055 歓迎会
「ホントにきれいなの……」
レクトルたちが無事に創作世界に転移すると、そこに広がる光景にセピアが感嘆の声をあげた。昼を過ぎた程度のはずなのに完全に夜なことに関しては、さっきまでいた森も似たようなものだったからか、特に疑問の声はあがらなかった。
「だよね? 家の中もすごいんだよ! おっきいお風呂もあるの!」
サクラが案内をしようとしているのか、セピアの手を引いて星屑の館へと移動しようとした時、屋敷のほうからレクトルたちの場所へ駆けてくる2人の姿があった。暗くなったことでレクトル達が帰ってきたことを知ったその2人は作業を中断し、すぐさま屋敷を飛び出していた。
「ご主人様! お、お帰りなさいませ」
「おかえりなさい、ごしゅじんさま」
「あぁ、ただいま」
さっきまで走っていたのが嘘のような優雅なお辞儀をしてレクトル達を出迎えたのは、先日レクトルの奴隷となった妖狐の獣人族であるレアとリアだ。姉妹である2人は魔王復活の影響で崩落した洞窟の中で死にかけていた姉レアを助けたことで、レクトルの奴隷となった。元より奴隷で、同じくその崩落で主を失ったこともあり、助けてもらった恩を返せると進んで契約を結んでいる。
フリフリの可愛らしいメイド服に身を包んだ2人は、他のメンバーの料理の腕が壊滅的ということもあり食材の調達から調理まで全てを任されている。また、料理だけでなく、この創作世界に畑を開拓しこの世界だけでも自給自足ができるようにするという任務もレクトルより与えられていた。
だが、レアのその頭に生えた白に薄く金色が混じったような狐耳はどこか元気なくしな垂れており、様子をうかがう様にレクトルへチラチラと視線を向けていた。
「……? 何かあったのか?」
「その……」
それを不信に思いレクトルが問いかけると、どこか言いづらそうに目を背けるレア。
「……?」
「あ、あの、お姉ちゃんを怒らないで」
「リア……」
「いや、怒るも何も何のことかさっぱりわからないんだが……」
レクトルが首を傾げていると、レアの妹であるリアが懇願するようにレクトルへ呼びかけ、それを見たレアがまたこの子は……と自分の不甲斐なさに目を瞑り、覚悟を決めたかのように再び目を開ける。
「申し訳ありません、ご主人様。いただいた金貨……全て使い切ってしまいました……」
「金貨を?」
その言葉にレクトルは今日創作世界を出た時のことを思い出す。そういえば、料理の材料などを買う為に数枚の金貨を渡していたなとあたりをつける。確かに1日で使い切るのは早すぎるのか? とあまり物価を把握していないレクトルはベルたちの方へどうなんだ? と問いかけるように向き直る。
「まぁ、あれだけあればこれだけの人数でも数日分はあったでしょうね」
「そうなのか。何か問題があったのか?」
「その……問題があったというわけではないのですが……」
「んー?」
いまいち要領を得ない返事にレクトルが傾げる頭の角度がどんどんと深くなっていく。
「私が後先考えずしてしまったのが原因です。見てもらった方が早いかもしれません」
「よくわからないが、まぁ、そういうことなら一旦星屑の館に戻るか……っと、これ、どうしようか?」
レクトルの視線の先にあるのは戦乙女2人の銅像だ。力を使い果たしているからか、教会で初めて見た時と同じ銅像に戻っていた。取り敢えず、あのまま西の森に放置するわけにもいかないとセピア達と一緒に転移させたのはいいが、後の対応までは考えていなかった。
「守護者なんでしょ? 館の前にでも立たせときゃいいのよ」
するとベルはそのまま【物体浮遊】のスキルを発動させると、盗賊を運んだ時と同じ要領でフヨフヨと持ち上げ運び出した。その行為を見てハクナが文句の声をあげる。
「扱いが雑過ぎです!」
「うるさいわね。だったらあんたが持ち運びなさいよ。ほら」
「え?」
「じゃ、先に行ってるわね」
「ちょっ」
ハクナの前に2体の銅像を積み上げるベル。それを見て対応に困っているのは文句を言ったハクナだ。ベルはもう知らないとばかりにスタスタと館に向かって歩いて行ってしまう。
「お、重いです……」
自分で言い出したからには仕方がないと自分で運ぼうとしたハクナはしかし、思いの外重いその銅像を持ち上げることすらできずにいた。
「まったく、ベルを怒らせるからだろ? 【重力支配】」
「え?」
「あ」
それを見かねたレクトルが助け舟としてベルと同じように浮かせて運ぼうと魔術をかけるが、さっきまで戦闘の最中にあったからか、ここが既に創作世界内の為“星の魔術”の力が万全に発揮されるからか、はたまたハクナが神子である能力値を以てして重いと言ったからか、かなりの出力を伴って放たれたそれは銅像を天高くまで放り投げることとなった。
「ご主人様!?」
「悪い悪い」
いきなりの事にハクナが悲鳴染みた声をあげるが、レクトルはあまり悪びれた様子はなく、ヒューンと落ちてくる戦乙女の銅像に対し今度は減速方向に力を発動させようと手を翳す。
