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異世界にとばされてなお、彼の者は我が道を貫く。《夜天の星王編》  作者: stella212
第二章 災いを呼ぶ少女編
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042 西の森

今回も長め


ご主人様(マスター)遅いです! どこに行ってたんですか?」


 屋敷に帰ってくるなり左手を腰に当て、右手でビシッとこちらを指さして文句を言うハクナに迎えられる。結構な言い草だが、これでも一応俺が主のはずなんだけどな。いつも主らしくないと言われるが、なら今のハクナは従者らしいのかと問いただしたいところだ。


「遅くはない。むしろハクナより早起きだったぞ。なぁ、サクラ」

「うん。師匠と一緒に修業してたんだよ」

「師匠? 他にも誰かいたんですか?」


 ハクナが首を傾げながら俺たちの後ろを覗く。だが、そこには誰もいない。不思議そうにしているハクナを見て、そういえばサクラが俺を呼ぶ時の呼称が変わっていたんだったと思い出す。


「いや、俺のことらしい。サクラと一緒に色々と特訓? してたら何故か俺の事を突然師匠と呼び出したんだよ」

「レクトルのおかげで強くなれたんだよ。だからレクトルは私の師匠なの」

「そうなんですか?」


 その言葉にはしていたことに対する事実確認というより、教えてよかったんですか? といった問いかけの意味合いが強く感じられた。俺がサクラ自身を極力戦いの場に立たせないようにしていたからだろう。


 戦う力をサクラが身に着ければ、きっと前線に立つことを譲らなくなるはサクラの性格からして目に見えている。


「まぁ、な。これから危ないかもしれない所に行くことだし、危険が減るならそれに越したことはないからな」


 実際はただ【省略詠唱】を入手したいが為に始めたことだったが、言わぬが花という言葉もあることだし余計なことは言わない。


 それにこれは俺の本音でもある。過保護に育てて、もし何かあった時に何もできないのでは手遅れだ。なら、まだ手の届くところにいる時にある程度戦える力を身に着けて貰ったほうが安心できるというものだ。


 実際、サクラの成長には目覚ましいものがあった。もちろんからくりはある。


 俺が【省略詠唱】を取得できたのは称号“セカイに選ばれし者”の付与効果である“スキル熟練度上昇EX”のお陰であることは明白だ。恐らく行う行為毎に入手できる熟練度が設定されていて、それが一定値に達するとスキルを取得できるシステムなのだろう。まるでゲームみたいだが、その熟練度の入手量を上昇させる効果を持った“スキル熟練度上昇EX”を新しく取得した固有スキル【能力共有(シェアギフト)】の効果でサクラと共有化したのだ。


 調べてみるとサクラと“親愛の契約”を結んだことで発現したらしいこの固有スキルは、契約した従者の中から1人を対象に自身、もしくは相手が持つスキル、ないし補助効果を共有化できるというものだった。共有化状態にあるスキルはお互いに使用することができ、補助効果の場合はお互いに恩恵が生まれるようになる。


 もちろん制限はある。共有化できるスキルや補助効果は一度に1つまでだ。しかも、持続できるのは最大1日で、一度共有化したものは連続で共有化することができない。1日以上間隔を空けないと再指定できないのだ。それにそもそも共有化できないスキルなども存在する。俺が持つ【我が内眠る創造の拠点(ラスティア・ラヘル)】関連もその一つだった。


 それにスキルが使えるだけで、本来の所有者のように扱えるとは限らない。必要な対価や条件を満たしてなければ発動させることすらできないし、扱いに関しても普段から使い慣れている本人に比べ借りものの力では十全に戦うのは難しいだろう。


 だが、今回のような“スキル熟練度上昇EX”のような恩恵系統に関しては話は別だ。共有化しているだけで効果が発揮される。もうひとつの恩恵と合わせて繰り返せば簡易的なパワーレベリングに近いこともできるだろう。スキルだけ身に着けても意味がないが、技術は後で磨けばいい。


