047 夜の帳
なんとか間に合った。2章も終わりが見えてきましたね。
……話数間違っていたのを修正しました。
ベルとの契約により発現していた新たな固有スキル、【夜の帳】の発動を受け、俺がいる上空を中心に天使セピアが発動させた特級天術の魔法陣のはるか上を夜が覆っていく。
「これは……」
「わぁ」
「なんかどこか見慣れた光景ですね」
「おい、呆けてるな、来るぞ!」
特級天術自体がこの【夜の帳】で無効化できることはなく、今にも発動せんとその魔方陣は爛々と輝いていた。通常の魔術使用時に展開される魔方陣とはまた異なる、ハクナが使う神術による紋章陣ともまた違うどこか幾何学模様で構成された魔方陣はその線の密度を増していき今にも弾けそうなほど煌いている。
まだ展開範囲は少なくとも確かなスキル【夜の帳】の発動を感じた瞬間、俺は再度魔術を発動させた。
「【縮退星】」
『天術:聖天界號』
その瞬間、頭に直接響くような術名発声ののち、視界を白一色に染め上げる激しい光が降り注ぐ。俺たちだけを倒すために放たれたとは思えない広範囲に及ぶ大規模攻撃。教会を中心に半径50mはあろうかという白の一撃は、しかして、俺たちに届くことはなく迸るその端からまるで最初からなかったかの如く消えていった。
制約が外れ、本来の力を発揮した【縮退星】は光の柱すら超える範囲で広がり、待ってましたと言わんばかりにその全てを呑み込んでいく。
そう、ベルとの契約によって新たに発現した固有スキル【夜の帳】は俺の周囲にのみ【我が内眠る創造の拠点】の効果をもたらすという【疑似拠点】のいわば上位版ともいえる能力を有していた。
【疑似拠点】は周囲数十cmに疑似的に創作世界と同じ空間を生成するものだ。その為、持ち出しに登録されていないものを外部に向けて放とうとすると著しくその効果が低下する。
しかし、この【夜の帳】はこの世界と創作世界を繋げ、創作世界の一部をこちら側に引っ張り出してくることによって力の使用を可能にしている。それは疑似的な仮初のものではなく、れっきとした本来の力を持ち出してくるため外部にその力を放とうと効果が減衰されるようなことはない。
もちろん、デメリットも存在する。それは今もこの空を覆う星空だ。まさに創作世界と同じ、もはや見慣れた光景になりつつある綺麗な光景だ。雲一つ見られない中に無数の星が瞬く漆黒の闇。【夜の帳】発動中は上空を創作世界の夜が支配する。
【疑似拠点】はほぼ常に発動状態だが、この力に関しては簡単には使えないだろう。今回は仕方なく発動したが、これだけの範囲に影響を及ぼすスキルだ。この景色は街側からも見えていることだろう。
ただでさえ異変が起きている西の森でこの事態、あのギルドマスターなんかは頭を抱えているに違いない。……少しいい気味ではあるな。
「相変わらず、出鱈目な魔力ね」
「【神之御業】にすら匹敵する特級天術を打ち消すなんて……」
「師匠すごい!」
俺の所業に各々の感想を述べ、飛びついてくるサクラを宥めつつも警戒を解くことはできない。上空に佇む天使セピアは特級天術をかき消されようと、慌てる様子がまるでない。
両手を前にダランと垂らし、まるで幽霊のようにフラフラと宙に浮きながら呼吸をするように、それが当然と言わんばかりに瘴気を吸収し続けている。
そこからはもはや先ほどまでの生意気な意思はまるで感じられない。操り人形のように力なく佇み、こちらをただ見つめているだけだ。
だが、瘴気自体は確実に回収し、その先から疑似神力に変換しているのかその姿は出会った時からかなり変化している。翼の半分は黒へと完全に染まり、頭の輪っかは黒と白の2つに増え、渦巻く疑似神力はさらにその勢いを増し、その背には光輪まで生まれ始めている。
「まさにラスボス第二形態って感じだな」
「あのまま放っておくつもり? どんどん厄介になるわよ」
「といってもな。叩き落とすわけにもいかないし、どうすりゃいいんだ?」