「んっ?」
すると、その力が発動する前に銅像が徐々に色づき始め、戦乙女の姿を取り戻していった。完全に元の姿へと戻るとセピアと同じ、天使のような翼をバサリと広げ、滞空しながら徐々に高度を落としていく。
その姿に、少し警戒するレクトル。ベルたちの回復を待つ間に戦乙女達が再び襲い掛かってきたことをハクナから聞いていたからだ。しかも、その力は徐々に強く成長していたらしい。
一応問題は解決したが、彼女たちがどういう思想の元行動していたのかはわかっていない。セピアの過去からセピア自身を主として認識していることはわかっているが、それが今も有効なのか、主となったセピアを誑かしたとしてレクトル達を敵として認識していないか、現状では判断ができなかった。
「この扱いはあんまりです~」
「しかし、その怒りは当然。我が身を以て受け止めましょう」
「は?」
スタッとレクトルの前に着地すると跪く2人の戦乙女。警戒していたレクトルは2人のまさかの行動に困惑し立ちつくしている。主はセピアのはずで俺じゃないぞとその場を逃げ出したくなるレクトル。だが、セピアの方を見てハクナ達と違い押し付けられる相手じゃないと諦め踏みとどまる。
その様子を見ていたレアがボソッと呟くように言葉を漏らした。
「天上の使徒様……?」
「いえ、我らは既に使徒にあらず。新たな主を得た守護者です」
「もうあまり長くは持ちませんが~」
その言葉を逃さず聞き取った戦乙女はすぐさま反論し、新たな主となったセピアの隣に立つ。今度はそこにいた天使を見付けると、レアは驚きの声をあげた。
「神の代行者様!?」
「……!」
そのいきなりの言葉にセピアはビクッと身体を震わせると、トコトコと再び俺の後ろへと身を隠した。それを見て、慌ててレアが弁明する。
「す、すみません。初めて見たものですからつい……。驚かせてしまい申し訳ありません」
そのままセピアの方を向いた状態で深々と謝罪の意を込めたお辞儀をする。セピアはオロオロと俺の後ろから顔を覗かせていた。レクトルが大丈夫だという思いを込めてその頭をポンポンと軽く叩く。
「お兄ちゃん?」
その問いかけに、レクトルは答えずただ笑顔を返した。セピアはレクトルを見、次にレアへと視線を転じると安心したのか顔だけでなく、身体ごとレクトルの横に並ぶ。
「大丈夫なの」
まだ緊張しているのかその手はレクトルのローブを掴んではいたが、その言葉は隠れることなくしっかりとレアへ向けて発せられていた。かなりの人見知りっぽかったが、これなら大丈夫かとホッと一息ついたレクトルは先のレアの言葉が気にかかり尋ねようとした瞬間、パンッとレアが手を合わせるように音を響かせた。
「今日はお客様が多いですね! これなら、ちょうどよかったかもしれません!」
切り替えるように手を叩き先へ促すその顔はレクトル達が戻ってきた時の表情に比べ、幾分明るく見える。まるで心配ごとが薄まったかのようにも感じるほどだった。
「こんなところにずっといるのもなんですし、どうぞ館の方へお越しください」
その言葉にセピア達がレクトルの方へ顔を向けるが、確かに立ち話もなんだとレクトルも先を促すように手を前に出す。
それを受けてゾロゾロと星屑の館へ向けて歩き出す一行。その間にレクトルはレアに先ほどの事を訪ねていた。
「“天上の使徒”や“神の代行者”というのはなんなんだ?」
「ご主人様……そうですね、私たちのいた国で伝わっていた伝承に登場する戦乙女と天使の逸話なんです。遥か昔、大地に突如落ちてきた隕石から現れた魔王によって蹂躙されていた世界を救うために、天より遣わされた救いの手とされています。その伝承にある姿と瓜二つだったものですから……」
「なるほどな……」
「もし本物なのだとしたら、ご主人様の交友関係がすごく気になるのですが……」
「はは……どうなんだろうな?」
レクトルは曖昧に返事をするとその話を打ち切った。レアの話に出てきた“私たちのいた国”。その伝承の話をする時の顔に少し影が差したように感じられたからだ。恐らく、その国とは今はなきシルミア王国である可能性が高かった。
それに、ハクナに至っては子とはいえ、神族だ。代行者とやらであの驚きようなら、ハクナの正体を知ったらどうなるのか。それは逆の意味でベルも同じと言えた。レクトルはレア達にはハクナたちのことを契約を交わした従者であることは話していたが、細かいところに関しては一切話していなかった。流石に、神子と魔王のいる家で働いてほしいとは会ってそうそう言えたものではなかったからだ。
転移してきた場所から少し歩いたところで星屑の館に到着する。
「大きいの……」
「中も広いよ!」
「あ!」
