何なんだ一体……」
「あははは、面白かったわよ?」
「泣いてましたね」
「可哀そう?」
「サクラまで……勘弁してくれ。これ以上厄介事はごめんだ」
レクトルは多少気にはなるが、それは断った自分がしていいものではないと後ろ髪引かれる思いを断ち切り、受付に向かう。
「ギルドマスターと面会の約束があるんですけど」
「少々お待ちください」
前回対応してくれた受付嬢がいなかった為、書類を整理していた別の受付の女性に話を通した。女性はそれだけ答えると、奥へと引っ込んでいく。もしかしたら話が通っていたのかもしれないと安堵の吐息をこぼすレクトル。
しばらくすると受付の女性がもう一人の女性と共に戻ってくる。それに気づいたレクトルは少し姿勢を正し、軽くお辞儀をした。それより深くお辞儀を返したのは前回ギルドへの登録を対応したルーミエだった。
「お待たせしました」
「いえ。大丈夫です」
「皆様お揃いですね。それでは、奥の応接間までお願いします」
「わかりました」
案内されるままについていく。初めてのセピアとサクラは前回もこのエリアまでは来ていなかったので、興味深げに周囲を見回していた。そして、ギルドの奥にあるいくつかの部屋の先、扉の前に兵士が立っている部屋へと案内される。
「色々とあって騒ぎがひどかったですから。少し物々しいですが、安心してください。部屋の外には声は漏れませんから」
それだけ伝えると、扉を開け中へと通される。部屋は長机の両側にソファーが配置された普通の応接間だった。中には昨日も出会ったギルドマスターと、メイド服に身を包み、お盆を抱える女性が一人いた。
「やっと来たかね」
「約束しましたから」
「ほほっ、かしこまる必要はない。普段通りで構わないよ。どうやら、私は君に嫌われているみたいだからね」
どこかニヤリと口角を吊り上げるギルドマスター、ロイエン。レクトルが席につくと、その右隣にサクラ、そのさらに隣にセピアが座る。左にはベル、そしてハクナが座る形となった。
向かいにはギルドマスターがレクトルと対面する中央の位置に座っている。そして、その横にルーミエが座った。もう一人の女性は給仕係なのだろう。座ったレクトルたちに「どうぞ」と飲み物を配っていく。レクトルは「ありがとう」とお礼を言うと、少し緊張していたのか早速とばかりに口に含む。
(うまいな。紅茶か。流石ギルドマスターが飲むだけはある。実に高級そうな感じだ)
せっかくだし、大量に飲んでやろうと意気込んでいると同じく紅茶にレモンを絞っていたギルドマスターが口を開く。
「それじゃあ、始めようか」
「入れすぎだ」
ロイエンのその言葉が放たれる少し前、レクトルの隣に座ったサクラが師の真似をして紅茶を飲み、その苦さに顔をしかめていた。それに気づいたレクトルが机の中央に置かれた角砂糖の事を教えていた。
ギルドマスター自身、魔王とその仲間との話し合いということで緊張していたのだが、その言葉はレクトルにきちんと届くことはなく、角砂糖をポンポン入れ始めたサクラを叱りながらというなんとも締まらない形で始まるのだった。
次回4/14更新予定です




