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異世界にとばされてなお、彼の者は我が道を貫く。《夜天の星王編》  作者: stella212
第二章 災いを呼ぶ少女編
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043 悲運の少女

なが……


「………………マジか」


 タラリと頬を汗が伝う。先程まで異質な気配を放っていた犬やらゴブリンやらサルやらの集合体は見る影もなく、そこにはバラバラになった肉片が転がっていた。


 合成獣(キメラ)としての継ぎ接ぎが剥がれたわけではない。ベルの持つ大鎌によって無残にも切り裂かれたのだ。大鎌を振る素振りすら感じさせない速度は凄まじく、俺はその剣閃すら視認することができなかった。


 今となっては頼れる仲間だが、もし復活したばかりの時、魔術ではなくあの大鎌で攻撃されていたら防ぐことができただろうか? そのもしもを思い浮かべ、ゾッとする。首が繋がった結果を想像することが出来なかったからだ。例え【縮退星(コラプサー)】を発動待機させていたとはいえ、その挙動さえ見切ることが出来なければ割り込ませることもできない。


「呆気ないわね」

「ベルベルすごい!」


 俺の心配をよそにベルはザアッと大鎌を闇に溶け込ませるように粒子化して消滅させると踵を返しこちらに戻ってくる。サクラは先ほどの光景に脅えたりすることもなく、無邪気にベルの元へと駆け寄っていく。


「ありがとう。そういえば、さっきのあなたもなかなかだったわよ?」

「ほんと!?」


 ベルが言っているのはこの森の入り口でフェンウルフに襲われた時に、サクラが1匹目をやっつけたことを言っているのだろう。確かに、あの時のサクラの動きはどうやったのかわからないほどのすごさがあった。


ご主人様(マスター)!」


 俺もあの時サクラが何をしたのかは気になったので、話題に挙がったついでに聞こうとしたところでハクナが緊張感を伴う声をあげる。


 その声に周囲を見渡すとまたもや魔物の気配を確かに感じる。どうやら瘴気が満ちるこの森では気を休まる間もないらしい。しかも……


「数が多いな」

「そうですね。囲まれたみたいです」

「どうするの?」

「そうだな……まだ戦闘に慣れていない状態でいきなり乱戦はごめんだ。敵を妨害して、各個撃破の状態に持っていくことはできるか?」

「足止めしながらなら大丈夫です」

「頼む」


 感知系のスキルを手に入れたとはいえ、戦闘中に全方位の敵を意識しながら攻撃していく自信が無かった為に提案する。ハクナに返事をしたところで、集まっていた魔物が動き出した。


 先程も戦ったフェンウルフがまず勢いよく飛び出してくる。


「ハクナ!」

「はい! 【氷結泉(グラキラシア)】!」


 俺の言葉を合図にハクナが周囲に向けて手を弧を描くように振り抜くと、その軌跡に沿って氷の結晶が地面より突き出て魔物の行き場を塞いでいく。その光景はまるで海の中に落下した際に弾けた水がそのまま瞬時に凍りついたかのようだった。中には突進の勢いのままその鋭い先端に串刺しになった魔物もいる。


 それを見ていた猿型の魔物――解析ではグルシーミアと表示された――が身軽に木によじ登ると、張り巡らされた氷の結晶を木々の上から越えようと迫ってくる。


「鬱陶しいわね」


 ベルが手を上空へ向けると黒い狼の影のようなものが飛び出し、猿型魔物(グルシーミア)へと襲い掛かる。その無詠唱で放たれた魔術に見覚えがあるような気がして、頭を巡らせ思い出す。あの商人と一緒にいたハーゲンティという悪魔が使っていた【狼影駆(ウルブラニス)】とかいう闇の魔術だ。


 さっきの大鎌といい、どうやらベルは闇属性の魔術適正を持っているようだ。解析時には表示されていなかったと思うが、もしかしたらバグっているスキルの中に該当するのがあるのかもしれない。表示がバグっていても問題なく効果は発揮するようだ。