 色々と得られたことで気づいたが、スキルを取得することによる補助効果はかなり大きい。色々と気を使っていたことが無意識にできるというか、自転車のように最初は苦労するが技術が身に着けられれば後は特に意識せずできる印象に近い。なんとも不思議な感じだ。


 後は取得したスキルをサクラ自身が自分のものにしていくだけだ。ここに関しては俺が手伝えることはあまりない。精々、【知識書庫(アーカイブ)】で調べたことを伝える事くらいだろう。


 サクラは朝の特訓だけで【魔力感知】【剣術】【心眼】の3つのスキルを取得している。それに加え創作世界(ラスティア)産の装備を3つだ。これだけ揃えてもまだ危ない状況に陥るようなら依頼に関しては最悪辞退すればいい。


 まぁ、なんにせよ相手の状況次第だ。流石にあのギルドマスターの情報だけでは何もわからない。俺にはこの街、というよりこの世界では他に情報を入手する伝手もない。なら、後は現地調達しかないだろう。自分の目で見なければわからないこともあるし、何より聞くだけでは納得できないことが多いからな。


 人伝手に話だけ聞いて悪者扱い、さぁ討伐だというのは何か違う気がする。今回は相手も相手だ。子供、しかも少女を殺すと聞いて知らんぷりなんてできない。


 そんなことを考えていると、ハクナの視線があるところで固定されていることに気付く。その口が開きかけるのを見て、俺は余計なことを言われる前に先手を打つ。


「サクラ、その髪――」

「そういや、朝食ができたんだったな。冷める前に食べるとするか」

「うん!」

「え? あの」


 サクラが元気よく返事をする。その言葉を聞いてハクナが再度動く前に後ろで様子をうかがっていたレアが前に出た。


「準備は整っていますよ。今日のメニューはピエラになります」

「ピエラ?」


 聞いたことがないメニューに首を傾げる。すると、レアが「蒸かしたポルフにお野菜やお肉を詰めて焼いた料理になります」と簡単に説明してくれる。お礼を言い、席に座るとそこにはすでに料理が並べられていた。


 ポルフとは俺の所感ではじゃがいもみたいな野菜だ。この世界の野菜や料理はどこか元の世界に似ているが異なるものだった。ほぼ同じような野菜が日本にもあるが名前は全然違ったりすると思えば、料理の名前すら同じものがあったりする。どこかちぐはぐさが感じられた。


 調味料やスープなんかもそうだ。でも、野菜類の名前はとことん違う。でも見た目や味は似ている。畑から回収するときも「そこのキャベツ取ってくれ」と言ったらキャベツ? と不思議な顔をされたものだ。


 これは俺の予想だが、この世界には俺以外にも俺と同じ、もしくは似た世界から転移、ないし転生した者がいた証なのではないかと思っている。野菜などの名前が全然違うのはこの世界で元々付けられた名前だったからで、料理名や調味料は後からもたらされたものであると考えると辻褄が合うような気がしたからだ。


 思いがけず元の世界に関わる重要な情報の可能性が出てきたが、特にそれに関しては今すぐに動くつもりはない。精々他の転生者と知り合えたらいいなというくらいか。帰るつもりもないからな。


 それにしてもレアのメイドっぷりが板についてきた気がする。最初の方は言葉遣いも俺が適当すぎるせいか怪しいものがあったが、今は熟練のメイドの雰囲気すら感じる。……アニメや映画とかでの知識でしかないが。


 リアはその後ろを姉に追いつこうと頑張っているのか、ピョコピョコと動き回り必死に手伝っている。きっと彼女もりっぱなメイドへと成長するのだろう。それを喜んでいいのかはなんとも言えないところだが……。


 準備が整うと恒例の「いただきます」の挨拶から食事を始める。ピエラとやらはハッシュドポテトに野菜や肉類が入れられたようなもので、朝から少し重いかと思ったりしたがそんなことはなく味もあっさりしていておいしかった。


