048 複合魔術
『【天術:煌裁零華】』
細い線の図形による集合体で描かれた天術の魔方陣は、まるで万華鏡のように煌き、広がり、その端から次々と光弾が生成され撃ち出されていく。
最初はその攻撃を【重力支配】の重力起点を移動させて回避していたのだが、あくまで重力の核となる起点を動かして空中を移動するため初動に速度が出せず、また、次々とくる攻撃をかわすために目まぐるしく変わる重力核の移動に振り回されることとなってしまった。
そうなれば必然、普段は地に足をつけて生活している俺たちには問題が生じてくる。
「うぷ……師匠、気持ち悪い……」
「わ、わるい……」
「もう、サクラが可哀そうですよ」
ふわふわ……楽しくない……と虚ろな目で呟くサクラに謝罪を入れていると、ハクナがサクラに対して治癒の魔術をかける。ありがとうと返事を返すサクラは先ほどよりも気分が回復したのか、幾分顔色が良くなっている。
どこか慈愛すら感じるその姿にハクナの評価を少し上方修正しつつも、俺は先の結果を反省する。
これは俺の慢心が招いた結果だ。魔術制御は大分うまくなったと思っていたのだが、この事態は想定していなかった。いや、できていなかった。よくよく考えればそりゃそうなるわなと思いつつも、まだまだ魔術に慣れるには時間がかかりそうだと片手間に【縮退星】で敵の光弾を防ぎつつ考える。
避けるのが無理なら防ぐしかないんだが、いかんせんこの身の魔術は威力があり過ぎる。【魔術制御】で威力を抑えようにも、さっき失敗したばかりとあっては相手を傷つけずにできる自信が今は持てない。
【夜の帳】を解除すれば効果減衰がかかりある程度は自動的に抑えられるが、逆に大規模攻撃が来た時に対処できなくなってしまう。
「ねぇ、あの天使の背後にあるもの……見える?」
「ん? あの輪っか見たいなやつのことか?」
「違うわ」
どうやってあの天使に近づくかをごちゃごちゃ考えているとベルが真剣な表情で話しかけてきた。ぱっと思い浮かんだものを答えると否の返事が返ってきたので、では何のことだともう一度天使を観察する。
すると、光弾の合間に見える天使の背後に黒い球体のようなものがチラッと見えた。
「なんか黒い球体が見えるな……あれのことか?」
「えぇ。あの感じ……思ったより事態は深刻かもしれないわよ」
「どういうことだ?」
「あなたもあれに似たものを見たことがあるはずよ」
「俺が……?」
素直に何かを教えてくれたらいいのにと心の中でベルに文句を言いつつも、そういえばレア達の時もそうだったと思いながらもあの黒い球体に似たものが何かを考える。
ベルが言うからには前世――もう前にいた元の世界には戻る方法もその気もないため、前の世界の俺は死んでここで新たに生まれ変わったことにした――ではなく、この世界で見たもののはずだ。そうだとするとかなり絞り込むことが出来る。なにせこの世界に転移してからまだ日はかなり浅いからな。
ここ数日のことを思い浮かべ、そしてベルを見る。確かに、思い当たる節はある。でも……
「もしかして……ベルが封印されていた黒い宝珠……もしくはサクラに与えた魔王核の事を言っているのか?」
「そうよ」
だとしたら物騒な話だなと思いつつ答える。それぐらいしか思いつくものがなかったからだ。だが、返ってくる言葉は非情にも肯定を示すものだった。
「なんでだ? 彼女もサクラみたいに魔王核を取り込んでいたのか?」
「違うわね。他の魔王核はこの近くにはないわ。生存しているのは西の魔王だけ。北は私以上に厳重に封印され、南に至っては既に完全に破壊されているわ。それに言ったでしょ、似たものだって」
それはつまり魔王核ではないが、それに近いものということか。そもそも魔王核というものがどういう経緯で生まれるものかは知らないが、瘴気が練り固まったものだったのか?
でも、ベルの話では世界に4つしかないらしい。いや、4つもあるというべきなのかもしれないが、簡単にできるものではないだろう。
確かにあの天使セピアはこの森に満ちていた瘴気を大量に吸収し、そして疑似的にでも神力へと変換していた。
その膨大な力が圧縮されたものだ。魔王核に似たものが生成されてもおかしくはない。
「おいおい、こんなところでまた魔王との闘いになるなんて御免だぞ」
「私の時はまともに戦ってもいないでしょうに。それに、助ける方法があるんでしょ? 取り返しがつかなくなる前に、グズグズしてないでさっさと終わらせなさいよ」
「それなんだが、これだけ派手に暴れられるとなかなか近づけられなくてだな」
「そういうこと……。それなら私達に任せなさい」
「私たち……?」
「まぁ、何とかなるでしょ。【魔王の矜持】“覚醒”――」
ベルが言葉を発した瞬間、その瞳がまるで獣の瞳のように鋭く、色鮮やかに変化していく。変化は瞳だけに留まらず、ベル自身から溢れる力も格段に上がっている。隠蔽されていた角は大きくなり、腰の辺りには少し可愛らしくも見える蝙蝠のような2対の羽まで生えている。
無論、それに伴い俺から供給されている魔力も桁が2つほどとんで消費量が増えていた。
どういった力なのか。それはスキル名称からもはっきりとしていた。でも、俺が知る限りベルにはそんなスキルはなかったはずだ。あるとすれば……
「魔王のスキル、使えたんだな。もしかして、バグってたやつか?」
「そうね。言うなら、この大鎌を出したり、闇の魔術を使っていたのも全部このスキルによるものよ。魔王たるもの、こうあるべきという概念が元となるこの複合スキルはそう簡単に失われるものじゃないわ」