 そんなことを考えていると、ハクナが張った氷のバリケードの隙間から今度は武器を持った緑色の小さな人型魔物が武器を上段に構え迫ってきた。やせ細った身体に膨れた腹部、釣り挙がった瞳をこちらに向けるその魔物はファンタジーものでは定番のゴブリンだ。キヒヒと薄汚い笑みを浮かべながら僅かに口元から零れる瘴煙には思わず目をそむけたくなる嫌悪感を覚える。


「次から次へと忙しないな」


 この隙間はハクナの不手際というわけではない。各個撃破という俺の要望に答えた結果だろう。つまり、この隙間から攻めてくるものを俺たちが対処するというわけだ。


 バリケードを越えてくる魔物たちは経験豊富であろうベルやハクナを信頼して無視することにし、俺は目の前のゴブリンに集中する。


「サクラ。周りはベルとハクナに任せて、俺たちはあの隙間からくる魔物の相手をするぞ」

「うん、わかった」


 サクラも【星桜刀】を舞い散る桜の花びらとともに出現させると、俺の前に立ち構える。前衛を担当するという意思表示だろう。俺もサクラの持つ【星桜刀】の切れ味を思い出し、近くにいては邪魔かと納得し後ろに下がる。


「魔術で補助する。あまり無茶はするなよ?」

「うん!」


 それだけ答えるとサクラは駆け出し、一番先頭にいた棍棒を持つゴブリンに斬りかかる。ゴブリンも棍棒を振りそれに対抗しようとするが、その棍棒はあっさりと断ち切られそのまま頭を深く切り裂かれる。


『グギャ』

「きゃあ」

「サクラ!」


 ゴブリンはその一撃で絶命したみたいだが、そこでサクラが悲鳴をあげる。不運にも断ち切った棍棒の破片が振り抜かれた勢いのままサクラの方へ飛んできたのだ。辛うじて手で弾いていたが、そのせいで体勢を崩した。そこに後ろにいた別のゴブリンが追撃を仕掛けようと剣を振りかぶっている姿が見えた。


「させるか! 迅雷よここに、迸れ! 【雷球弾(ディボル)】!」

『ギャピッ』


 【魔術制御】で弾速に魔力を割り振り高速で放たれた【雷球弾(ディボル)】は一瞬でゴブリンに命中し感電させるとその命を摘み取る。その隙にサクラは立ち直り、後続に警戒を移す。


「大丈夫か!?」

「うん。師匠、ありがと」

「切れ味が良すぎるのも問題だな。今度はそれも考慮して攻撃するようにな」

「うん、わかった……あ、そうだ!」


 サクラが何かを思い出したように呟く。すると、次に攻めてきたゴブリンに対し同じように【星桜刀】を振り抜いたとき、その剣は断ち切られることなく弾かれゴブリンに大きな隙を作り出す。サクラはその一撃に手ごたえを感じたのか笑みを浮かべ、隙を逃すことなく斬り返し上半身と下半身を別れさせた。


「相変わらずサクラは成長が早いな。どうやったんだ?」

「師匠からもらったこの剣には切れ味を変えられるスキルがあるんだよ」

「切れ味を? そういえばそんなスキルがあったな」


 サクラの言葉に【星桜刀】のスキル構成を思い出す。確かに【切味調整】というスキルがついていた。なるほど、弱くする理由がわからなかったが、切れすぎるということが問題になる時には便利かもしれない。使いようによっては打撃武器扱いにもできるのか。それに、特訓の時とかは切れ味をかなり落とせば木刀代わりにもなる。


 意外と有用なスキルだったんだなと思いながらも、他にも【演出屋】なんて明らかにネタ的なスキルもあったことから強力ながらどこか残念な武器なのは確かだ。ちなみに、サクラが【星桜刀】を取り出すたびに桜の花びらが舞い散っているのはこの【演出屋】のスキル効果だ。かっこいいとは思うが、このスキルがあるがゆえに他の有用なスキルが付かなかったりしたのなら勿体なく感じてしまう。


