025.5 幕間:サクラの軌跡
「サクラは自分の過去の事や経緯を覚えてるか?」
サクラやベルが創作世界へとやってきた日の夜、俺はあの村の事が少し気になって尋ねていた。
少なくとも魔王復活の儀式を長い期間をかけて進めていたんだ。それなのに村人が誰ひとりとしていなくなるまでこの国は何も対処しなかったのだろうか。
もし気付きもしていないとすれば、それは少々異常に感じる。この村がよほど辺境で、ほとんど交流がなかったのか。もしかしたら、あの商人がその辺りを担っていたのかもしれないが、今となっては知るすべはない。
それに、そうなってくるとどうしても裏に誰かの存在を感じてしまい、このまま万事解決とはいかないように思えた。
「え……と、私が覚えているのはあの洞窟の中での事だけだよ」
「え?」
サクラは聞けばもう14歳ということだ。生まれてからずっと、14年間もあんな場所で生活させられていたってことか?
それとも、酷い目にあって過去の記憶を閉ざしてしまっている? でも、あの監禁されたような生活よりも酷いことって……
そんなことを考えていると、サクラがボソボソと呟きだした。
「え、でも……うんうん、嫌……じゃないけど……そうなの? ……そんなことできるんだね。わかったよ、フェニアの好きにしていいよ?」
「ん……?」
何事かと見ていると、突如サクラの瞳がいつもの薄桃色から緋色を帯びる。
さっきまでの少し抜けたような、どこかおぼつかない雰囲気が抜け、少し厳格さを感じさせる雰囲気を発する。
『ここから先は私が答えましょう。サクラの王子様』
「……は?」
俺は2重の意味で驚く。一つはサクラの雰囲気が突如として変わったことだ。それはしゃべり方にも表れており、いつもの子供っぽい感じがまるでしない。凛々しさすら感じる。
2つ目は言わずもがなだ。サクラの王子様とはどういうことだろうか? サクラは実はどこかの国のお姫様だったりするのだろうか? もしくはよく少女漫画とかであるような白馬の王子的な意味だろうか。
サクラに好意を寄せられているのはベルやあのキスの件でわかっているので、できれば後者であってほしい。いきなり国の姫様を助けたとなると、後でややこしい事に巻き込まれるのは目に見えているからな。
『何を呆けているのですか? サクラの過去を知りたいのでしょう?』
「まぁ、そうなんだが。お前はサクラじゃない……とすればもしかしてフェニックスか?」
『えぇ、それ以外に誰がいるというのですか?』
なんか、妙に癇に触るやつだな。えらく上から目線な感じだ。
しかしフェニックスか。サクラの身体を借りて前に出てこれるようになったのか。ベルが行った意識の分離のおかげか? サクラ自身が了承しているなら特に俺からは何も言うことはない。
フェニックスはサクラが彼女というからにはやはり女性の人格か。それにしても、悪魔の類は名前が中途半端に長い奴が多いな。ベルみたいにこいつも縮めてやろうか。ハーゲンティも何度心の中でハゲと略そうと考えたことか。名前を呼ぶ機会がなかったから今となってはどうでもいいが。
「フェニとニクス、どっちがいい?」
『どちらも却下です。いきなり何なのですか。私にはこの子……サクラが付けてくれたフェニアという名がありますので』
「へぇ、フェニアね。可愛らしくて言い名じゃないか」
『当然です。サクラが付けてくれた名なのですから』
「それはまた随分とお気に入りのようで。……お返しにサクラには名前を付けてあげなかったのか?」
『……奴隷の契約が働いていましたからね。名を与えたことをセカイの意思に誓約違反と判定されてしまうと商人に気づかれ、私の意思に介入される恐れがありましたから』
「複雑なんだな。奴隷にされると名を奪われるのか」
セカイの意思とやらはこの世界でかなり重要な役割を担っていながらどこか大雑把だ。でもそれも当然なのかもしれない。広い世界の全ての管理を1つの意思で賄おうということ自体がそもそも間違っている。
細かいところまで見きれなくて当然だろう。原因や動機などの細かい経緯は不要で結果だけで判断し動いていると言った感じか。
