029 奴隷の姉妹
俺たちはレヌアの村を出て街道を歩いていた。
「村の結界は消えてしまったんだな」
「あれは悪魔が張っていたものみたいでしたから仕方ないですよ」
「そうね。あなたが気にする必要はないわ。それに、もう誰も住んでいないのだから」
後ろに見える村は結界が消え、戦闘の影響で所々壊れている家もあることから廃墟のようにも見えた。前にも思ったが、たった一人の人間が行った行為によって村一つが消えてなくなる。小さい村とはいえ、異世界のこわさを改めて感じる。
魔物や悪魔の存在、文化レベルの低さ、魔術、やはりこの異世界は元の世界よりも死が身近にあるように思える。それなのに、俺の心は落ち着いている。それが不思議だった。
サクラたちの服だけじゃなくて、一度自分が身に着けているスキルなんかも細かく確認しておいたほうがよさそうだ。
昨日、実は見ようかとも思っていたのだが思いのほかスキルの量が多く、疲れていたのもあってサクラが眠った後俺もすぐ眠ってしまった。転移してきた時には全くなかったのにこの短い間で随分と増えたものだ。ハクナの話では簡単にスキルは身につくものではないらしいのだが、やっぱり異世界転移した俺には何か特殊な力でもあるのかもしれない。
そんなことを考えていると前のほうから馬が駆けてくるような音が聞こえてきた。それにベルが反応する。
「ちょっとこれは隠れたほうがよさそうね」
「え? なんでだ?」
「いいから、ほらサクラも、こっちに来なさい」
「なーに?」
「横の森に隠れるわよ」
ベルに言われるまま俺たちは木の裏や茂みに身を隠した。ハクナも静かに後に続いている。そこを馬に乗った兵士たちが通り過ぎていく。村の状態を見て先頭の兵士が思わず馬を止めた。
「見えてきたぞ!」
「結界が消えている!?」
「本当に東の魔王が復活したのか!?」
「わからない。力を感じたのは数分の事だったらしい。それを調べるために俺たちが派遣されたんだ」
「行くぞ! 何があるかわからない。気を引き締め、準備を怠るなよ!」
「あぁ!」
兵士は再びレヌアの村に向かって馬を走らせて行った。俺たちは茂みから顔を出す。
「行ったか」
「えぇ、危なかったわね」
「そうだな。普通に歩いていたら絶対に質問されただろう。この方向から歩いていたら知らぬ存ぜぬじゃ通せそうになかったな」
「ほんと、ゆっくりさせてほしいものね」
「魔王も大変だな。村は放置されている感じだったが、魔王については把握してるのか」
「もう元よ。隠れる場所を提供してくれたあなたには感謝してるわ」
「それはお互い様だ」
もう気配も感じられなかったので、再び街道に戻り目的地に向かって歩き始める。兵士たちの行動は無駄になってしまうかもしれないが、ここは頑張って職務を全うしてもらいたい。
俺たちが向かっているのはこの国、アルトフェリア王国の首都アルストロメリアだ。ハクナの話では中央に王城を携え、外壁を円状に構えた街で、中央ほど貴族などの身分が高いものが住んでいるらしい。入り口は東西に2つあり、南北には貧民街が広がっているようだ。
首都だけあって様々な商品を取り扱っているが、特に近くに縄張りを持つ魔物の関係で糸などの材料が手に入り易く、布製品が主流らしい。衣服がいろいろと揃っていそうなのは俺たちにとって都合がいいかもしれない。
そのザ・異世界といった街に俺は期待を含まらせていた。
しばらく歩いていても特に魔物に遭遇することはなかった。あの兵士たちが街道にいたものは倒してしまったのかもしれない。
そんなことを考えていると、横の茂みが揺れ誰かがフラフラと出てくるのに気付いた。思わずそんなところから出てくるなんて盗賊かと身構えたが、俺の予想は外れ現れたのは10歳くらいの少女だった。
しかし、俺は動揺を隠せなかった。なにせ初めてだったのだから仕方がないだろう。一人テンションマックスだった。
「獣耳……!」
「ヒッ」
そう、その少女の頭には狐のものっぽい獣の耳が生えていたのだ。俺のいきなりの発言にその狐少女はビクッと驚いていたが、こちらに振り向くとおぼつかない走りで泣きながらこちらに向かってきた。