 俺がそんなことに思考を彷徨わせている間も、サクラは着々と迫りくる魔物を切り伏せていた。サクラの前には魔物の山が出来上がりつつあり、後続の魔物はその山をよじ登り乗り越えてくるため、徐々にバリケードの効果がなくなりつつあった。


「そろそろ潮時だな」


 ある程度サクラたち仲間の戦いをみて、この瘴気が満ちる森の中でもなんとかなりそうだという確認が取れたので、ジリ貧になりつつあるこの戦闘を終わらせようと行動を開始する。


「迅雷よここに、迸れ」


 俺の詠唱を合図に周囲にいくつもの雷球が生成されていく。一度詠唱を伴って魔術を発動しているので【省略詠唱】での発動も可能だが、【魔術制御】を適用するにはまだ詠唱した方がイメージがつかみ易い。まだまだ特訓が必要そうだ。


ご主人様(マスター)?」

「何かするならちゃんと事前に言いなさいよ」


 初級魔術にしては尋常ではない魔力が込められた雷球を見てハクナとベルが苦言を呈する。


「悪い。そろそろ鬱陶しくなってきたので、魔術の実験も兼ねてちょっと派手に行くぞ」


 ハクナが張ったバリケードの上空に向けて、7つの雷球が旋回しながら高度を少しずつ上げていく。


 俺はその雷球に対し、弾数、威力、効果範囲、魔術強度、魔術効果と順番に魔力を込めて【魔術制御】による強化を施していく。これは初級魔術を有り余る魔力で強化を施した時にどの程度の威力になるのかの検証だ。すでに注ぎ込んでいる魔力は【神術】経由であることを考慮したとしても、S級魔術を優に超える消費量だ。


「ちょっと、ホント何する気?」

「ご主人様は少し自重した方がいいと思うんですけど」

「なんかチカチカする」


 それを見てベル、ハクナ、サクラが思い思いの言葉を述べる。


 旋回している雷球はバチバチと甲高い音を鳴り響かせ、ついには溢れ出した魔力が隣り合う雷球間を放電し繋がると輪を形作っていく。


 そのもはや原型を留めていない状態を見て確かになんかヤバそうだなとは思うが、今更引くこともできずそのまま解放の言葉を紡ぐ。


「じゃあ、行くぞ? 【雷球弾(ディボル)】」

「待ちなさ――」


 ベルの制止を聞く前に発動させてしまった【雷球弾(ディボル)】は俺の制御を離れた瞬間周囲の敵に瞬時に着弾、猛烈な閃光と爆音が鳴り響く。


「きゃあ!」

「うおっ」


 もはや何が起きているのかわからない音と光の奔流が集束すると、周囲には立ち込める焦げ臭い匂い以外は何もなく、バリケードとなっていた氷の結晶も砕け散り、ただ魔物の残骸であろう黒い燃えカスのみが残っていた。


「凄まじ――いてっ」

「やりすぎよ!」


 俺がその結果に驚愕して感想を述べると後ろからベルに頭をはたかれる。


「おい、なんてもんではたいてくれてるんだ」


 ベルが手に持っていたのは合成獣(キメラ)を瞬殺した大鎌だった。刃があるほうとは逆の持ち手側だったが、あの威力を見た後ではそれでもかなり恐怖を感じる。


「反省なさい」

「……すまん」

「あなた、しばらく魔術禁止ね」

「え?」


 文句をいいつつも、悪気はあったので素直に謝罪する。ただ、その後に続いた言葉には納得できなかった。


「いや、これからA級の依頼をこなしに行くんだ。禁止はないだろう。もう変なことはしない」

「別に今は必要ないでしょ。それに、通常は魔力消費を抑えるために基本魔術は控えるものよ。これから大物を相手にしようとしているのならなおさらね」

「む……確かに」


 ベルの言うとおりだ。なまじ魔力が無限に近い速度で回復するため、一般的な魔術師のそれから常識が外れていた。


 でも、それは一般的な魔術師だったらの話だ。魔力切れの心配がない俺がわざわざその基本運用にならう必要があるのだろうか?


