051 希望の花畑
気付けば30万字突破。話も50話を越えました。
「ダメ……こっち来ちゃダメ!」
「どうしてだ?」
「セピアに関わったら、あなたも不幸になるの!」
「俺は大丈夫……」
「大丈夫じゃないの……!」
涙を流しながらブンブンと首を振る天使セピア。抱きかかえているウサギの人形の耳もそれにつられて振り回されている。
「その人形は……」
「これ、は……グスっ、ひぐっ」
その人形に見覚えがあり、思わず呟いてしまう。だが、すぐさまそれをどこで見たかを思い出し口にしたことを後悔する。
そのウサギの人形は彼女が神界にいる際に共にいたぬいぐるみの妖精だった。言葉は話さないが、ピコピコと動く姿は可愛らしく、彼女の数少ない友達だった。
だが、今は動くことなくダランと抱き寄せる彼女の手から上半身をしなだれさせていた。そこに意思は感じられず、見た目普通の人形となんら変わりはなくなっていた。
「クルス、クルス、クルス……! うわぁああああん!」
「参ったな……」
俺の言葉にウサギの妖精……クルスの事を思い出したのか、その身をギュッと抱き寄せ泣きじゃくる天使。妖精であるクルスがこうなってしまった原因も、俺は先のセピアの過去の記憶より知っていた。故に、かける言葉が見つからない。
事の発端は今回のこの世界での出来事と同じ、彼女の固有スキルの暴走だ。それが巡り巡って不幸を招いた。それは彼女だけでなく、神界全てを巻き込み、滅びの道へと導かれていく。
正確には神界は滅んではいない。俺も断片的な情報しか把握していないが、辛うじて暴走した闇の神をその身を犠牲にした封印によって捉え、まだ存在している。ハクナはその状態から闇の神を倒し、神界を元に戻す為に、他の神族から神界の未来を託されこの地に舞い降りたというわけだ。
大切な存在を失い、自分の力が故郷を滅ぼすその切っ掛けを作った。いや、気の弱い彼女のことだ。自分が滅ぼしたと思っているかもしれない。
そんなことを引き起こしてしまったんだ。死にたくなったことだろう。だが、それすらも彼女の固有スキルは許してくれない。
他者を傷つけてでも、世界の法則を乱してでも、自身を存続させようとする。頭を駆け巡るのはネガティブな思考ばかりだろう。その状態でポジティブな気持ちに切り替えるのは不可能に近い。そうなれば、またその心の情景が周囲に波及し、さらなる不幸を招くのみだ。
一度陥ったら抜け出すことは難しい、負のスパイラル。だからこそ、簡単な言葉じゃ、届かない。心の奥底に響く、今までの考えを覆すだけの言葉が必要だ。
「自分が、今この世界で一番不幸だと思うか?」
「え?」
俺のいきなりの発言に、戸惑いの言葉が返ってくる。まだ涙が残る顔をこちらに向け、その言葉の意味を探ろうとこちらをじっと見つめている。
「世の中、いろんな人がいるんだ。もっと辛い思いをしている人だっているかもしれない。でもみんな、辛くても幸せになる為に頑張ってるんだ」
「な、なんでそんなこと言うの? セピアのせいで、たくさんの人を傷つけちゃったのに……! 私は何も悪くないのに、セピアの力が……! こんな力があるから……クルスも……!」
「そのクルスは君の事を嫌っていたのか? そんな力を持つ君から離れていったのか? 君のスキルが、クルスを傷つけたのか?」
「そ、それは……」
そう、彼女の固有スキルが何もクルス自体に危害を及ぼしたわけではない。その状況を作り出してしまっただけだ。つまり、行動次第でその結末は変えることが出来たのだ。
だが、彼女はその状況をスキルのせいだと、避けられない運命なのだと受け入れてしまった。いままでがそうだったこともあるのだろう。だが、大切な友達に対しても彼女は行動を起こすことができなかった。
「君のスキルは何も呪われたスキルという訳ではない。スキルなんてのは一種の道具と同じだ。確かに、君のスキルは特殊みたいで意思を持つこともあるみたいだが……ようは使い方次第だ。人によってはその力は強力無比なものとなる」
「そんなの……わかってるの。私が弱いから……嫌なことばかり考えちゃうから、悪い事ばっかり起きるの。でも……! 無理なの! 考えないようにと思えば思うほど嫌なことばかり考えちゃうの!」
天使セピアは立ち上がり、歯向かう様に喚き、叫ぶ。
「それは……友達を失うことよりもつらい事か?」
「え……?」
気持ちはわかる。人は考えまいとするほどその思考に捉われるものだ。だが、だからと言ってそのままではいられない。逃げてばかりでは変わらない。ことはセピアだけに留まらないのだから。
「身を挺して君を守ったクルスが、今の君を望んでいると思うか?」
「な、なんで……どうして、そのことを知ってるの? あなたは……あなたたちは誰なの?」