 油も使っていないようなので、また何か一工夫されているのかもしれない。レア達を迎え入れたのはやっぱり正解だったようだ。ちょっと前までは食事に関しては悲惨な状態だったからな。横にいるサクラもまだ危なげな感じだが、幸せそうに料理を口に運んでいる。


 この世界の料理もいいが、いずれは元の世界の料理も再現してもらいたいもんだ。早くも懐かしくなってくる。米やパンも含めてレア達にはその辺で動いてもらうのもいいかもしれない。うん、そうしよう。


 料理を完食し、レア達にお礼を言うと意気揚々と俺はスキルを発動し、少しウキウキとした気分で本日2度目となる創作を開始した。


「何創ってるのよ?」


 すると、それに気づいたベルが訝し気な目でこちらを見てくる。今は向かいに座っているので気づかれたようだ。


「ちょっと、レア達に任務を与えようと思ってな」

「任務……ですか?」

「私も?」


 俺の言葉にまさか自分たちが関わっているとは思っていなかったのか、レアとリアが不安げに呟く。


「あぁ。畑の管理だけじゃあ物足りないだろう?」

「そ、そんなことは……」

「何をするの?」

「ちょっと待ってくれ」


 すると創作が終わり、俺の前に光が集束する。レアとリアは前日の【星桜刀】の事を思い出したのか、その光を見て少し後ろに身を引く。でも、今回は危険なものにはならないはずなのでその心配は無用だ。


 魔力による創作時間短縮をフル活用しとっとと終わらせる。光が集束していくと1冊の本の形をかたどっていく。そこに現れたのは【知識書庫(アーカイブ)】よりもかなり薄いノートのような本で、タイトル欄には“秘伝のレシピ集”と手書きで殴り書いたような書体で記載されていた。


【秘伝のレシピ集】

 ・Rank:A

 ・この世界とは異なる世界の料理のレシピが記載されたレシピ集。元の味を再現するために材料の選定からその調理法まで創意工夫が多数盛り込まれている。ただ、完全再現に至るには手順通りにするだけではなく、食べる相手を想う真心が必要。


 まさかのランクA。元の世界の料理にそれほどの価値があったのにはびっくりだ。でもこれで元の世界の料理も食べられるようになるはずだ。問題は材料が手に入るのかとこの屋敷で料理できるものかという2点か。


 俺はその本を拾い上げるとレアに差し出す。


「これはレアに渡しておく。気が向いたら、このノートに書いてある料理を作ってほしいんだ」

「料理……ですか? もしかして、今日の料理はお口に合いませんでしたか?」

「え? あ、いや、そういうわけじゃない。レアが作ってくれた料理はどれもおいしかったぞ。それには俺の故郷の料理の作り方なんかが載ってるんだ。やっぱり無性に食べたくなる時があってだな……決してレアの作ってくれた料理が合わなかったというわけじゃないぞ?」


 レアの言葉に内心かなり焦って答える。確かにこのタイミングでこんな本を渡したらそう思われるのも仕方がないと反省する。だが、当の本人は俺のある言葉にそれどころではないようだった。


