050 心の道しるべ
過去の話だと思った!? 残念!
セピアの過去は章末の「幕間:セピアの軌跡」にて予定
「ぐっ」
「きゃあ」
俺とサクラは命からがらセピアの記憶から脱出を果たし、地面に転がり込む。なんとか衝撃を殺すことに成功し、身体を支えて立ち上がる。
「いつつ、酷い目に合ったな。サクラ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫だよ。師匠も?」
「あぁ」
ついた泥を払いながらサクラへと手を伸ばす。サクラがその手を掴み立ち上がるのを確認すると、周囲を確認する。するとそこには満足げな笑顔を浮かべた第二心格の姿があった。
「どうやら無事に脱出できたみてぇだな」
「お前……」
「まぁ、そう怒るなよ。で、どうだった? 真実を知った感想は」
「……そうだな。事情はわかったよ。この子、天使セピアについても……そして、うちのハクナについてもな」
「それだけか?」
「……? あぁ、それだけだな」
俺の答えが不満なのか納得していないようだ。不機嫌そうに考え込んでいる。正直なところ、セピアの過去は俺にとって突拍子がなさすぎる内容すぎて自分の中で咀嚼しきれていない、というのが本音だ。
「それで、どうするんだ? まだ、こいつを助ける意思は残ってるのか?」
「そこは変わらないな。思った通り、この子自体に罪はなさそうだしな」
「うん。このままじゃ可哀そう」
「……そうか。なら、俺から言うことは何もねぇよ。そのまま奥へ進むといい」
「お前は来ないのか?」
「無理だな。そこから先はこいつの領分だ。俺が干渉することはできねぇ。ここで期待せずに待ってるさ」
身体の支配権は譲り渡しても、心までは支配されていないのか。でも……
「俺は行けるのか?」
「知るかよ。そもそも、俺たち以外がここに来れる事自体が異常だ。お前らがここにいる時点で、こいつにとって負担なのは間違いねぇ。下手をすれば意思なき人形になることだってあるかもな」
「……マジか」
「当り前だろ? さっきの記憶の件だって同じだ。俺にとっては覚悟の上だが、お前たちはこいつの心に入る行為が何のリスクもないと思っていたのか? ただでさえ別の心格が住まう場所に、赤の他人が割り込むんだぞ?」
「……………………」
返す言葉もないな。第二心格の言う通りだ。まだこの世界についてほとんど知らないとはいえ、甘く考えすぎていたかもしれない。
行動の参考が漫画やアニメだからな。あれらは全くのフィクションだ。誰かの想像、創作物でしかない。そんなものを当てにして、本人への意思確認もなく人の心の中に意気揚々と入り込む。普通に考えて最悪の行為だった。
自分がしでかした行いが非人道的だったことに今更ながらに気付き、目の前が暗くなる。俺が後悔の渦に苛まれ立ちすくんでいると、左手がそっと温かいものに包まれる。
なんだ? と自分の左手へと視線を向けると、サクラが俺の手をギュッと握っていた。
「……サクラ?」
「大丈夫、師匠は間違ってないよ。一度助けられた私が言うんだもん。絶対、この子も同じ。師匠に助けられるのを、きっと待ってる」
「どうしてそう言える?」
「意地悪だね。知ってるくせに」
「……………………」
サクラの言葉に、今度は第二心格が押し黙る。俺はサクラのいきなりの発言に少しビビり気味だ。こんな強気なサクラは初めて見た気がする。
思わず、サクラにも別人格が発生したのかと心配になるほどだ。それだけの迫力が、今のサクラにはあった。
「サ、サクラさん?」
おずおずと問いかけるが、サクラは聞く耳持たずといった感じで言葉を続ける。
「自分の失敗を、師匠に押し付けないで」
「俺の失敗だと?」
「そうだよ。瘴気を取り込んで、この子を闇に堕とした」
「それは……生きる為に、生き残る為に必要だったからだ。そうしなければ、すでに今はねぇ」
