007 神術
「俺はあの奥にある屋敷? で暮らそうと思う。ハクナはどうする? 元の世界に返そうか?」
「えっ? もちろんお供しますよ。一緒にいるって言ったじゃないですか」
「んっ? あれは日中の旅とかの間の話じゃないのか?」
「もちろんずっとですよ?」
「へっ?」
まさか、一緒に暮らすということか? 流石にそれは……こんな若い娘とひとつ屋根の下なんて犯罪じゃ……いや、今はそんなに歳とっていないのか、いやでも……
そうごちゃごちゃ考えていると
「はぁ、妙なところで弱気なんですから。私のご主人様になったんですから、気にしないでください」
そう言って、スタスタと屋敷の方へ歩いて行ってしまった。慌てて後に続く。
……俺が主なんだよな? まぁ、家の事をしてくれるメイドがいると思っておくか。
……いやそれはそれでマズくないか?
「それに、私からもスキルのことなど説明しないといけないことがありますから」
「スキル?」
そう言われ一瞬もうこの創作世界のことを知っているのかと肝を冷やしたが、別のことを指していることに気づく。
「あぁ、【神術】と【水神子の加護】の事か」
そう答えるとハクナは少し気分を落としたように見えた。
この2つのスキルに関してはハクナと契約したら必ず発生するものだと言っていた。情報版で詳細欄をみればわかるのかもしれないが、説明してくれるならそれに越したことはない。
そうこうしている間に屋敷の前に到着する。建物自体は中世の屋敷みたいだ。ファンタジー世界でいったら定番だろう。なかなか趣があっていい感じだ。
地球にあったらさっきの泉も含めて間違いなく観光名所になったことは間違いない。住む分には文明レベルが低下している感じなので、やっぱり不自由に感じるのだろうか?
ただ、時間が夜だからか幻想的とはいえ、暗い森に佇む洋館というのはある意味ホラー感もあり不気味さを醸し出している。動物はいないのかホーホーという鳴き声が聞こえないのは救いか。
そういう面でもハクナが隣にいてくれているのは良かったかもしれない。流石に一人では入るのにかなり勇気がいりそうだ。
「結構立派な屋敷だな」
「はい、元の世界だと伯爵とか侯爵が住んでそうなくらい立派です」
「あ、やっぱりそういう爵位があるんだな。それにしても、鍵はあいてるのか?」
まぁ、これで開いていなかったら俺のスキルの中にある屋敷なのに一体誰のものなのかって感じだが。
そう思い、取っ手に触れると「ガチャリ」と音がして鍵が勝手に開いた。思わずビクついて手を引っ込めてしまう。
ハクナにクスっと笑われてしまう。いたたまれない気持ちになりつつもその笑顔に落ち着きを取り戻し、恐る恐る扉を引くと問題なく中に入ることができた。
足を踏み入れると今度は突如明かりがつく。学習せずまたもビクついてしまう。横を見るとハクナは顔をそらして手を口元に当て必死に笑いを堪えていた。
「…………」
主の威厳なんてあったもんじゃない。ビビリで臆病者なんだから仕方がないというものだ。
気を取り直して何もなかったように堂々と入り中を確認すると、中央には上へ向かう階段があり突き当りで左右に広がっている。よく人物像などが飾ってあるような階段のロータリー部分には星空の絵が描かれた大きな絵が飾ってある。
その絵の下には“星屑の館”と記されていた。
「ご主人様を認識しているみたいですね。中も清掃が行き届いているのか綺麗です」
「星屑の館か。この建物の名前なのか? それにしても俺の場違い感がすさまじいな。これだけ大きいと管理するのが大変そうだ。一緒に住むというならそこら辺はハクナに任せるかな」
さっき笑われたこともあり、意趣返しにさらっと面倒事を分投げてみる。もちろん、ただ面倒だからというだけではない。
別のことにハクナが忙しくなれば自由時間ができるかもしれないという思惑もある。自由時間ができればいろいろと試すこともできるだろう。
ジト目でこちらを睨んでくるハクナ。何食わぬ顔でいると観念したのか、「はぁ」とため息を吐く。
「わかりました。ご主人様に任せていると放置しそうですもんね。でも、清掃は何かの加護がかかっているのか不要みたいなので、やることと言ったら炊事、洗濯くらいですね」
「加護?」
「はい。それで、最初入ったときも綺麗だったんだと思いますよ?」
「へぇ、てっきりできたばかりだからかと」
「その可能性もあるかもしれませんけど……」
この場所がさっきのハクナとの契約によりスキルが生じた時にできたのか、もしくは元からあった場所にスキルによって行けるようになったのか、微妙なところだな。
いや、スキルの名称からすると俺の中にある世界らしいので、今できたと考えるべきだろうか。もしくは俺が生まれた30年前? 考えても仕方ないか。
