006 創作世界
スキル欄を見ていると、そそくさとハクナが横にきてタブレットを覗き込んでくる。何かいい匂いが漂ってくるのに戸惑いつつも、なんとか平静を装って対応する。
「珍しい情報版ですね。私でも初めて見る形です」
「ノティーティア? ってなんだ? このタブレットのことか?」
「タブレット……? 情報版というのはリンクされた対象の個人情報を投影する道具の事です。セカイが創造せし世創道具の一つですよ」
「世界が創造した……アーティファクト……?」
また専門用語かと思いつつも、まだ馴染みがある言葉だ。アーティファクトといったら古代遺産とかでよく使われる。
どうやらここでは古代に作られたわけではなく、世界が生み出したという。その言葉を疑問に思い、質問する。
「世界が創造するというのはどいういうことだ? 自然に生まれるものなのか?」
「セカイとはこの星“アーステリア”を管理し、運営するシステムの総称です。詳しく解明されているわけではありませんが……この星にとっての神、というのが一番わかりやすいと思います」
「星を運営するシステム……?」
なんだ? やっぱりゲームの世界なのか? ステータスとかの概念もあるし、よくわからなくなってきたな。
でも、それをこの星に住んでいる人たちが認識しているのか……? いや、この娘は一応神様だったな。
もしかしたら、一般人は知らないことなのかもしれない。そういえば……
「この星を管理しているのはハクナみたいな神様じゃないのか?」
ハクナ自身が子とはいえ神なのだ。実在が確定しているのにそれとは別のものが管理しているとは不思議な話だ。
「神は一つの世界に固執しない基本中立の立場です。各々、担当を持った世界に対して加護を与えたりはしますが、行く末を定めることになるような干渉はしません。基本的には神族という一種の強大な力を持った種族としてとらえてもらうのがいいと思います。神界もいわば数多ある星の一つで、セカイとは各星そのものが持つ意思とでも思っていただければ……」
「なるほど……」
微妙にニュアンスが異なるようだ。この世界<アーステリア>を管理する星が持つ意思<セカイ>。しかも、この世界、いや惑星? には文明を築いている世界が他にもあるようだ。
「ということは神界にもセカイとやらの星の意思があるのか?」
「はい。今となってはその声も聞くことはできませんが……」
「そうか……」
といいつつ実はよくわかっていない。これ以上は彼女の暗い雰囲気からまた変な方向に話が進みそうな気もするし、今はいいだろう。一緒にいるというからにはまた必要な時に聞けばいい。
「スキルのほうはどうだったんですか?」
「あぁ、話が逸れていたな」
そういってタブレット改め情報版の画面をハクナに見せる。
「この固有スキルの【我が内眠る創造の拠点】と契約スキルの【神術】、【水神子の加護】が増えたやつだな」
ハクナはやっぱりといった感じで新しく追加された2つの契約スキルを微妙な顔で眺めながら、固有スキルのほうを指差しながら答える。
「後者の2つは神子である私と契約するとおのずと増えるものですから、覚醒したのは固有スキルの【我が内眠る創造の拠点】ですね」
「これか……」
戦闘系というより生産系に近そうな感じのスキル名だ。実に俺らしくていい感じだ。そう思いつつスキルの名前をタッチする。すると他のと同様に詳細情報が表示された。
【我が内眠る創造の拠点】
・Rank:EX
・効果:自分の内側に内包する創作世界へ移動する事ができるスキル。移動中は現世から存在が消え、契約者以外からは認識できなくなる。また、契約者か、許可を与えた者のみ創作世界へと招待することができる。対価を元に創造する力。
「……創作世界? というかこれは……」
「わぁ、Rank:EX!? すごいじゃないですか! 最高ランクですよ! 流石私!」
……異世界にきて得られたスキルが更なる異世界へ移動するスキルとかもう訳がわからないな。ハクナは妙にテンション上がっているが、ほめるのは自分で俺じゃないのか……まぁ、別に構わないが。
「さっそく行ってみませんか? 契約者である私も同行できますよね!」
「……そうだな、ものは試しか。しょぼいところでも文句言うなよ」
「はい!」
ハクナがずいぶんとフレンドリーに接してくれるおかげで彼女の対応にもだいぶ慣れてきた。毒されやすいということはないと思うが、こんな状況だし好意的に接してくれる相手に飢えているのかもしれないな。
最初はこんな異世界に連れてこられてどうしたものかと思っていたが、彼女のおかげでかなり心も落ち着いてきたし、その礼にスキルの確認に立ち会わせてあげるのもいいかもしれない。
普通は漫画とかを読んでいる感じではこういうのは秘密にするべきなのだろうが、主従契約も結んでいるしハクナなら問題ないだろう。
仮にも神様なんだ。この世界に関しての知識もあるだろうし、いざという時の助言も貰えるかもしれない。
俺はこの世界に関してはど素人だ。例えすごいスキルだったとしても、それがこの世界にとってどの程度の価値があるのかわからない。
