053 暗躍する影と奇跡の光
あけましておめでとうございます!
ちょっと遅くなりましたが、これにて2章本編完結です。
鮮やかな色に彩られた花畑に後ろ髪をひかれつつも、心の中のセピアと別れ、色付きとともに再び現れた揺らぎを越えると……そこは一面の雪景色だった。
「は?」
「さ、寒いよぉ」
思わず全然関係ない場所に戻されてしまったのかと間抜けな声をあげてしまった。サクラは袖のないワンピースタイプの服だったので、両肩に手を当てて震えている。
取り合えず俺自身もかなり寒かった為、確か身体を温める魔術があったはずだとそれを行使する。
「【温暖】」
「あったかい……ありがとう師匠」
「あぁ」
ちなみに【温暖】の魔術は熱を扱う魔術の割に属するのは無属性魔術だ。基本的に生活に関わるようなものはここに分類されるらしい。しかも、初歩魔術に関しては呪文詠唱を必要としない。無属性に分類されるので、火属性しか適正を持たないサクラには使えないことになる。
基本となる4属性以外の魔術適正は緑、雷の2属性、無属性、光、闇の2属性、聖属性、時空属性と後者にいくにしたがってかなり適性者が少なくなってくるらしい。
普通の人は無属性魔術が付与された魔術道具を使うのが一般的とのことだ。
それにしても、この景色はなんなんだと辺りに目を向けた瞬間、背後から聞き覚えのある声が届く。
「ご主人様!」
「ん? ハクナか。てことはこの景色はハクナの仕業なのか?」
ハクナは水の神子だ。周囲の環境すら変える魔術……いや、神術が使えてもおかしくない。流石に通常の水属性魔術には禁忌指定を除き、環境にまで影響を与えるものは存在しなかった。
相変わらずとんでもないことをする。セピアが無事なのか心配になってくるほどだ。
「は、はい、それはそうですけど、それどころじゃないんです!」
「どうしたんだ?」
「ベ、ベルフェゴールが……」
「ベルが?」
ハクナの慌てように嫌な不安が押し寄せてくる。後ろに視線を移すハクナにつられて俺もその先へと視線を移動させる。
そこは周囲の猛吹雪が嘘のように落ち着いていた。そこにある先程よりも崩壊度が増した教会の中にある内陣、元々セピアが眠っていた場所にベルとセピアが寝かされていた。
「はぁ、はぁ、うっ」
「ベル! セピア!」
「ベルベル!」
どうやら、セピアの方は問題なさそうだった。外傷も見当たらない。吐息も「スー、スー」と落ち着ている。瘴気による汚染はあるが、まだ大丈夫そうだ。
だが、ベルはうなされているように苦しんでいる。呼吸は荒く、汗をかき、時折苦悶の声をあげていた。
「苦しそう……師匠」
「何があったんだ? 治癒の魔術は!?」
その少し前までの姿からは想像できない状態に、何故こんな事態になったのかをハクナに問う。それにハクナは水属性の魔術、それに加え神術で全属性の魔術が使えるはずだ。こんな状態のベルをそのままにしている理由がわからなかった。
神族と悪魔とはいえ、今までの関係から治癒の魔術をかけないほど嫌っているわけでないことはわかっている。そもそも、もしそうなら俺に助けを求めるようなことを言うはずがない。表情からも心配しているのがわかる。
「色々と試しましたけど、私が使える治癒魔術では効果がなかったです。でも、こうなった原因には心当たりがあります。ご主人様が天使の精神へと入る前、ベルフェゴールが使ったスキルを覚えてますか?」
「あぁ、確か【魔王の矜持】だったか、もしかしてあれの副作用なのか!?」
「そうみたいです。本人は大丈夫だと言ってましたけど、戦闘中も魔力が不安定に揺らいでました。時々頭を押さえて苦しそうにもしてたので……。スキルの代償か、もしくは……」
「不完全召喚による、スキルのバグ……か」
ということは俺のせいの可能性もあるわけだ。ベルがスキルを発動させた時、無理をさせていたことに気付けなかったことが悔やまれる。なんでいつも、後になって、ことが起きてからしか気づけないんだ……!