「ご主人様の故郷の料理!?」


 レアは本を受け取るとペラペラとそのページをめくっていく。


「どれも見たことも聞いたこともないものばかりです! それにおいしそうですね」

「私にも見せて!」


 レアは持っていた本を机の上に置くと、リアと一緒に本に記載されている料理やレシピに目を通していく。


 俺はその様子に少し安堵し話を続ける。


「お願いできるか?」

「これを私が預かっていてもいいのですか?」

「あぁ。できれば、その本に載ってる料理を時々作ってほしい」

「わかりました! ご主人様に満足していただけるよう、誠心誠意、再現させていただきます!」

「わ、私も!」

「お、おう。頼んだ」


 レアは本を胸に抱きかかえると嬉しそうにそう宣言した。リアもビシッと手を挙げて同意する。その想定外の張り切りっぷりに俺は少し物怖じしながらもなんとか返答する。


「ありがとう。よろしく頼む。後、これが材料の購入代金だ。取り敢えずこれくらいあればいいかな。それと、これを渡しておこう」


 俺は数枚の金貨と一緒に腕輪を机の上に置き、レアとリアへ差し出す。


「これは?」


 腕輪を拾い上げ、レアが問いかけてきた。


「これは創作世界(ラスティア)を自由に出入りするための魔術道具だ」

「え? それはこの腕輪があればこの不思議な世界と元の世界を行き来できるということですか? それって、もしかしなくても転移アイテムになるのでは……?」

「まぁ、そうだな。別段どうとでもないだろう」

「そ、そんな! い、いただけません!」


 すっとレアが腕輪をこちらに押し返す。


「相変わらず自由ね。私たちにはないの?」

「ないぞ。必要ないみたいだからな」

「あら、そうなの?」


 そうなのだ。昨日いろいろ調べているときに気付いた。奴隷はある程度制約がかかるみたいだが、サクラやベルのような契約によって結ばれた所謂従者は契約紋に権限が付与されているらしい。もちろん規制をかけることは可能だが、今は特にそのつもりはない。うまく使えれば緊急脱出にも使えるかもしれないからな。


「契約紋に権限が付与されているみたいだ。使う時は周りに注意してほしいし、いつの間にかいなくなってると心配するので出かける時はできれば一声かけて欲しいけどな」

「あぁ、そういうこと。へぇ、それは便利ね」


 自身の魔紋を眺めながらベルが呟く。何を考えているのか気になるが、まぁ、変なことには使わないだろう。


「ですが、奴隷の私たちがいただいていいものでは……」

「でも、買い物の度に毎回外に連れて行くのは面倒だからな。隷属紋には権限がないみたいなんだよ。前にも言ったが料理や畑を見てくれるなら他は拘束するつもりはないんだ。もっと自由にしてくれていいんだぞ。俺たちがいない間もこのよくわかっていない世界に閉じ込めておくのもなんだし、好きなことをしてくれたらいい」

「好きなこと……わかりました。ご主人様のお役に立てるように使わせてもらいます」

「あ、あぁ、頼んだ……ぞ?」


 俺の為じゃなく、レアたちの為に渡したんだけどな。なんか俺が思っていたのと異なる回答を疑問に思いつつも、何を言っても変わりそうになかったのでこの場は一旦ここで切り上げる。


 そのままレア達に屋敷や料理のことは任せて創作世界(ラスティア)を後にする。


 食事を終えて幾分回復していたが、それでもサクラなんかは疲労がたまっていたのでハクナに魔術で癒してもらい西の森へと向かう。


「魔術があるからって朝から張り切りすぎですよ。サクラまで巻き込んで」

「まぁ最初はここまでやるつもりはなかったからな」


 サクラの成長が想定以上に速いもんで、これならどうだと熱中してしまった。後半は少し意地になって色々とやってしまった気がする。でも、それについてこようとしたサクラは流石だ。


 そうしてハクナの愚痴を聞きながら歩いているとこの街に入ってきた時も通った南門に辿り着く。


 西の森に行くには、ここから時計回りに街の外壁周辺を歩いて移動する必要がある。わかってはいたが、街が首都というだけあって大きく目的地まではかなり遠い。まぁ、元の世界でも街の端から端まで徒歩で移動しようとしたら時間はかかるし当然なんだが、馬車でもいいから何か移動手段を早急に確保したいところだ。


 そういえば、時空魔術に転移系の魔術があったな。転移先は地点登録型みたいなのでまた門の近くで地点登録だけしておくか。


 このアルストロメリアには北と南にしか門はなく、西の森に行くには一度外に出た後迂回するように進む必要があり余計に遠く感じる。魔術のおかげで疲れはとれるが精神的にかなりきつい。こういう時は元の世界の車や自転車といった文明の利器のすばらしさが身にしみる。


