053.5 幕間:セピアの軌跡3
迸る力の波。天教騎士モルセルウィーが放ったその一撃は場の全てを呑み込んで、射線上にあった悉くを喰らい突き進んでいった。
「…………くそっ!」
「きゃあ!」
あまりにも強烈な光と音の嵐に、反射的にサクラを守るように抱き寄せる。だが、俺の心配をよそにこれが過去の出来事の光景でしかないからか、その光の嵐に巻き込まれてもダメージのようなものは感じなかった。
それでも、放たれた力は絶大だった。感じる力から属するのは神力であることがわかる。通常の魔力の1万倍に値するその力をふんだんに使ったその技は、まさしく神の力にふさわしい威力を発揮していた。
空間を埋め尽くし、その場の全てを覆いつくす光の奔流から逃れられる場所はなく、例えセピアが無事な未来を知っていたとしても生き残れているのが信じられないほどだ。
数秒続いた虚無へと誘う光の奔流が収まり、徐々に視界が明瞭になっていく。
「これは……」
技を放ったモルセルウィーの前方から放射線状に地面や壁などが抉れ、その先が一部を残し完全に消失してしまっていた。だが、モルセルウィー自体は最後の力を振り絞ったからなのか、技を放った姿勢から崩れそのまま息を引き取ったように倒れていた。そこに命の鼓動は感じられない。
肝心のセピアはどうかというと……
「なんで……なんでセピアなんかを守るの……? どうして……だって、あなたたちは……!」
困惑の表情で自分の前に立つ2人の姿を眺めていた。どうやら意識が戻っているみたいだ。その反応は元の弱気なセピアのものだった。
セピアが問いかける先にいるのは、さきほどまで死闘を繰り広げていたはずの戦乙女だ。だが、今は排除しようとしていたセピアを守るように立っている。しかも、その身は先のモルセルウィーの攻撃、執行権限“星光破砕”を受けボロボロになっていた。
「我が主に忠誠を」
「大丈夫ですか~?」
「あ、主……?」
どうやら戦乙女達がセピアの事を守ったのは、彼女の事を主と認識したかららしい。だが、何故だ? モルセルウィーが攻撃を放つ前と後で戦乙女達の行動がまるで繋がらない。
「師匠……何か嫌な感じがする……」
「ん? ……あれは!」
サクラが戦乙女達を見ていて呟いた言葉を受け、その目線の先を観察して気付いた。彼女達の周囲をうっすらと黒い靄のようなものが渦巻いていたのだ。
それは不吉なことが起きる度に、セピアから発せられていたものに酷似していた。
「つまり……これもセピアの固有スキル【生存本能】か【心層投影】が暴走した結果ということか」
だとしたら、確かにモルセルウィーの言う様に危険な力と言えるかもしれない。人の意思や記憶まで無意識に書き換える力。洗脳などの精神に関わる力というものは基本的に忌避されるものだからだ。誰だって知らないうちに考えや気持ちを変えられるかもしれない相手と一緒にいたいとは思わないだろう。
だが、光神や炎神の子オルゼなどはそういったことを気にした様子はなかった。むしろ積極的に関わろうとしていたくらいだ。知らないのか、ただ気にしないのか、もしくは制御できないとはいえ何か発動する条件があるのか……。
条件があるなら、それは問題を解決する重要な要素となる。今回の件でもしセピアを助けられたとしても、リスクを抱えたまま放置はできない。その条件はきっと解決の糸口として後々必要になる可能性が高いだろう。
「主、ここから脱出を」
「逃げますよ~?」
「え? だ、ダメなの。あなた達は要石を守らないとな……の……」
ここから逃げることを促してくる戦乙女達に対し、状況は呑み込めないままだが本来の仕事があるはずだと後ろを振り返るセピア。すると何かに気付き、言葉が尻すぼみしていく。その顔からは血の気が引いていっているのがわかる。
俺とサクラが一体何がとセピアが見ている方へと視線を向ける。そこにあるのは件の要石だ。だが、先のモルセルウィーの攻撃を受け、その一部が欠けていた。周囲を囲んでいた柱もそのほとんどが消失している。
どうやらセピアの背後にあった本体は戦乙女達がセピアを守ったことでギリギリ直撃は免れたようだ。だが、セピアを中心に放射線状に広がった先にあるものに関しては守護の外にあり巻き込まれたようだった。
その柱などは何か儀式的な役割でもあったのか空間を覆っていた魔方陣が明滅し消えていく。それに伴い中央に浮いていた要石がゆっくりと傾きだし、下降を始めた。欠けた先端からは何か白い煙のようなものが漏れ出ている。