さっとベルの額に手を乗せる。かなり熱い。
「なんでこんなになるまで……」
俺とベルの関係なんてまだ2日程度のものだ。生きられる魔力と、住まう場所を与えただけ。怠惰の魔王なんて呼ばれていたベルが、こんなになるまで力を貸してくれる理由がわからなかった。
しかも、今回の依頼に至っては俺の我儘に近い形で受けただけだ。ベルに対して何もメリットなんて存在しない。一緒にいると面白いなんてくらいの理由でどうして……
「私が言うのもなんですけど、ベルフェゴールだってご主人様に感謝してたんですよ?」
「ベルがか?」
「はい。あまり口には出さないと思いますけど、魔王となった彼女には平穏な生活なんてなかったでしょうから」
「そうか……」
取り敢えず、このままにはしておけない。一旦創作世界に戻って俺自身も治癒の力を色々試すしかない。
セピアの友達、クルスの件もある。もうまとめて魔術効果全振りの【魔術制御】を施した【極光天】にかけるしかない。それでもだめなら、治せるものを創り出すだけだ。幸い、まだあと1回今日の創作回数が残っていたはずだ。
俺が焦りながらも創作世界へと転移を実行しようとした瞬間、背後に強烈な力の気配を感じ取り、慌てて振り返る。
「さっむ! おいおい、なんだこりゃ? 場所間違えたか?」
赤く短い頭髪に青い瞳。明らかに高価そうな鮮やかに彩られた鎧、特徴的な腰に下げた剣と鞘。見るからに凄腕の剣士といった30代後半に見える風貌の男が、崩壊直前の教会、その屋根の上に立っていた。
半ばから折れた十字架に足をかけ周囲を見回している。すると、こちらに顔が向き目が合った。
「誰だ? お前ら……ん? そこにいるのは……」
男の視線の先、そこにいるのは天使セピアだった。
「なんだ合ってるじゃねぇか。びっくりさせやがって。でも、ならこれはどういうことだ? お前らは何か知ってるのか? それに……ここで何してやがる?」
男は笑みを浮かべ、腰に携えた剣に手を添える。いかにも戦闘狂といった感じだ。今にも立ち去りたいが、セピアの事を知っているのがどうにも気にかかる。
セピアの記憶の中には登場していなかった人物だ。なのに、神界の住人であるはずのセピアのことを知っている。明らかに普通じゃない。
ここでこいつを逃したら、後で後悔するという確信めいた感覚に支配される。【魔術制御】の魔力隠蔽や魔術効果に重点を置いた捕縛魔術の準備に入った瞬間、男が何かに気付いたかのように視線を移す。
「あん?」
その瞬間、フッと男の姿が音もなく教会の屋根から消えた。それは、最初にその場へ現れた時空魔術らしきものとはまた違う、魔力を感じない身体的歩法だった。
「こいつぁ……」
「なっ!」
突如として背後から聞こえる声。油断していた俺は慌てて向き直り、防御の体勢に入る。しかし、赤髪の男はこちらには見向きもせず、そこにあるものをただ観察していた。
「あれは……」
男が見つめるものには見覚えがあった。瘴気を纏う黒い球体。ハクナが施したであろう結界の中にとじこめられたそれは、暴走状態にあった天使セピアの背後に生成されていた魔王核に近しい闇色の結晶体だった。
「すげぇな。こんな短期間でここまでいくとはシェリガーの奴も予想してなかっただろ。実験場で覚醒した魔王の気配を感じたんで来てみたが……こいつぁとんだ掘り出しもんだ」
男はそのまま剣を抜き放つと、躊躇なく一閃、いともたやすく結界を破壊した。
「……!」
「そんな!」
その結界に自信があったのか、何の抵抗もなく破壊された結界を見てハクナが叫び声をあげる。男は特に気にするでもなく手を伸ばし、結界から解放された黒い結晶を取り出すと徐に眺め出した。
その間にゆっくりと、男が瞬間移動したことによって男と俺の間の位置になってしまっていたベルとセピアの前に守るように移動する。
「深度はLv.7ってぇところか。こりゃ幸先がいいな」
「それをどうするつもりだ?」
「あぁん?」
それが何か知ったふうに独り言を呟く男に、今の状況を少しでも整理するため問いかける。俺の嫌な予感が当たっていれば、こいつは、いや、おそらくこいつらは……
「あぁ、わりぃな。無視してたわけじゃないんだ。思ってた以上にうまくいってたもんで興奮しちまった。気にしないでくれ。さ、続きをやろうか?」
