059 届いた気持ちと未来への可能性
「へ、へー」
まさか先送りにしていた問題をこんな朝食作りの場で明かされることになるとは思ってもいなかったレクトルはとぼけた返事を返す。
そしてこのまま元王女であることや、亡国の姫……国を失ったなどという重い話に繋げてなるものかと割り込むように話題の転換を試みる。
「わた――」
「つまり、今その話をするということはさっきの調理中にしていたことが、その精霊の恩寵によるものということなのか?」
「え? あ、はい、そうなりますね。私たちに与えられた精霊の恩寵“ファレル”の名に込められた力は“変質”です。精霊の力を借りて魔術などの構成の一部を別のものに置き換えることができます。先程のは範囲が狭く威力も低いのですが、魔力消費が少なく、詠唱も不要になります。と言っても、自由に変えられるわけではなく、精霊は気まぐれで使えない時もあれば、攻撃に使用することもできません。精霊とは温厚な性格なので、精霊自体が直接害されない限り相手を傷つける力は通常行使できないんです」
「へぇ……それはすごいが、何だか難しそうだな。つまりは効果と範囲の限定による術式の簡略化か。【魔術制御】とはまた違ったアプローチだな」
魔力消費を増やして様々な付加価値を与える【魔術制御】では過剰に供給するのみで魔力の消費を抑えることはできない。隠蔽に魔力を消費すれば見かけ上は感じなくすることはできるが、あくまで感じないだけであって魔力がそこにあることに変わりはない。
それに、レクトルはレアの話からある推測を立てていた。レア達の名“ファレル”に込められた力。つまりは名の違いによって込められる力もまた違ってくるということだ。魔術とはまた違う体系の力にレクトルは興味を示していた。
「は、はい……あの、怒られてはいないのですか?」
「怒る? 何故だ?」
むしろ貴重な話をしてもらって感謝したいくらいなのに、レアが様子を窺うように訊いてきた言葉に首を傾げるレクトル。
「奴隷の身でありながら、ご主人様に本名を伝えていませんでした」
「あぁ、そのことか……」
レアは顔を俯かせながら、消え入りそうな声でつぶやく。だが、レクトルはどうにか話題を変えられそうなことに安堵し、気にしていないと安心させるように言い聞かせる。
「そんなことより、その精霊の恩寵とやらは国からの報酬でしか手に入れることはできないのか?」
「そ、そんなこと……ですか?」
「あぁ、俺にこの世界の奴隷の扱いを期待するだけ無駄だぞ。別に俺が困る内容でもないしな。嫌がることを無理強いするつもりも、させるつもりもない。今お願いしている料理や畑の事以外に関しては自由にしていいって言っただろ? 例え偽名だったとしても、呼ぶときに問題がないならそれでいいさ」
「流石にそれは甘すぎると思うのですが……」
「ははっ、前にベルにもそんなこと言われた気がするな」
せっかく助けたのに、辛いことをさせたら意味がない。レアが背負う故郷の事については、気持ちが整理できたときに話してくれたらいい。できればその時が来るのがずっと先であることを祈っているレクトルは、取り敢えず好奇心に任せて先を促す。
「それで、どうなんだ?」
「精霊の恩寵ですか? ……そうですね。その他には恩寵の元となる精霊自体に気に入られることでしょうか」
「精霊に?」
「はい。と言っても、精霊は普段表には出てきませんので、出会うことも難しいと思われます。意図して出会うことが出来るのは深く縁を結んでいると言われるエルフ族くらいかと」
「エルフ族……か」
定番のファンタジー種族! と期待に胸を膨らませたところで、エルフ族とは既に出会ったことがあることを思い出したレクトル。だが、好意的な出会いとはとても言えず、むしろ敵対していると言っても過言ではない。
セピアやサクラたちを使い魔王を復活させたり、生み出そうとしている謎の組織。そこに所属しているであろうオッドアイのエルフの少女。
何故そんな組織にいるのか気になるが、精霊に会いたいから案内してくれとはとても言えた関係ではない。かと言って、国にお呼ばれされ報酬として承るなんて以ての外だ。あまり目立ちたくはないレクトルはひとまず精霊の恩寵については諦めることにする。
「……私の故郷にいければあるいは……」