 あるとするなら魔力が回復しない制限付きダンジョンとか? ゲームじゃあるまいし、そんなダンジョン自体があるのかすら不明だ。でも、ないとも言えないか。


「わかったよ」


 流石に魔術一辺倒では魔術が効かない、もしくは吸収するような魔物がいたら相手にできない。万が一の備えになるならとベルの罰を了承する。しかし、魔術が使えないとなると俺にできることは少ない、というよりほとんどない。


「魔術が無理なら師匠どうするの?」

「そうだな、まだ使ったこともないが、持ってるのはこれだけだな」


 俺が懐から取り出したのは、アルストロメリアでドワーフの店主ガルニスから譲り受けた双剣の片割れ、【起源刃:霊煌】だ。


 魔力を注ぐと武器屋で試した時と同様に光の刃が生成される。この剣でも魔力は消費するのだが、細かいことは気にしてもしかたがないので、今は一旦無視する。この剣がうまく扱えるようになれば、普通の剣も使えるだろう。


「まぁ、これもいい機会だし近接戦闘も試してみるか」

「そうしなさい」


 いざというの為にサクラなんかには色々やらせようとしているのに、自分は何もしないってのもばつが悪い。魔法剣士っていうのもかっこいいしな。まだ、魔物に近づいて直接攻撃するというのは勇気がいるが、サクラが平然としているのに主である俺がなよってなんていられない。ちょっと頑張ってみるか。


 俺が派手に殲滅したせいで素材の剥ぎ取りも何もできない為、再度教会へ向けて移動を再開する。


 道中、断続的に魔物と遭遇するが、危なげなく対処する。さっきのような集団に遭遇することもなく、いても2~3匹がまとまっているくらいだった。


「師匠と一緒!」


 サクラが俺の持つ剣を見てにこやかに微笑む。確かに、成り行き上サクラと前衛を請け負うことになった。


 ふと先程の戦闘を思い出して何か違和感を感じ、前方に視線を転じる。そこにはベルが大鎌を肩に乗せて周囲を警戒している姿があった。後ろを振り返れば、ハクナがさきの戦闘で発動した【蒼天剣(レギンレイヴ)】で脇から出てきた魔物を一刀両断していた。


 気が付けば全員近接武器を持って戦っていたのだ。この間、俺含めて魔術師しかいないなと思っていたはずなのに、気が付けばその逆の状況になっている。そういえば、サクラはあまり魔術を使わないな。この間、属性付与の魔術を使っているのを見たくらいか。ベルとハクナは近接と魔術をマルチに切り替えている。


 安定してないと思っていたこのパーティだが、実はそんなこともないのか? オールマイティとはいかないが、臨機応変に対処はできそうだった。


 俺がパーティとしての役割に再度思考を巡らせようとした時、またこちらに向かってくる大量の魔物の気配を感じ取る。だが、それは先ほどとと異なり様子を窺うように周囲を包囲するのではなく、一直線に、しかもかなりの速度でこちらに向かってきているようだった。


「なんだ? もしかして件の悪魔の少女が、森を荒らす俺たちを排除しようとしてるとか?」

「そういう感じでもなさそうね」

「はい。誰かいますね」


 ベルとハクナの言葉を受け、再度気配察知を発動させる。すると確かに、こちらに向かってくる魔物の先頭に人の気配が感じられた。


「使役しているのか? いや、それなら後ろに控えるか。ということは追われてるのか?」

「そうじゃないかしら」

「こんな森に、俺たちよりも深くから?」


 追われてるのなら助けるべきかとも思うが、迷いなくこちらに向かってきていることが気になる。このまま魔物を押し付けられたりしたらMMOなどでは完全な魔物を他者に擦り付けるMPK行為だ。ゲームとは違い、この世界で死はそのまま人生の終わりを意味する。


 もしかすると悪魔の少女の仲間で、俺たちを排除するために魔物を引き連れてきているのかもしれない。そう思い至ると、警戒心をより一層強めその方向を睨みつける。すると、徐々にその姿が露になってきた。


