053.5 幕間:セピアの追憶
本文一部修正。
後半、内容少し追記しました。
「きゃあ!」
崩壊する神界、各地で巻き起こる爆発。要石を壊してしまい、自分が引き起こしてしまった取り返しのつかない事態をただ呆然と眺めていると、突如黒い球体に襲われ気を失ってしまっていた。
何故か要石を守るはずの戦乙女が、それが失われる元凶となったセピアを守ってくれた。けど、爆発はすさまじく、セピア達はまとめて吹き飛ばされてしまった。
「ここは……」
強い衝撃とともに目を覚ました場所は深い森の中のようだった。辺りは暗かったけど、生い茂る木々の隙間から降り注ぐ光がまだ外は明るいことを示していた。
周囲には大きな岩塊がいくつも突き刺さっている。その岩塊は先程まで眺めていた崩れる神界の大地と同じものだった。きっと神界の結界の外にまで落ち、自分と一緒にこの世界へと転移してきたんだ。
力の供給を失った大地の欠片はボロボロと崩れ、消えていく。全てが崩れた後にはもう何も残っていなかった。この世界は神力どころか、魔力さえもかなり薄いように感じる。要石からの神力供給により維持されていた大地はその存在を保つことができなかったのかもしれない。
「うぐっ、ひくっ」
それを見て、自分がしでかしてしまった事の重大さを改めて痛感し、涙が溢れてくる。
「うわーーん」
しばらく泣き続けていると、いつも自分のことを宥めてくれる存在がいないことに気付く。
「グスッ……あれ……? クルス……?」
キョロキョロとあちこちを探すが、その姿はどこにも見当たらない。いつも一緒にいた存在がいないことに、不安感がどっと押し寄せる。
そこで、要石管理区画での出来事を思い出す。あの時、後は任せろと自分に背を向けて今にも暴発寸前の要石へと向かっていった大事な友達の姿を。その後に起きた要石の暴発を。
「そ、そんな……」
神界だけじゃなく、大切な友達まで失っていた。それだけじゃない。下手をするとこんな自分を従者として迎えてくれたアシュリア様、それにオルゼ、他の神々さえも……
「いやなの……セピアのせいで、もうみんなに会えなくなるなんて、そんなの……」
絶望に押しつぶされそうになった時、遠くに何かの繋がりを感じた。それはどこか温かい、大切な気配……
「もしかして……」
こんなところで泣いていても何も変わらない。涙を拭い、一縷の望みにかけて気配を感じる方へと歩き出す。
途中、森に住まう魔物に遭遇するが、これでも光神に使える従者だ。天術を用いてそれを撃退する。でも、力はあまり乱用できそうにない。神力を消費するたびに明らかに疲れを感じる。この森は神界に比べ魔力密度がかなり薄い。こんなに薄いとなると、自身の存在維持に消費する神力すら回復するのは難しそうだった。
30分くらい歩いた頃、その気配も強くなりついにその姿を視界にとらえる。二本の長い耳を携えた動物型の妖精。
「……! クル……ス……」
やっと見つけた友達の姿に歓喜し森の茂みから飛び出し駆け出すが、そこにいた別の存在が目に入り言葉が尻すぼみしていく。駆けだした速度も徐々に落ち、ついにその歩みを止める。
「なんだぁ?」
「おほっ、マジかよ。ありゃ天使族……か?」
「こりゃ珍しい。しかもまだ子供とは。それに……容姿もいいな」
「どうやら天は俺らを見捨ててなかったようだな」
そこにいたのは4人の人族の男だった。ボロい皮の鎧を身に纏った冒険者のような身なり。セピアを見るなり、ニヤニヤした笑みを浮かべている。こちらを見るどこかゾッとする気持ち悪さに、一歩後退る。
「なんで……いつもこうなるの……」
逃げようかと思った時、そのうちの一人、やせ細った身体に金髪の髪を肩辺りまで伸ばした男の手に握られている友達の姿が目に入った。
なんとか踏みとどまり、気持ちを奮い立たせる。
「ク、クルスを返してなの」
「クルス? 何の話だ?」
「知るかよ」
「もしかして、このうさぎのぬいぐるみの事かな……?」
金髪の男はクルスの耳を掴み、ダランとした状態で前に差し出す。その姿は捕獲された本物のウサギのように、力なく頭垂れていた。
