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058 精霊の恩寵


 怒涛の一日が終わり、夜が明ける。と言っても相変わらず創作世界(ラスティア)の景色はレクトルがこの世界にいる限り夜から変わることはなかった。


 いつも通りに目を覚ましたレクトルは、今までの経験からバッと布団の中を覗くが、そこには誰もいない。


(流石に3日連続とはならなかったか。安心したが、少し残念と言えば残念だな)


 ふとレクトルが横に視線を向ければ、部屋の反対側に置かれたベッドにはサクラとセピアがスースーと可愛らしい寝息を立てて眠っていた。精神的に見た目より幼さを感じさせるサクラだが、何故かセピアにはお姉さん風を吹かせたいのか面倒見がいいとレクトルは不思議に思っていた。


 昨日もセピアを安心させるような事を言ったり、一緒に寝ると言い出したのもサクラからだった。似た境遇にあるようだし、何か思うところでもあるのだろうと細かいことは脇に置いて布団から這い出るとローブを纏い部屋を出る。


 実際にはサクラの行動は(あるじ)であり師匠でもあるレクトルの事をもっと知ってほしいというのが表立った理由だったりする。それに加えて、セピアの境遇から辛いことではなく、もっと楽しいことを考えられるように自分が知った楽しかった、嬉しかったことを不器用ながらも伝えていた。


 自分の事を助けてくれた師匠のように、自分も誰かを助けたい。助けてくれた師匠の力になりたい。それが今のサクラの行動原理だった。


 そんなこととは思ってもいないレクトルはきっと妹みたいな存在ができて嬉しいのだろうと結論付けると、起こすことはせずに1階へと降りていく。


「相変わらず早いな」

「ごしゅじんさま! おはようございます」

「あぁ、おはよう。レアは台所か?」

「うん。朝ごはん作ってるよ。呼んでくる?」

「いや、いい。ありがとな」


 昨日とは違い、リアと先に出くわす。姉のレアは既に料理中のようだ。昨日レクトルが渡したレシピでかなり料理人魂を擽られたようで生き生きと調理に勤しんでいるらしい。


 流石に毎食大量に作られては食費と消費の観点でたまったものじゃないので、作る料理はせめてでも2~3品程度にしてくれとレクトルに厳命されている。言われた時のレアは耳が垂れさがり、シュンとしていたが、レクトルは心を鬼にして言い切った。


 今日には西の森の異常を解決した依頼報酬が支払われる予定だが、懐に余裕があるわけではない。それに大量に作られても、そのほとんどはゲイラの腹の中に消えていくだけだ。何かがあって助けたわけではない彼女達に対して、そこには少し納得がいかずもったいないと思ってしまうレクトルだった。


 ゲイラに関しては必ずしも食事をとる必要がそもそもあるわけではなく、一種のエネルギー補給方法であるとのことだった。それを聞いたレクトルはここにいたいなら、これからは食事は1品だけという条件を出した。


 文句を言うゲイラだったが、直接の主であるセピアに「守れなかったら……ごはん抜き」と言われ、絶望の表情をした後「はい~」としぶしぶ了承していた。


 ちなみに、セピアには一応部屋が割り振られたが、戦乙女(ヴァルキュリヤ)に関しては生命体というわけではなく、エインヘルヤル――過去、強大な実力を示し亡くなった者の魂をゴーレムのような神力で生成された素体に宿らせたもの――であるという話を聞き、それならとこれ幸いにこの星屑の館の守護を命じていた。


 普段は銅像状態となり、館の玄関の両脇に控えている。ヒヨルは使命を与えられたことに対して喜びを感じていたようだったが、ゲイラに関しては食事も、日常の自由も奪われ意気消沈していた。その時は同じ戦乙女(ヴァルキュリヤ)で何故こうも違うのかとレクトルはゲイラの事を残念なものを見るような目で見つめていた。


 実際にはこの創作世界(ラスティア)では動物の1匹すら確認したことがない為、守護の必要があるのかと問われればレクトルは否と答えるだろう。そうでなければベルの安全にいられる場所という条件に合致しない可能性がある。ただ、この屋敷の住人が自分以外全員女性という混沌とした状況に対し、これは主であるレクトルのささやかな抵抗だった。


 本来の彼ならば、ゴーレムのような非生命体とはいえ、見た目人間にしか見えない戦乙女(ヴァルキュリヤ)たちに対し、このような仕打ちはしなかっただろう。これも【精神耐性】の影響か、流石に大人な女性である彼女らに対しては庇護欲が働かないのか、その対応は辛辣だった。


