004 少女の願い
それは涙ぐみながらも必死さが伝わるお願いだった。
可愛い少女の唐突なお願いに驚き、俺は反応ができず、ただ立ちすくしていた。
何事かと少女を見やるが、白い布を身体に巻きつけただけのように見える衣装の為、目のやり場に困りつい顔を逸らしてしまう。
……だが、流石にこれは対応に困るというものだ。
助けてくださいとう言うからには何か困っているのだろうが、今助けてほしいのはむしろこっちの方だ。
助けてあげたい気持ちがないことはないが、自分の置かれている状況すらわかっていないのに知らない少女を助けている余裕は今の俺にはない。
……というより助けられないだろう。今の俺に一体何ができるといのか。
しばしの間沈黙が支配する。
その間も少女は頭を下げ続けていた。途中、チラチラと上目遣いにこちらの様子を確認しているようだ。
返事をするまでこの姿勢を維持するつもりなのだろうか? すぐ近くに顔があるのでその視線にドキドキしてしまう。
辺りには草が生えており、それが吹き抜ける風で揺れる。そんなどうでもいいものを眺めながら次のアクションを待つがいくら待ってもその少女は顔を上げる気配がない。冷や汗が頬を流れる。
……流石にこの沈黙に耐えきれなくなり、取りあえず現状打破を試みる事にした。
「あの、いきなり助けてくださいって言われても私自身何が何やらわかっていない状況ですので、人助けをしている余裕が私にはないのです……。そもそも助けてくださいとおっしゃいますが、何に困られているのですか?」
状況が整理できてないせいか、思わず年下相手にかしこまった対応をとってしまう。
いや、いまは16歳なのだから見た感じ同い年か少し下くらいなのかもしれない。それでも女性との会話に慣れていないので挙動不審だろう事この上ない。
さっきから冷や汗が止まらない。対応に困っていると少女はお辞儀から一旦姿勢を戻しさっきより少し後ろに下がったと思ったら……
「わ、私と一緒に世界を救ってください!」
手を前に揃え、さっきよりも深くお辞儀をしたと思ったらとんでもないことを言い放った。
そして、それに対する俺の反応は
「勘弁してください!」
そう即答する俺。しかも土下座の姿勢だ。世界を救うなんてことが自分に向いていないことは俺自身が一番よくわかっているのでもう必死である。
「そ、そんな! 糸が導いているのは確かにあなたなのに!」
何か怖い事を言いながら、少女は口元に手を当て「信じられない」といった感じで絶望の表情をしている。
(糸が導く……? 魔術の類か? 勘弁してくれよ、一体俺の何に導かれたっていうんだ?)
疑問に思いつつも、危険な事に巻き込まれては堪らないのでなんとか穏便にやり過ごすことができないかを模索する。
「何のことかはわかりませんが、私はこの通り何の力もない一般人ですのでそういうのはどこかにいるであろう勇者を頼っていただければ……」
そんなものがこの世界にいるのかは知らないが、異世界ものなら定番だろうと思いそう口にする。
「あなた様がその勇者様なのでは?」
「へっ?」
少女の唐突な返答に思わず変な声が出てしまった。俺が勇者? 何を持ってそうなったんだ? 異世界から転移してきたからだろうか。このままじゃ魔王討伐ルート一直線に定められそうなので、慌てて否定する。
「違いますよ? では私は忙しいのでこれで……」
「そ、そんな、お願いです。待ってください!」
しれっとこの場から逃げようと試みるが少女が駆け出し、縋るようにしがみついてくる。可愛い少女につかまれるのは悪い気がしないのだが、このままなし崩し的に勇者にされるのは御免なのでどうしようかと考えていると、少女は泣きながら顔をうずめてくる。
「私を救ってくれる人として【運命糸】があなた様のところへ私を導いたんです! 残る最後の力を振りしぼって使った力なのにこのままじゃ私、もう……」
「消えちゃう」――最後に小声でそう聞こえた。もしかして彼女の命がかかっているのか? 透けてるのも元からではなくそのせい……?