俺の言葉に狼狽えながら、一歩、二歩と後ずさる。今更だが、確かに名乗っていなかったな。
「俺はレクトルだ。こっちは――」
「サクラだよ」
今まで俺の邪魔をしまいと傍観を決め込んでいたサクラが口を開く。その眼は見定めるようにセピアへと向けられている。
「君達の過去については、君のもう一つの心格から聞かせてもらった」
「あ、あれと話したの……!?」
あれ……か。やっぱりセピア本人は第二心格の事をよく思っていないみたいだな。悪い奴じゃなさそうだが、方法が悪かったか。でも、それもセピア本人の心の弱さが招いたものかはよくわからないな。
「あぁ、そうだ。セピア」
「私の名前……あなた達はあれに差し向けられて来たの? 私を追い出すために?」
「追い出す? 何の話だ? 俺たちを差し向けた者という話なら、アルストロメリアにある冒険者ギルドのギルドマスターだな。西の森にいる悪魔の少女をどうにかし、森を正常に戻してほしいという依頼だ」
「悪魔の……? そっか……私を殺しに来たの?」
その言葉をセピアが発した瞬間、【生存本能】の効果が発動したのかセピアの周囲を魔力が漂い出す。
「あ! ダ、ダメ! 逃げて!」
「安心しろ、殺すつもりはない。そのつもりならとっくの前にそうしてる」
「え?」
俺の言葉に嘘がないとわかったのか、集まっていた魔力は霧散していく。
「嘘……消えちゃったの……こんな、簡単に? なんで……」
だが、セピア自身は目を見開き驚いていた。今まで問答無用で敵対する相手を傷つけてきた固有スキル【生存本能】が、たったの一言で霧散したのが信じられないようだった。
何かしてくるようなら対抗するつもりだったが杞憂に終わったみたいだ。一度第二心格と会話しているからだろうか? 俺自身に害がないとスキル自体が認識しているのかもしれない。
だが、これはいい機会だ。活用しない手はない。
「そうだ、簡単なことだろ? 言葉ひとつでも、その意思が明確であれば結果は変わるんだ。セピアはどうなると思った? 俺が、スキルに害されると思ったか?」
「……でも、やめてって言っても、セピアの時は止まらなかったの。何も変わらなかったの!」
「本当に、心の底からそう願ったか? 思いが通じた後の景色を想像できていたか? どうせ言っても無駄だと、諦めていなかったか?」
「そ、そんなの……わかんないの……」
セピアは俯き、力なく項垂れる。
それじゃ、ダメだ。そこから目を背けては何も変わらない。
「逃げるな。クルスの思いを無駄にする気か?」
「クルスの……思い……?」
「なんでクルスは、セピアの事を守ったんだと思う?」
「それは……」
「そんなの、考えるまでもないだろう? 生きて欲しいからだ。例え神界の滅びを招くようなことが起きても、それを起こした元凶だったとしても、クルスはセピアに生きていて欲しかったんだ。だから守った。自分を犠牲にしてでも、それは守りたいものだったから」
「……!」
クルス……と呟き、セピアは一層力を込めてクルスだったウサギのぬいぐるみを抱き寄せる。
「セピアだって……変わりたい。変わりたいの……! でも、セピアがいたら周りを不幸にするの……! 嫌なことばっかり起きるの!」
ペタンと力なく座り込み、思いを吐き出すセピア。その前に何かを思ったのかサクラが移動して話しかけた。俺は選手交代か? とセピアの相手をサクラに譲り、一歩下がる。
「本当に嫌なことしかなかったの?」
「え?」
「楽しいと思ったことは? 幸せを感じたことは? 一度もなかった?」
「そ、そんなことないの! クルスと遊んでいるときは楽しかったの! 美味しいものを食べた時幸せだったの!」
そうか。サクラの言いたいことがわかった。嫌なことの印象が強すぎて、平凡な幸せが塗りつぶされているんだ。何もかもが不幸なら、そもそも失って悲しむ友達なんていない。
毎度の様にスキルが暴走していたのなら、神界なんてもっと前に滅びてもおかしくなかった。普通の幸せはあったんだ。それが、たまに起きるスキルの暴走で不幸だと思い込んでしまっていたと。
「じゃあ、なんで楽しいことを考えないの?」
「え?」
「師匠から聞いた。あなたの固有スキルは心を映し出すものだって。だったら、楽しい事を考えたほうが、幸せになれる」
「でも、嫌な時に幸せなことなんて考えられないの……」
「そう? 私はずっと考えてたよ?」
「え?」
サクラの言葉に、俺は内心戸惑いを隠せなかった。サクラの話は自身が魔王の生贄として捕まっていた時のことを言っていたからだ。それを知らないセピアからしたら何の話だと思うかもしれないが、サクラにとってそれはいい思い出ではないはずだ。