 とはいえ、ずっと銅像のまま放置するのではなく、食事などを一緒に取るのを許可しているのは見た目人の姿をしているが故、非情になり切れないものがあるのかもしれない。


~閑話休題~


 リアはリビングに向かうと朝食の準備の為、テーブルを整理し食器類を並べ始める。出会った当初は姉の危機ということもあり、必死で泣いた表情をしていることが多かったリアだが、今はどこか楽しそうに朝食の準備に勤しんでいる。


 小さいながらもよく働いてくれている。今度何か土産でも買ってくるかなと今後の予定に付け加えると、今度はリアの姉であるレアがいる台所へと向かう。


 昨日、あの短い時間の間にあれだけの料理の素材を集め、作り方を調べ、調理した方法が少し気になっていたレクトルは、朝の挨拶もせずにそっと扉を開け中の様子を探る。


 すると、中には確かにレアがいた。一冊の本にその視線は固定されており、中を覗くレクトルには気づいていないようだった。だが、その手は止まっておらず、脇に置かれた食材を手に取るとポイポイと上へ放り投げていく。


(こ、これは……)


 一体何をしているんだ? と訝し気にその様子を見ていたレクトルだったが、次の瞬間宙に放り投げられた食材が一瞬の内に細切れにされ、鍋の上でふわりとその速度を落とすとその身を煮込まれている鍋の中へと落としていった。


「すごいな……」

「え? ご主人様!? きゃあっ!」

「あ!」


 それを見て呟いた言葉にレアが驚き、慌ててこちらに振り返る。だが、その時には既に次の食材が宙へと放り投げられた後だった。宙で切られることもなく、また速度を落とさずにそのまま鍋へと放物線を描いて落下したため、ぼちゃんと音を立てて周囲にその中身をぶちまけた。


「わ、悪い。驚かせたな。大丈夫か?」

「は、はい。私は大丈夫です。ですが……」


 レアはギリギリのところで鍋で煮込まれていた高熱のスープをかわすことができたみたいだった。そのことにレクトルは安堵すると、その視線をレアが見ている方へと向ける。


 そこにはそれなりに大きかった野菜がダイブしたせいでスープだけでなく、いくらかの具材も鍋から零れてしまっていた朝食の姿があった。


 それを見てなんとも言えない表情をするレクトル。自分の好奇心のせいで招いた結果だ。悪い事をしたなと鍋の近くにより、零れ落ちた野菜の切れ端を拾うと唐突に口へと運ぶ。


「ご、ご主人様!?」

「流石にまだ固いか……」

「き、汚いですよ? そ、それにまだ途中ですから……」

「これくらい大丈夫だ。綺麗にしてくれてるみたいだからな。おっ……豚汁か」

「はい」


 慌てるレアを余所にレクトルは脇に置いてあった魔術道具(マジックアイテム)【秘伝のレシピ集】の開かれたページに記載されていた料理名を読み上げる。


 その隣でレアはこれ以上(あるじ)であるレクトルに鍋から零れた食材を食べられたら堪らないと思ったのか、それらを小皿に移していく。スープも布巾でふき取ると、元通り綺麗になる。ただ、鍋の中身は減っていたが……


「それはどうするんだ?」

「え? わ、私たちが後で食べますので……」

「俺のせいなのになんか悪いな」


 レクトルの問いかけにサッと小皿を後ろに下げるレア。それを後で食べるというレアの言葉に居たたまれない気持ちになったレクトルはどうしたものかと頭を悩ませる。自分が食べると言っても奴隷であるレアがそれを許すことはないだろう。


 すると、そこにもう一人の来客が現れた。


「師匠、おはよー」

「おう、サクラか。もう起きたんだな」

「うん。セッピーも一緒だよ」

「セッピー?」


 誰だそれはとサクラの後ろに視線を向けたレクトル。そこにいたのは昨日仲間になった天使のセピアだった。どうやら、早速サクラのあだ名の犠牲になったようだ。今回はまだマシな方かと特に嫌がる様子のないセピアを見て安心する。


