038 交錯する感情
本日も別視点での話になります
今回はちょっと長めです
「はぁ……」
何をしてもうまくいかない同じ毎日の繰り返しに思わずため息をつく。
「なんでうまくいかないのよ。一体私の何が悪いっていうの?」
自分は運に見放されている。思い通りにいかない人生に飽き、頬杖を突きながら手に持つコップを揺らすとカランと中に入った氷が崩れ音が鳴る。
ポタポタとコップから垂れる水をただただボーっと眺めていると、冒険者ギルドの中が少しザワついたのに気が付く。
何事? と顔を上げ、騒ぎの元の方へ視界を向けるとそこにいるのは若い少年少女。
(新しい冒険者志望?)
その姿を捉え、少し期待値が高まる。でも、今までのことを思い出しフルフルと首を振っていらない感情を押し流す。期待しても無駄。だったらまだ、諦めていた方がいい。
(見た感じ、私とそんなに歳は変わらなさそうね)
入ってきた少年は少女を3人引き連れ、辺りを見回している。大人の注目を浴びているにも関わらず怯んでいる様子はない。かなり肝が据わっているらしい。
後ろの少女たちも彼の事を信頼しているのか平然としている。男に対して女性が多いが強引に連れまわしているわけでもなさそうだ。
(もう期待はしてないけど、何もしないよりはやっぱりマシよね)
そう思って腰を上げ、少年の元へ向かう。
「あんたたち見ない顔ね。ここには依頼に来たの? それとも冒険者に登録?」
少年は答えず、私の行動に対して反応を決めかねてるようだった。
私が動いたことに対して他の冒険者が好き放題に言ってくる。
(私だってわかってるわよ! でも、だからってなにもしない理由にはならないじゃない。もし全てを諦めたら、私はそこで終わりなのよ)
「で、どうなのよ?」
周りの言葉を受け、少し苛立ちを込めた言葉で少年の言葉を促す。
「あぁ、悪い。考え事をしていた。ここに来たのは冒険者への登録をするためだ。どこですればいいんだ?」
「ふーん」
八つ当たり気味になってしまったけど、特に気にした様子はなく答えが返ってきた。思った通り、ここには冒険者登録に来たらしい。その言葉からは少し大人びた印象を受けた。
冒険者になりに来たという少年、少女の事を改めて眺める。
その中にいた桃色の髪をした少女を見た時、少し昔の自分を見ている気がして思わず笑いが零れてしまった。希望に満ちた、これから楽しい事しか起きないと思っていたあの頃の自分に。
何かアドバイスでもしようかと考える。でも、すぐ気づく。今の自分にそんな資格なんてない。
「まぁ、いっか」
私なんかのアドバイスを貰っても貰わなくてもこの少女の人生にはきっと毛ほども影響しないんだろう。
思考を切り替え、後ろのカウンターを指さしながら彼の質問に答える。
「それなら一番奥の受付よ」
「むー、今の笑いは何?」
さっきの桃色の髪の少女が私が笑ってしまったのが気にくわなかったのか、突っかかってきた。何と言われても私には答えることができない。昔の自分を思い出したなんて恥ずかしくて言えない。
「別に。何でもないわよ」
誤魔化すようにそれだけ答える。印象は悪く取られるかもしれないけど、仕方がない。どうせこの関係も長くは続かない。
桃色の髪の少女はまだ頬を膨らましこちらを睨んでいたが、少年の方はどこか哀れむような顔でこっちを見ていた。
「何よ。文句でもあるわけ?」
「いや、なんでもない。ちなみに他の受付はなんなんだ?」
何かイラっとして突っかかるが、今度は私が流される。