「え? あ、いや、大丈夫だ。ちょっと気になっただけだからな」
「そうなのですか?」
「あぁ、それじゃあ豚汁、楽しみにしてるな」
「はい!」
またもや聞こえた不穏な言葉に、それだけ伝えるとレクトルはその場をそそくさと立ち去る。
「ご主人様なら……ううん、だめ。リアと一緒にいられるだけでも感謝しないと」
消え入りそうな声で囁かれたレアのその言葉はレクトルに届くことはなく、台所から立ち去る主の後ろ姿を敬意を込めた瞳で見つめ、深々と頭を下げて見送った後、調理に戻っていった。
台所への扉が閉まる音が聞こえるとレクトルは振り返る。
(あぶないあぶない。でも、どういうことだ? “亡国の姫”というからにはレアの故郷はもう……。もしかして、実家が農家という話が本当だったのか? いや、でもそれなら精霊の恩寵に心当たりがあるのもおかしいか。国が管理するものというなら、今は亡きシルミア王国が保有していた精霊の恩寵がある……? 駄目だ。考えても答えは出ないな。レアに直接聞くわけにもいかないし、やっぱりこの件については保留だな)
そう区切りをつけると、レクトルはリビングに向かう。
その後降りてきたベルやハクナと星屑の館を守護している戦乙女たちをセピアとサクラに呼んできてもらうと、全員そろって朝食を食べる。
朝食には先ほどの豚汁の他にはパンが並んでいた。流石にパンまではすぐにここで作ることができず、街で買ってきたものということだった。固く、レアが作ってくれていた他の料理と比べあまりおいしいとは言えない。でも、窯はあり、ピザは作れたのでいずれは挑戦したいとレアは張り切っていた。
あのレシピ集のお陰で元の世界の料理であるピザよりも、この世界にありレシピ集に載っていなかった普通のパンの方が作るのが難しいのはおかしな話だ。
ちなみにレクトルは米についても調べており、既にその存在は確定している。ただ、今の季節だとこの辺の地域では入手が難しいとのことだった。育て方や種類が正確には日本のものとは異なるようだったが、それでも、米がない生活は考えられないレクトルは追加の費用をレア達に渡し、優先での確保をお願いしていた。
その後、朝食を終えたレクトル達は出かける準備を進めていた。
今日はギルドに赴き、特殊依頼の結果と魔王ベルについての報告をしなければならない。本来であれば特殊依頼のみでよかったものを、ベルがよりによってギルドマスターの目の前で魔王の力を行使したため、誤魔化しようもなく事情の説明を求められた。
危機的状況を切り抜ける為にレクトルとギルドマスターの間で誓約が交わされた為、嘘をつくこともできない。最後の抵抗として全ては伝えられないという言質はとってあるので、できる事といったら伝える事と秘密にする事の選別と話の主導権をなんとか握ることくらいだった。
レクトルは前者についてはある程度事前に決められる為対応できるが、後者に関しては苦手とする分野であり、あまり自信がなかった。予定調和で終わればいいが、突飛もないことを言われた時にすぐさま対応ができないのだ。仕事でもテンパり、墓穴を掘ることが多かった。
せめてでも知識不足で何もできないようなことを避ける為に【知識書庫】を読み、出鱈目に知識を身に着けるべく、まるで一夜漬けをする学生のように本を読みこむレクトル。
だが、本番に弱く、緊張しやすいところは多少【精神耐性】にて抑えられたとしても、相手は仮にも首都にあるギルドの中で頂点に立つ男だ。付け焼刃の知識が役に立つとは思えなかった。それに、不明点を確認するだけなら、その時に調べればいいだけだ。事前に策を練れないのであれば意味がない。
特に、今回の相手のような陰謀が得意そうな相手には何をしても無駄だ。
「なるようになるか」
レクトルは諦めたように本を閉じるとそのまま収納する。世創道具である【知識書庫】は【情報版】への収納が可能だ。わざわざ本を出す必要もないが、本という媒体に慣れ親しんでいたレクトルは必要に迫られない限り、脳内ではなくきちんと形にして確認していた。
「それじゃあ、森からギルドまで離れているし、そろそろ出発するか?」
「そうね」
「ご主人様、何か忘れていませんか?」
腰を上げ、完全にお出かけモードに切り替わってそうなレクトルを見て、同意するベルに対しどこかソワソワした態度のハクナが問いかけた。