「クルス!」
「おおっと」
あまりにもな姿にすぐ駆け出し助け出そうとするが、ヒラリとかわされてしまう。
「おいおい、これは俺たちが見つけたんだ。強引に奪うつもりか?」
「そ、そんな……! クルスはセピアの友達なの! 返して!」
「友達……? でも、このぬいぐるみがそうだという証拠はないでしょ?」
「うぅ」
すると奥にいた黒髪の男が何か仲間に話しかけていた。今すぐクルスを助けたいけど、他の世界にむやみに干渉することは神界のルールで禁止されている。
その神界を崩壊させてしまったことを思い出し、また、友達とルールを天秤にかけていた自分にも嫌気がさす。もう、ここまでのことをしちゃったんだ。いまさら他の世界で天術を使ったってそれは些細なことだ。
半分自暴自棄気味に手に力を集めていた時、話していた男たちがこちらに振り向いた。口火を切ったのは黒髪のリーダーらしき男だ。
「すまないね。君のものとは知らなかったんだ。許してくれるかな?」
「え? ……か、返してくれるの?」
「あぁ」
その言葉に、集めていた力が霧散する。返してくれると言うなら、無理に力を振るいたくはなかった。だけど、男の言葉はそこで終わらない。
「だけど、どうやらこんなところに落ちていたからかな。魔物にでもやられたのか損傷してるみたいなんだ」
「え?」
それを聞いてクルスを見る。そういえば、再開してから身動き一つしていない。最後の、別れた時の光景が脳裏をよぎる。それは、まるで死地へ赴くようなものだった。もし、あの暴発に巻き込まれていたとしたら……
「この先に廃れた協会がある。そこで修理しようと思うんだけど……どうかな?」
「治せるの?」
「あぁ、直してみせるよ。それじゃあ、教会へ行こうか」
「う、うん」
そのまま男の人たちと一緒に教会へと向かう。その間だけでもクルスのことを抱きたかったけど、まだ返しては貰えなかった。
前にリーダーらしき男と金髪のやせた男、後ろに銀髪の男と茶髪の太った男が続く。それは守っているというよりも、どこか逃がさないようにしているように感じた。
ちょっとだけ怖かったけど、これでもアシュリア様に選ばれた光神の従者だ。ただの人族にどうかされる気はなかった。クルスを返してもらったら、一目散に逃げ出そうと決意する。
「ほら、あそこだよ」
「ここ……?」
男が指さす方には確かに教会があった。でも、そこは今でも使われているとはお世辞にも思えないほどにボロく、天井の一部などは崩れていた。花壇にも花は咲いておらず、使われていないのが一目でわかるほどだった。
「今は街に新しい教会が建ったもんで放置されてるんだけどね。中にあるものはまだいろいろと使えるんだよ」
そうして黒髪の男は扉を開け、中へと入っていく。クルスを持つ金髪の男もそれに続くので、仕方なく後を追う。
すると、最後に入ってきた茶髪の男がガチャリと扉に鍵をかけた。
「え?」
その音に振り返ると、男はニヤリと笑みを浮かべる。
「ようこそ。盗賊団《影縫い》のアジトへ」
「盗賊団……?」
「そうだよ。大人しくしててもらえるかな?」
「俺たちといいことしようぜぇ」
「……!」
その言葉に悪寒が全身を駆け巡り、反射的に手に使い慣れた短剣の形状で【天剣】を生み出す。攻勢に出ようとした瞬間、リーダーの男が警告する。
「大人しくしろよ? 大事な友達がどうなってもいいのかな?」
「……! クルス……」
その声に振り返ると黒髪の男がクルスへと刃を突き付けていた。さっきまでの優しそうな笑顔は消え、冷たい視線が向けられる。それを見た瞬間、【天剣】の構成がほどけ消える。
「いい子だ。……おい!」
「へい」
「治してくれるっていうのは嘘だったの?」
「あぁあ? 俺たちに裁縫なんかできるわけないだろ?」
「裁縫……?」
銀髪の男が私の両手を後ろ手に縛る。
「え?」
その瞬間何か阻害効果があるのか力の発動に抵抗を感じた。力を練ろうとしても、それが形になる前に霧散する。それだけにとどまらず、足には重い何かの塊が付いた枷まで付けられた。飛んで逃げられるのを警戒しているのかもしれない。