「一番手前が一般依頼の請負、その横の広いテーブルがある場所が素材や魔石の買取よ。それで扉を挟んで奥、3つ目が通常依頼の受付、4つ目が特殊依頼の受付よ。他の貴族や重要な案件を取り扱うのは2階よ。まぁ、あなたたちには関係ないでしょうけど」
各受付を指さしながら答える。最後の方はお返しにバカにするように話したが特に相手の表情に変化がない。
「なるほど。ちなみに通常と特殊の違いは?」
「なんで全部私に聞くのよ。そういうことはちゃんと説明があるから」
「はは、そうだな。いや、ありがとう」
あまりにも厚かましく何でも聞いてくるので説明を断ち切ったけど、きちんとお礼を言われた。少し拍子抜けする。
少し話しただけだけど、悪い感じはしない。また、期待値が膨らんでしまう。
話だけでもしてみる価値はありそう? 駄目で元々よね。
「いいわ。ただ、後でちょっと話があるから手続きが終わったら少し時間いいかしら」
「……あぁ」
少し間があったが、了承の返事が返ってきた事に安堵する。
「私はエリスティア・ルウ・トレールよ」
「レクトル・ステラマーレだ」
「そ。じゃ、また後で」
それだけ答えると席に戻る。私の名前を出しても特に気にした様子はなかった。同じ貴族かとも思ったけど、貴族に慣れているという感じはしなかった……というより知らない可能性の方が高い。
彼の名前にはミドルネームがなかった。ということは貴族、王族ではない。名乗っていないだけかもしれないけど、それだと隠す理由がわからない。
ミドルネームは各国のトップが管理する王族や貴族、一部の選ばれた者に与えられる精霊の恩寵だ。それを省くのは王などの国のトップの名を貶める事に繋がる。そんな危険を冒してまで隠す者はそういないはず。
(まぁ、今は考えても無駄ね)
ふと視界を上げると何やら受付が騒がしい。耳を傾けてみると、先程の少年がどうやらギルドマスターに呼ばれているらしい。
(ギルドマスターにお呼ばれ? なんで? 意味わかんないんだけど)
私は耳がいいからか気付けたけど、周りの冒険者は気づいていない。でも何故呼ばれたのか、その理由まではわからなかった。
成り行きを見守っていると、少年はどうやら二手に分かれるらしい。
約束をしたのは少年の方なのでそのままギルドで待ってようと思ったけど、どうにも桃色の髪の少女が気にかかり気が付いたら後を追ってギルドを出ていた。
後ろめたさもあり、少し隠れるように後を追いかける。
どうやら買い物を頼まれたようで市場で肉や調味料を買っていた。何か時空系の魔術か魔術道具を持っているらしく、購入したものを次々と収納していく。
(かなりの量を買っているわね。他にも仲間がいるの? もしかしたら、時空系の魔術なら時間が止まるから買い溜めしてるのかも)
食料品を買い終えると、今度は回復薬を買うようで道具屋を目指していた。
偶然を装って案内でもしようと思ったけど、どうやら場所自体は知っているらしく迷いなく歩を進めていく。
(見ない顔だと思っていたけど、地理には詳しいの?)
私はそれなりに人の顔は覚えているほうだ。けど、あんな目立つ桃色の髪をした少女をこの街で見た記憶はない。
考えにふけっていると件の少女が突如走り出し、道具屋へと消えていく。それを追いかけるように水色の髪の少女も走り出す。
(あそこってナリエさんの店じゃない。なら変な物を掴まされる事はないわね……って私は一体何の心配をしているのよ!)