 転移先の地点登録だけすまし、もう一度今回の依頼を遂行するにあたっての注意事項なんかを整合しながら移動しているともうすぐ西の森エリアかというところで森から魔物が飛び出してきた。いきなりとびかかってくることはないがこちらを見据え唸り声をあげている。


「フェンウルフね」

「強いのか?」

「まだ初心者向けね。ただ、群れてくると討伐の難易度は芋づる式に上がっていくわよ」

「なるほど」


 フェンウルフはよくRPGにも出てきそうな牙をむき出しにした犬型の魔物だ。確かに纏っている瘴煙はそこまで濃くはない。薄いグレーであることからも大した力を持っていないことがわかる。


 それでも犬型の魔物は俊敏で冒険者でもない一般人があの鋭い牙や爪で攻撃を受けると大けがを負うほどの攻撃力は持っている。動きも素早いため、戦い慣れていないと倒すのは容易ではない。


 ちゃんとした魔物との戦闘はこれで2度目だ。といっても、1度目はサクラを助けるために入った鉱山でハクナに魔術のレクチャーを受けながら少し探索しただけだ。最初の商人救出の時や悪魔との戦闘はほぼハクナ任せだったからな。


 フェンウルフはグルルルと唸りながら警戒しつつも徐々に近づいてきている。流石にこちらの方が人数が多いからかすぐに襲い掛かってきたりはしない。


「囲もうとしているみたいね」

「そうなのか? ということは他にもいるのか」


 まだ森から出てきている個体はいないが、ベルの話では遠回りで前後方向にもこちらを警戒しているフェンウルフがいるらしい。


 流石に囲まれると危険度は増す。俺がさて、どうやって対処したもんかなと頭を悩ませていると「えいっ!」っとサクラがフェンウルフを後ろから【星桜刀】で斬り付けた。フェンウルフはグギャっとその不意打ちにまるで反応することができずに崩れるように地に倒れ伏した。


「え?」


 俺はその光景に呆気にとられる。なぜなら、サクラがフェンウルフの後ろに移動していたことに全く気付かなかったからだ。色々と考え事をしていたとはいえ、にわかには信じがたい。


「どうやったんだ?」

「あの子……びっくりね。一体どんな特訓してたのよ」

「いや、俺は」


 ベルの方を向きながらそこまで言いかけて、先ほどのベルの言葉が頭によぎり悪寒が走る。なんだとサクラの方へ振り返れば、そこに感じるのは嫌な気配。


「――っ! サクラ! 後ろだ!!」

「え――」


 俺がそう言葉を発した瞬間、サクラの後ろ、その左右両側から先ほどよりも少し大きなフェンウルフが飛び出してきた。


 いきなりの事態に対応が遅れる。反射的に魔術を発動しようとしたが、まだそこまで慣れているわけじゃない。サクラに当たる可能性に怖気づき思わずその手を止めてしまう。


「くっ」


 どうする!? と考える間もなくフェンウルフの牙と爪がサクラに迫る。嫌な光景を思い浮かべてしまい、手が震える。


 しかし、その光景が現実になることはなかった。飛びかかってきたフェンウルフ2匹は、その飛び上がりの勢いのまま重力に引かれ落下することなく上昇し、上空で互いに衝突する。そしてその勢いが収まる間もなく、氷の氷柱に貫かれて森の木へと打ち付けられたのだ。


 その現象を引き起こしたのはベルとハクナだった。ベルの【物体浮遊】の力で攻撃の軌道を変え、ハクナの魔術によって吹き飛ばしたのだ。その連携でフェンウルフは絶命していた。