俺の質問には答える気がないらしく、肩に剣を担ぎ、手にした黒い結晶体をポンッポンッと手で上に軽く投げてはキャッチして遊びながら、まるで子供を相手にするかのように話しかけてくる。
だが、それは当然なのかもしれない。今の俺たちは10~16歳くらいの少年少女の集まりにしか見えないだろう。油断している今が好機なのかもしれないが、感じる忌避感が今まで出会った奴の中で一番ヤバい。ベルがダウンし、守るべきサクラやセピアもいる状態ではとてもじゃないが無事に済む相手とは思えなかった。
「見逃してはもらえないのか?」
「がははっ! ガキが、面白いことを言うじゃねぇか。そう思うのか? この俺を前にして……その威勢に免じて、一瞬で終わらせてやるよ」
男が睨みつけるように目を細める。ゾッと、もはや恐怖を感じるほどに、男に何か得体の知れない力が集まっていくのが分かった。その言葉が嘘ではないと、身体がはっきりと認識する。
「気導師……」
「気導師?」
その技をみて、ハクナがボソッと呟く。
「へぇ……こりゃ驚いた。そこの嬢ちゃんは物知りだな」
「絶滅してなかったんですね……」
少し男の気が緩む。その隙に対抗魔術を構築し、親愛の契約によって結ばれた意思疎通の力を利用しハクナへと指示を送る。
(俺が隙を作る。相手がそれに怯んだら捕縛できそうか? 怯まない、もしくは無理そうなら、サクラとベル、それにセピアを連れて即座に創作世界に転移する)
(……! はい)
それにハクナが反応した瞬間、俺は魔術を発動させた。狙う対象は決めている。男に直接放っても弾かれるのが関の山だ。なら……
「我欲するは輝く光槍。煌めけ! 【光閃槍】!」
【魔術制御】によって主に速度、魔術強度、魔術効果(光閃槍の場合は貫通力)に特化した閃光の槍を相手が持つ闇の結晶体に向けて解き放つ。
「なっ!」
男が驚異の反応を示し、結晶体をその射線上から外れる位置に移動させる。だが、その隙を逃すことなくハクナが追い打ちをかけた。
「【氷結泉】!」
「ぬおっ!」
ビシィッと地面から突如発生した水の波が男を呑み込み、瞬時に凍りついていく。男が拘束されるのを確認していると、サクラがその隙を逃すまいと【星桜刀】を構え走り出した。
「ってサクラ!? 戻れ!」
「きゃっ!」
予定にない行動を起こしたサクラに対し、何か嫌な予感がして契約による命令と、発動を維持していた【重力制御】を全力でかけて俺側に引き戻す。サクラが急停止し、背後に発生した重力に引っ張られて引き戻された瞬間、サクラの進行していたであろう位置にシュカッと魔力が宿った矢がどこからともなく突き刺さった。
「なっ!」
「あう!」
それに驚きつつも戻ってきたサクラが俺にぶつかる前に逆方向に重力核を移動させて減速させ受け止める。それでも勢いを殺しきれなかったのか、サクラが呻き声をあげるが緊急事態だったので許してもらいたい。それに、勝手に飛び出したということに対する仕置きの意味もある。
だが、今はそれどころではない。嫌な予感が的中し突き刺さった矢。赤髪の男の両腕はなお氷の中にある。つまり……
「何をしているのですか?」
「げっ、リエルナか……」
「もう一人いたのか……!」
凍りついた樹の上に立つ少女が、見た目にそぐわない圧倒的威圧感を伴って顔を見せた。サイドテールにまとめた白い髪に赤と青のオッドアイ、見た目ハクナやサクラと変わらない年齢に見える少女。だが、近い歳とは限らないだろう。何故なら……
「オッドアイの……エルフ!?」
「…………」
そう、顔の両側に生えた長い耳は長命で有名な種族、エルフの特徴を有していた。その手には豪勢な弓が握られている。エルフの少女は俺たち、周囲の森、そして天に広がる黒い渦……【夜の帳】へと視線を移し、最後に赤髪の男へと視線を戻すと少し首を傾けながら問いかけた。
「……何をしたのですか?」
「知らねぇよ。来た時からこうだったんだ。知りたきゃ、何か知ってそうなそいつらに聞け」
「子供? ……! 東の魔王!?」
「なっ!」
「はぁ? 何言ってんだ」
リエルナと呼ばれたエルフの少女は意味がわからないといった顔で俺たちの方を見、その視線がベルへと向いた瞬間驚きの言葉を言い放った。
ベルの正体を知っている!? いや、今はスキル【魔王の矜持】の反動か【存在擬装】の効果が切れている。もしかして見た目を知っていたのか? ……それとも、まさか【鑑定】のスキルか!?