驚かせてしまったので逃げられると思っていたのに、予想外の彼女の行動に「え、どうしよう」と思っていたら狐少女につかまってしまう。
「あ、あの、たす、助けてください! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが死んじゃう!」
「え、あ、いや」
俺はなんとなく既視感を感じてハクナを見る。思わずまた神界関係かと疑ってしまったのだ。だがハクナは手を前に出して首をブンブンと振っている。自分は無関係だと言いたいのだろう。
「ちょっと落ち着いてくれ。何があったのかゆっくり話せるか?」
「う、うん」
俺は姿勢を低くし、狐少女と目線を合わせて話を聞く。流石にこの歳の少女を無視して先に進む豪胆さは俺にはなかった。
狐少女は薄く銀色がかった白い髪を肩辺りまで伸ばしたショートヘアで頭にも同じ色の狐耳が生えていた。狐の獣人族らしい。着ている服はサクラの時みたいにボロい簡素な布の服だ。首には黒色の首輪がある。
「私、その、奴隷で……この森の奥にある鉱山で石をとるご主人様のお手伝いをしていたんです。でも、いきなり地面が揺れて、壁が崩れてきて……お姉ちゃんが私をかばって……気が付いたら……グス、お姉ちゃんが岩に……挟まれてて……このままじゃお姉ちゃんが死んじゃうよぉ」
そのまま狐少女は泣き出してしまった。これは無関係とはいえなさそうだ。地面が揺れたというのは間違いなく魔王復活の儀式のせいだろう。俺のせいというわけでもないが、発端ではあるので何もしないのは気が引けてしまう。しかも起きたのは昨日だ。あれから1日経っているのでその姉とやらの命も危ういかもしれない。
俺はベルの様子をうかがう。ベルは「はぁ」とため息をついて少女に歩み寄ってきた。
「お姉さんの元に案内してくれるかしら?」
「助けてくれるの?」
「それは状況を見てみないとわからないわね」
「う、うん、こっち」
そう言って狐少女は再び森の中へと入っていった。俺たちはその後についていく。
「流石に罠ってことはないよな」
「ないでしょ。あなたにはあれが演技に見えたの?」
「いや、場合によってはこういう騙しあいが異世界じゃ常識なんてこともあるかと思ってな」
「貴族でもない私たちにそこまで面倒なことをする奴なんてそうそういないわよ」
「それもそうか」
しばらく歩いていると目の前に鉱山が見えてきた。村の裏側にもこんな入り口があったんだな。なんか裏ルートっぽいから密猟みたいなものか。だからといって強制させられている彼女たちには罪はない。
そういえば……
「サクラは大丈夫か? 奴隷とか、鉱山とかもういい思い出はないと思うんだが」
「大丈夫だよ? 私もレクトルに助けてもらったから、あの子も助けてあげたい」
「そうか。サクラはいい子だな」
「ふぇえ!?」
俺はサクラの頭を撫でながら鉱山に入る。
「お姉ちゃん!」
すると狐少女が駆け出し奥へと消えていってしまった。
「追いかけるわよ」
「あぁ」
「うん!」
「仕方ないですね」
みんな必死に少女を追いかける。意外に足が速い。裏の入り口は秘密裏に動いているからか明かりなども最低限のものしかなく、かなり暗い。それでも少女は迷いなくその中を駆けていった。
「流石に怪しくないか? こんな暗いところを迷いなく進むなんて」
「あれは獣人族だからこそよ。夜目が利き、匂いで場所も把握しているのよ」
「なるほど身体能力が高そうなのもそれでか」
「えぇ、獣人族は魔術適正が低い代わりに身体能力が高いのが特徴ね。でも一部の種族は魔術に秀でているものもいるわよ」
「そうか」
走っているとひときわ明るく、中で土砂が崩れている場所が見えてきた。作業をする場所だからか灯りが確保されていた。そこで、さっきの狐少女が下半身が土砂に埋もれている女性の前で必死に呼びかけている。
狐少女がいるところ以外でも男性や女性の姿がちらほら見えるが、すでにこと切れているようだった。
「お姉ちゃん! しっかりして! 助けを呼んできたよ! だからお願い、起きて!」
「これは……」
「かなり弱っているわね。かろうじて息はあるようだけど」