しかも、その状況は長く、セピア程自由もなかった。閉じ込められた生活。もちろん、娯楽なんてものも何もない。そんな中で、サクラはずっと幸せを夢見ていたのだ。
「サクラ……」
「大丈夫だよ、師匠。私は師匠のお陰で、その幸せを掴めたんだよ? 辛い事なんてない」
「わかった。サクラの思い、伝えてやれ」
「うん!」
サクラはにこやかに笑い、再度天使へと向き直る。元々、天使の説得自体はサクラに頼もうと思ってたんだ。純真な心で話したらと思っていただけだったが、どうやら似た境遇にあった天使に思うところがあるらしい。
サクラ自身が傷つかないかと不安になったが、あの笑顔なら問題ないだろう。後の事は任せられるかな。
「私はね、すごく小さい時にお父さんが亡くなって、お母さんも奴隷として連れていかれたんだよ。私も奴隷にされて、悪魔……魔王の憑代として10年以上洞窟の奥に閉じ込められていたんだ」
「え……?」
いきなりの話に、セピアは驚きつつもじっとその瞳をサクラへと向けている。そんな辛い環境にいたというのが、今のサクラからは想像できないのだろう。そこには信じられないという思いも感じられた。
「でもね、寂しくはなかったんだよ? 私にも、あなたと同じように友達がいたから。それは私に埋め込まれた悪魔の意思だったけど、私にはそんなの関係なかった。いろんな話を聞いて、外への興味が募り、私を助けてくれる王子様の存在を、ずっと待ってた」
「その王子様が……彼なの?」
セピアはサクラの後ろにいる俺を覗くように身体を傾ける。サクラの王子様呼びは最初にあったが、流石にガラじゃないので恥ずかしくなり、俺はその視線から逃げるように横を向く。
「そうだよ。でもね、悪魔の憑代として育てられた私を元に戻すには、私の中にいる友達……フェニアとお別れをしないといけなかったんだよ」
「そんな……。それで……どうしたの?」
「もちろん反対したよ。あなたにとってのその子と同じ。フェニアも私の為に消える事を望んだけど、私がそれを許さなかった。無理を言って、自分の思いを押し通したんだよ」
そういえば、そうだったな。確かに、セピアの状況と近いものがあるかもしれない。だから、サクラは諦めているセピアが許せなかったのか。じっと天使を見つめる目に、何かあると思っていたがそんなことを考えていたとはな。俺もまだまだサクラのことをわかっていない。
まぁ、それも当然か。言葉にしなければ何も伝わらない。それに、個人の全てを知ろうなど、おこがましいにもほどがある。悲しませないように注意していればいい。
「じゃあ、助かったの?」
「フェニアは消えずにすんだよ。でも、その場合、私の身体はすぐには元に戻らなかったんだ」
「そう……なの」
「でも、後悔はしてないよ。お陰で、フェニアとまだお話できるんだもん」
「……っ」
その言葉に、天使が歯噛みする。自分はクルスの為に何もできなかったからだろう。行動を起こし、未来を変えられたサクラに対し、自分の弱さが際立って感じられたのかもしれない。
「私が何か行動を起こしたら、クルスは助けられたの……?」
それは今となっては叶わない願い。それでも、サクラの話を聞いて考えられずにはいられなかったんだろう。過去は変えられない。だが、こうしていればと、過去の失敗を反省し、別の道を考える事には意味がある。
次同じことがあっても、違う選択肢が取れるからだ。いきなり気持ちを変える事はできない。同じ過ちを繰り返さないことが重要だ。だが、そういう風に考えがいくのはいい傾向だと俺が満足したところでサクラが爆弾を放つ。
「まだ、助けられないと決まったわけじゃないよ?」
「え?」
「ん?」
サクラの言葉にセピアだけでなく、俺が驚く。何の方法がと頭をひねる。まさか死者蘇生の魔術があるわけでもない。初めから不死であったりするのは別だが、後天的に死者蘇生や魂魄生成といった魂に関わるものは禁忌として存在し、実現されていないのは【知識書庫】で調べたことがある。
もしかして不死鳥であるフェニアの秘術かと禁忌に手を出そうとするサクラに慌てていると、さらにとんでもないことを言い放った。
「師匠はすごいんだよ! きっとその子も助けてくれるよ!」
「へ? サクラさん、何を――」
「ほ、本当なの!? 本当にクルスが助かるの!?」
「い、いや、ちょっとま――」
「お願い! 何でもするから、クルスを助けて! お願いなの……!」
泣きながらしがみ付いてくるセピアにどうしたものかと頭を悩ませる。流石に俺でも禁忌に触れることはできない。星の魔術ですら、あるのはあらゆる異常を取り除く【極光天】だ……け……
そこまで考えて、俺はあるシーンを思い出す。それはクルスがセピアを庇ったところだ。あれは、命を落としたと言えるのだろうか?