それに思い至った瞬間、俺はサクラを庇う様に前に立つ。意味はないかもしれないが、何かあった時にできるだけ対処できるように行動するためだ。魔王核に似たものを回収したんだ。サクラの中に残っているベルの魔王核にも目を付けられたら終わりだ。流石にこれ以上の失態はごめんこうむりたい。
「いえ……もうその資格は失っているようですね。東の魔王復活の儀式は失敗したと聞いてましたが、そういうことでしたか」
「どういうことだよ」
「それで、目的は果たせたのですか?」
「無視かよ。まぁどうでもいいか。例の天使はもう実験には使えそうにねぇが……面白いもんは手に入れたぜ?」
男はその視線を闇色の結晶体に向ける。エルフの少女もそれを確認すると少し驚いたように目を見開いた後、俺たちの方へと視線を向けた。
「そうですか。なら……」
「後は目撃者を消してとんずらだ」
「……!」
ニヤリと男が笑った瞬間、ビシッと拘束している氷にヒビが入る。ハクナが「うぅ~」と唸りながら解かせまいと対抗しているが、時間の問題だろう。それに相手が1人じゃなくなってしまった。
エルフの少女の手が光り、新たな矢が生成される。その矢を弓につがえ、一番前にいるからかその先端が俺に向けられる。だが、矢なら飛び道具だ。来るのがわかっていれば問題ない。
「恨みはありませんが……悪く思わないでくださ――っ!?」
俺が【縮退星】の規模を絞り、エルフとの間に展開していると突如エルフが何かに驚き弓につがえていた矢を下ろした。その表情はさっきとは比べ物にならないほどに驚きに満ちていた。
「? なんだ?」
「あなたは……一体……」
その言葉に、また、今度は俺が鑑定されたことに気付く。ハクナやベルと違って俺にはまだ鑑定に対する妨害対策を行っていない。
にも関わらず、称号やスキル、ランクなど問題があるものが多すぎる。失敗した。何に利用されるか分かったもんじゃない。
そう思った瞬間、そういえば逆に俺もこの赤髪の男とエルフの少女を解析していないことに気付く。攻撃をやめた理由はわからないが、仕返しとばかりに2人に対し【魔力解析】を実行する。
「なっ!?」
「……! いけません! 撤退しますよ、ランゲール!」
「あぁ? だが!」
「その少年にはセカイの意思の監視がついています! 今、我らの事が公になるわけにいかないのはわかるでしょう!」
「ちぃ! シェリガー特製の【鑑定妨害】を突き破ろうとするとかお前ら何者だよ、クソっ」
かなりキツイ妨害がかかっているのか、俺の解析が終わる前にエルフの少女が指を2本立てた状態でビッと腕を振った瞬間、最初に刺さった矢とエルフを中心に魔法陣が展開、風と光の嵐が瞬時に2人を包み、それらが収まった頃にはそこに誰もいなくなっていた。
赤い髪の男が持っていた黒い結晶体も存在しない。どうやら持ち去られてしまったようだった。
「逃げた……のか?」
「そうみたいですね」
何故? これだけ力に差がありながら、慌てるように去っていった。気になることも多い。だが、短い時間だったとはいえ、言葉の端々からある程度推察することはできる。
実験場、魔王の気配を感じて来た、深度Lv.7、気導師、東の魔王復活の儀式の失敗、ランゲールという名の赤髪の男、リエルナという名のオッドアイのエルフの少女、それに仲間であろうシェリガー。セカイの意思による監視をさけ、公になることを嫌う。
恐らくこの世界に暗躍する裏の組織か何かのメンバーなのだろう。そして、東の魔王の復活が計画の一つ……いや、それだけじゃない。魔王覚醒の気配を感じてここに来たと、ここが実験場だと言っていた。ということは、セピアの事すらも計画のうちということだ。
でも、それは神界からセピアが落ちてきたことが発端になるはずだ。それを知り、棚牡だと急遽計画にとり入れたのか? それとも……神界の崩壊から関わっている……?