「そ、そんな……要石が……要石が……!」
その光景を見て、両手を地面について叫ぶセピア。目からは涙があふれ、悲壮感をまき散らしている。その腕を戦乙女が掴み、この場から逃がそうとしていた。
「主よ、お早く」
「時間がないですから~」
「いやなのっ!」
ばっとその手をセピアが振り払う。そして涙目のまま振り返り、後ろの要石を指さしながら戦乙女へ捲し立てる。
「なんでなの? あなた達が守らないといけないのは要石なの! セピアなんか放っておいて、早くあれを直さないと……!」
「あれはもう間に合いません。主だけでも生き延びてください」
「そんな……! じゃ、じゃあ、神界はどうなるの……?」
「要石は大小合わせて全部で12個あります。この区画はもう放棄されるかもしれませんが、場合によっては他で補うこともできるでしょう」
「そんなのダメなの……なんとかしないと……」
その時だ。セピアの背後の方向からピシッと何かにヒビが入る音がした。嫌な予感がしてそちらへと視線を向ける。目に入ったのは、ついに地面にまで到達した要石だった。今もなおピシ、ピシピシッと地面に触れた箇所から亀裂が広がり、どんどんと膨れ上がっていた。
広がる亀裂の隙間からも、欠けた箇所同様に白い煙が噴き出している。
「お、おい、あれマズくないか……?」
「すごい力……」
サクラも力の強大さを感じているらしい。漏れ出ているのはどうやら神力のようだった。それも尋常じゃないレベルに凝縮されている。それがあれだけのサイズ……あんなものが砕け散ったらどうなるか。……それはハクナから聞いた俺が知る未来からも明らかだった。
「ダメ……ダメなの……割れないで!」
「主……!」
セピアの祈り空しく亀裂が全体へと行き渡ると、吹き出る力の勢いが増し、眩い光が辺りを照らす。それと同時、この施設一体がまるで支えを失ったかのようにひび割れ、崩壊を始めた。
「お許しを!」
「きゃあ!」
剣の方の戦乙女がセピアを抱え脱出を図る。それに伴い槍の戦乙女が先行し、倒壊する瓦礫を払いのけていく。
「ま、待ってなの! クルスが!」
地面に置かれたままのクルスへと手を伸ばすが、その手は届かない。飛び上がる戦乙女もその動きを止めず、どんどんと距離が離れていく。
「放して! クルスが! クルスが……!」
だが、肝心のクルスはセピアのその姿を眺め、グッと親指を立てるとセピアとは逆の方へと歩いていく。何かをする気なのか、その姿には後は任せろと言いたげな雰囲気があった。
「え? クルス……?」
その行動の意味が分からなかったのか、セピアが呆ける。それは光神にクルスに手伝って貰えばいいと言われた時と同じような、相手の意図が分からず困惑している様子だった。
だが、事態は待ってはくれない。そのまま戦乙女に連れられたセピアは崩落した天井の穴から脱出するつもりなのか、その穴に入り込んだ時点で見えなくなった。
「ク、クルスーー!」
それに気づいたのだろう。セピアの叫び声が聞こえたと思った瞬間、パリンと要石が弾け、ため込んでいたエネルギーが拘束から解放され、まるで自由を喜ぶかのようにあふれ出し周囲一帯を埋め尽くした。
「……………………っ!」
それは崩落を始めていた地下空洞ごと爆散。あまりにもな光景に目元を覆っていた手をどけた時には既に別の場面へと移り変わっていた。
「きゃあ!」
「おおっと」
次に切り替わった場面はどうやら神界上空のようだった。俺とサクラは足場のないところに浮いているような状態だったため、下を見たサクラが驚き俺にしがみ付いてきた。だが、落ちるようなことはない。これも過去の景色でしかないからだろう。
さっきまでは地面に接しており、歩くこともできていた。どういう理屈なのかいまいち理解できないのは確かだ。サクラが焦るのも分かる。
だが、状況は何も変わっていないことがわかる。目に入ってきた光景はまさに地獄絵図といった様相を呈していた。
離れたところから見た神界は大きな浮島の形をしていた。球状ではなく、平面の世界だ。大地の裏側はまるで切立った氷山のように、山々が逆さまに乱立していた。さっきまでいたところだろう。その一区画が倒壊し、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていた。
「これは……」
「間一髪ですね~」
「何で……これも、私のせい……なの……?」
呑気に呟く戦乙女をよそに、セピアは信じられないという顔で目の前に広がる光景を眺めていた。それは先の要石損壊による大地の崩落だけを指しているわけではないだろう。その眼は神界全体を見回すように向けられていた。
