028 あだ名とベルの服
俺たちが部屋から出ると、ちょうど隣の部屋からベルが出てきたところだった。
「あら、おはよう」
「あ! ベルベル、みて! かわいい?」
「ベ、ベルベル!?」
サクラが早速と朝の挨拶も抜きにスカートの裾を持ち上げてベルに服の感想を聞いている。ベルはそれ以前にいきなりのベルベル呼びに困惑中だ。
「ねぇ、どう?」
「え、えぇ、かわいいわね」
「えへへー。ハクナっちにも自慢してくる!」
「ぶっ! え、えぇ、いってらっしゃい」
「うん! あ、部屋どこ?」
「あなたたちの向かいの部屋よ」
「わかった!」
ベルはサクラのハクナの呼び方に思わず吹き出しつつもその姿を見送っていた。サクラはそのままハクナの部屋へとノックもせずに入り「きゃあ」「ハクナっち、これ似合う?」「えぇ!?」と服の感想を聞きに突撃していった。どうやらハクナは着替え中だったようだ。目の前だったので扉が開いたときにちらっと見えてしまった。
「それで? これはどういうことかしら?」
ベルが俺を睨んで問い詰めてくる。いきなり俺を疑うのはいただけないな。
「サクラの服がなかったからな。ハクナが作った服は水になって消えてしまったらしいから俺が作ってあげたんだよ」
「そっちじゃないわよ。服のほうはなんとなく予想できるわ。どうやって作ったのかは知らないけど、あの子の喜び方はあなたから送られたものじゃなきゃ、ああはならないでしょう。わかってるんでしょ?」
誤魔化すことはできなさそうだ。観念して答える。
「昨日の夜、サクラに相談されたんだよ。みんなと仲良くなるにはどうしたらいいかって」
「それで?」
「俺がハクナやベルにつけたみたいにあだ名で呼んだらどうだってアドバイスしたんだ」
「そう、でもそれだけじゃないでしょ?」
「……………………」
流石にこれだけじゃ納得はしてもらえないか。俺は言葉に詰まる。なにせサクラがあんなあだ名を選んだのは俺の悪ふざけに近い行動が招いた結果だからだ。
「そこで黙るということは、悪気はあるのね?」
「……まぁ、そうだな。でも、どんなあだ名がいいかわからないと言われたから、元の世界でのあだ名をいろいろと教えてあげただけだよ。抜きとったり、同じ部分を繰り返したり、付け足したり、別の読み方をしたり、いろんな例を交えてな。一応言っとくが、あのあだ名自体を選んだのはサクラだからな」
「はぁ、まぁいいわ。あの子にも悪気はないみたいだし。ベルベルはハクナっちに比べたらまだマシかしらね」
「へぇ、サクラには甘いな」
「あなた程じゃないわよ。それにしても1日であの子をここまで元気にさせるなんて流石ね」
「あれはサクラ自身の強さだよ。俺は何もしていない」
「私も何かあなたのあだ名を考えたほうがいいかしら?」
「……勘弁してくれ」
そんなことを話しているとハクナが部屋からサクラを引き連れて出てきた。
「ちょっとご主人様! サクラに変なあだ名教えました?」
「いきなり何を言う。サクラが自分で、一生懸命ハクナの為に考えたあだ名だぞ?」
「えっ?」
ハクナが俺の言葉を受けてサクラのほうを見る。そこにはシュンと気分を落としたサクラがいた。
「変なあだ名でごめんなさい……」
「あ、えっと……」
ハクナの顔が青ざめていく。主である俺のせいにするからそうなるんだと俺はさらに追撃する。
「それに、ハクナが昨日サクラに着させた服、夜に急に水に戻ったらしいぞ? そりゃもう寒い思いをしたそうだ」
「え……」
ハクナの顔がさらに青くなる。もう真っ青だ。
「これはもう甘んじて受け入れるしかないよな?」
「でも、私、これでも神子で……」
ハクナの顔が引きつっている。余程許容できないらしい。だが、俺は最近評価が下がりっぱなしのハクナには厳しくいくと決めていた。サクラの為にも逃がしはしない。さっきよりも強めに俺は同じ言葉を繰り返す。
「受け入れるよな?」
「…………はい」
ハクナは観念したのか、そのあだ名を受け入れた。
「よかったなサクラ。驚いただけでハクナも気に入ったらしいぞ?」
「本当?」
「う、は、はい、サクラだけにそのあだ名で呼んでほしいです」
「うん、ハクナっち」
「うぅー」
ハクナはせめてでもと予防線を張っていたが、改めて呼ばれて怯んでいた。俺の後ろでは必死にベルが「ハクナっち」と呟きながら笑いを堪えていた。
「それで、服の感想は言ってあげたのか?」
「えっ?」
どうやらハクナっち呼びに気を取られ、サクラの本来の目的を無視していたようだ。相変わらず俺の評価を下げるのが好きらしい。
「何の為にサクラがお前の部屋に行ったと思ってるんだ。あだ名を呼ぶためじゃないぞ」
「あ、そういえば似合うかって……あ、かわいい」
ハクナはサクラに振り返り、そこでようやくサクラの服が昨日と違うことに気づいたようだ。ハクナの服が水になったと言った時点で気づいてもいいもんなんだがな。
「どうしたんですか、それ? かわいいですね」
「レクトルが作ってくれたの!」
「え? あ、創作したんですね。それなら昨日のうちにしてくれればよかったじゃないですか」