自分で自分に突っ込みを入れる。
「はぁ、私、何やってるんだろ……」
建物の隙間に隠れた状態のまま、地面に座り込み空を見上げる。
気持ちの赴くままにここまで追いかけてきたが、結局話しかける勇気も持てずただ遠くから見ているだけ。あの頃から何も成長していない。
(こんなんじゃ、ユキに怒られるかな)
親に従う毎日が嫌で歯向かって、好きなこと、やりたいことに向けて頑張ったけどうまくいかず。しまいには大切なものまで失って……。
今じゃ夢も諦め気味に、ただただ一心不乱に剣に打ち込むだけ。
(私の人生ってなんなのよ……)
そんな後ろ暗い思考の海を漂っていると、ナリエさんの店の扉が勢いよく開かれ件の少女が飛び出し走り出していった。
「元気がいいわね。私にも少し分けて欲しいわ」
立ち上がり、パンパンとスカートについた砂埃を払う。
「はぁ、ギルドに戻ろ」
今ならまだあの少年がいるかもしれない。自分で約束していたのにそれをほっぽり出すのは気が引ける。あの少女を追いかけていれば少年にも会えるのかもしれないけど、今はあの元気が少しまぶしい。
でも、会って何を話そう。
最初はパーティを組んでもらおうと思ってた。
それで私が冒険者について教え、導き、実績を積む。そうすればお父様だって認めてくれると思ってた。
でもあの少女を見て気付く。自分はもうその目標に、意欲がない。何が何でも成し遂げると思っていたあの頃の気持ちが、今はもうない。
こんな気持ちじゃ、きっとお父様は認めてくれないだろう。少年や彼女にただ迷惑をかけるだけだ。それでは何の意味もない。
「……そろそろ潮時かな」
そんなことを考えながら歩いていると、遠くから男の叫び声が聞こえてきた。なにやら女性と言い争っているようだ。
(こんな街中で迷惑ね)
そう思って曲がった先に見えたのはさっきの桃色の髪の少女だった。
(ちょっ、あの子何やってるのよ!)
助けなきゃ、そう思って相手の方を見る。その姿を捉え、思わず建物の影に慌てて隠れる。
(嘘でしょ!? よりによって“誘惑”のレイル!?)
少女が言い争っていたのは最近この街に来たと噂されていたランクA+の冒険者、レイル・アーガイックだった。
その二つ名が示すように魅了系の固有スキルを有しており、数多の女性を侍らせ気に入った女性に次々と手を出す問題児で有名だった。
しかし、本人には実力があった。しかも魅了した女性の中でも実力者をいつも連れていて、依頼の達成度が高く誰も文句を言えずにいる。
彼はそのスキルの特性上、女性の天敵だ。
(でも、あの子には効いていなさそうね?)
見た感じ、普通に歯向かっている。あのスキルに抗うには上級の魅了耐性だけでも足りないと聞いている。魅了耐性と誘惑に負けない、真っすぐな気持ちがただ一つの可能性だと誰かが言っていたのをうっすらと覚えている。
恋心、憧れ、親しみなど彼に向く思いを極端に強化するスキル。それ故に彼に全く気持ちが動かされなければ効果はない。
少女にはきっと高い魅了耐性と、その強い気持ちがあるのかもしれない。でも、私がこれ以上近づくときっとスキルの有効範囲に入ってしまう。
私は彼の自由奔放ぶりや、その強さに羨望の思いを向けたことがある。その思いの切れ端でも残っていたらマズイ。
どうしようかと思っていると、少女がどこからか剣を取り出し立ちふさがるレイルへとその剣先を向ける。
(ちょっと、あの子まさか戦うつもり!?)
それを受けて相手も剣を引き抜いた。
(嘘でしょ!? 勝てるわけないじゃない! なんで逃げないのよ!?)
助けなきゃ、そう思うが身体が動かない。もし動いたとしても、魅了にかかってしまったら今度は私が彼女に対して牙をむく事になるかもしれない。それでは本末転倒だ。
あの男は気に入った女性に対してはとことん甘いが、自分には向かう、魅了も聞かない気にくわない奴には容赦がないことで有名だ。私が助けに入れば仲間だと思って進んでそうするだろう。
(そんなの、耐えられるわけがない……)
でも、私のそんな心配をよそに、少女はレイルが持つ剣を半ばから断ち切った。
(……え?)