そう、問題が発生していたのは何もセピアたちがいた区画だけではなかったのだ。崩落しているのは確かに神界全体の10分の1程度だけだった。話から察するに戦乙女が言っていた12個ある要石のうち先程の1つが賄っていた場所なのだろう。力の源が失われ、崩壊を始めたのがわかる。
だが、他の場所が何もなく無事かというと、全くそんなことはなかった。一部は火山が吹き荒れ降りかかる灰やあふれ出る溶岩が街を侵食し、湖から溢れた水が街を押し流していた。他にも山が崩れ下にあった城を倒壊させ、折れた塔が神殿のような建物に突き刺さっていた。
幻想的な風景を醸し出していた浮島も浮力がなくなったのか、いくつも落下しているのが見て取れる。神界全体を覆っていた結界のようなものも揺らぎ、明滅している。そこかしこで煙が上がり、爆発が巻き起こる。まるで世界全体を舞台にした天変地異を巻き起こす戦争でも始まったかのようだった。
そして、極めつけは神界の奥に見える黒い影……。
ぼやけ、その姿は判然としない。だが、その大きさは神界全体をとっても5人程度しか存在できないんじゃないかというほどの巨体だ。もはや視界に入れる事さえ身体が拒むように、そこから意識を逸らしたくなる忌避感を感じる。身を守る為に、身体がその存在自体を否定するかのように。
それでも、状況を把握するためになんとかそちらに視線を向けると、その巨体と神界の住人が戦っているのがわかった。その中でも強大な力を持つ何人かが囲うように展開し、何かの術を展開していた。
「アシュリア様!?」
セピアもそれに気づいたのだろう。俺と違い、その中にいる人物まで特定したようだった。それは光神を示す名だった。あそこにさっきの光神がいるのだとしたら、他に戦っている者も別の神々なのだろうか。ふと気になり目を凝らすが、流石に距離が遠過ぎて姿まで判別することはできそうにない。
その時、巨体の周辺に黒い、これまた巨大な球体がいくつも生成されていく。何かの術を行使したのだろう。そこから感じる球体の一つ一つからはモルセルウィーが放った“星光破砕”をも越える力が感じられた。
まるで闇を凝縮したような、全てを呑み込む負の力。それを見て、ハクナの言葉を思い出す。それはハクナの故郷、この神界を取り戻すために何と戦おうとしていたか。
「まさか……あれが闇の神……ベーゼアルなのか? ――っ!!」
「――!」
俺がその言葉を発した瞬間、背筋がゾッとする強烈な悪寒に包まれた。それはサクラも感じたようで、俺に抱き着く力がギュッと強まり、その身体は震えていた。
「サクラ……」
「だ、大丈夫だよ」
サクラの背中を撫でつつ、この感覚はなんだと再度前を向く。すると、さっきまでは目を向ける事すら避けたいと思っていたその存在と、しっかりと目が合った気がした。
だが、これは過去の出来事だ。そんなはずはないと思いながらも、否定ができない感覚に襲われる。次の瞬間、それが勘違いでないことが分かった。
『小蠅がとんでいるな……』
「なっ!?」
脳裏に響くような重い声、まるで複数の人が同時に喋ったかのように幾重にも重なり聞こえるその言葉は、確かにこちらに向けて発せられていた。
そのまま腕を持ち上げこちらを指さすような動きをすると、周囲に生成されていた闇の球体が突如こちらへと斉射される。
「サクラ! 戻るぞ!」
「えっ?」
俺は嫌な予感がし、すぐ様この世界、セピアの過去からの脱出を決意する。もしかしたら、あれはセピアたちに向けて放たれたものかもしれない。全てが俺の勘違いで、実際には何も起きない可能性もある。それならそれでもいい。
だが、違った場合どうなるのか。肉体がない精神の世界。そこで死んだ者がどうなるかなんて想像もできない。ベルたちに戻ると約束をしたんだ。隣にはサクラもいる。俺一人の時だったらまだしも、今は死ぬわけにはいかない。
だが、すぐさま移動したにも関わらず闇の球体はものすごい速度で迫り、その一つがセピアたちに着弾した。
「きゃあ!」
「なっ!」
「いやぁ!」
セピアの事は戦乙女が守りはしたが、流石に威力が強大すぎるのか爆散する力に当たり気を失って落下していった。助けたいと思う気持ちもあるが、残りの球体はなおも確実にこちらへと向かってきている。
それに、球状の世界なら普通は世界の中心へと向かって落ちるはずだ。だが、セピアたちは世界の下へと落ちていく。その先は一体どこに繋がっているのか。そんなことが頭を巡った時、セピアたちが神界の周囲に張り巡らされていた結界に触れた。