その指標を教えてもらえるだけでも今後の方針を決める参考になりそうだ。
まずは手に入れたスキルがどういったものなのか調べていく。
「なるほど……念じればいいのか。自分のスキルだからか、なんとなく使い方がわかるな。不思議な感じだ」
固有スキルというだけはあって、魔術とは異なるようだ。
後で聞いた話だが、一般的な通常スキル、後付けとなる契約スキルや装備などによって使用できる付与スキルとは異なり、固有スキルに関しては現状、2つとして同じものが発現したことはないそうだ。
それゆえ使い方などを知るすべがないからか、使い方は身体が理解しているとのこと。逆に魔術は後天的に習得が可能で、修業いかんによっては適性すらも増えることがあるらしい。希望がわいてくるというものだ。
俺が感覚を辿ってある程度の使い方を把握し終わり横を向くと、隣でハクナはワクワクといった感じで目をキラキラさせていた。こういうところを見ていると本当に神様なのか疑わしくなってくるな。実際そう名乗られただけで確認したわけじゃないしなおさらだ。
まぁ、それもおいおい確認すればいい。特に敵意を向けられているわけでも、迷惑を被っているわけでもないから問題ない。
「じゃあ……いくぞ?」
「お願いします!」
目を瞑り、意識を自分の内側へ向ける。そこにあるもう一つの世界へと今の自分をつなげていく。そして、隣にある青い光とともにその世界へと足を踏み入れるように意識を飛ばす……。
ちょっとした眩暈のような感覚のあと再び目を開けると、そこにはさっきと異なる景色が広がっていた。
一番大きな変化は夜になっていることだろう。空には満点の星が輝いている。近くに海があるのか、さざ波の音が聞こえる。
そして目の前には泉があり、中央には噴水のように水が立ち昇っている。
その泉の水からはホタルのような粒子状の光の粒が水面から発生しては上空へ浮きあがりうっすらと消えていく幻想的な光景が広がっていた。
辺りは森に囲まれており、RPGとかだと妖精の森とでも称されそうな雰囲気がある。奥には建物も建っているようだ。
泉から溢れた水は一度円状の溝に流れた後3方向に分岐している。そのひとつは奥にある建物に向かっていた。残りは森のある方向だ。まさしく妖精とか精霊とかエルフとかが住んでいそうな雰囲気がある。
「わぁ、すごい、綺麗……です……」
「あぁ、日本じゃ今となってはこんな綺麗な星空は見れないな……」
「日本……ですか?」
「あ、いや、なんでもない」
あぶない。流石に転生前の世界のことは避けるべきだろう。ちょっと気が緩みすぎたな。
「でも、戦闘用のスキルってわけじゃなさそうですね」
「そうだな。でも、ここなら魔物とかもいなさそうだし水源もある。ゆっくりできそうだ」
まぁ、この泉の水はなんか光っているし飲めるのかは別なんだが……。
「神族との契約では基本望みや本人に適した力が手に入りやすいんですけど、ご主人様は本当に戦うことを望んではいなかったんですね」
「そう言っただろ? 力がなくて困っていたのは確かだが、それは安全に暮らす為に必要だったからだ。別に静かに暮らせる場所があるなら無理にはいらないさ」
「そう……なんですね……」
そう言うと、ハクナはこちらに向けていた顔を泉の方へ向けた。
少し落ち込んだ様子だが、ハクナにとっては戦闘にまつわるスキルのほうがよかったのだろう。何しろ闇の神と戦う力を必要としていたのだ。
ここでそれが簡単にできるスキルが覚醒しようものならぜひ協力をと言ってきたに違いない。
そもそも神との戦いの話をして流れをつくり契約を交わすことで、それに適したスキルが発現するよう誘導していたのだろうか?
もしそうなら計算高いといえそうだが、そんな感じには見えないし何とも言えないな。
それに少し心が痛む。何しろこのスキル、完全に戦闘に使えないということではなさそうだからだ。
チラッと目線を左上に向ける。するとそこには来訪者と居住者の欄があり、来訪者欄にはハクナの名前が記載されているが、居住者欄には何もない。まるでVRゲームのように空中に書かれている。
そして右上に目線を向けるとそこには創作中の道具とスキルの欄がある。【我が内眠る創造の拠点】、創造の拠点の名を冠するようにここは世界丸々を活用した工房のようなのだ。
しかも道具だけではなく、創作物にはスキルすらも含まれるようだ。
この創作世界にきてよりこのスキルの能力の詳細を把握する事ができた。スキルを作るスキル。まさしく神の所業だろう。
神族との契約で発生したスキルなだけはある。心躍るが怖くもある。流石に闇の神を倒すようなスキルが簡単に生成できるわけではないが、調べている感じだとある程度強力なものは含まれていそうだった。
景色を見ながらもざっと調べてみたが、いろいろと対価や時間を要するみたいだ。しかも基本的に生成したものが使えるのはこの創作世界内限定。現実の世界に持ち出すには特例を除き、ある条件を満たさなければならない。
いろいろ試したい気はするが、ハクナの前ではまだ控えた方がいいだろうな。