「そんなものがあったのか」
「でも、あなたのせいで不完全なのよ。だからこの覚醒状態は長くは持たないわよ。とっとと終わらせなさい」
「あぁ、わかった。敵の妨害はベルとハクナに任せる。サクラ」
「う、うん」
俺はサクラと手を繋ぎ、引き寄せる。また天使のところまで移動する際に振り回していては同じことを繰り返すことになる。
手を繋ぐことで、俺とサクラを一体として扱い制御する。イメージをしっかりすれば問題ないだろう。敵の攻撃をよけることもしない。ベルとハクナを信用し、俺たちはただ目標に向かって進むだけだ。
「準備はいいな、サクラ」
「大丈夫だよ」
最初は戸惑っていたサクラも状況を理解したのか、しっかりとこちらを向いて返事をする。その眼に迷いはなさそうだ。
「頼む」
「えぇ、任せなさい。複合魔術を使うわ。相手の天術を無効化するからその隙に一気に突き進みなさい。ほら、あんたもしっかり合わせなさいよ」
「わかってます!」
ベルとハクナが各々、術の行使に向けて行動を開始する。どうやら協力するらしい。元とはいえ、魔王と神の共闘かと自陣のメンバーの異様さに感慨にふけっていると、何か様子がおかしい。
互いに目線を交わした後、それはまるで競い合うかのように繰り広げられた。
「絶望を望む者、希望を拒む者、夜より黒き影より出でよ。暗き深淵の底、汝が忌むべき煌きを虚無の彼方へ誘え」
「未来を紡ぐ者、夢を慈しむ者、陽光より眩い空より来たれ。透き通る天の果て、数多の奇跡を呑み込む不浄を払え」
ベルとハクナの魔術詠唱が、まるで合唱のように響き渡る。合わせ鏡のように展開された魔法陣は、互いに反発し、されど打ち消されることなく増幅する。すると魔法陣は次第に紐解かれ、混ざりあい、溶け合うように平面だった魔法陣が立体的に構成しなおされていく。
光と闇はまるで魔術の制御を互いに奪い合うかのようにひしめき合う。
「あら、ちょっと必死すぎるんじゃない? 汗が流れてるわよ?」
「そっちこそ。魔王のスキルまで持ち出さないと使えないんですか?」
「……………………」
「……………………」
一体何がしたいのか。取っ組み合いをするかのようにせめぎ合う魔力は激しさを増していく。協力するんじゃなかったのかと、呆れていると事態が動いた。全体をうっすらと黒が覆ったように膜を生成すると落ち着きを取り戻す。
ベルがニヤリと笑う。
「私の勝ちね!」
「うっ……仕方ないですね」
どういうやり取りがあったのか、どうやら決着がついたらしい。
「ご主人様! 敵の攻撃を崩し、隙を作ります! その隙に一気に飛んでください!」
「え?」
「いくわよ! 複合魔術――」
「ちょっ、ま――」
「「【相殺転絶】」」
ハクナとベルが術名を唱えた瞬間、中途に紡がれ、反発する力が混じり合った魔法陣が砕け、前方へと飛び散るとその経路にあった光弾をかき消していく。
それは魔術そのものを無効化する効果があるらしく、ハクナやベルの前方に展開していた【縮退星】すらもかき消していた。
だが、その放射状に広がる攻撃は確かに前方を埋め尽くしていた敵の光弾をかき消し、敵の意表をつけたのか天使に隙が生まれた。
「後で文句はあるが、まぁいい。ありがとな。行くぞサクラ」
「うん!」
「お願いします」
「頼んだわよ」
ハクナとベルに見送られ一気に加速すると、無事に天使の元へと辿り着く。だが、その瞬間天使の周囲を幾重の障壁が覆っていった。
「クソっ」
「これ邪魔?」
「え? あ、あぁ」
目的の魔術を発動するには相手に触れる必要がある。相手の対応の速さに気勢を削がれているとサクラが何ともなしに聞いてくる。次の瞬間――
「えいっ!」
サクラがその障壁を一刀のもとに切り伏せた。【星桜刀】に備わった【障壁透過】の効果か、いとも容易く切り裂かれた障壁は刀が通った道筋だけ効果が消えうせ、天使が無防備になる。
「……! ナイスだサクラ!」
俺はその一瞬さけた隙間に手を入れる。障壁の修復がすぐさま始まるが、一度侵入したものを退けるほどの力はないらしく天使へと手が届く。
そして、天使の額に手が触れた状態で俺は魔術を行使した。
「【精神同調】」
魔術が発動した瞬間、俺とサクラを光が包み、天使セピアの中へと吸い込まれていく。
無属性に分類されるこの魔術には、相手の精神の中に侵入する効果がある。通常なら意識ある人の中に簡単に入ることはできない。相手を弱らせるか、同意を得ることが必要だ。
だが、今回対象となった天使セピアは本来の意識が表に出ていない状態だった。そのため、特に大きな阻害が働くことはなく、問題なく魔術効果が発動した。
「真っ暗……」
「あんまり俺から離れるなよ」
「うん」
天使セピアの精神世界にはどうやら無事に侵入することができたらしい。だがそこはとても天使の心の中とは思えないほどにどんよりとしている。寒気すら感じるほどに空気が淀んでいる。
場所は森のようだ。だが、地面には黒い霧がかかり足元がよく見えない。近くには黒い沼のようなものも見える。境目も分からない為、いきなり落ちないように注意しないと危険そうだ。
「全く、こんなところまで入り込んでくるとはな……とんだ野郎だ」
「今しがたぶりだな」
「ふん」
声の方へ振り向くと先程まで対峙していた天使と同じ姿、そしてその中でも一番言葉を交わしていた第二心格の天使セピアがそこにいた――
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