「忘れものか? 戦乙女なら留守番だぞ。ギルドマスターと会った時も銅像として転がってたからな。連れてかなくても問題ないだろ」
「違います! 約束したじゃないですか!」
「約束?」
何かあったか? と本気で思い当たる節がないレクトルに少し泣きそうな顔になるハクナ。すると、近くにいたセピアがレクトルのローブをクイクイっと引っ張った。
「お兄ちゃん」
「どうした?」
「これの事だと思うの……」
「あー」
セピアが自分が着ている服を広げて見せる。それを見て思い当たる節があったのか、手をポンと叩くレクトル。
「そんなに欲しかったのか」
「だ、だって! ご主人様の事ですから、また今日はもう創れないって先送りにするじゃないですか!」
「心外だな。仮にも俺はハクナの主だぞ?」
「……さっき忘れてたじゃないですか」
「………………」
冗談でもからかっていたわけでもなく、本気で忘れていたレクトルには返す言葉がなく、「ふっ」と笑うと創作を開始しようとしてその動きを止める。
「そういえば、何か要望はあるのか?」
「え?」
サクラの時は服が何もなかったというのもあるが、この先何があるかわからないのでサクラに似合い、長く使え、身を守れるものを願った。ベルの時はそれに加え魔王、悪魔の証の隠蔽を、セピアに関しては固有スキルの封印だ。
対してハクナはどうだろうとレクトルは考える。元のままでも今のところ神子だということはバレていない。見た目は人と変わりないということと、ハクナ自身が既に【偽装】のスキルを持っていたことが起因している。ベルやセピアの服に付いた【存在偽装】よりはその効果は低いようだが、適用範囲が広いようだった。
ハクナに訊きながらも何がいいかとレクトルが考えていると、どうやら創ってもらえるようだと認識したハクナが満面の笑みを浮かべ、要望を出した。
「サクラのように可愛いのがいいです! 仲間外れも嫌なので、ワンピースのタイプで! 後、アクセントには水色がいいです。やっぱり水神子ですからね。みんなとも被ってないですし、それから――」
「お、おう」
ハクナが挙げた要望は見た目に関するものばかりで、スキルについての要望が一切なかった。そのお揃いを望むハクナに仲がよろしいものでと思いながらも、それじゃあ市販のじゃダメなのかと思わなくもないレクトル。
それを言うと怒りそうなので、無難に創作を開始する。レクトルが願うのは先ほどハクナが述べたこと程度だった。
レクトルが持つこの固有スキル【我が内眠る創造の拠点】は良くも悪くも希望を叶えてくれる。叶えられる希望は果たして主であるレクトルの希望か、はたまた受け取る側のハクナの希望か。それはわからない。
魔力を消費し創作時間を短縮させたレクトルが手を前にかざすと、一瞬強く光が瞬きパサリと水色と白色をした布の塊が落ちてきた。問題なく創作は完了したらしい。
今回は見た目のみの要望だったが他と同様の時間がかかった為、一体どんなスキルが付いたのか気になったレクトルは早速とばかりに解析を実行する。
○【運命に抗う神子の衣】
・Rank:S
・付与スキル:【邪気遮断】【治癒促進】
・保持スキル:【清浄】【修復】【隠蔽】【調整】【同調】【成長】
・装備条件:〔女性〕〔神称号〕〔従者称号〕
・備考:定められた宿命に立ち向かう少女を助ける為に結われたワンピース。着ているものを隠し、清き姿を保つ力を持つ。思いの強さに同調し、持ち主とともに成長する。
「スキルが結構変わったな」
「き、着てきてもいいですか!?」
「あ、あぁ」
今まで服を創ってもらったメンバーの中でも誰にも負けないくらい満面の笑みを浮かべたハクナは、レクトルが持つ服をひったくる様に受け取ると返事が返ってくる間もなく別の部屋へと駆けていった。
「どんだけ楽しみだったんだよ……」
「あなたが焦らしたおかげじゃない。実際のとこ、どうなの?」
「何がだ?」
「彼女に対してのあなたの思いよ。私やサクラと出会う前から一緒だったんでしょ?」
ベルがちょっとした興味本位でレクトルとハクナの馴れ初めを訊いていた。その話にサクラがそっと耳を傾ける。
「思いも何も、ハクナと会ったのはサクラやベルに出会った前の日だしな」
「あら、そうなの?」