まさかの事態に焦りが生まれる。
それに、クルスのことを治すのに裁縫なんかじゃ何もできない。クルスが妖精だってことにも気付いてないんだ。もしばれたら、クルスももっとひどい目にあうかもしれない。嫌な予感が頭をよぎる。
「なんで……こんなことするの?」
「ん? 知らないのか? 天使族なんて貴重だからな。いい値が付くのさ。しかも女で子供……貴族どもも食いつくかもな。こりゃ、いくらになるか今から楽しみだ。ふふっ」
「奴隷……」
「御頭ぁ、このまま売り渡すんですかい? 天使族なんて滅多にお目にかかれないんですぜ? まずは俺たちで楽しみましょうよ」
「傷ものにしたら値が下がるだろうが」
「でも天使族ですぜ? 代わりなんてすぐ用意できるものじゃないんで、手に入れる為ならあいつらは金に糸目はつけませんって」
「まぁ、それもそうか」
「やりぃ! 流石御頭、そう来なくっちゃな!」
「ひぃ!」
突如下卑た目線を向けられ、再び全身に悪寒が駆け巡る。後ずさるが、足に付けられた枷に引っ張られ尻餅をつく。
「いやなの……こっちこないで!」
「ふひひ、逃げるなよ」
茶髪の男はまるで聞き入れず、一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。枷には神力だけでなく、力も弱体化させる効果があるのか力が入らない。フルフルと顔を振って拒否するが、茶髪の男の歩みは止まらない。
「ははは、すごいだろ? もらいもんの特製の枷だ。精霊を捕まえようと思ってたやつだが、天使にも効くみたいだな。やっぱついてるぜ」
「いやぁ、いやなの、こないで!」
まるで叫び声に呼応するかのように、突如薄黒い靄のようなものが周囲を漂い出す。
「な、なんだこれ?」
「おい! 何をした! 今すぐやめないと大切な友達が傷つくことになるぞ!」
「え? ちがっ、セピアじゃな――」
「ぐぇえ!」
「きゃあ!」
友達の危機に否定の言葉を発しようとした瞬間、天井の一部が崩れ、その瓦礫がにじり寄っていた茶髪の男の脳天に直撃し短い悲鳴を上げた後ドシャっと地面に倒れ伏した。
「なっ!」
「おい、デルデア……?」
銀髪の男が倒れた男に声をかけるが反応が返ってこない。
「まさか、死んだのか?」
「バカが、焦るからだ。天使に何かあったらどうするつもりだ」
「それにしても、今のは何だ? 偶然だってのか? それとも……」
黒髪の男がこちらに視線を向ける。何かしたんじゃないかと疑われているのかもしれない。これ以上何かされてはたまったもんじゃないと慌てて否定する。
「セ、セピアは知らない……!」
「……力は封じてるんだよな?」
「あぁ、それは確認した。拘束具を付けた段階で目に見えて感じる力が薄まったからな」
黒髪の問いに金髪の男が答える。
「なら、この瘴煙みたいなのは……」
男が見つめる先にあるのはセピアの周囲に漂う薄黒い靄だ。心当たりはあるが、それはセピアにも制御できるものではなく、むしろ目を背けたいものだ。口には出さない。
「もしかして、天使に化けた魔物だったとか?」
「それはないだろう。この森にそんな魔物がいるなんて聞いたことがない」
「取り敢えず、奥の牢に――」
黒髪の男がセピアに触れようとした瞬間、薄っすらと生まれていた靄のようなものが突如として吹き荒れ、その濃度を増していく。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
「きゃあ!」
ガシャンと様々な色に彩られた窓の一つが激しく砕け、セピアの足元にそこから侵入した何かが突き刺さる。恐る恐る足元へ目を向けるとそこには豪勢な装飾を施された立派な槍が突き刺さっていた。そのどこか見覚えがある槍は見事に足の拘束を貫き砕いていた。
「これって……」
「ぐぅあ!」
今度はその槍に目を奪われていた銀髪の男が悲鳴を上げる。その腹からは剣の刃が突き出ていた。
「バカ……な。仲間がいたの……か」
「くそっ、何してる! 早くやっちまえ!」
ドシュッと剣を引き抜かれるとそのまま前に倒れ込む。
「ひぃい!」