「ベル、ハクナ」

「あなた、焦りすぎよ。落ち着きなさいな」

「そうですよ。私たちがいるのにサクラに怪我はさせません」

「……ありがとう。助かった」

「らしくないわね」


 確かにそうだ。いつもなら【精神耐性】のお陰か最近はここまで焦ったことはない。元の俺なら発狂ものだが、フェニアにもらったこのスキルのお陰で異世界でも落ち着いて対応できていた。今考えれば【物理保護】もあるのでそこまで必死になる必要もなかったんだ。


 気になることはあるが、今は他に言わないといけないことがある。


「……サクラ」

「う……はい……」


 サクラは俺に何を言われるのかわかっているのか、俯き気を落としているのが伝わってくる。でも、ここは心を鬼にして言わないと、同じことをまたしてしまうかもしれない。


 今は元魔王であるベルや神族であるハクナといった頼れる仲間がいるから何とかなったが、毎回うまくいくとは限らないんだ。無茶はしてほしくない。


「どうしていきなり攻撃したりしたんだ?」

「その……どこまで戦えるようになったか知りたかったの」


 つまりは特訓の成果を確かめたかったってことか。俺の朝の行いがまさかこんな形で返ってくることになるとはな。


「気持ちはわかるが、あまり心配させないでくれ」

「ごめんなさい」


 サクラは俺の不安な気持ちを感じたのか、素直に謝る。もう大丈夫だろうと、俺はサクラの頭の上に手をポンと置く。


「師匠?」

「これから、きっとサクラに頼る時もあると思うが、無茶だけはしないようにな。危ないと思ったら迷わず逃げる。約束できるか?」

「うん」

「よし」


 サクラの頭から手を離すと、俺は森の方へ視線を向ける。


「それにしても随分と嫌な気配を感じるな」

「そうね。かなり瘴気が満ちているわよ」

「瘴気? 瘴煙ではなく?」

「瘴煙は魔物や魔族が発するものよ。瘴気は自然に満ちるもの。根源は同じだけど、別ものよ」

「自然に……」


 魔物が纏うあの嫌な感じがする煙と同じようなものが、こんな街の隣で発生しているのか。森の入り口で、しかも初心者である俺でも感じるほどの瘴気をこの街の人たちは今ままで放置していたのか? 一般人ならまだしも、あのギルドマスターは大丈夫なのかと心配になる。


「この依頼、受けたのは早計だったかもしれないな」


 俺は仲間の様子を見る。この世界で出会った大切な仲間だ。できれば、危険な目には合わせたくない。


「でも、気になるんでしょ? 教会にいるという悪魔の少女の事が」

「まぁ、な」

「大丈夫よ。あなたにとっては嫌悪感を感じるこの瘴気も私にとってはエネルギーのようなものだから。それは半分こちら側に足を踏み入れているこの子も同じ」


 そう言ってベルはサクラの後ろから腰辺りに手を当て、顔を覗かせる。


「え?」

「大丈夫よ。あなたと契約を交わしたのだから、これ以上進行が進むことはないわ」

「そうなのか。まぁ、大丈夫ならいい。サクラも何ともないか?」

「うん。大丈夫だよ」

「そうか」


 気にはなるが、ベルや本人が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。取り敢えず、今は森の事だ。


「それで、この森でも問題ないと」

「ええ。多少、魔物は活発化してるでしょうけど相手にならないわね」

「わかった。じゃあ、これから森に入る。先頭をベルに任せていいか?」

「そうね。あんまり働くのは嫌いなのだけど、今回は目的が悪魔の少女ということだし構わないわ。私も気になるしね」

「ありがとう。それで殿(しんがり)はハクナだ。背後の警戒を頼む」

「わかりました」


 経験者を危険な前後に配置するのは当然だろう。俺は主だしな! 決して森の不気味な雰囲気に気おくれしたわけじゃない。サクラを守るという重要な役目もあることだしな。


「私は?」

「サクラは俺と一緒に左右の警戒をしながらベルたちが対処しきれなかった魔物の相手だ」

「わかった」


 そんな魔物がいるのかは分からないが、さっきの事もあってかサクラは素直に答える。俺はその返事に満足すると、ギルドカードに登録された依頼履歴から教会の位置を把握する。いよいよ森への侵入だ。