ハクナが俺に文句を言ってくる。少しでも責任を俺に押し付けたいようだが、甘いな。俺も昨日は気づいていなかったが、完璧な言い訳がある。
「昨日は既に3回使ってたからできなかったんだよ」
「あ、そういえばそうでしたね……」
「どういうこと?」
俺たちの会話にベルが何のことかわからず話に割り込んできた。同じ場所に住むことになったんだし、契約した配下なら隠すことでもないのでこの世界を構築するスキル【我が内眠る創造の拠点】が持つ力についてベルとサクラに説明することにした。
少し長くなるので、リビングに移動して椅子に座ってから説明する。
「へぇー、やっとあなたのよくわからない強さに納得がいったわ」
「なんだよ、それは」
「能力値が驚くほど弱いのに私の魔術をかき消したり、この世界に来たばかりという割に知識があったりなかったり、どこか不自然だったのよ」
ベルの言葉に少し納得する。星の魔術も【知識書庫】もこのスキルによって創り出したものだ。途中経過を省いてしまっているので、不自然に感じられたんだろう。
「頼んだら私にも何か作ってもらえるのかしら?」
「別に構わないが、作っても持ち出せるものには制限があるぞ」
「あら、そういえばそう言ってたわね。なら、サクラはこの服に決まりなのね」
ベルに言われて俺も気づく。サクラを外に連れて行こうと思ったら確かに唯一の服という置いていけないものにしてしまったのでそれ以外に選択肢がなくなってしまう。
「別に街まで行っている間は待ってもらって、服を買ってくるという手もあるが……」
「私、この服があれば他の服はいらない!」
「え?」
サクラが取られると思ったのか、着ている服を抱き寄せながら断固拒否してきた。気に入ってくれているのは嬉しいが、それだけというわけにはいかないだろう。
「他にもサクラに似合う服はいっぱいあると思うぞ?」
「レクトルが初めてくれたこの服がいい! 綺麗にもできるし直ぐ直せるって言ってた」
「た、確かにそういうスキルが付いていたが……」
俺は助けを求めて二人を見るが、ともに首を振るだけだ。これまでのやり取りでなかなかにサクラが強情というか頑固というか、そういう節があることに気づいているのだろう。
「わかったよ。ならサクラの持ち出しにはその服を登録しておくさ」
「うん!」
サクラは嬉しそうに返事をする。なんだかなぁと思いつつ、設定の画面を投影しているとあることに気づく。ハクナの時は持ち出し欄に設定できるのは1つだけだったが、サクラの欄には3つまで選択できる欄があるようだった。
そういえば、信頼度や親密度などによって数が増えるような記載があった気がする。それにしても会って2日目ですでに3つとはすごいのか普通なのか基準がないからわからないな。最大値がいくつなのかもわからない。
ハクナがいまだに1つでベルが2つなのを見るとサクラは異常に感じるが……何故契約した順番と親密度の度合いが全く逆なのかは不思議で仕方がないな。
まぁ、今は考えても仕方がないとサクラの持ち出し欄に【恋煩い巫女の御忍び服】だけをセットして画面を閉じる。
「これでサクラも外でその服を着れるようになったはずだ。どうする? いったん街に向かって移動しようと思うんだが、ついてくるか?」
「いく!」
「そうね、暇だから私も行こうかしら」
「もちろん、私も行きます」
「そうか」
どうやら全員行くらしい。なら俺は待っていようかなと言いたいところだが、俺が動かないと創作世界への転移ポイントはかわらない。それにこのノリもこの世界じゃ通じないだろう。少し日本が懐かしく感じるな。
そんなことを考えながらも準備を整えていく。
朝は誰も料理ができないので、とりあえず野菜を洗って簡単なサラダにしてそれだけを食べる。料理ができないなら下手に手を加えずにそのままを味わうのが一番だと思ったからだ。
ドレッシングのようなものもないのでおいしいとまでは言えなかったが、収穫したての新鮮野菜だったため少なくとも昨日のハクナの料理? よりは全然うまかった。
「ベルのその角はどうにかしたいな」
大分慣れてしまっていたので忘れていたが、ベルの頭に生えている立派な角は魔王や悪魔である証だ。流石にそのまま地上に出ることはできないだろう。
「普通の人には見えないわよ?」
「つまりは普通じゃなかったら見えるんだろ? 大きな街に行くならどんな奴がいるかわかったもんじゃない。変なトラブルの原因になりそうなのは極力排除しておきたいんだが」
「私に待ってろって言うの?」
あからさまにベルが不機嫌になる。
「そうじゃない。何かもっとちゃんと隠すことはできないのかってことだ」
「そうね、そういう隠蔽系の魔術道具やスキルもあるけど私は持ってないわよ」
「なら創るか?」
「私の貴重な持ち出し枠を隠蔽道具に使えってこと? 嫌よ。それならこの子みたいな可愛い服がいいわ」
「お揃い?」
「あら、それもいいわね」
サクラの言葉にベルが同調した。随分と乗り気だ。そんなにサクラの事を気に入っているのだろうか?