だとするとそれは……ひとつの世界すら滅ぼすことを念頭に入れた、それが可能な組織ということに……
「師匠!」
「サクラ」
「どうしたの? 早くベルベル達を治さないと!」
「あ、あぁ、そうだな」
恐ろしい推測に至りそうだった思考を頭の隅に追いやり、ベルたちの場所に戻る。セピアとはまだ契約をしていない。ひとまずはゲストとして創作世界に招くかと転移を行おうとしてふと上を見上げる。
そこにはまだ【夜の帳】が展開されたままだ。辺りを見回す。もはや元の面影もない森の風景。凍てつき凍る樹に吹雪く風。
何気なく街の方角一体に【魔力解析】を実行すれば、森の出口周辺で数多くの冒険者が恐らく瘴気によって生まれ、強化された魔物や異質同体と戦っていた。
その中でもひと際激しく動き回り、数多の魔物を狩る存在がいた。あの異質同体を相手にできる凄腕の冒険者がいるのかと調べてみれば見覚えのある名前がそこにあった。
「ギルドマスターが直接表舞台に出てきてるのか」
それだけじゃない。街の周辺には国の騎士団らしき者たちが列をなして展開し、街の防衛に当たっているようだった。ざっと簡単に数えただけでも万を越える人数が動いている。
その中にはエリスの姿もあった。どうやら無事に森は抜けられたようだ。だが、冒険者として街の防衛線に参加しているのだろう。
第三心格が目覚めた時に感じた気配は、どうやら街に侵攻していたらしかった。
「これは……無視できないよな……それに、この状態じゃあ依頼達成とも言えないか」
今回の依頼は悪魔の少女に関することだけではなく、森自体を正常化させる事が目的だった。
「どうするんですか?」
「もう全部まとめてやった方が早そうだ」
ベルの体調が崩れているのも、セピアの友達であるクルスが動かなくなったのも、森が吹雪いているのも、森に瘴気が満ちているのも、魔物が活性化しているのも、全部、何もかもが通常とは異なる異常な状態と言える。
なら、もうまとめて異常とみなして治してもらえばいい。
ただ単に発動させるだけなら流石に解釈が無理やりすぎるかもしれない。だが……
「サクラ、ちょっといいか?」
「うん」
サクラの頭に手を置き、俺の固有スキル【能力共有】の効果でサクラの固有スキル【過剰解釈】を共有化する。
それを【極光天】へと適用させ、異常とみなす対象の幅を広げる。もちろん、【魔術制御】によって魔術効果を高めることも忘れない。
「じゃあ、いくぞ」
「はい」
「うん」
ベルとセピアを中心に魔術を起動させる準備に入る。森や魔物に対しても効果は広げるが、一番の目的はベルとセピアであることに変わりはない。セピアがクルスと呼んでいたウサギのぬいぐるみも問題なくこちらの世界に存在した。教会の隅にあったその人形をセピアの横に置き、俺は目を閉じると詠唱を始める。
「我が祈り捧げるは天司る明星の女神、希うは常しえの奇跡。異常ある者を正しき姿に、理を外れし者を正しき道へ。闇を照らし、光で満たせ。救い誘い、不浄を払え。【極光天】」
紡がれる詠唱に従い、【夜の帳】の下に幾重に展開される魔法陣。次第に光輝く夜空からまだ明るい森全体に向かって七色のオーロラが広がっていく。
それは街から不気味な闇だと観察していた兵士すら目を奪われかねない奇跡の光景だった。そして光のカーテンからキラキラと癒しの粒子が、森全体、延いては首都アルストロメリアにさえ届く勢いで降り注いだ。
その光の雨の中、俺は2人の様子を窺っていた。正確には1人と1匹? だ。だが、【極光天】の光の中、最初に目覚めたのは別の人物だった。