 魔物の先頭を駆ける人影は、どうやら最初の想像通り追いかけられているようだった。しかも、金髪を揺らしながら必死の形相で逃げている少女にはどこか見覚えがある。


「あら、ギルドにいた貴族じゃない」

「あぁ、そういえば後で話がしたいとか言っていたな」


 追われていたのはエリスと呼ばれていた貴族の少女だった。話については色々あって忘れていたが、受付に戻った時には特に姿が見えなかったような気がする。すっぽかしたことになるのかもしれないが、相手もいなかったので俺のせいじゃないと思いたい。もしくは俺を呼びつけたギルドマスターのせいだろう。


「あ! やっと見つけた! ちょっとどこにいたのよ! で、でも、そんなことはどうでもいいわ。た、助けなさい! いえ、お願い、助けてください!」


 少女がこちらに気付き、後ろの状況を確認しつつ必死に助けを求めてきた。その眼には涙が浮かんではいたが、俺たちを見付けたからか絶望の淵から希望が見えたように笑顔を浮かべていた。


 一応知らない仲ではなく、どうやら俺たちを探していたようなのでもしかして例の話をするためにルーミエさんに行先を聞いて追ってきたのかと思い、助けに入ることにする。といっても、この状況では魔物に関してはどちらにせよ相手をするしかない。


「いくぞ」

「しょうがないわね」

「はい」


 エリスが俺たちの元まで走ってくるのとすれ違うように、ベルとハクナが飛び出していく。ベルは持っている大鎌で、ハクナは維持状態にある【蒼天剣(レギンレイヴ)】で次々に迫りくる魔物を屠っていく。


「はぁはぁ。ご、ごめんなさい。助かったわ。ありがとう」

「それはいいが、なんでこんなところに?」


 ベルたちだけで魔物に関しては問題なさそうだったので、こんな状況になった原因が気になりエリスへと問いかける。自分の責任も含まれるのか気になったからだ。


「あなたを探してたのよ」

「俺を? 例の話があるってやつか?」

「え? あ、あぁ、そういえばそうね。でも別件よ」


 エリスは乱れた息を整えながら、チラッと自分を追っていた魔物の方へ視線を向ける。自分を追い詰めていた魔物が次々と倒されていくのを見て驚くように目を見開くが、どうやら問題なさそうだと認識するとこちらに視線を戻す。


「あなたのお仲間は優秀なのね」

「まぁな」

「あの子と言い、ホント何者なの?」

「あの子?」


 誰を指しているのかと思い、エリスの視線の先を追う。そこにいるのはサクラだった。


「サクラの事か?」

「あ。いえ、なんでもないわ。それよりギルマスより伝言よ」

「ギルドマスターから?」


 その言葉に思わず訝しむような顔になる。あんな状態で別れた後だ。碌なことじゃない気がしてならない。


「そうよ。なのに、昨日は一体どこにいたの? 門兵に聞いたらあなた達みたいな集団を街から出る方面では見かけていないって言うから、てっきり宿屋かと思ってギルド周辺の宿屋を巡ってもいないし。入れ違いかと思って森に来てみれば、見つける事も出来ずしまいには魔物に追われるしで踏んだり蹴ったりよ」

「それは……まぁ、なんか悪かったな」


 創作世界(ラスティア)に転移していたからだろう。この世界にはそもそもいなかったので、どこを探しても見つけられるはずがない。俺が悪いというわけではないが、少し同情する余地があったので取り合えず謝っておく。