「そんな都合よくできるか知らないぞ? 回数制限もあるからやり直しもなしだ」
「わかったわ。文句は言わないわよ」
今から知らない街に行くのに、朝っぱらから創作枠を2つも使用するのは気が引ける。いざという時に何もできなくなるじゃないか。まぁ、今回はベルもサクラもいるし安全か……いや、逆に不安か?
「どうしたの? 何か問題でも?」
「いや、1日3回をこんな朝早くに使ったら後でなにかあった時に対処し辛くなるなと思っただけだ」
「そうね。まぁ、その時は私も助けるわよ」
「はぁ、わかったよ。本当に文句なしだからな」
「えぇ。楽しみね」
俺は仕方なく【我が内眠る創造の拠点】の力で創作を開始する。
「願うのはサクラの【恋煩い巫女の御忍び服】みたいな服でベルに似合う、魔王、いや悪魔の隠蔽効果付きだな。あんまり複雑化すると失敗するみたいだがどうだろう」
創作が問題なく開始され、リストに追加される。
○創作中のスキル
なし
○創作中の道具
①ベルの服:0%(完成まで0/5,184000)
「時間はサクラの時と一緒か」
「どうなの?」
「ちょっと待ってくれ」
俺はそのまま魔力を供給し、創作時間を短縮させていく。パーセンテージが100%に達すると光が煌き俺とベルの間にサクラの時と同じように服がパサッと落ちてきた。
「これがそう? 随分とあっさりしてるのね」
そう言いながらベルは出来上がった服を拾い上げる。服はサクラのワンピースみたいなデザインでありながら、色は黒を基調に、所々に赤い色で飾り付けられていた。サクラの服は桜や巫女のイメージがあったが、ベルの服はフリルがいっぱいついておりどこかゴスロリチックな印象を受ける。
やっぱりロリ魔王といったらゴスロリなんだろうか。俺の変なイメージが影響した結果じゃないことを祈るばかりだ。
「ベルベルのもかわいい!」
「あらそう? ありがとう」
「肝心のスキルはどうなんだ? 【魔力解析】」
俺は当初の目的である角の隠蔽ができるのかが気がかりになり解析を実行する。
○【堕落魔王の変装着】
・Rank:S
・付与スキル:【物理保護】【魔力保護】
・保持スキル:【清浄】【修復】【復元】【調整】【存在擬装】【成長】
・装備条件:〔女性〕〔魔王称号〕〔支配放棄〕
・備考:魔王に身を捧げながらも堕落を貪る少女が、他の魔王に見つからないようにその身を案じた友より送られたワンピース。着ている者を偽り、清き姿を保つ力を持つ。思いの強さに同調し、持ち主とともに成長する。
「………………」
「どうなの? 駄目だった?」
俺がその説明文を呼んで絶句しているとベルが心配そうに尋ねてきた。
「いや、隠蔽自体は大丈夫そうだ。サクラのワンピースとの違いは【同調】が【存在擬装】になってるだけだな。文字通り自分の存在を偽る力だ」
「サクラの【同調】はどういった効果なの?」
「ん? 【清浄】や【修復】、【復元】といった効果を触れているものにも適用させる力だ。サクラが持っている他の武器や服も直るし、綺麗になる。他人も1人までならその効果範囲だ」
「すごいじゃない」
「あぁ、実質サクラがいれば装備の修理やメンテが不要になるようなもんだしな。ベルの場合は自分は範囲に含まれるから、身体を綺麗にはできるが武器などを直すのは無理だな」
「それでも十分魅力的だわ」
「だからってこれ以上だらけるなよ」
「大丈夫よ。温泉に浸かるのは気持ちいいもの」
「ならいいが」
その後ベルが服を着替えると俺たちからみてもベルの角が消えて見えた。
「これなら大丈夫そうだな。時間もくってしまったしそろそろ出かけるか」
「うん! お外楽しみ!」
「そうかサクラはあの鉱山以外初めてか」
「外はいろんな新しいものでいっぱいよ?」
「私海にいきたい!」
「あぁそれはまた今度な」
そのまま創作世界を後にする。後ろでハクナがサクラやベルの服を羨ましそうに見ていたが、気づいていないかのごとく華麗にスルーする。これ以上創作すると制限に到達してしまうからだ。
まぁ、明日になってもつくるかどうかはわからないけどな。それはハクナが俺からの評価を上げられるか次第だろう。
俺たちはレヌアの村から出るとアルストロメリアを目指して歩き出した。着くまでには1日かかるらしいが、やっと異世界の大きな街を見られるとあってサクラじゃないが、少し楽しみだった。
次回更新は7/28予定です。