突如目の前に白目を向いて倒れてきた盗賊にビビり後ずさると、今度は背後に真っすぐ槍が突き立てられ悲鳴を上げる。
「ひゃああ!」
恐る恐る後ろへ振り返れば、そこにはにこやかに笑う青い髪の美女がいた。突如乱入してきたのは要石の暴発時から何故かセピアの事を主と呼称する戦乙女達らしかった。
今の一撃で後ろでに拘束されていた手も自由になった。少しかするほどの距離だったため、ヒリヒリと感じる腕をさすっていると呑気な声が届く。
「大丈夫ですか~」
「ど、どうして……」
「主を守るのが私たちの使命なので」
目の前に立つのは薄緑の髪をした戦乙女だ。いつの間にか残る2人も仕留めたのか、剣を一振りし血を払うとキンと音を鳴らし鞘に剣をしまう。
「うぅ……」
その姿を眺めていると、クラっと立ち眩みのような感覚に襲われる。
「横になっててください~」
青髪の戦乙女がセピアを抱え、奥にあるベッドへと運ばれる。
「私たちの主となったことで神力の消費が加速しているのかもしれません。それに、ここは魔力すらもかなり薄いようです。何か手立てを考えないとこのままでは……」
「私たちは神力の消費を抑える為に待機モードに入ってますね~」
「そうですね。後はもう一人の主に託すとしましょう。ここは魔力の代わりに瘴気が満ちています。何か対策してくれるかもしれません」
もう一人の主……? とぼやける視界でその言葉に疑問が浮かびつつも、セピアは襲い来る疲労と睡魔に抗うことが出来ず、そこで意識を手放すのだった――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戦乙女達が待機モードに入り、教会の入り口近くで石造と化してからしばらくした頃。
セピアが意識を手放した時、辺りに漂っていた靄が再び身体の中に渦巻くように収まっていく。
再び見開くその瞳には生気が感じられず、ただ虚空を見つめていた。
「神力、枯渇。代替……模索」
ぼそぼそと呟く言葉には抑揚がなく、ただ確認事項としてその言葉を紡ぐ。虚空を見つめていた視線は周囲に向けられ、ある一点で止まる。その先にあるのはうさぎのぬいぐるみ。動物型の妖精、クルスだった。
セピアの身体はベッドから抜け出すと、金髪の男の脇に転がるクルスを拾い上げる。
「要石……残存神力確認……吸収開始」
クルスから光があふれ、その光がセピアへと吸収されていく。それは要石暴走の際にクルスが、正確には【生存本能】の心格が吸収した膨大な神力だった。
「安定領域……到達。思考権限“生命”機能……停止。思考権限……“精神”譲渡」
虚ろな瞳に徐々に生気が宿ると、今度は荒々しくベッドにある布団を持ち出すと部屋を出る。そして手にした布団を盗賊の死体が転がる場所へと無造作に放り投げた。
「お前らのせいでこいつは……ただで死ねると思うなよ」
セピアの身体から再度黒い靄が噴き出すと、それらは布団や盗賊の死体を巻き込みどす黒い球体になる。さらに周囲のイスなどの一部すら取り込むと、突如弾けた。その後に残っていたのは吹き荒れる瘴煙をまとう漆黒の狼だった。しかもその数は盗賊と同じ4体いる。
「散れ」
その一言を受けると狼は教会を飛び出し、周囲の森へとバラバラに散っていった。
「しばらくは様子見だな。今は神力の残りがあっても、すぐに尽きる。何やら画策している連中がいるようだが、今はそれに乗ってやるしかないか……」
セピアに眠る【生存本能】の精神を司る心格が放った狼たちが森を蹂躙し、周囲の森を瘴気で埋め尽くし、その瘴気を糧に生き延びて数日。この森に潜んでから2度目の人の気配を感じた精神の心格は敵対するなら容赦しないという意思を込めてどす黒い瘴気を纏い、気配を感じる方を睨みつけた。
その効果があったのか、感じた気配はものすごい勢いで遠ざかっていく。
「今はこれでどうにかなっても、いずれ手に負えなくなるかもな。手を打ちたいが、今は……無理か」
一応の安全を確認した精神の心格はフラフラとした足取りで歩き、段を一段上がったところで寝転がると眠り、意識をセピア本人へと明け渡した。
次回、2/3更新予定です。