『それで、どうするのですか?』
「ん? あぁ、サクラの過去か? 教えてくれるのか?」
『構いませんよ。私は魔王に捕えられ、ハーゲンティへと渡ってからずっとサクラの事を見てきましたからね。ただ、この子のことはあなたにしばらく託すこととなります。泣かせるようなことをしないと約束……いえ、誓約できますか?』
「……内容次第だな。流石に何か悪いことをしても怒らないとか、知らないところでこけて怪我をして泣いたとか、全く泣かせないというのは無理だろう?」
『……そうですね。確かにこれだとそうなってしまいますか。では、サクラを無下には扱わないでください。例え生活に苦しくなっても奴隷に出したりすることは絶対に許しません』
「この俺がそんなことをするわけないだろう。そういうことなら安心してくれていい。一度面倒をみると決めたなら、必要ないと本人に言われるまではちゃんと見るさ」
サクラの思いに応えられるかはわからない。でも、放り出すことはしない。サクラはまだ世界を何も知らないんだ。俺も人の事を言えた義理ではないが、色々みて、感じて、もしかしたら俺以外にも気持ちを寄せる相手が見つかるかもしれない。
サクラは可愛いので、それはそれで残念な気もするが仕方がないことだろう。考えていたらどこか娘を嫁に出す父親のような気持ちに近い気がしてきた。……娘、いたことないけどな。
『わかりました。信じましょう。裏でサクラにグチグチ言われてしまったので、誓約まではしませんが……頼みましたよ』
「あぁ」
『それでは、サクラの過去について、ですね』
そうして、フェニアはサクラの過去について話しだした。
彼女が持つ力か、頭にフェニアがもしくはサクラが見ていたであろう情景が流れ込んでくる。そのシーンごとの情景を流しながらフェニアが状況を説明してくれた。
サクラはレヌアの村のとある村人夫婦から生まれました。
父親はこの村出身の男性でしたが、母親は別の街で賊に襲われこの村に逃げ伸びた女性です。サクラの桃色の髪はこの母親譲りのものですよ。
「名前は何がいいかしら」
「そうだな。お前の名前から一部を受け継ぐのもいいかもしれないな」
「そうね、じゃあこの子の名前は……」
ですが、順風満帆に見えたこの夫婦の生活はサクラに与えられたとある称号を知った商人によって、あなたも知るように悲惨な結末を迎えることになります。
「“緋焔の巫女”! ついに見つましたよ、憑代足り得る巫女の称号を持つ肉体を! ですが、強引に事を進めてセカイの意思に目をつけられても厄介です。私の野望を実現させる為には長期計画で慎重に事を進めなければ……」
商人は父親の男性に商談を持ちかけ、最初はきっちりと利益が得られるように動き、働きかけていきます。うまくいき過ぎるその商売に不安になった母親は夫にやめるようにと伝えますが、その制止を夫が聞き入れることはなくその商売にどんどんとのめり込んでいきました。
「素晴らしい! あの商人の誘いを受けてよかった! このままいけば王都にも移住できるかもしれないぞ」
「あなた、何か怖いわ。私はこの村でも十分に幸せよ? この子とあなたがいれば他には何もいらないわ」
「いや、ダメだ。王都はすごいんだぞ!? 俺たちはこんなところで終っていいはずがない! なに、これだけうまくいってるんだ。何も心配いらないさ」
ですが、その商売から父親が抜け出せなくなってきた頃に徐々に利益が下がり出し、負債を抱えるようになります。それでも父親は一時的なものだとその商売をやめることはありませんでした。
夫婦仲はどんどんと冷え切ったものになり、次第に父親は妻へ暴力すら振るうようになります。
「きゃあ! なにするの!」
「うるさい! 俺のやり方に口を出すなと言っているだろう!」
「でも、このままじゃ!」
「黙れ! もうすぐしたらまた良い方向へ傾くはずなんだ! 今やめてしまったら元も子もないだろう!」
事は商人の思惑通りに運び、利益はどんどん下がり1年もすれば父親はもはや自分では返すことなどできない莫大な負債を背負うことになります。