「言ってなかったか? だから特に何もないぞ。それに、神力を無くして消えかけていたところを助けはしたが、闇の神を打倒し神界を救ってほしいという願いに関しては一蹴したからな」
「へぇ。まぁ、あなたらしいのかもしれないわね。あくまで手を差し出すのは助けられる範囲だけなのね」
「そうだな。無責任なことは言えないし、俺自身この世界のことについては何も知らないからな」
「でも、師匠が強くなったら?」
「サクラ……?」
レクトルとベルの会話を聞いていたサクラが、ハクナと一緒に買い物に行っていた時の会話を思い出し割り込んだ。師匠の事が大好きだけど、ハクナの事も好きなサクラは師匠がどうしたら助けになってくれるのか気になったのだ。
昨日も実はセピアの事に関してひと悶着あったばかりだった。屋敷へ戻った時にはレアの好奇心が暴走した結果によりそのまま歓迎会パーティとなってうやむやになっていたが、ハクナがセピアに対し神界崩壊の件で問いただしたのだ。
だが、その時はレクトルとサクラが精神世界で知った過去の話を簡潔に述べ、事なきを得た。ハクナ自身、納得はしていないようだったが、事態の原因は別にありそうだということと、サクラの一言がきっかけだった。
その言葉とは“未来への可能性”。サクラとハクナの会話に出てきた、西の森にある何か。それがセピアじゃないの? というのがサクラがハクナにさらっと話した内容だった。その言葉の意味するところが分からないレクトルは頭を傾げていたが、それを聞いたハクナは衝撃を受けたように目を見開き、セピアを見て、そして悩んだ末にそれ以上の追及をやめた。
それでも、ハクナの心には神界のことがずっと離れずに残っている。救いへの道が示されたサクラとは異なり、まだ解決の糸口さえ見つかっていない。自分だけではなく、多くの人の運命を背負ったハクナの気持ちなんてサクラには理解できないだろう。
でも、師匠に感じる気持ちと同じように助けたい、力になりたいという思いがあった。それは当然だ。ハクナだって、サクラを助けた仲間の一人なのだから。
だから、今すぐじゃなくても、どうしたら師匠も力を貸してくれるのかサクラは気になった。一緒に助けてほしかったから。サクラにはどちらかを選べないから。だが、割り込んで話に参加してきたサクラに、レクトルは訝しむように問いかける。
「ハクナに何か言われたのか?」
「そうじゃないよ」
サクラは悩んだが、自分の正直な気持ちを話すことにした。
「ハクナっちも私のことを師匠と一緒に助けてくれたから。だから、私も力になりたいと思っただけだよ」
「そうか……」
「サクラはいい子ね」
「んっ」
怒られるかなとオズオズと答えるサクラの頭をベルが撫でる。
レクトルは悩んでいた。サクラの気持ちは理解できる。理解できるからこそ、簡単には返事ができなかった。ことは闇の神に関わることだ。ここでの答えが、後の未来に大きく影響する。
それでも、サクラのその気持ちを無下にはしたくなかった。誰かが誰かを助けたいという思いまで一蹴してしまっては、人は孤独でしか生きられなくなってしまう。
なら、ここで答えるべき答えは何か。決まっている。
「そうだな。俺やサクラ、他のみんなが闇の神と対峙しても心配にならないくらい強くなったのなら、ハクナの故郷の事も救いにいこうじゃないか」
「…………! うんっ!!」
「大きく出たわね。暴走した神そのものなんて、魔王の比じゃないわよ?」
「だろうな。だからって、サクラの気持ちを無下にはできないだろ?」
「ふふっ、そうね。まぁ、あなたならもしかしたらもしかするかもしれないわね」
「私も強くなるために特訓頑張る!」
「あぁ、そうだな」
その会話が終わる頃に扉がバンと勢いよく開き、ハクナが自慢するように【運命に抗う神子の衣】を見せびらかしながら入ってきた。
「どうですか? 似合ってますか!? これで私ももう仲間外れじゃないです!」
なんだかなぁという思いを胸に、どこか神聖さを感じさせながらくるくると両手を広げ回るハクナを見て、レクトルは「似合ってるよ」とだけ答え、隣で意気込むサクラの頭をクシャクシャと撫で続けていた。
次回3/24更新予定です
相変わらず章タイトルとなっている本題に入るのには時間がかかります。
スロースターター。そして、本章はかなり長くなる予定。1章と2章を足したものより長くなるかも?