チラッと泣きつくセピアの手に抱かれているウサギのぬいぐるみに目を向ける。特に外傷……と言っていいのかわからないが、傷はない。セピアの涙に濡れてはいるが、それは問題ないだろう。
問題は今の状態が星の魔術に異常として認識されるかどうか……か。できる保証はないが、やってみる価値はある……か?
「うまくいくかは分からないが、もしかしたら……奇跡が起きればあるいは……な方法ならあ――」
「……っ! ありがとうなの!」
ギュッとセピアに抱き着かれる。俺のローブも彼女の涙に濡れてしまっていたが、文句を言える状況でもない。隣にいるサクラも「むー」とどこか不機嫌だ。促したのはサクラだろうに。
「わかったから、一旦離れてくれ」
取り合えず、落ち着かないので離れてもらう。
「それに、確実に元に戻るとは限らないぞ。と、いうより、うまくいく可能性の方が低いと思ってくれ」
「う、うん。わかったの。それでも、もう会えないと思ってたから、少しでも可能性があるなら今度こそ間違えたくないの……」
「そうか」
なら、俺から言うことは何もない。こちらも全力を尽くすだけだ。星の魔術に対してどれだけ効果があるのかわからないが、【魔術制御】を駆使してでもなんとかやってみるか。
「問題はここからどうやって出るかだな」
「ここにはどうやって来たの?」
「俺の魔術だ。正確には、無属性魔術【精神同調】だな」
「S級魔術……! そんなのが使えるなんてお姉ちゃんの言う通り本当にすごいの」
「お姉ちゃん? サクラの事か?」
「あ! ごめんなさいなの……。なんとなく感じがお姉ちゃんって気がしたの……。サクラちゃん……サクラさん……サクラ様?」
「お姉ちゃんでいいよ」
「じゃあ、俺はお兄ちゃんだな」
「うん! よろしくなの、お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「……!」
なんとなく流れにのり冗談で言っただけだったが、まさかこうも破壊力がある言葉だったとは……! サクラにも何か師匠とは別の呼び方に変えてもらおうかと考えていると、セピアがどこか寂しそうにしているのに気づく。
「どうした?」
「ううん。せっかくお姉ちゃんとお兄ちゃんができたけど、一緒にはいられないのが寂しいなって」
「なんでだ?」
「セピアは天使なの……天使は神力がないと生きられないの。でも、この世界には神力がないの。瘴気で生き延びてたけど……それも長くは持たない……の」
「あぁ、そのことか」
クルスの事に気を取られ忘れていた。そもそもセピアを今の状況から救い出さないと始まらない。
「大丈夫だよ。師匠がいるから」
「え?」
「俺の力についてその辺の事も含めて話そう」
「た、助かるの?」
「あぁ。さっきと違ってこの件に関してはセピアに生きたい意思があるなら、100%解決してやれる」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間、足元に生え、枯れていた花が彩りを取り戻し、咲き誇っていく。それは周囲へと広がり、俺たちの周りを色づかせていく。
「綺麗……」
「あぁ、壮観だな」
周囲一帯に広がる花畑。自分も、大切な友であるクルスも。諦めていたものが、手の届くところに来た。セピアが前向きに物事を捉えられるようになった。それは天使セピアの心が救われた証だった。
「ありがとうなの……!!」
セピアの頬に流れる涙に悲しみの色はなく、その顔は泣きながらも笑顔に満ちていた――
次回、12/31更新予定です。
2章完結……するかな?