「ご主人様、彼女の名前を知っているってことは解析したんですよね?」
「あぁ」
「彼女の固有スキルは何だったんですか?」
「固有スキルか? そうだな……」
どうやらハクナはこの状況を生み出している原因が天使セピアの固有スキルにあると思っているようだ。通常ではありえない事態、確かにそれを生み出す要因として世界に1つしかない固有スキルは確かに可能性としては高いのかもしれない。
俺はうろ覚えだったため、再度【魔力解析】を実行しハクナの問いに答える。
「あの天使セピアが持っている固有スキルは【生存本能】と【心層投影】の2つだな」
「どういったスキルかわかりますか?」
そういえば、知らないスキルばかりだと思いながらも戦闘中だったために詳細まで確認できていなかった。事前の情報収集は戦闘での必須事項なのにな。どうせ何もせずじっとしているなら、今すぐ天使も動く気配がないので今の内に調べておいた方がいいだろう。
他のスキルも色々と気になるものが多いが、まず優先して固有スキルについて詳細を調べていく。
【生存本能】
・Rank:EX
・効果:無意識に“生”を追い求める。自身を害するものをあらゆる手を尽くし排除する。制御不可。死を遠ざけ、生に縋る意思の力。
【心層投影】
・Rank:SS
・効果:己が心層を外部に投影する。それは現実を塗り替え、数多の法則を凌駕する。発動指定不可。無作為発動スキル。
「これは……」
どこか曖昧な内容。だが、そのランクからも強力なスキルであることがうかがえる。しかも揃いも揃って自分の思い通りには使えないスキルだ。彼女がこの状態に陥ったのも、このスキルが原因なのかもしれない。
「どうだったんですか?」
「なんて言ったらいいか……生きる為に無意識に行動するスキルと、自分の心の状態が外部に影響を与えるスキル……って感じか? しかもどれもランクがSS以上で制御ができないみたいだな」
「それはなんとも難儀な力ね」
「すると前者が瘴気をあの神力のまがい物に変えている力ですね」
「俺は疑似神力と仮称したが、彼女のスキルの中には【瘴気転換】というのもある。正確にはこれがその力だろうな。でもこのスキルを入手する切っ掛けになったのは間違いなく【生存本能】によるものだろう」
「むー、難しい事はわからない」
サクラは俺たちの会話に混じりたいのだろうが、その内容がわからず頬を膨らませ不満を露にしていた。どこか可愛らしいその姿に俺は少し気分を落ち着かせると、再度天使へと視線を向けふと気づく。
「そういや、あの戦乙女はどうしたんだ?」
「あそこにいますよ」
ハクナが指さす先に目を向けると、そこには体長の2倍はあろうかという氷の結晶に閉じ込められた戦乙女の姿があった。その横にはベルの闇の魔術だろうか、紫色の鎖に巻かれ木に縛り付けられているもう一人の戦乙女も見える。
こちらも既に気を失っているのか、顔を俯かせ動く気配もない。
「大丈夫なのか? あれ」
「彼女たちは本来は神界の中心にあったはずの要石の守護者です。守護者としての学習や各種改良は初期化されてるみたいですけど、壊すわけにはいかないので。それに、あれは一種のゴーレムみたいなものです。私たちみたいに生きているわけじゃありません」
「だそうよ。壊すなって言われて大変だったんだから」
「そうなのか」
さっきもそのようなことを言っていたが、そこを追及すると絶対に闇の神に話が繋がりそうだったためそれ以上は問い詰めず話を打ち切る。
「師匠……」
「あぁ、そろそろだな」
瘴気の吸収が終わったのか、天使が再び動き出す。開かれた瞼から除く瞳は最初の薄緑色から大きく変わり、黒い眼の中心に黄色い菱形が覗いている。まるで漫画とかによく出てくる悪魔、魔人の瞳だ。
吸収した瘴気が疑似神力へと変換され、彼女の身にいき渡っていく。
生きる為とはいえ、あの状態を彼女は是としているのだろうか?