 外はまだ明るいが、森の中へ足を踏み入れると生い茂る木の葉に光が遮断され薄暗い道が続く。時折風が通り抜けるとガサガサと音が鳴り、魔物かと一層警戒が強まる。


「流石に森の外付近にいたのはさっきの魔物だけのようね」

「そうなのか?」

「はい。でも、奥にそれなりに強力な魔物の気配を感じます」

「【気配察知】というやつか」


 そういえば、俺もいつの間にか【気配察知】、それに【索敵】も取得していた。鉱山とかで魔物を探していたからか熟練度がたまっていたのかもしれない。スキルを発動するイメージを浮かべると、確かに奥の方に嫌な気配を複数感じる。中には黒く濃い気配もある。


 周りを窺っていると左の方にこちらに近づく気配を感じる。しかもそれなりに強い気配だ。


「こっちに気付いたのか?」

「そのようね。少し開けた場所に移動するわよ。ここだと戦いにくいのよね」

「なるほど」


 敵にいち早く気づいたならこちらが有利になるような状況を作り出す。俺は強力な魔術が使えるが、戦いに関しては素人だ。ベルの言葉に納得すると、その後を追って移動する。その動きにならって敵も方向を変えたようだ。完全にこっちを狙っている。


「どうするんだ?」

「私から少し離れなさい。巻き込むわよ?」


 開けた場所に着いたので、少し気になりベルへ問いかけると不敵に笑いながら答える。その言葉を受け、俺はサクラを庇いつつ後ろへ下がる。


「周囲の警戒は続けなさいよ。私に夢中になって不意打ちされてケガしても責任とらないわよ」

「あぁ、わかってるよ」


 といいつつも、ベルがどうやって戦うのか気になり目は離さない。すると草木をかき分け、【索敵】にかかっていた魔物が姿を現す。その異様な姿を見て、俺は思わず息をのむ。


○名前:―

○種族:異質同体(キメラ)(異常種) ―

○称号:“天の使徒”

○Rank:A-

○ステータス:

 ・体力:8219/8219

 ・魔力:546/546

 ・筋力:965

 ・理力:28

 ・守力:512

 ・護力:112

 ・速力:685

○スキル

 【魔爪】【咆哮】【威圧】【魔力感知】【破魔】


「キメ……ラ?」


 解析の結果わかったことは明らかに普通の魔物じゃないということだけだ。まだ森に入ってそれほど進んでいない。そこにこの魔物だ。しかもランクA-。その身に纏う瘴煙もかなり濃い。


 キメラと言ったら合成獣だ。つまり、自然に、というよりは何か人の手が入っているのではと感じてしまう。でも、思い浮かぶとち狂った研究者と悪魔の少女という情報は重ならない。


 いよいよ悪魔の少女どころではなくなりそうな魔物の登場に俺が撤退することも視野に入れ始めていると、キメラの前に立つベルが徐に黒い空間を作り出し手を差し入れると何かをつかみ引き抜いた。


 黒い軌跡を引いて現れたのはベルの身の丈を軽々と超える大鎌だった。禍々しくもあるその大鎌をヒュンヒュンとまるで感触を確かめるように振り回している。そして、あらかた感覚を掴んだのか最後にパシッと後ろ手に握って、キメラを見据えている。


「何者か知らないけど、ごめんなさいね? 私たちの前に現れたのが、あなたの運の尽き」

『グガァア゛』

「さよなら」


 ベルの言葉に何かをしようとしたキメラはしかし、次の瞬間には無残にもベルが持つ大鎌に切り刻まれ、バラバラになって崩れていった。


次回11/3更新予定です。

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