その女性は狐少女と同じく頭に狐の耳を生やしていたが、その色は白にうっすらと金色が混じったような色をしていた。かろうじて息はしていたが、かなり危険な状態だった。元の世界じゃ助けることはできなかっただろう。これはもう風前の灯火といっていい。
「お願い! お姉ちゃんを助けて! 私、なんでもするから! だから!」
少女は必至に懇願してくる。その言葉に姉が気が付いたのか目を覚ます。
「リア……無事だったのね。よかったわ。お姉ちゃんは……もう駄目ね」
「お姉ちゃん!」
そこで狐少女の姉は俺たちに気づいたのか、こちらに声をかけてきた。
「あの……どなたかはわかりませんが、この子をお願いします。……私たちのご主人様は……一緒の土砂に埋もれてしまいました。首輪の札が消えているので多分……もう生きていません。この子の主になっていただけませんか?」
「主になるにしてもこの子の面倒をみるのは姉である君の役目だ」
「そうしたいのはやまやまですが、私は……もうダメです。下半身の感覚がないんです。もう持ちそうにありません」
「やだよ! お姉ちゃん! 死んじゃやだ!」
「お願い、リア。聞き分けて頂戴。あなたまで死んでしまったら私は……私たちの国は……」
どうやら限界が近いようだ。普通ならこのままこの少女だけを請け負うことになるのだろう。だが、そんな理不尽を俺は認めない。この世界には元の世界にはない力がある。
「ハクナ」
「はい。【天癒】!」
ハクナの掌に魔法陣が展開され、そこから溢れる光が降り注ぎ女性を癒していく。
「これは……回復魔術ですか!? 私なんかの為に……でも……」
「そうですね。私の魔術で傷は癒せてもこの状況を脱することはできません」
「そんな! お姉ちゃんは!」
「大丈夫だ。この状態を脱することができれば、俺の奴隷として仕えてくれるか?」
「え、それは……はい。助けていただけるならむしろ全身全霊で仕えさせていただきますが……」
「ちなみに、料理はできるか?」
「へ? あ、はい、できます。実家が農家だったので、料理をする機会は多かったので」
ほう。それは期待ができる。料理だけじゃなくて、作ったまま使い道がなかったあれも陽の目を浴びることができそうだ。
アルストロメリアで探す予定だったが、これも何かの縁だろう。
「離れているんだ」
「う、うん」
俺は狐少女と一緒にみんなを下がらせるとある魔術の詠唱を開始する。星の魔術だが、悪魔との戦いで使った感じだと、【疑似拠点】を経由して放たれる星の魔術はいい感じに出力が低下している印象だった。今回も何とかなるだろう。ダメだったら最終手段を使うまでだ。
「我が枷解き放つは冥府に住まう白銀の王、根を張り忍ぶ戒めの制約」
「へ? あなた一体何を!?」
俺が唱えようとしている魔術の規模を感じてベルが慌てるが、集中している俺は気づかずにそのまま詠唱を続ける。俺を中心に幾重の複雑な魔方陣が辺りを埋め尽くしていく。
「囚われし牢獄を崩せ、全てに等しく采配せよ。我が意に背くその意志に、新たな道を与え従えよ」
「ちょ、ちょっと、何するつもりなの? あぁもう、あなたたち、伏せなさい!」
ベルがサクラや少女をかばい伏せさせる。そして、俺の魔術が完成する。
「我が領域、犯すこと違わず【重力支配】」
「きゃあ」
「これ、は」
「わぁ、すごい!」
俺が放った魔術により、辺り一帯の重力が無効化されふわっと浮き上がる。その浮遊感に少女が驚き声を上げ、ベルが状況を理解する。サクラはふわふわ感を楽しんでいた。
土砂に埋もれていた女性の周りの土砂も重力の枷より解き放たれ同様に浮き上がっているため、そのまま引っ張りあげる。
「お姉ちゃん!」
「リア!」
それを見て少女が駆け寄ろうとするが、無重力空間のためうまく動けず手をもがいている。俺はそのままゆっくりと重力を徐々に元に戻していく。
そのまま女性を抱えた状態でふわっと着地すると少女の元へ連れて行く。
「お姉ちゃん!」
「リア、あぁ、よかった。本当にありがとうございます」
「いやまだだ。ハクナ」
「はい。【天癒】」
ずっと土砂に埋もれたままだったので下半身は治っておらず立てそうになかったので再度ハクナに治癒魔術をかけてもらう。
そのまま女性を下ろし一息つく。すると1人慌てていたベルが文句を言ってきた。