「セピアか。おはよう」

「おはようなの」


 まだ眠いのか、クルスを片手で抱いたまま目元を擦っている。髪もボサボサで、如何にも寝起きですと言った感じだった。


「一回洗面台で顔を洗ってくるといい。あっ、そうだサクラ、ちょっといいか?」

「何?」


 あることを思いついたレクトルは洗面台にセピアを案内しようとしたサクラを呼び止めた。


「レアの持ってる小皿の野菜に【清浄】をかけてくれるか?」

「わかった!」

「え? ご主人様?」

「えいっ!」

「あっ!」


 一体何をとレアが思った瞬間にはサクラが隣に立っており、小皿に対して【清浄】をかける。ポポッとわずかに火の粉が舞い、僅かな汚れも綺麗になる。


「ありがとな」

「いいよー。顔洗ってくる」

「あぁ」


 洗面所に向かうサクラの後ろをペコリとお辞儀をした後セピアが追いかけていく。どうやらサクラにも懐いているようだ。レクトルはどこかほっこりした気持ちになると、振り返りレアが持っていた小皿を取り上げ、そのまま中身を鍋の中にぶち込んだ。


「ああっ!」

「綺麗になったんだから問題ないだろ」

「もう……ご主人様は強引すぎると思います」


 私の負けですと肩をすくめると、菜箸を取り出し鍋の中を漁るレア。まさか、ぶち込んだ食材を取り出すつもりかと驚くレクトルだったが、レアが鍋の中から摘み上げたのは切られることなくダイブした野菜だった。


「あぁ、そういえばそのままだったな」

「はい。流石にこのままお出しするわけにはいきませんから」


 どうするのかとレクトルが思っていると、レアは軽く上に放ると再び宙で切り刻まれ、ゆっくりと鍋の中に落ちていく。


「今のは風の魔術か?」

「そうですね……ご主人様には話していませんでしたが、確かに私には風と火の魔術適正があります。ですが、今のは単なる魔術ではありません」

「魔術ではない?」


 レアが火と風の魔術適正を持っているのは【魔力解析】をしたことがあったのでレクトルは知っていた。余計な情報まで知ることとなったが、今はレアの言っていることが気になっていた。適正はあるが、魔術ではない。では、今野菜を切り刻んだのは一体何なのか。


「はい。主に魔術は戦闘や治癒、捕縛といったある目的を定めて行使されるものがほとんどです。とても調理に使えるものではありません」


 確かにそうだろうとレクトルは思う。使い方や制御によっては調理に使うことはできなくはないかもしれない。だが、一般人がその芸当を行うにはそれ相応の訓練が必要になるだろう。たかが野菜を切る為の対価としてはとてもじゃないが釣り合わない。


 それに加え、レクトルはあることが気になっていた。それは魔術の発動に必要な詠唱だ。レアは【省略詠唱】のスキルは持っていたが、【無詠唱】のスキルは持っていなかった。それは今も変わらない。超人的な身体能力で目も見えない速さで斬ったわけでもない。


 なら一体どうやって。レクトルは言葉の続きを待っていると、レアが意を決した思いで続きを口にした。


「ご主人様は“精霊の恩寵”というものをご存知ですか?」

「精霊の恩寵?」


 特に聞いた覚えがないレクトルは言われた言葉をそのまま返す。


「はい。……そうですね、ではご主人様はミドルネームを持った方と出会ったことはありますか?」


 ミドルネーム。そう聞いてレクトルが思い浮かべたのは元居た世界での、特に海外の名前に多かったものだ。そこには親や先祖の名前を受け継いだもの、洗礼名や旧姓など様々な理由によって付けられ、用いられていたものがあった。


 だが、ここでレアが訊いているのはこの世界においてだろう。そこで、レクトルは少ないながらもこの世界で出会った人たちの名前を思い出していく。人の名前を覚えるのは苦手な方だったが、印象深い2人の名が頭に浮かぶ。


「ある……な。アルストロメリアのギルドマスターとそのギルドにいた貴族の冒険者だ」

「そう……ですか。“精霊の恩寵”は各国が管理するもので、精霊より与えられた“名に込められた力”と言われています。主に、国の為に働く貴族や、国に利益を齎した功績への報酬として与えられます。恐らく、先ほどご主人様が挙げられたお二方も同じ理由で国から授かったものと思われます」

「なるほど。名に込められた力か……」


 エリスには確かに称号に“貴族令嬢”があったことを思い出すレクトル。貴族としてミドルネームを授かったのだろう。同じく、ギルドマスターのロイエンには“氷原の英雄”という如何にもな称号があった。英雄ともなれば、国に利益を齎していたとしてもなんら不思議ではない。


 そして、この話の流れからレクトルは不穏なものを感じていた。それはレクトルが知る中で先ほど挙げなかった他のミドルネーム持ち、すなわち……


「はい。そして、私とリアにもミドルネームがあります。ご主人様には略称で伝えましたが、私の本当の名前はレア・ファレル・シルミア。妹の名はリア・ファレル・シルミアと言います。とある理由で同じミドルネームを与えられた姉妹なのです」


次回3/17更新予定です。

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