「まぁ、いいわ。どうやら間に合ったようだから」

「それで伝言ってなんだったんだ?」

「あなたが受けた特殊依頼、どうやら人違いだったみたいで依頼キャンセルにしたいみたいよ」

「あぁ」


 ギルドマスターの口ぶりから誰かと勘違いしていることは気づいていた。それを承知で、少女の事が気になったから受けただけだ。


 逆に人違いじゃなかった方が驚きだ。女たらし扱いされては黙っていられない。


「元々は“誘惑”のレイルというランクA+の冒険者が受ける予定だったものなのよ」

「誰だそいつは」

「強いの?」

「え……? あ、あなたがそれを聞くの?」

「……?」


 サクラの問いにエリスが困惑するような表情を浮かべる。サクラをみやるが、サクラ自身も首を傾げるだけだ。


「ま、まぁいいわ。取り敢えず、そういうことだからギルドに戻ってほしいのよ」

「いや、それなら不要だ。話の内容から人違いだろうとは思っていたが、依頼の対象の事が気になったからあえて無視したんだ。ここで依頼を放棄するつもりはない」

「へ? 何言ってるの? あなた冒険者に登録したばかりなんでしょ? なんでランクAの依頼を受けられたのかは知らないけど、甘く見てるとすぐ命を落とすわよ!?」


 エリスがどこか叱るようにまくしたてる。過去の自分に思い当たる節があるのか、どこか苦みを噛み潰したような顔をして拳を握っている。


「甘く見ているつもりはな――」

「!!」


 俺がエリスに反論しようとしたところで背後に強烈な気配を感じ、背筋に悪寒が走る。


「な、何!? 【危険予知】がものすごい警告を訴えてくるんだけど!?」


 エリスは腕をクロスさせるように両肩に手を当て震えている。スキルが警告を発しているようだ。


ご主人様(マスター)

「これって……」


 その気配はベルとハクナが戦っていた方向から発せられていた。新手が登場したのかとそちらに視線を向けると、どうやら想像とは違っていたようだった。


 エリスを追っていた魔物はそのほとんどがベルとハクナの手によって倒されていた。だが、残り10匹をきったというところで異変が起きたらしい。


 森に満ちる瘴気が突如1体の魔物に集束し始め、それは周囲の魔物を巻き込み拡大していく。


「な、なにあれ……」

「師匠……」

「下がってろ、サクラ」


 それは黒く、禍々しい漆黒の球体となりその勢いとサイズをどんどん強めていく。次第に森の木々まで巻き込みだしたところで拡大が止まる。だが、既にサイズは直径3m程にまで広がっていた。


「嘘でしょ!? なんなのあれ!? 【危機感知】の警告がさっきの比じゃないんだけど!」

「どうしますか?」

「どうするも何も……」


 そもそもなんなんだよ、と思い観察していると漆黒の球体がドクンと脈動した。それはまるで心臓の鼓動のようで、その脈打つ間隔はドクンドクンと徐々に早くなっていく。


「まさか……」


 嫌な予感ほど現実になりやすい。突如大きく脈動したかと思うと次の瞬間漆黒の球体の上側が弾け、逆巻き、その中からどす黒い瘴煙をまとう、3つの頭を持った巨大な狼が姿を現した。


「まるでケルベロスだな」

「な、なにを呑気なことを言ってるのよ! に、逃げなきゃ、こ、殺され……でも、こんなの逃げられるわけ……」

「大丈夫だよ?」

「え?」


 その威圧感を受け、脅えるエリスにサクラが何でもないように声をかける。エリスは「何が!?」と困惑気味だ。

 

 サクラも随分肝が据わってるなと思ったが、そういえばサクラも俺と同じくフェニアから【精神耐性】のスキルを付与されているんだったと思い出す。ちょっとした判断ミスが死を招くこの世界ではかなり重要なスキルだ。


「ま、確かに心配はいらないな」

「本気で言ってるの?」

「あぁ」

「師匠もベルベルもハクナっちもみんな強いんだよ!」


 サクラが自慢するように、腰を手に当て胸を張って答える。ケルベロス(仮)は俺たちの言葉がわかるのか、自分の威圧を受けて平然としているのが気にくわないのか、一層禍々しい瘴煙を纏いだすと3つの口が同時に遠吠えする。