「クソ……なんでうまくいかない!」
「もう駄目ですな。引き際を見誤りましたな」
「そんな! どうか助けてください! もっとうまい儲け話とかあるでしょう?」
「ふむ、ここまで来てしまえば私から出せる案は1つくらいですね」
「そ、それはなんですか!?」
「あなたの奥様と娘さんを奴隷に出すことです」
「妻と娘を……でも」
これだけのことをしておきながら、最後の良心か父親に迷いが生まれていました。商人がこの話を父親に持ちかけたのは、夫婦となったものは基本的に夫側に権利が委ねられるからです。それゆえの商人の策略でした。
そこで商人は妻と娘を奴隷にすれば、負債を帳消しにして元を取れるほどの金額を父親へと提示します。
「あなたの奥様は美人ですし、娘さんも将来が期待できます。スキルも珍しいのでこれくらいは出せるでしょう」
「こ、こんなに!」
「どうです?」
「わ、わかりました」
「では、セカイの意思に誓って契約を実施しましょう」
もう後には引けず、金に目がくらんだ父親はセカイの意思を通した契約でそれを了承してしまいました。
夫の不審な行動に疑問を抱いた母親が逃げ出すことを決意した時、商人が訪れ奴隷化の事実が告げられたのです。
「そ、そんな!」
「セカイの意思を通しての契約になりますので、お逃げになられた場合罰則が下されることとなりますよ」
「あぁ、そんな……どうしてこんなことに……娘だけでも助けていただくわけには……」
「お二方での契約になりますのでそれはできかねます。……連れて行きなさい」
「はぁい」
商人の部下が母親とその娘を連れだしていきました。
その光景を目にした父親が自分のしでかしてしまったことの重大さに気付き、ナイフ片手に商人へと迫ります。
「あぁあああああああ!」
「何を!」
「がぁああ!」
しかし、その刃が商人に届く前に手首の紋様が光を放ち、契約反故に対する裁きが下されました。
基本、下される裁きは誓約を破った内容や方法によって決まります。今回父親が取った契約違反の行動は契約相手である商人の殺害です。よって下される裁きも死を与えるものとなりました。
セカイの意思を通しての契約、および裁きの執行は基本的に人の反射に近い形で行われ、セカイ自体はその全てを認識していません。セカイ自らが判断を行い裁きを下すこともありますが、それは世界にとって重要な事柄やセカイ自身が興味を持った場合に限られます。
今回、商人はこのセカイの仕組み自体を逆手にとっていました。普通にセカイに判断させた場合、今回のような商人自体が裏で画策した結果では契約自体が成立しなかったでしょう。その為、商人は目立つことを避けていたのです。
父親の心臓から光の剣が突き出てその命を奪いました。そのままの勢いで前に倒れ伏します。
「まったく、目をつけられるようなことになりえる行動は避けてもらいたいものですな」
「あなた……どうして今になって。……遅いのよ、何もかも……」
母親はそのまま奴隷商へと連れて行かれましたが、娘であるサクラは鉱山の儀式場へと運びこまれます。あなたと出会ったあの場所です。
そこで私の魔核をサクラに取り込ませる処置が施されました。この時、サクラは4歳でした。
「どうです?」
「問題ないですねぇ。流石巫女の血筋、耐性が高いですから、問題なく魔核を取り込んでいますねぇ。しかしいいんですかぁ? フェニックスの魔核ともなれば人類の夢である【不老不死】を得られるかもしれませんのにぃ」
「ふん、今私に必要なのは絶対的な力です。自分が不死になっても力がなければいたぶられるだけですからね。それよりも私に忠実な最強かつ不死身の駒が必要なのですよ!」
「でも、完全に浸透させるには時間とさらなる生贄が必要になりますねぇ」
「わかっていますよ。準備は進めていますとも。私の力を恐れ、貴族からも追放したあの王都を火の海に沈めるのが今から楽しみでなりませんよ」
ははははははと商人は笑いながら去って行きました。
そこで流れていた情景が消え、元に戻る。