それにしても加護って便利なんだな。そういや、俺にもハクナの加護っていうか【水神子の加護】というのが追加されてたんだよな。元々その説明をしてくれるって話だったか。
「どこか部屋に入って一旦落ち着くか」
「はい、あそこが居間っぽいですね」
そう言って左側の一番手間の扉を開く。中を覗くとそこはどうみてもキッチンだった。
「……間違えました」
パタンと扉を閉め、「こっちかな」とハクナは次の扉を開け、中を覗き、スゥっと音もたてずに閉める。そのまままた次の扉を開け、目的の部屋を見つけたのか手招きする。
その行動に思わずジト目を向けるが、ハクナの顔が少し赤いので彼女自身恥ずかしいのだろう。
それに俺のさっきの臆病ぶりを仕返しにいじられそうな感じがしたので、ここはお相子ということで見なかったことにしてハクナが見つけた部屋へと向かう。
中は応接室のような感じに長い机とソファが置かれた部屋だった。お約束のよくわからない壺もおかれている。
居間ではないだろうと思ったが、これ以上部屋を開け閉めするのが恥ずかしかったのかと思い特に追求はしなかった。
ハクナと机を挟んで向かいあって座る。窓から泉は見えないが、先ほどの幻想的な森の景色が見える。
さっきの泉の水が目の前の森の中にも流れているのだろう。光が立ち上っているルートが見える。後でどこに流れているのか確認しに探検するのもいいかもしれない。
さて、話を戻そう。
「それで、加護の話だが…」
「さ、先に【神術】についてでもいいですか?」
「あぁ、別にかまわないが…」
さっきから若干挙動不審な感じがある。何か後ろめたいことでもあるのだろうか?
「【神術】は神力が魔力の上位に当たるように、魔術の上位に位置するスキルです」
「何? ってことは魔術が使えるのか? どの属性の?」
「【神術】に属性の制約はありません。魔力と異なり、神力は全ての属性への変質性を持っているからです」
「変質性?」
「普通、自分の魔力は自身が持つ魔術適正がある属性にしか変質させられないため、適性がない魔術は使えないんです」
なるほど。神力は全属性への変質性とやらを持つから、どんな属性の魔術の元としても使用可能だと。これは魔術適正全持ちに等しいっということか? これはいっきに魔術使用に近づいたんじゃないか!?
でも気になることもある。
「俺は適性が無属性しかないんだが、その魔力を使って神力を生成しても全属性に使えるのか?」
「はい。【神術】の中にある【神力変換】により、その性質も付与されるので問題ないです」
そう言われ、自分の情報版にある【神術】の欄をタップする。すると確かに【神力変換】の記載があった。
どうやら複合的な力を持つスキルらしい。でも特に他の魔術などの記載がない。
「【神力変換】はあるが、特に魔術名称の記載がないな。結局使えないのか?」
「【神術】があれば理論上は全魔術の使用が可能です。数が多い為、それら全てを一覧表示はされず【神術】に統合されるんです。使用した魔術から情報版には表示されるようになると思います」
「マジで!? 流石にそれは強すぎないか?」
「マジ……? というのが何か分かりませんけど、基本神力を消費しますので威力は上がれど魔力値が50万は超えていないとそもそもまともな魔術すら発動できません」
「そうか、効率1/10000だったな」
またぬか喜びか。MPの最大値アップの修業法なんてないもんかね。それでも今から1万倍以上にしないとだめってもう無理だろう。いや、ハクナに魔力を送り続けた時のことを考えると魔力を神力に変換し続け、それをどこかに維持できればあるいは……
ブツブツと考え事をしていると、ハクナが歯切れ悪く続きを切り出した。
「……あと、その、加護について……ですけど」
「あぁ、【水神子の加護】だな」
そうハクナに言われ、考え事を中断する。何かハクナは言い辛そうに「あの」とか「その」とか「えっと」とかゴニョゴニョと呟き、内容が聞き取れない。
「ふむ」
何か様子がおかしいと思い、タブレットの【水神子の加護】をタッチし詳細欄を表示する。
「あっ!」
それに気づいたハクナが叫ぶが、無視してそのまま内容を確認する。そこには次のように書かれていた。
【水神子の加護】
・Rank:EX
・効果:【水属性強化(超)】、【火耐性強化(超)】、【継続回復(超)】、【沈黙無効】、【不老不死】
「水属性特化だな。しかも(超)ってのはすごそうだ。まぁ、水神子だから当然か。後は回復に沈黙は状態異常系か? それに……不老不死」
「あうぅ……」
「ふ、不老不死!?」
「ひゃいっ!」
俺がいきなり大声を上げたからか、変な返事をするハクナ。背筋がピンと伸び、プルプル震えていた。これが挙動不審の原因か……