 それを平然と受け止めながら、俺は解析を実行する。その結果見えたのは、森に入ったばかりの時とどこかデジャヴを感じる記載。


 また、異質同体(キメラ)(異常種)……か。さっきのも同じように周りの瘴気と魔物を元に生まれていたのか? でも、周囲に気配はなく他に誰かいるわけでもない。自然現象? にしては異様すぎるだろう。


 禍々しい現象から悪魔の少女と関連があるのかもしれないと考えているとケルベロス(仮)を纏う瘴煙が形を変え、大量の槍の形を形成するとこちらに向けて突如放ってきた。


 すかさずベルが俺たちの間に移動し、その全てを大鎌で弾いていく。


「私を無視するとはいい度胸ね」

「私もです」


 攻撃が弾かれ怯んでいる隙に、今度はハクナが手に持っていた【蒼天剣(レギンレイヴ)】を投擲すると氷の結晶がさく裂し、瞬時に凍結させるとその身体を砕き散らす。


 あっという間の出来事に、次は自分と思っていたサクラは手持無沙汰に【星桜刀】をプラプラ振るっている。どこか俺の手に握られた【起源刃:霊煌】も寂しげに明滅していた。


「うそ……」

「ま、こういうことだ。実力なら問題ない」

「あなた達、一体何者なの……?」

「さぁ」

「さぁって……でも、これだけの力があるなら私なんて……」


 エリスの言葉の後半は尻すぼみしていき、はっきりとは聞きとれない。


「何か言ったか?」

「な、なんでもないわ。あなた達ほどの者たちの名前が知れ渡っていないのは不思議に思っただけ」


 そりゃ、最近この世界に来たばかりだし当然だろう。それに、俺が何者かなんてそんなこと聞かれても困る。もう社会人でもないんだ。今答えられるものとしたら冒険者くらいか? それも今回のが初依頼でまだ達成すらしていない。その段階では胸を張って名乗ることもできないだろう。


「まぁ、なんだ。ギルドマスターには俺たちが問題は解決してやるから、いらない手出しはするなと伝えておいてくれ」

「本当に依頼を続けるつもりなの?」

「あぁ」

「そう……ならもう何も言わないけど、あまり慢心してるといつか痛い目みるわよ」

「肝に銘じておくよ。帰りは大丈夫か?」


 俺の言葉を受け、エリスは腕や足を振り回し身体の状態を確認している。そして自分の状態がつかめたのかこちらに向き直る。


「まぁ、森を抜けるだけならなんとか……」


 なんとも微妙な回答だ。これで何かあったら後味が悪い。


「ハクナ」

「はい。【天癒(セピュア)】【快癒泡(バブルサーナ)】」

「これって……!」


 ハクナがエリスの傷と体力を回復させる。危険察知系は得意で逃げるのも早いようなので、体調が万全なら問題ないだろう。


「あ、ありがとう。回復魔術まで使えるなら確かに安心かもね。あなたも、無理しないでね」

「……? うん。大丈夫だよ。バイバイ」

「ええ」


 手を振って見送るサクラに手を振り返して、エリスは森の外へ向けて走り出していった。


「結局、話って何だったの?」

「そういや、その件については特に触れなかったな。まぁ、最初の感じだとそれほど重要じゃないんだろ。向こうから何もないなら一旦無視だな」

「そうね。こっちから義理立てすることもないわね」

「あぁ」


 エリスと別れた後、少し休憩したのち教会へ向けて探索を再開する。


 道中、出会う魔物は奥に行くほど強力になってはいったが、あれ以来合成獣(キメラ)に遭遇することはなく、薄暗い森を奥深くへと進みついに協会らしき建物へと到着する。


 教会周辺は木々がなく開けており、元は花が植えられていたのか花壇らしきものが並べられていた。教会自体は白を基調とした荘厳な趣のある建物だ。


 だが、しばらく人が訪れていないのかその外観は酷いものだった。天井は一部崩れており、窓に張り巡らされたステンドグラスは割れ、屋根の上にある十字架は半ばから折れている。