「でも、それは師匠に関係ない。そしてその選択が、今の状態を招いてる」
「……痛いところをついてくれるじゃねぇか。だがそれなら、そいつが犯した過ちだって俺の失態は関係ねぇはずだろ?」
第二心格はビシッと俺に対して指をさす。人の事を指で刺しちゃだめだって教わらなかったのかと思い、そういや最近できた別心格だったとどこか現実逃避に思考を巡らせる。
「だから、意地悪だって言った。師匠がここにいても、この子の負担にはならない……はず。それは師匠と契約してる私も同じ」
「どういうことだ?」
サクラの言葉に対し、第二心格ではなく、俺が質問する。何故サクラにそんなことがわかるのか気になったからだ。
「え? し、師匠は魔力に満ちているから。この子から力を取らずに自分で補えるから……その、逆に与えて安定させるほどだって……」
「だって?」
「……フェニアが」
「なるほどな。そういうことか」
どうやらサクラの知識はフェニアによって与えられたものらしい。そういえば、今のサクラの状況も天使セピアに近いものがあるのかもしれない。なにせ、サクラの心の中にはフェニアの意思も存在しているんだからな。
1つの存在の中に複数の心。サクラは似た境遇の相手に何か思うところでもあるのだろうか?
「くそ……やりずれぇな。もう、さっさと行けってんだ」
第二心格はドカッと再び腰を下ろすと、ふんと不貞腐れて後ろを向く。そんな様子の天使を不思議に思い、さっきまで強気に対応していたサクラに何となく聞いてみた。
「……だったらなんであいつはあんなことを言ったんだ?」
「それは……多分、嫉妬してたんだと思う。自分で助けられなかったのに、師匠が簡単に助けるって言うから。しかもそれが実現できそうで悔しくって師匠に当たったのかなって……」
「へ?」
「なっ! おまっ!?」
サクラの予想外の答えに俺以上に第二心格が慌てて振り返る。その顔は真っ赤に染まっており、サクラの言葉が真実であることを示していた。
「お前……」
「ぐっ」
俺が少し哀れみの視線で見つめると、一歩後退り「がぁああああ」と叫びながら頭をガシガシと掻きむしり、ビシッとこちらを指さし睨みつけてきた。
「だーくそっ! この間もお前の仲間はまだ暴走状態のこいつを抑える為に戦ってるんだろ!? くだらない事に突っかかってくる暇があったらさっさといけよ!」
「あぁ、わかったよ」
「ま、まだ言いたいことが――」
「おまっ、この期に及んでまだあるってのか!? ふざけるな! これ以上聞いてられるか!」
さっきのが余程恥ずかしかったのだろう。第二心格は顔を真っ赤に染めたまま俺たちの方へ手を翳すと、真下の空間が開け俺とサクラは足場を失いその中へと落ちていくこととなった。
「ちょ、他に方法あるだろ!?」
「きゃああ!」
「ふん、知るか。いい気味だな」
その言葉を最後に第二心格の姿は見えなくなり、俺とサクラはセピアの心の中、さらにその奥にある深層へと落下していくこととなった。
しばしの降下の後、俺とサクラは無事に深層へとたどり着いていた。
「真っ暗」
「そうだな。それにしても無茶苦茶しやがる。本当に大丈夫なのか心配になってきたぞ」
「大丈夫だよ。師匠のやることが間違ってるはずないもん」
「…………」
なんかサクラの物言いが本当に大丈夫なのか心配になってくるな。俺に助けられたせいか、俺がやることはなんでも正しいみたいな信仰染みた感じになってないよな? 流石にそれはきついぞ。
俺の心配をよそにサクラはキョロキョロと辺りを見回している。セピアを探しているのだろう。だが、周囲は完全な暗闇に包まれており、何も見えない。辛うじてサクラの姿を捉えられるだけだ。
「サクラ、あまり離れるなよ」
「うん。何も見えないね」
「そうだな。どうしたものか――っ!?」
「あうっ!」
その瞬間、突如として倦怠感が身体の全身をはいよるかのように押し寄せてきた。それはサクラも同じだったようで身体を抱き寄せ、少しフラフラとしている。