「ん……? ここは……」
「セピア……体調はどうだ?」
「お兄ちゃん?」
どうやら精神世界の記憶をきちんと引き継いでいるようだ。背にある翼や頭の輪っかも瘴気による汚染がなくなり、元の綺麗な状態へと戻っていた。それに少し安堵すると、簡単に状況を説明する。
「そっか……私のせいで、怪我させちゃったの……」
「いや、セピアの為に頑張ってくれたんだよ。だから、起きたらちゃんとお礼を言ってあげてくれ」
「うん、わかったの」
ベルの呼吸は大分落ち着きを取り戻している。ひとつ気になる変化を除けば、もう安心してもよさそうだ。あとは目覚めを待つだけだろう。サクラの力まで借りたのもあるだろうが、ハクナの治癒力を星の魔術は上回るらしい。今後も取り扱いには注意した方がよさそうだ。
そしてセピアはベルの隣に横たわるウサギのぬいぐるみをじっと見つめていた。やれるだけのことはやったが、実際クルスに関しては助かる保証は何もない。最後の状況から死んでいないのでは? という仮定からのものだ。もし、前提が間違っていたのなら、もう助けられる術はないかもしれない。
【極光天】を発動させてから10分近く経っている。既に森にいた魔物に関しては元に戻っていることを確認している。冒険者たちや騎士団は事後処理と原因究明に追われているようだ。その中心地であるここもそろそろ危ないかもしれない。
クルスに関してはやっぱり駄目だったかと諦めかけた時、突如うさぎのぬいぐるみがムクッと上半身を曲げて起き上がった。
「……!」
「クルス!」
そのいきなりの動作に俺は心臓が止まるかという勢いで驚き、危うく椅子から転げ落ちるところだった。だが、セピアはクルスが動いたことに歓喜し、バッと立ち上がるとクルスの元へ駆け寄っていく。そして抱き着こうとその手を伸ばした瞬間――
「甘えんじゃねぇ!」
「あうっ!」
おでこにクルス? のストレートパンチがクリーンヒットした。そのままひっくり返り、頭を床に盛大に打ち付けた。勢いあまってパンツも丸見えになっているが、それどころじゃないレベルで困惑している。
「え? え? え?」
「その甘えが今回の事態を引き起こしたんだ! いい加減に成長しろ!」
「ク、クルスなの……?」
「どこから見ても俺だろうが」
「ほ、本当なの……? で、でもしゃべって……」
「あぁ、そりゃそいつから魔力をたらふく奪ってやったからな」
「へ? 俺?」
あまりの事態に成り行きを見守っていると、ビシッとぬいぐるみの腕の先を突き付けられた。いつ? という疑問もあるが、それ以前にこのしゃべり方に聞き覚えがあった。
「というか、お前……もしかして、【生存本能】の第二心格か?」
「あぁ、そうだ」
「……嘘だろ?」
腕を組んでふんぞり返るその姿からはセピアの記憶で見たかわいらしさはまるでない。見た目は何も変わっていないのに、憎たらしい残念なマスコットに早変わりだ。
「魔術のせいか? それとも、最初から?」
「多分、あの時のうさぎさんと一緒だと思う」
「しゃべれるようになっただけだって言っただろ」
あまりにも違いがありすぎて、俺の過剰な癒しが何か悪影響を与えたのかと心配になったが、どうやら杞憂だったようだ。サクラはわかったみたいだが……駄目だ。もう何度見てもあのピコピコした可愛らしいマスコットキャラみたいだったクルスと一致させることができない。
セピアはあまりにもな変わりように呆然自失だ。ぽけーっとガミガミと説教を垂れるクルスを見つめていた。
