005 契約
「そうか、それは立派だな」
「はい! だから――」
「ま、その神話大戦みたいな話は置いといて」
「ご協力をって、えっ!?」
話に割り込む。失礼かもしれないが、明らかに変な方向に話が進みそうだったからだ。
「封印っていうのは神が数人がかり、かつその身で行ってるんだから相当持つんじゃないのか?」
「は、はい。数百年は持つと思いますけど……でも地上への影響は」
適当に言ってみたが数百年か、すごいな。流石神様ということか。
「じゃあ、今はその闇の神とやらよりも君自身のことだ」
「えっ? 私……ですか?」
「神力というのは魔力とは違うのか?」
「は、はい。神力は魔力の上位に位置するものです。魔力で代用はできますけど、魔力から神力を生成するのはとても効率が悪いんです。だいたい1/10000程度くらいですね」
1/10000……効率が悪いにもほどがあるだろう。エネルギー保存の法則はどこへ行った……いや、それほど神力とやらが魔力に比べ上位に位置するのか。等価交換が成り立っているとすれば、それは相当なものになる。
でも代用ができるなら無限とはいかずとも、瞬時に回復する俺の魔力を使えば今の彼女の存在が消えてしまうという状況は凌ぐことができそうな気がする。
「なら、俺の魔力を使って神力を補充することはできないか? 仮にも君を助ける者として選ばれたんだし、俺個人としても何とかなるんじゃないかと思ってるんだが……」
「えっ? でも、それだけの魔力を吸い取ってしまうとあなたが……それに人が蓄えられる量の魔力では現状を打開する量はとても……」
「魔力はほとんどないが、俺のスキルはどうやら魔力の回復量を上げるものらしい。おそらくだが、選ばれたからには供給して減る量より回復する速度の方が早いんじゃないかと思ってる。まぁ、実際にはやってみないとなんとも言えないんだが……」
スキルの説明を見る限り恐らく大丈夫だろう。人を殺す兵器みたいなもののエネルギーに使われるのは御免だが、可愛い少女を助ける為のエネルギー供給なら問題ない。むしろ大歓迎だ。
ハクナは考え込むそぶりを見せた後、こちらに向き直る。
「……本当にいいんですか?」
「ああ、だが条件と問題はあるぞ。まず、闇の神とやらの戦いなどには協力できない。君を助けるために魔力を供給するだけだ。あと、俺はこの世界のことについて何も知らないので色々と教えてもらえると助かる。それで、問題はどうやってその魔力供給をするのかがわからないということなんだが……」
「ありがとう、ございます……今はそれでいいです。時間さえあれば、力を集めることも自分の力を磨くこともできますし、何か他に別の糸口を見つけられるかもしれないですから」
納得してもらえたようでよかった。思わず笑みがこぼれる。
情報をもらって時折、対価として彼女に魔力を供給するくらいなら問題ないだろう。これでこちらの世界での生活にも光明が見えてきたというものだ。
「それに方法なら私がわかります。魔力から神力への変換も可能です」
そう言ってハクナは俺の元へと近づき、両手を俺の頬に添える。
「えっ、何を!?」
「私はあなたに仕えます。さきほどあなたが言っていた巫女のように、永久に共に、私のご主人様」
そういうとハクナは口づけをした。しかも口と口だ。
あまりの出来事に硬直し、恥ずかしさに引きはがそうとハクナの肩に手を触れさせた瞬間、ものすごい虚脱感が身体を襲った。それと同時に自分の中の何かがハクナの方へ流れていくのがわかった。
魔力を吸われているのだ。それもものすごい勢いで、ものすごい量を。
この虚脱感は魔力が少なくなった時に起きるものなのかもしれない。それがスキル【無限湧魔】による即時補充で繰り返し発生しているのだろう。
気力がそがれ、彼女を引きはがそうと肩に置いた手にも力が入らない。
「んっ、くぅ」
彼女の吐息がもれる。
一体どれくらい経っただろう。あまりの状況に感覚が追い付かない。数秒だったかもしれないし、数十分は吸われていたような気さえする。
キスなんてするのもされるのも初めてだ。処理が追い付かないのも仕方がないだろう。
しばらくすると虚脱感が薄れていく。魔力供給が終わったのかもしれない。だが、魔力が吸われる感覚がなくなった後もまだハクナは離れようとしない。
状況に耐えられなくなり、彼女の肩をポンポンとたたく。
「! ご、ごめんなさい!」
そういうとハクナは素早く離れ、口元を手で押さえつつ顔をそむける。その顔は真っ赤に染まっている。まぁ、俺も人のことは言えないだろうが……。
彼女の身体が透けていたのもなくなっている。問題なく神力とやらを補充できた証なのだろう。
「いや、それは、まぁ……かまわないんだが」
俺の方も魔力を吸われる感覚がなくなれば虚脱感も消え失せた。流石の回復速度といったところだ。ただ、なぜか左の手の甲がジンジンする。