『ここから先は、あそこでの監禁生活です。サクラも覚えているかもしれませんね』
「そうか……」
父親はすでに死んでいるが、母親は奴隷として扱われているが生きている可能性はあるということか。でも、まさか10年も監禁されているとは思わなかった。
サクラが今普通に生きているのも、フェニアのおかげなのだろう。
「サクラは今の話を聞いていたのか?」
『そうですね。私がサクラに間借りしている状態ですので筒抜けですよ? 隠すつもりもありません。この子には強くなって、過去と決別し幸せを掴む権利があります』
「大丈夫そうか? 罠に嵌められて奴隷にされていたり、父親が死んでいたりと大分壮絶な内容だったと思うんだが……」
『大丈夫ですよ。奴隷については商人が死んだ時点で、正確には魔王が降臨した時点で無効になっています。また、私が与えたスキルもありますから』
「スキル?」
俺はサクラを魔力解析した時のスキル情報を思い出す。辛い状況に耐えられる可能性を持つスキル……あれか。
「【精神耐性】……か?」
『そうです。鑑定のスキルを持っているのですか? ちょっとしたことじゃ心が動じなくなるような強力なものですが、もしかするとあなたには不要だったのかもしれませんね』
……“あなたには”? その言い方が気になりフェニアに確認する。
「どういうことだ?」
『あなた方がサクラの元を訪れた時、少しでもこの子を助けられる確率を上げる為にあなたにも付与したのです。あなたが魔法陣に足を踏み入れ、陣が吸収した魔力がサクラへと流れるその繋がりを逆に利用して……』
「あの時か……」
もしかするとそのスキルのせいなのだろうか。サクラを助けてから悪魔との戦闘や魔王との対峙した際にも全く未知に対する動揺が生まれなかった。
焦りや緊張はしてもパニックになることはなく、落ち着いて状況に対応できていた。確かにあの状況でいつもの俺だった場合、今の結果は得られただろうか? 碌に力も使えず酷い目にあっていたかもしれない。
勝手に変なスキルを与えるなと言いたいところだが、今回ばかりは助かったと言えるだろう。耐性系のスキルは地味に見えて実際かなり有用だ。それに、フェニアの行動もサクラを助けるためのものだ。文句を言えるわけがない。
「いや、今回ばかりは助かった。俺はこの世界にきて間もないからな。多分そのスキルを与えられていなければ、状況についていけずサクラも助けられなかったかもしれない」
『少しでもこの子の役に立てたようなら幸いですね。後の事はサクラに任せましょうか。少々、表に出過ぎたかも知れません』
そう言ってサクラを介して表に出ていたフェニアは眼をつぶり、再度サクラがその瞳を開いたときには瞳の色は元の薄桃色へと戻っていた。
「戻ったのか。フェニアにはまだ聞きたいことがあったんだけどな」
「長くは辛いみたいだよ? 魔核を集めて完全に浸透するまでは表にでるのも難しいんだって」
「そうか、しばらくはお預けだな。それで、サクラは本当に大丈夫か?」
「うん。びっくりはしたけど、大丈夫だよ。今はフェニアもいるし、それに、その、レ、レクトルもいるから」
「そ、そうか。ならよかった」
何気にこっちでの名前で呼ばれたのは初めてかもしれないな。
まだわからないことはあるが、別に誰かに解決を依頼されたわけでもないので俺たちにその影響がなければもういいか。
実際には代理というか押しつけられた魔王で、しかも本人は健在だしな。ベルの能力値では“魔王(劣化種)”の称号が“元魔王”へと変化していた。魔王核を失った時点で魔王ではなくなるのかもしれない。
フェニアが言った魔王に捕えられたというのが気になるが、真相は知りようがないしな。
今はやっと充実してきたこの異世界生活をもっとよりよいものにする為に行動するとするか。フェニアとの約束もあるし、少しでもサクラが泣く必要がない、いや笑顔でいられる場所になるように努力しよう。
何故この世界に飛ばされることになったのかはわからないが、俺は俺のやりたいようにやるだけだ。
明日も幕間:サクラの追憶を更新します。サクラ視点です。