信じられない。新人の冒険者だと思っていたら、実は凄腕の剣士だったのかと思ったらどうにも様子がおかしい。
剣を断ち切った少女自身、その結果に驚いているようだった。
男の会話を聞く限りではどうやらあの子が持つ剣が特殊らしい。
(でも、これなら……)
何とかなる。そう思って少し安堵すると、再度レイルが踏み込み少女に迫る。
それを切り捨てようと剣を振るうが、少女の剣は一向に当たらない。
仮にもランクA+。剣がいいからってそれで勝てるほど生半可な相手じゃないことをすぐに思い出す。
でも、少女にもまだ隠し玉があったようで、レイルのパンチを今度は装備の障壁で防いでいた。
(あの子、どんだけいい装備を揃えているのよ。本当に新人の冒険者なの!?)
その隙を逃さず、少女が追撃した一撃はついにレイルに届く。
(でも、浅い! しかもよりによって顔を傷つけるなんて!)
最悪だ。彼は魅了系のスキルだけでなく自分の顔自体にも自信を持っており、それを維持することを第一とする。それを邪魔する者にとる行動なんて、目に見えてる。
安心したのもつかの間、レイルが仲間に指示を出すと少女が崩れ落ちる。
(睡眠の魔術!? 魅了には耐性あるのに!)
レイルは武器を奪い、少女を強引に立たせる。意識が朦朧としているのか、少女は抵抗すらしない。
(ダメよ! ダメよ! ダメ!!)
助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ!!
迫る状況になんとか身体を動かそうとするが、震える身体は言うことを聞かない。
(これじゃあの時と一緒じゃない! 変わるんでしょ、私! 動くのよ!)
やっとのことで一歩踏み出したその瞬間
――少女の身体に、剣が突き立てられた。
「あっ……」
心臓の位置に突き刺さる剣を見て、突き出した手と足が止まる。
間に合わなかった。結局、私は何も成長していなかった。
後悔の波にのまれ、そのまま崩れ落ちる。
(いや、まだよ! もしかしたらまだ生きてるかもしれないじゃない! 諦めたら助けられない! それはもう嫌というほど思い知ったでしょ!)
過去の後悔を思い出し、自身を奮い立たせる。
なんとか立ち上がろうとした時、少女に刺さった剣がピンクの花びらを残して消えた。
「え?」
「なんだ!?」
それを見て私が呆けると同時、レイルが吠える。それに驚いたのもつかの間、今度は少女の身体が一瞬光った。
「んんっ」
「……え?」
「なっ!?」
少女の声に、私とレイルが反応する。どうやら目を覚ましたようだ。そこからは驚きの連続だった。
少女が腕を掴まれていることに気付くと暴れだす。
「離して!」
「なんで目が覚めた!? いや、そもそも傷がないだと!? どうなってやがる! 剣はどこにいった!?」
すると少女が手を振りかぶるとその先にさっきのピンクの花びらが再び舞ったかと思うと、先ほど消えた剣が再度出現する。
「馬鹿な!」
慌てるレイルを余所に少女はその勢いのまま剣を振り下ろす。その刀身は赤い炎を纏っていた。
「【緋焔】!」
「まっ! がぁあ!」
「「「レイル!」」」
灼熱の一閃がレイルに直撃する。その光景に仲間の女性たちが叫び声を上げる。だが、流石にランクA+の実力者、その不意の一撃にすら耐え拳を光が包み少女へ反撃の一撃を繰りだす。
「舐めるなよ! このあまぁあああ!!」
「あぐっ」
レイルが全力でありったけのスキルを発動させたのか、私の方が意識を奪いかけられる。何とか耐えていると、少女が向かい打つところだった。
「絶対に許さねぇ!」
「私の邪魔をしないで!」
だけど、少女の攻撃は当たらずそれをステップでかわしたレイルが光輝く拳を打ち抜く。しかし、その攻撃も先ほどと同様に見えない障壁に弾かれる。
「クソが!」
その隙を狙って少女は再度剣を振るおうとするが、それをレイルはバックステップでかわす態勢に入る。
「同じ手が通じると思うな!」
「同じじゃないもん! 【緋焔】!」
「な!?」
先とは比べ物にならない灼熱の軌跡が、レイルを襲う。先程と異なり、刃から放たれたそれはレイルがかわした距離を軽々と埋め、その身体を焼き焦がす。
「があぁあ! バカ……な……」
そのまま仰向けに倒れ、動かなくなる。
「嘘……勝ったの?」
信じられない光景に、ただただ呆然と座り込む。
少女が仲間の女性を睨む。
「わ、私たちは敵じゃないわ。あなたと同じ被害者よ」
「……?」
「彼のスキルに魅了されていたの。気を失ったことで解除されたみたいね」
「助かった。ありがとう」
「感謝するわ。随分好き勝手にされてたから」
「そうなの?」
少女はその話を聞いて首を少し傾げた後、こちらに顔を向ける。その時、目と目が合ってしまった。
スッと剣の先端がこちらに向けられる。
(え、どうして?)