「もう、うるさいわね……」
「ベル!」
「ベルベル!」
するとやかましいその声に耐えられなかったのか、ベルが目を覚ました。
「体調はどうだ?」
「あら、戻ってきてたのね。というより、もしかして私、寝ちゃってた?」
「寝てたなんてもんじゃない。うなされてたぞ。それに身体の方も……」
「そう……それは申し訳なかったわね」
「なんでだ? なんで、そこまで……」
「あら、心配してくれたの?」
「当り前だろ!」
「……!」
俺がいきなり声を荒げたからか、ベルがビクッと身体を震わせた。
「わるい……でも、あまり無茶はしないでくれ」
「ごめんなさい。そうね、今度から気を付けるわ」
少し、暗い顔になったベルをみてズキッと胸に痛みを感じる。元はといえば俺がこの依頼を受け、無理を通したからだ。なのに、俺は……流石に自分勝手に過ぎる。
「あぁ、でも、これだけは言わせてくれ」
「何?」
「力を貸してくれて、ありがとう」
「…………!」
その言葉に、ベルの頬に涙が一筋流れる。
「ベル……?」
「な、なによもう。従者が主に手を貸すのは当然のことなんだから! 改まって言わなくてもいいのよ。全く……うん?」
「どうした?」
「え? ええ? えええ!?」
ベルがあることに気付き、突如立ち上がると胸の辺りをペタペタと触り、慌てていた。それで俺はあることを思い出す。
「どういうこと!? なんで!?」
「そ、それなんだが……このあらゆる異常を取り除く星の魔術【極光天】の光を浴びている途中で……なんか、萎んだ?」
「はぁ!? 嘘でしょ!? も、戻しなさいよ!」
ガッとベルに胸元を掴まれる。恐喝されてるみたいだ。
「んな無茶な。今の方がベルには似合ってると思うぞ」
「あ、あなたねぇ……!」
そう、【極光天】による治療の際にベルに起きたとある変化。それは豊満に実っていた2つの果実が突如として萎んでペタンコ間近になっていたことだった。
つまり、あの豊な胸はベル本来のものではなく、後付けされたものだったということだ。もしかしたら、出会った頃に言っていた魔王になる代わりに先代からもらった報酬というのがそうなのかもしれない。
そんなものの為に魔王の座を引き受けたのかと言いたくなるが、今の感じだと口にしない方がいいだろう。
「でも、命には代えられないだろ? 俺にはベルの命を保障するっていう誓約もあるんだからな。放置はできない」
「うっ。そ、そうよ! ならあなたの力で新しく創りなさいよ! いっそまがい物でなく、本物を成長させる薬とかあるでしょ!?」
胸元を掴まれたままブンブンと前後に振られる。かなり荒れているようだ。
「な、なんでそこまで。ベルは胸がなくても魅力的じゃないか」
「そそそ、そんなのは当然なのよ。女性なら誰しもが憧れるものでしょ?」
「大げさな」
「じゃ、じゃあ、あなた、責任とってくれるの!?」
「せ、責任!? なんでそんな話に……」
「ほ、ほら! やっぱり小さいから!」
「ちがっ」
俺が否定の言葉をあげようとした瞬間、ガシッと後ろを掴まれる。今度は何だと振り返れば、泣きながらセピアがしがみ付いてきていた。
「お、お兄ちゃん、あれ、あんなのクルスじゃないの! なんかこわいの!」
「ちょ、ちょっと、まだ私の話は終わってないわよ!」
「も、もう勘弁してくれーーー!」
煌く夜空の元、俺の心からの絶叫が響き渡るのだった――
次回、1/6更新予定です。
今年も更新頑張りますのでよろしくお願いいたします。