「随分とボロいな」

「そうね」

「お化けでもでそう」

「…………?」

「ん? どうかしたのか?」


 俺たちが好き勝手な感想を述べていると、ハクナが訝し気に教会を睨んでいた。


「いえ、ちょっと気になっただけです」

「例の少女か?」

「わかりません。でも、悪魔の気配はないと思います」

「そうね……でも」


 ベルは周囲を見渡すと、徐に手をかざす。


「やっぱり、薄いけど、ここに周囲の瘴気が集まってるわね」

「瘴気が?」


 瘴気が周りより薄いのに、ここに集まっている。不思議な話だ。


「それって浄化してるってことか?」

「わからないわ。でも、違うと思うわよ。浄化されてるなら代わりに魔力が満ちるはずよ」

「なるほど」

「いかないの?」

「そうだな。行けばわかるか」


 サクラは教会の中が気になるのか、早く中に入りたそうにそわそわしている。これ以上悩んでも仕方ないので、そう答えると教会の入り口に向けて歩き出す。


 強く押せばそのまま外れそうな扉をゆっくりと開き、教会の中へと踏み入っていく。


 内部には照明がついていなかったが、天井が一部崩れており光が差し込んでいるので暗くはない。建物の壁面にある窓を彩るステンドグラスからも光が漏れており、身廊の乱雑に並べられた長椅子を七色に照らしていた。


 壁際には女神……というよりはどこか戦乙女といった風貌の銅像が両脇に並んでおり、荘厳さを醸し出している。その内部を観察するように奥に向かっていると、ガラッとサクラが落ちていた瓦礫につまずき転げそうになる。俺が寸でのところで支えると礼を言われる。


「誰……?」


 その音に目を覚ましたのか、祭壇がある内陣、その段になっている上がったところに横たわって眠っていた少女がその身を起こす。悪魔の少女かと意識を向けるが、ちょうど真上の天井が崩れておりまるで後光が差しているかのように光が落ちている為その姿がはっきりとはつかめない。


「なんで、ここに人がいるの……?」


 眠気から目が覚めてきたのか、その言葉は徐々に明瞭になっていく。まだ幼さが感じられるその声は、周りの雰囲気もあって悪魔とはなかなか結び付けることができない。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「来ちゃダメ!」


 話を聞こうと俺が一歩を踏み出すと、慌てて少女が制止の声をあげる。それに驚き歩みを止めるが、少女はまるで壊れたおもちゃの様に意味がない呟きをボソボソと繰り返していた。


「なんで……あぁ、駄目……また、そんな、逃げて……嫌だ、もうやめてよ……」

「お、おい……?」


 何事かと心配になり、声をかけようと再び前に踏み出そうとした時、ベルに肩を掴まれ止められる。


「マズいわよ」

「何がだ?」


 その言葉の意味が分からず理由を聞こうとした時、ケルベロス(仮)が現れた時と同じような悪寒が背筋をかける。まさかと思い振り返ると、先の少女を中心に瘴気が吹き荒れた。


 また少女を巻き込み新たな魔物……異質同体(キメラ)が生み出されるのかと思ったがどうやら様子が違う。


「なんだ……? 瘴気を……吸収しているのか!?」


 もしそうだったら割り込んででも助けようとしたが、瘴気は逆に少女に吸収されていく。


「そんな……どうして? なんでこんなところに!?」

「ハクナ?」


 バサァっという鳥が羽ばたくような音とともに猛烈な風が打ち据える。目にゴミが入るのを防ぐために目を覆っていた手をどけると、そこにいたのは薄い茶色の髪を肩辺りまで伸ばした見た目ベルくらいの少女だった。


 その少女の瞳からは先ほどまでの大人しそうな雰囲気は消え去り、冷徹な目でこちらを見つめている。


 だが、その姿は到底悪魔とは似ても似つかない。


 一部が黒に侵食されてはいるものの尚も白く輝く純白の翼を広げ、頭にくすんだ光を放つ輪っかを浮かべるその姿は紛れもなく……


 神話に登場するような天使、そのものだった――


次回、11/10更新予定です。

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