いや、そんなはずはない。出会った時、彼女はなんて言っていた? 「来ちゃダメ!」「逃げて」と、俺たちを遠ざける言葉ばかりを呟いていた。中には「嫌だ、もうやめてよ」と自分の境遇に対し、嘆いていると思えるものまであった。
例え直接助けを求められたわけじゃなくとも、こんな境遇にある彼女を放っておくことなんてできない。
「どうするのよ。殺すつもりはないんでしょ?」
「原因はわかっても対処方法が決まってないですね」
「かわいそう……だよ?」
「そうだな……殺すつもりはもちろんないが、対処方法がないわけじゃないぞ」
「え?」
対峙しながらも考えていたことがある。
あの2つのスキルがあったとして、何故こんな事態になったかだ。生きることに執着するなら、ハクナと同じように俺から魔力を吸収したほうが遥かに効率がよく、しかも安全だ。
それなのに、出会い頭に戦闘に突入した。助けを求めることもなく、それしか生き残る方法がないかのように。
それに天使セピアがどのような経緯で神界からこの世界にやってきたのかは知らないが、神力の補充方法に瘴気が選ばれたことも不思議でならない。どう考えても後々悪影響が出そうだ。生きる本能が選ぶ選択とは思えない。
強い拒絶の意思。
懸念として考えられるのは【生存本能】と違うもう一つの固有スキル【心層投影】と彼女の心だ。本来の彼女とはほんの少し会話とも言えない言葉を聞いただけだったが、どこか後ろ向きな、逃げの姿勢が感じられた。
自分の状況を解決するために動くわけではなく、人がいない場所に逃げ孤独に生きる。他を害してしまうから、そもそも人と接しないようにする。
それでは問題の先送りにもならない。彼女の心がさらに傷付き、状況をただ悪化させていくだけだ。
きっとその行動が、その根本にある天使セピアの心の弱さが、この森の異常、引いてはハクナが言う神界の悲劇を引き起こしてしまったのかもしれない。
なら、変えるべきはきっとそこだろう。救うためには、彼女自身が戦わないといけない。
「それにはみんなの協力が必要だな」
「何をするの?」
「もちろん天使セピアを救うんだよ。何も俺は彼女が瘴気を吸収し終わるのをただ待っていたわけじゃないぞ?」
「そうなの?」
ベルが意外といった感じでこちらを見る。逆に敵対している相手が自身を強化しているのに意味もなく放置する方がおかしいと思うんだが……ベルは俺の事をどう思ってるだろうな。気にはなるが、聞く勇気はないな。
「当たり前だ。あれだけの瘴気だ。彼女を救ったとして、この森にあれだけの瘴気が満ちていたら何かと問題になるだろう?」
「まぁ、そうね」
「それを彼女が集め、吸収してくれるのならそれに越したことはないじゃないか」
「え? でもそれって、光神の従者……あの天使が危なくなるだけなんじゃ……それに森で誰かが傷ついたとして、ご主人様は気にするんですか?」
「まぁ、気にしないな。森に入る時点で覚悟だってあるはずだしな。それが幼い子供だったと言われたら後悔はするが……」
「じゃあ、どうして」
「俺が気にしなくても、彼女は気にするだろう」
彼女とはもちろん天使セピアの事だ。俺が今から行おうとしているのは彼女の心を救うための行動だ。だが、セピアがした結果の残滓が誰かを傷つける可能性がある状態を残していては後々に問題になる可能性が高い。不安の種は早々に潰しておくに限る。
「そういうことですか。でも、肝心の方法はどうするんですか?」
「それはだな――」
俺は過去、漫画などでこういった状況にあるときにどういった解決方法があるかを思い浮かべ、それが実行可能かを確認し作戦を立てて行った。
あくまでフィクションの話を基にしたものだったので、俺の考えをハクナ達に説明し現実性があるかを確認してもらう。
「それなら……どうにかなるかもしれないですね。でも、うまくできますか?」
「それはわからん。俺もこういうのは得意ではないからな。ここは真っすぐで純粋な心を持ったサクラに任せようと思っている」
「頑張る!」
サクラが握り拳を作ってフンスと意気込む。
「私たちはその間のあれの足止めということね」
「あぁ。毎度面倒な役回りで悪いな」
「別にいいわよ。でも後でこき使った分の対価は請求するから覚悟しなさい」
「……お手柔らかに頼む」
取り敢えずの方針がまとまり、天使へと対峙する。その瞬間、天使側も準備が整ったのか、周囲に次々と幾何学模様の魔法陣を生成していく。
「我が身に仇名す全てに滅びを」
第三心格となった天使から紡がれる言葉は、今までのどこか子供が駄々をこねるような敵対から、全てを滅ぼす魔王の如く変貌していた。
その言葉は重く、低い。明確な敵意。どこかで会った時のベルに近い感じすら受ける。
「ここからが本番だな」
「はい」
「そうね」
「サクラもしっかりとついて来いよ」
「うん! ふわふわ!」
こんな事態でもどこか楽し気なサクラに、これならなんとか問題なさそうだと気を引きしめ行動を起こす。
「【重力支配】」
もう、【魔術制御】も大分上達した。俺はサクラと自身を重力を操作することによって天使セピアの元に導いていく。
それにハクナとベルも続く。俺は終わったら今度こそ創作世界引きこもってやると目に見える間近な目標を据え、発動した天術の攻撃の中へと飛び込んでいった。
次回、12/8更新予定です。