「相変わらずデタラメね。せめて何するのかくらいい言いなさいよ」
「すまん。集中してて気が回らなかった」
「はぁ、これどうするのよ」
そこには女性以外の死体が土砂に埋もれたままだった。一度土砂が持ち上がったりした影響でほとんど隠れてしまっている。
「この世界では火葬するのか? 埋めるだけか?」
「身分や力による……といったところかしら。基本は埋めるだけで済ませる場合が多いみたいだけど、死体を操られたり、墓荒らしの被害の防止やゾンビ化対策で火葬する場合もあるわ」
「ゾンビ化ってマジか」
「今回はこのままでいいんじゃないかしら」
「そうか。せめてでも墓を建てて冥福をお祈りするか」
「浄化してゾンビ化は防ぎますよ」
「そんなことできるのか。これでも神子ってことか」
「これでもって……」
ハクナはどこか不満げだったが、俺はそれを無視してその辺の大きな石を立てて手を合わせた。ことこの状況でも俺の心は至って平穏だった。スキルの力なのか、俺の人格にも影響が出てきているのだろうか。
そんなことを考えていると、助けた奴隷の姉妹が話しかけてきた。
「あの、この度は助けていただいてありがとうございます」
「いや、その子の気持ちに答えただけだ。それに、奴隷として今度はこちらが助けてもらう予定なんだ。お互い様さ」
「そんな。あの、私はレアと申します。レア・ファレルです。この子はリアです」
「姉妹なんだな」
「はい。私まで助かるとは思っていませんでした。傷まで癒していただいて、この御恩返しきれるかわかりませんが精いっぱい頑張りますのでどうかよろしくお願いします」
「あ、あぁ、レクトル・ステラマーレだ。こちらこそ、よろしく」
あまりにも深々と頭を下げられたので、奴隷を雇うという後ろめたさがある俺としては少し怯んでしまっていた。整った顔立ちをしていて、レアもリアもかわいらしい姿なのもそれを助長している。身体はあまり栄養をとれていなかったのかかなりほっそりとしていた。
俺はこれから生活を共にするんだし、友好を深めるために手を出して握手しようとするとレアが少し首を傾げて困っていた。
「もしかして、握手の文化はこの世界にないのか?」
「なんで毎回私に聞くのよ」
「いや、一番もの知りそうだからな。ハクナはどこか頼りない」
「はぁ、あるわよ。彼女が戸惑っているのは主と奴隷の間で交わすようなものではないからよ。奴隷契約は額に手を当てて隷属契約をセカイの意思を通して行うのよ。彼女たちの額に手を当てて誓約を聞いた後に魔力を通しなさい」
契約にはいろいろ方法があるんだな。キスに手のひらに額か。相変わらずセカイの意思も大変だ。余計なことに思考を回しているとレアが跪きこちらに額を差し出してきた。それに倣ってリアも跪く。
俺はその前に移動し、彼女たちの額に手を当てる。右手にレア、左手にリアがいる状態だ。
するとレアが祈るように指を絡めて手を合わせ、誓約の言葉を述べる。
「私、レア・ファレルはレクトル・ステラマーレ様に従属することをセカイの意思に誓います」
「わ、私、リア・ファレルもレクトル様に従属することを誓います!」
言葉は姉妹で少し異なっていたが、魔力を通すと問題なく隷属契約が成立したようで、彼女たちの首にあった黒い首輪が光る。
その首輪にはさきほどまでなかった銀色のネームプレートっぽいものがぶら下がっていた。
「あからさまに奴隷って感じの首輪が付いているんだな」
「あのプレートに主の名前が書いてあるわ。あれを外すことができるのは主か、奴隷契約時に決めた条件が達成されたときよ。後は主が死んだ時にも消えるけど、奴隷の身分からは解放されないわ」
「え? 条件なんて聞いてないんだが」
「彼女たちがあなたに生涯仕えるという覚悟でしょうね。それほど感謝されてるんでしょ」
「え……」
俺はレアとリアのほうを見るが彼女たちは何故か笑顔でお互いを抱きしめ合っていた。どうも、口を挟める雰囲気ではない。
こうして俺は新たに狐獣人族の少女2人を配下に迎えることになるのだった。
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