それに少し確認したいことも出てきた。このまま泣きつかれてそのまま消えでもされたら後味が悪すぎるので、まず状況を整理することにする。
「あ、あの、少し確認させてほしいのですが……」
そう聞くと、少女は顔を上げてはっとした後涙を拭い、少し距離をとった。
「す、すみません。いきなり私なんてことを……。あ、な、なんでも聞いてください」
やっと落ち着いて話ができそうだ。自分よりテンぱっている人がいると逆にこっちは落ち着いてくるもんだな。
「では、まずその【運命糸】っていうのは?」
日本とかだと「あなたは私と運命の赤い糸で結ばれているの」っていう感じで恋愛関係の繋がりを示すものが多いが、そんな感じではなさそうだ。魔術みたいだし、俺が選ばれたという理由も気になるところだ。
「私たち神子が持つスキルです。望む対象を探し出す探索系スキルの最上位の一つになります」
「巫女さん? 神社か……本当の神にでも仕えているんですか? やっぱ神様ってこっちでは実在しているんですか?」
「えっ?」
魔術ではなくスキルときたか。何が違うのかはよくわからないが。
それになんとなしに気になって聞いてみたのだが、少女は何のこと? といった顔をした後、何かに気付いたように手を前に出してパタパタとしながらかぶりを振った。
「あ、神に仕える巫女とは違って神の子そのものです。ですので、2つ目の質問の答えは実在するになりますね」
「えっ、神の……子供?」
神様がいるどころか今目の前にいる少女が神の子供そのものだという。にわかには信じられないが、ここで嘘をつく必要もないだろうし本当なのだろうか?
まさか最初に出会った人? が神様だったとは確かにそれっぽい服をきているが……。
いや、逆に神との邂逅は異世界転生ものでは定番ではないか。でも、それは送った先で会うのではなく、迎える側としてというのが多い。チートスキルでも貰えるのだろうか……なんてな。
「そういえば、自己紹介もしていませんでしたね。私は水を司る神エイリアナの娘、ハクナミナ・エルト・リュミエールです」
「あ、私は海さ、……いやレクトル・ステラマーレと申します」
危うく日本名で答えるところだった。怪しまれただろうか? 心の準備をしていなかったし、この名前に慣れていないので仕方がないというものだ。
この名前で呼ばれて自然と反応できるくらいに自分と結び付けるのにも時間がかかりそうだな。
「レクトルさん……ですね。私のことはどうかハクナとお呼びください」
「ではハクナ様、話を戻しますが……」
「様もいらないですよ? 私の方が年下でしょうし、敬語もなしでお願いします」
「いや、でも神様なんでしょう? 流石にそれは……」
「でも子供ですし見習いみたいなものです。それに今はこちらが助けを求めている立場なので気にしないでください」
「ははは、まいったな」
神様となんて直接相対することなんてない。その時にどんな対応をとれいばいいのかさっぱりわからない。
「ではハクナさん」
「ハクナ……」
どうやらこれでもダメらしい。頑として譲らない感じだ。いきなり呼び捨ても厳しいが、呼んでもらえないことに目がさらにうるんできており、なかなか前に話が進まなさそうだったので妥協する。
仮にも神だし、しかもこんな事してる余裕なかったんじゃないかと思いつつ、話を続ける。男は度胸だ。
せっかくの異世界。ここを自分を変えるきっかけにするのもいいだろう。
「じゃ、じゃあ、ハクナ。さっきのスキル【運命糸】についてだが、あれは世界を救済する勇者を探してではなく、君を救う者を探していたって事でいいのか?」
「えっ? は、はい、探索条件はそうですね。でも、私は世界救済の宿命を負っていて、その私を救う者を願ったのだから勇者様しかいないんじゃ?」
「では次の質問だ。君が消えかけているのは、どうしてなんだ?」
彼女からの質問は無視して再度質問を繰り返す。これは俺にとって重要な質問だ。彼女の返答次第で今後の行動が変わる。
俺が選ばれたことからも、思っているようなものならなんとかなる可能性はあるがそうじゃないならお手上げだ。一目散にこの場から逃げ出したい。
「それは……神界から離れ、私の身体を維持する神力が不足しているからです。地上では魔力から神力への返還効率が悪いので存在が維持できないんです。そもそも、この世界は魔力自体が枯渇気味ですから……」
神界ときたか。やっぱり異世界なんだなとしみじみと思う。
「その神界とやらには戻れないのか?」
「神界は闇の神ベーゼアルに支配されました。母や他の神も……最後の力でベーゼアルの封印には成功したみたいですが、倒すまでには至らず、残った神々を礎に神界全域を封印している状態です。その為今はまだ地上には何も影響はありませんが、神の加護が消えてしまうのでいずれその影響が現れると思います」
「あ……そう」
おっと、いらないところまで踏み込んでしまった……。しかも思っていたよりもかなり重い話だ。まさか魔王どころか神様と戦えという話だったとは。
しかも神々ってことは複数の神でも太刀打ちできないほど強力な神を相手にしろと。
でも、この子も母親の身がかかっているのでこんなに必死だったんだな。急ぐのは神力消費のせいで自分自身ももう長く存在できないからか……。
「だから私は! なんとしても力を集めて封印を解き、ベーゼアルを倒さないといけないんです!」
彼女がだからどうか! と切羽詰まった様相で必死に懇願してくる。
……さてどうしたものかな。