レアが何やら制止の声を挙げようとしていたが、その声に気付く前にサクラが屋敷の扉を開ける。レクトルと契約を交わした従者であれば、基本的に屋敷への出入りは自由にすることが出来た。逆に契約していない者や契約していても、レクトルが制限をかけている者は鍵がかかり自由に出入りすることはできない。また、契約をしていなくても、任意で制限を解除することも可能だ。
「あら、遅かったじゃない」
「これは……」
「なかなかにおいしいわよ?」
リビングに当たる部屋から顔を覗かせたのは先に星屑の館へと向かっていたベルだった。しかも、主の到着を待たずして先に何やら食事を始めていた。その口にはピザのようなものが咥えられている。
「あっ! ベルベル ズルい!」
「いっぱいあるから大丈夫よ。それより、パーティでもするつもりだったの?」
「いや、そんなつもりはなかったが……」
屋敷の中にはおいしそうな匂いが充満していた。それは昼を回っていることもあり、かなりすいたお腹を刺激するいい匂いだった。しかも、その匂いは1品だけのものではない。レクトルの記憶にある様々な料理の匂いがその場には漂っていた。
その匂いに引かれるようにサクラやセピア、ハクナ達がリビングへと吸い込まれていく。
「すごい! たくさん!」
「おいしそうなの」
「わぁ」
その様子を見ながらレクトルは恐らく理由を知っているであろうレアへと視線を移す。
「すみません。いただいたご主人様のレシピ本を見ていたら居ても立っても居られず……」
「つい作りすぎてしまったと……? さっきのはそういうことか」
レクトルは遅れてリビングへ向かうとテーブルにびっしりと並べられた料理を見て、驚きを通り越して呆れてしまっていた。
「いやいや、流石に作りすぎという次元を超えてないか?」
そこにはベルが食べていたピザだけでなく、ハンバーグやお好み焼き、焼きそばに肉じゃが、卵焼き、ラーメン、肉まん、餃子、春巻き、焼き鳥、クリームシチュー、グラタン、フライドポテト、果てにはクッキーやアップルパイのようなデザートやおやつに分類されるものまで多義にわたる料理が所狭しと並んでいた。
かなりの種類、量があるように思えるが、どの料理もまるで出来立ての様に湯気が立ち上がっていた。それに、レクトル達が創作世界を後にして西の森から戻ってくるまで精々5~6時間程度しか経過していなかった。
とてもここにある料理全ての調理法を調べ、材料を調達し、調理する時間があるとは思えない。
「どんな裏技を使ったんだ?」
「裏技……ですか?」
何のこと? とでも言いたげな顔でレクトルを見つめ返すレア。その様子にレクトルは深く考えるのを止め、再びびっしりと並べられた料理へと視線を移す。
(これだけ料理がある中、米を使った料理が一つもない……か。ただ手に入れられなかったのか、それともこの世界に米自体が存在しないのか……。最悪創作の力に頼ってでも、米だけは確保したいところだな)
レクトルが真剣な表情で考え事をしていたからか、レアが不安げに訪ねる。
「やっぱり、奴隷として、メイドとして失格ですよね。ご主人様から預かった金貨をたった半日で使い切り、食べきれない料理をつくってしまうのは……」
「へ?」
「お姉ちゃんはわるくないよ! ごしゅじんさまのよろこぶ顔が見たかっただけだもん! ゆるして! それに、できた料理もすごくおいしいよ!」
「リ、リア!」
その言葉にレアが慌てて妹の口をふさぐ。無駄に作っただけでなく、好奇心に負けつまみ食いまでしていたとバレたらたまらないという気持ちからの行動だったが、レクトルはまるで気にする様子もなく笑っていた。
「ははは、怒ってないから大丈夫だ。むしろ、これだけの料理を再現してくれたことに驚いてるくらいだ」
「そうなの?」
「あぁ、こんな短い時間でよくこれだけ作ったなとか、なんで出来立てみたいにあったかそうなんだろうとか、米はやっぱないのかなとかどうでもいい事を考えてただけだ。せっかくこれだけの料理があるんだ。歓迎会がてら、今日はみんなでワイワイ楽しく食べるとするか!」
その言葉にレアとリアは安堵し、笑顔が咲いた。サクラたちもこれおいしそうと料理に手を伸ばす。だが、レクトルはそれを見て慌てて制止する。
「サクラ、手は洗ったか?」
「え?」
「食べる前に綺麗にすること。これはこの家のルールだ」
「ベルベルは?」
「私は綺麗よ?」
そういうとブワッとベルの手から紫の塵が弾けると、ピザでベトベトだった手が綺麗になる。ワンピースの【清浄】スキルを発動させたのだろう。それを見てサクラも「あ!」と思い出したように火の粉を散らすと、すぐさまポテトを掴んで口へと運んだ。
「おいしい!」
「まったく……」
「セピアも食べていいの?」
「ん? あぁ、いいぞ。ちゃんと手を洗ったらな。あっちに手洗い場があるからきれいにしような」
「うん!」
その後、戦乙女も参加し、レクトルたちはお昼ご飯にするには少々重たい料理を、しかし残さず食べきるのだった。
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