助けなかったから私も殺されるだろうか。そんなことが頭に巡る。
「あなたも敵?」
「へ? ち、違うわ」
どうやら違うらしい。勘違いで斬られたらたまらないので即座に否定する。
「そう……これ、レクトルには秘密だから」
「レクトル?」
あぁ、あの少年のことか。
「わ、わかったわ」
「うん」
それだけ答えると剣がまたピンクの花びらを残して突如として消えた。
そのまま立ち去ろうとするので、思わず呼び止める。
「あなた、名前は?」
「サクラだよ」
「サクラ……さっきは助けられなくてごめんね?」
「……?」
少女は何故謝られたのかわからないと言いたげに首を傾げている。
「サクラ! どこにいるんですかー!?」
「……!」
すると、さっきの店のほうから声が聞こえた。きっとサクラと名乗った彼女の水色の仲間だろう。ここはまだ相手からは死角でその姿は見えない。
その声にサクラがビクッと身体を反応させる。そして周りを見て焦り、オロオロしている。
「行かなくていいの?」
「う、うん」
チラチラと後ろに視線を向けている。どうやら自分が戦ったことによってできた街の被害やレイルの事を気にしているようだった。
「適当に言っておくから大丈夫よ」
「ううん。街は多分直せるから大丈夫だよ」
「え?」
サクラは地面に手を当てると、何やら魔力を練っているようだった。すると、地面からボォッと火の粉が散ると、削れ、焼け焦げた地面が綺麗に元通りになっていた。
「ウソ!?」
サクラは自身からもその火の粉を発生させると、先ほどここで戦いがあったのが嘘のようにきれいな姿に戻る。
その姿に見とれていると、さらに念を押される。
「絶対に秘密だから」
「え、えぇ、わかってるわよ」
それだけ答えると納得したのか仲間の元へ走っていった。
この場に残っているのは焼け焦げたまま倒れるレイルと、呆気に取られている街の住人と私、レイルから解放された女性だけだった。
しばらくすると騒ぎを嗅ぎつけた兵士がやってきた。
「何があった!」
適当にここであったことを説明する。でも、サクラが特定できないように少女自身のことについてはぼかして“誘惑”のレイルが女性を襲い、返り討ちにあったことだけを話す。
「そうか。その返り討ちにした少女とやらは?」
「どこかに行きました」
「できれば事情を聴きたかったが仕方がない。今はこの男を拘束することが先だ」
兵士たちはその強さ故に今まで好き勝手されていたが、この機会にたまった罪の粛清をするらしく魅了されていた女性たち中心に事情聴取がなされた。
女性たちも協力的で聴取はスムーズに進んでいった。
私はその場での事情説明だけで解放されたので、冒険者ギルドに戻ることにした。
「流石にあの少年、レクトルだったかしら。もういないわよね」
特に何かしたわけではない、というより何もできなかったのに随分と疲れている。
ギルドの扉を開け、入るとギルドマスターのロイエンさんとサブマスターのルーミエさんがなにやら話し合っていた。
「な! では彼らはあの“誘惑”ではないと言うのか!?」
「全然違いますよ。子供じゃないですか。冒険者には今日登録したばかりですよ? 何かおかしいと思ったんです。ギルマスのところから戻ってきたと思ったら、いきなりランクA扱いになった特殊依頼カードを持ってくるんですから。何か考えがあるのかと思って受理はしましたけど。一応、無理しないように危険を感じたらすぐ逃げるようには言いましたよ」