「だ、大丈夫か?」
「わかんない。なんか、力がうまく入らない……」
確かに。というより、魔力に対して何か働きかけられているように感じる。これも深層に来た影響か? でもそれにしては感じるのが遅い気がする。
「……もしかして、外で何かあったか?」
「魔力が……うまく使えない感じ?」
「みたいだな。なんにせよ、今ここで考えても仕方がない。さっさと天使セピアを見付けてここを出ないとな」
「う、うん」
「といっても、当てもなく彷徨っていては時間をくうだけか。仕方ない。この状態でうまく使えるかはわからないが、やるしかないか」
俺は意識を集中し、スキルを発動させる。魔術に対して阻害がかかっているのか発動に枷がかかっているが、過剰に魔力を注ぎ込めば何とかなりそうだ。
「【魔力解析】……!」
探るのは天使本人の居場所。心の奥底に逃げ込んだ、本来の心格。
少々心の中を荒らすようで申し訳なく思いつつも、周囲へとその範囲を広げ、探っていく。そして――
「見つけた!」
「どこ?」
「あぁ、だが遠いな。というより、距離感がわからない」
正確には方向が分かったといったほうが近い。ここがちゃんとした場所ではなく、心の中だからなのかもしれない。道があるわけではなく、何もない空間にただポツンと存在する。そんなイメージだ。
「ここから進んでいけるのかも怪しいな」
「どうするの?」
「そうだな……」
あまり時間もかけられない。どうしたものかと頭を悩ませていると、サクラがきゅっと俺のローブを引っ張ってきた。
「ん? どうしたんだ?」
「師匠……」
サクラを見ると、前を見つめたままその方向を指さした。そのまま指先の方向へ視線を移すと、何もなかった空間が、靄がかかったように揺らめいていた。
「なんだ?」
「向こうの方から……声が聞こえる」
「何!?」
耳を澄ます。すると確かに、微かにだが、すすり泣くような声が聞こえたような気がした。
「行ってみるしかないか……」
「うん」
少しホラーな雰囲気を感じるが、迷ってる暇もない。他に選択肢がない以上覚悟を決めるしかないだろう。
今このタイミングで現れたのも、俺がセピアの居場所を認識したからかもしれない。行ってみる価値はある。
「離れるなよ」
「手、握ったままでもいい?」
「ん? そ、そうだな。その方が確実だしな」
「うん!」
サクラの握る力が一層強まる。少しこっ恥ずかしくはあるが、この空間にいるのが一人じゃないと明確にわかるので安心感があった。断る理由もない、というより俺も助かるので手を握り合ったまま空間が揺らいでいる場所へと足を踏み入れていく。
そこを通り抜けた瞬間、周囲の景色が一変した。
森でもない。湖でも、ただの暗闇でもない。そこに広がっていたのは草原だった。ただ、そこは普通の草原とは違っていた。
「随分と枯れているな」
「茶色いね」
「あぁ」
サクラが言う茶色とは何も枯れた草花の事だけではない。空も含めて、この空間全てが茶色かった。まるで、昔のモノクロ写真を見ているかのようだ。
まさしく、この少女の名前であるセピア色――
そして、視界の先に蹲るように存在する白い塊。
「君が、セピア……かな?」
「……!」
天使は俺の言葉にビクッと身体を震わせると、恐る恐る翼を広げ視界をこちらに向ける。この心の中のセピアの翼はまだ黒く染まってはおらず、頭に浮かぶ輪っかも弱弱しくも白く輝いていた。
「誰……?」
「君に話したいことがあってここに来た。聞いてくれるかな?」
次回、12/30更新予定。
話が進まない? それも致し方なし。
本当は50話で2章終わらせるつもりでしたが、途中さぼった影響か叶わず。寄り道させすぎた……かな?
もうすぐクリスマス、そして年越しですね。時が経つのは早いものです。
出来れば2章本編は今年中に終わらせたいですね。