その瞬間、何か空間がずれたような違和感を覚える。セピアたちの姿が歪み、まるで結界の内側から海へと落ちたかのようにトプンと呑み込まれ姿が見えなくなった。
「あれは……」
よく見ると崩落した瓦礫なども同様に結界に触れた瞬間どこかへと消えているようだった。どうやら結界を起点に次元が隔たれているらしい。ではどこへ消えたのか。他の瓦礫などはわからないが、セピア達ならわかる。その行先は俺たちが今いる世界、アーステリアなのだろう。
あの森に直接放り出されたのか、はるか上空から落下したのか、はたまた全く違う場所から移動してきたのかは分からない。だが、この先はきっと今に繋がっているはずだ。
そしてセピアがここからいなくなったということはこの場面も終わるということだ。その希望に縋りつつも、迫りくる闇の球体を【重力支配】を発動させかわしていく。空中ではそれ以外に移動方法が思いつかなかったからだ。セピア達に干渉はできなくても、俺とサクラには問題なく適用される。
「師匠!」
「くそっ!」
だが、逃げ場がないように飛んでくる球体に次第に追いつかれ、反射的に使い慣れた魔術で対抗する。
「【縮退星】!」
全てを呑み込むブラックホールが生成されると、それはまるで闇の球体としのぎを削るかのようにぶつかり合い、受け止めた。
【縮退星】でさえ呑み込めない強大な力より、俺はある点において驚愕する。
「これは過去の出来事じゃなかったのか!?」
そう、干渉できるということは、相手側もやはりこちらを認識していたということになる。ただの過去の光景が未来でそれを見ている者に攻撃を仕掛ける。そんなことが可能なのか。昔撮影した動画を見ていると画面の中で打たれたボールがTVを飛び出し、顔面にヒットするくらい意味が分からない。
いくらファンタジーとはいえ、流石に無茶苦茶だ。だが、俺の嘆きも空しくこの精神世界までは【夜の帳】の効果範囲には含まれないのか、制限下での【縮退星】では敵の攻撃を抑えられず霧散した。
「くそっ!」
【縮退星】が押し負け弾けた勢いを利用して再度射線からの離脱を図るがギリギリ間に合わず、その一つが俺の背中を僅かに掠るように通り過ぎた。
「ぐぅっ!」
「師匠!?」
「大丈夫……だ」
掠っただけとは思えない強烈な痛みが走る。俺の魔術耐性が紙だからか、敵の魔術が強大だからかはわからない。何気に異世界に来てからまともなダメージを受けたのは初めてかもしれない。だが、今止まると今度は全身であれを受ける事になる。かといって、この過去の世界から脱出する方法もわからない。どうするかと辺りを見回すと、神界の結界に触れ消失していく瓦礫が目に入る。
「そうか。どこに飛ばされるかは知らないが、ここから脱出する手立て事態はあるじゃないか」
「どうするの?」
「しっかり捕まってろよ」
説明している時間も惜しいとサクラを抱きかかえる手に力を入れ、神界の外に広がる結界に向けて全力で移動を開始する。押し負けるとわかっていても、時間稼ぎにはなる。背後には大量の【縮退星】を生成し、闇の球体を足止めする。
全力で移動していると背中の痛みが徐々に引いていっていることに気付く。どうやらハクナとの契約によって生じたスキル【継続回復(超)】によって治癒されているようだ。これならなんとか耐えられる。
「きゃああ! し、師匠!」
「移動した先がいきなり壁とかじゃありませんように!」
何の説明もなくものすごい速度で結界に向かう状況に不安になったのかサクラが叫ぶが、それすら無視して俺はただ転移した先の事を心配していた。念のためと自分の目の前にも【縮退星】を生成した瞬間、あとちょっとで結界というところで周囲の景色が崩れていく。
それは今日何度も見た光景だった。ザァッと世界が細かく分解され風に飛ばされていくように消えていく。
場面が変わると慣性も働かなくなるのか、勢いを失った俺とサクラはまるで軽く放り投げられたかのような浮遊感にさらされる。
地面に落ちる前に目に入ったのは少し見覚えのある暗い森の中にある湖だった。それを見て無事に帰ってこれたことに安堵し、また遅すぎるんだよと愚痴をこぼすのだった――
この先は「050 心の道しるべ」へと繋がります。
次回1/27更新予定
後、セピアがアーステリアに着いた時の話と、もう一つ別の幕間をはさみ、
キャラ紹介、そして3章へと入っていこうと思います。