「すごいランクということだったが!?」
「そう、それですよ! 私初めて見ました! でもここじゃちょっと……」
「一体何を――」
そこでロイエンさんとルーミエさんがこちらに気付く。
「あら、エリス。戻ったのね」
「どうしたのよ。こんなところで言い争って」
「なに、私が勘違いで別の冒険者に間違って特殊依頼を出してしまっての」
「え……ギルマスが人違いをしたの!?」
謀略で名を馳せるギルマスが仕出かすとは思えない失態だった。思わず大声で驚いてしまう。
「声が大きい」
「そういえばエリス、あなた彼……レクトルさんと会う約束をしていたわね。もう済んだの?」
「え? それは……まだよ」
「なら、ちょっと頼まれてくれない?」
「何を?」
「それはちょっとここじゃなんだから」
ルーミエさんに案内されてギルド奥にある部屋に入る。ギルマスも後ろから付いてきている。
「それで何をするの?」
「エリスティア、お前さんは西の森の現状は知っているのか?」
「確か魔物が増えて、強くなってるのよね」
「あぁ、その原因がわかってね。ランクA扱いの特殊依頼とした」
「まさか、それを彼に依頼したの?」
「あぁ、今ちょうど“誘惑”のレイルがこの街に来ていると聞いてね。カルミアのギルドマスターから調子に乗っているから痛めつけたいという要望があったんで押し付けようとしたのさ。成功しても、失敗してもメリットがあるからね」
「相変わらずね」
彼が謀略家と呼ばれる所以だ。でも、策略をあれやこれやと巡らすが、どこか抜けている。それ故、国お抱えから冒険者のギルドマスターに流れてきたと聞いている。
「確かに少し若いと思いはしたが、獣人族か何かかとも思ってね。いい噂は聞かなかったからさっさとすましたかったのが裏目に出たね」
「だから、彼に会ったら依頼キャンセルをお願いしたいんです」
「でも、私も会えるかわからないわよ?」
「行先は西の森よ。エリスは逃げるの得意だしなんとかなるでしょ」
「そうでもないわよ。それに、“誘惑”ならもうすでにやられたわよ」
「どういうことかね?」
私はさっきあったことをかいつまんで説明する。もちろん、少女サクラのことについては言及しない。
「そんなことが」
「信じられないですね」
「でも本当よ。兵士が連れて行ったから聞けばわかるんじゃない?」
「そうだな。確認するとしよう。だが、そういうことなら西の森の件については真剣に対応者を考えないとマズイね」
「そんなにヤバいの?」
「あぁ、聞いた感じだとランクAでも怪しいくらいだね」
そんなに? でも、登録したばかりの冒険者がそんな依頼受けられるの?
「取り敢えず、彼の事は頼んだよ」
「お願いね」
「わかったわよ。ちゃんと報酬はでるんでしょうね」
「もちろん。これが、依頼カードだ」
そこにはまぁまぁの報酬額が記載されていた。
「後でちゃんと説明してよね」
「答えられる範囲になるがね」
「それじゃ、サブマスターよろしく」
「えぇ」
まだ気になることはあるが、取り合えずルーミエさんに依頼カードを渡して依頼受諾登録をし、彼を探しに私は西の森に向けて移動を開始した――
次回10/06更新予定です