「そ、その、神力はうまく補充、で、できたみたいだな」
いきなりの状況に、噛み噛みながらもなんとか言葉を口にする。
「は、はい。その、ありがとうございます。まさか、全回復までできるとは思っていませんでした。すごい魔力量……というより回復速度なんですね」
「ま、まぁ、そういうスキルみたいだからな。無事に助かったようでなによりだ」
「スキル……」
ちょっとポーっとした感じの表情でこちらを見つめるハクナ。でも、こちらとしてはまた確認しないといけないことが増えた。余韻に浸っている暇はない。なんとか言葉を絞り出す。
「それで、ちょっと確認したいんだが……」
「は、はい!」
「……ご主人様っていうのは? それに左手の甲が何かジンジンするんだが」
「あ、あの、すみません。契約を行い、ご主人様との間にパスを生成したんです。長期にわたって活動するなら何度も供給を受ける必要があるので、毎回するのも迷惑かと思って……私はいいんですけど、その……」
「パス? それがあると大丈夫なのか?」
「私とご主人様の間に魔力による繋がりを作るので、そのキ……儀式をしなくてもそのパスを介して魔力供給を受けられるようになるんです」
なるほど、ちょっと残念な気もするがそれはそれで助かるな。たびたび供給しないとだめだとは思っていたが、まさか方法がキスだとは思いもしなかった。確かによく考えれば漫画とかでも高確率で使われる手法じゃないか。
「でも、それだと急に魔力が抜かれたりするのか? いきなりあの虚脱感に襲われるのは勘弁してほしいんだが……」
「それは大丈夫です。ご主人様を主側として契約しましたので、ご主人様の許可がなければ私は魔力供給を受けることができません」
「なるほど。でも、ご主人様っていうのは……ちょっと」
「ご主人様は私の命の恩人ですから! これからも一緒にいます!」
どうも確定らしい。
あの泣き喚いていた時が嘘のように活き活きとしている。命の危機から脱したのだから当然かもしれない。
一人じゃなくなったのは心強いんだが、それが神様っていうのは。しかもなぜかこちらの方が立場が上……
「はぁ、もう好きにしてくれ……あ、でも闇の神退治はしないからな」
「はい。時間はできたのでそこは約束通り、ご主人様の希望に従います。契約主には逆らえないようになっていますので!」
そこはわかってくれているようで安心した。でも、なぜそれを嬉しそうに語るのか。神の主ってすでにやばくないか?
「契約の証もあります。手の甲に紋章が刻まれていると思います」
「これか……」
さきほどからジンジンと痛みを放っていたが、今は治まっている。確かに手の甲には何やら紋章が浮き出ている、というより光を放っている。
「これはこのままなのか?」
「いえ、契約を執行する時以外は見えなくできます。神との契約で発生するのは神紋で、基本は契約者同士にしか見えません」
「それならいいか」
流石にタトゥーみたいなのがあると落ち着かないしな。でも某ゲームの命令権みたいだ。主従関係の証という話だから似たようなものなのかもしれないが、絶対服従なんてことはないだろうし回数制限もないだろう。
でもなんか彼女のノリには気をつけないと。こちらの流れに持っていこうとしても、気づいたら彼女の流れにはまっている感じがする。生来のコミュニケーション不足が悔やまれるな。流石神、油断大敵だ。
「あ、でも仮にも神である私と契約を交わしたので何かスキルが発生していると思いますよ? もしかしたら強いスキルかも……? 戦力強化ですね!」
「なっ!?」
嬉しそうに語るハクナ。ほらみろ! やっぱり油断できないじゃないか。言ったそばからこれだ。でも、新しいスキルだって? それは気になるな。
「契約したらスキルが増えるのか?」
「相手との相性やお互いの立場にもよりますけど、今回は共に最大級なので間違いなく激レアなスキルが発生してますよ! 見てみませんか?」
……なんかご主人様と呼ぶ割には接し方がどんどんフランクになっていっている気がするんだが……しかも立場は神だから最大級だとしても相性はわからんだろうに。それに、さっきのステータスを見る限りでは俺は最底辺だろう。
そう言いつつもこういう風に接しられて悪い気はしない。それに、スキルにも魔法が使えるようになるかもしれない可能性があるのでどうしても期待してしまう。懐からタブレットを取り出しマイメニュー欄を確認する。
そこには確かに項目が増えていた。
○固有スキル
・【無限湧魔】
・【我が内眠る創造の拠点】NEW
○契約スキル
・【神術】NEW
・【水神子の加護】NEW
○付与スキル
・-
○スキル
・【魔術適正:無】
魔術適正は増えていないが、固有、契約スキル欄が増えている……?